十二宝珠・オパール
私には可愛い弟子が2人います。
2人は兄弟で、名をローレンスとベルデといいます。
2人は幼い頃から様々な教育を受けて育っています。その中の一つ、魔法学については僭越ながら私が担当することになりました。
教示して欲しいと知らせを受けたのはつい先日、彼らの父親からの依頼でした。
なんでも、一族の中でも特に魔力が高く、自分たちで教育するのは力不足だと。もっと魔力の高い者に教わり能力を伸ばしてやってほしいとのことでした。
彼らの家は由緒正しきバナッシュ家です。バナッシュ家は王族の守り役の名に恥じない、とても優れた能力を持つ一族。そんな一族に評価していただいて、私もとても光栄に思いました。
そして、そんな優れた一族の中でも特に魔力が高いと言われている彼らを育てられることが、とても嬉しく楽しみに感じました。
私にも子はおります。ですが残念ながら魔力が少なく、今は私とは別の道で王国に貢献しています。それが悪いとはもちろん申しませんが、やはり少し寂しい気持ちです。
その為、今回バナッシュ家の兄弟に魔法学を教えられることがとても誇らしく、とても楽しみなのです。
そして、今日は魔法学の授業の初日です。
今日をとても待ち遠しくしていた私は、予定の時間よりもだいぶ早く到着してしまいました。
学ぶための部屋として、彼らには城の一室が用意されています。確か午前中は剣の稽古を行っていたはずなので、今はまだ昼食を取っている頃でしょうか。彼らが来るまで授業の準備でもしていましょう。
そう思いながら部屋のドアを開けると・・
「こんにちは。ローレンス・バナッシュと申します。今日から魔法学の指導、よろしくお願いします。」
黄色がかった薄茶色で肩に掛かるほどの長さの髪を、紅い紐で低い位置に纏めている少年がいた。ローレンスは椅子から立ち上がり、私に向かって丁寧に挨拶をしてくれた。
一拍遅れて、ローレンスと同じ髪色の子供が同じように椅子から立ち上がった。
「あっ、は、はじめまして。ぼく・・私はベルデ・バナッシュと申します。よろしくお願いします。」
幼いながらも一生懸命挨拶をしてくれる2人に、私は一瞬で心を打ち抜かれました。
なんて可愛らしいのでしょう!
お辞儀をしていた彼らが顔を上げると、ピスタチオ色の瞳と目が合いました。その瞳はとても澄んでいて、彼らの純真さを現わしているようでした。
「こんにちは、本日より君たちの魔法学を担当致します、オンディーヌと申します。よろしくお願いしますね。・・・そういえば、予定の時間よりだいぶ早いですが・・2人とも昼食は取られたのですか?」
私も早く到着してしまったというのに、それよりも先に部屋にいたのだ。昼食を取る前に部屋に来た可能性もあります。それならば先に何か食べないと彼らの体力が持たないでしょう。彼らはまだ育ち盛りの子供なのですから。
「昼食は先程ここで取らせて頂きました。メイドが軽食を持たせてくれたので。」
ローレンスが机の前にある応接用のテーブルとソファを指し示す。
「食堂に行かなかったのですか?剣の稽古が長引いたとか?」
「いえ、稽古は定刻通りに終わりました。」
「ではなぜ?」
定刻通りに稽古が終了していれば、十分食堂に行って昼食を取る時間があったはずです。それなのに書斎で軽食を取る理由はなんでしょう?
「今日は初めてオンディーヌ先生に魔法学をご教示いただく日です。それなのに生徒の我々が先生より遅くなってはいけないと思いこちらで昼食を取ることにしたのです。」
「昨日の夜に兄様と相談して決めました!」
・・・っ!なんて良い子たちなのでしょう!!
これは、私も真剣に彼らに向き合わなければなりませんね。私の持てる限りの知識と技を全て彼らに捧げると誓いましょう。
「そうなのですね。では、あまり休憩できていないのでは?まだ予定の時間まで少々ありますし、もしよろしければ休憩しながら私とお話致しませんか?」
彼らの疲れが少しでも軽減されるように雑談をしようと提案してみました。他愛もないことを話す中で彼らの緊張も解れるでしょうし、何より彼らのことが知れるかもしれません。
「よろしいのですか?」
反応を示してきたのはベルデの方でした。両手をグーっと握って目をキラキラさせています。
「ええ、もちろんです。そちらのソファに座りましょうか。」
先程2人が食事をしたという応接セットをのソファに座るよう促すと、2人ともすぐに席に着いてくれました。心なしか兄のローレンスの方も嬉しそうな顔をしています。
「オンディーヌ先生!私と兄様は今日先生と会えることをとても楽しみにしていたのです!!」
ソファに座ってすぐにベルデが話し出しました。まだメイドにお茶を準備するよう声をかけたばかりです。その様子を見てローレンスが窘めるよう弟の膝に手を置きました。
「ベルデ、落ち着きなさい。先生が困っているだろう。」
私の方をチラチラと見ながらローレンスは困った顔をしています。兄に注意され、しまった!と思ったのか、ベルデが『ごめんなさい。』と言いながらしょんぼりしてしまいました。
「よいのですよ、ローレンス。ベルデ、なぜ私に会うのが楽しみだったのですか?」
ベルデにフォローを入れながら気になったことを聞いてみました。
「えと・・・それは・・。」
先程兄に注意され話すことをためらっているベルデに、もう一度声をかけました。
「ベルデ、今日は貴方たち2人とお話しして仲良くなりたいのです。実は、私も今日のこの日をとても楽しみにしていました。楽しみすぎてこんなに早く部屋に着いてしまったのです。そうしたらすでに貴方たちがいらしたので少々驚きました。」
「先生も僕たちと会うのを楽しみにしていたのですか?」
ベルデは私の発言に驚いたのか、大きな目を更に大きくして瞬きを繰り返します。驚きすぎたのか、一人称も僕に戻ってしまっているようです。
「ええ、もちろんです。貴方たちの父君から聞いていますよ。バナッシュ家の中でも貴方たち2人は特に優秀で魔力も高いと。一族からも期待されている子の教育を私が手伝えることにとても嬉しく思っています。」
私の気持ちを2人に告げると、ローレンスとベルデの顔がみるみるうちに赤く染まりました。
どうしたのでしょうと思っていたら、今度は今まで緊張からか固かった表情が徐々に笑顔に変わっていきました。
思わず緩んでしまったという感じのふにゃっとした笑顔はとても子供らしく可愛いものでした。
「私は・・・魔法学の教師を一族以外の者にすると父が決めた時、真っ先にオンディーヌ先生が浮かびました。先生はとても魔力が強く、あらゆる魔法が使える人だと聞いています。これまで何度も国の為に上級魔法を使って貢献してきたと。私とベルデは、そんな先生の偉業が書かれた本を読むのがとても好きなのです。今回のことも、私たちが先生に憧れていることを知っている父が依頼してくれました。先生は忙しいので引き受けてくれるかとても心配でしたが、快諾してくれたと聞いたときはベルデと2人で飛び上がるほど喜びました!」
・・・・・・・なんて!・・なんて!・・・・・可愛らしいのでしょう!!
ローレンスはベルデに比べるとかなり大人びて見えました。ですが、今、私について一生懸命語っている彼は年相応に見えます。お行儀良くソファに腰掛けていますが、興奮して上半身が前の方に出てきました。
ベルデの方も兄の話にウンウンと首を大きく縦に振っています。
これは、私もご期待に応えなければいけませんね。必ずや彼ら2人を立派な魔法師にしてみせましょう!!
元々真剣に彼らと向き合うつもりでしたが、より一層やる気が出てまいりました。
まだ主はいませんが、2人とも王族の守り役となる子です。私の持てる力全てを教え、習得出来るための助力は惜しみません。
とは言え、今日はまだ初回授業です。あまり厳しすぎてもいけません。今回は2人の魔力の大きさと属性を調べるだけに致しましょう。
そろそろ授業開始の時刻になったので、楽しかったおしゃべりを終了するよう声をかけました。
ローレンスもベルデも雑談の時間が終わるのに嫌な顔もせず、これから始まる魔法学の授業に目を輝かせています。
本当に可愛い生徒です。
「本日は魔力量や属性を調べるため魔道具を用意しました。」
机の上に置いた箱の蓋を開け、中にある虹色の石が埋め込まれた魔道具を取り出す。魔道具の横には属性について書かれた資料を並べました。言葉だけでは難しいと思うので、分かりやすい図が書かれた書物です。
「この世界には基本となる属性が6つ存在します。火・水・風・地・光・闇です。この辺りは貴方たちもご存じでしょう。」
資料を指さしながら出来るだけゆっくりと話します。
私の話を集中して聞いている2人が『知っています。』と答えてくれました。
「そして、基本の6属性が派生した様々な属性があります。例えば、水属性の上位の氷魔法などがそうですね。今回用意したこの魔道具では基本6属性までを知ることができます。」
試しに私の属性を視せてみようと、魔道具の上に手をかざしました。すると、中央の虹色の石の周りにある、6つの石のうち全てが輝きだしました。その中でも特に水色の石が強い輝きを放っています。逆に赤い石と黒い石の光は弱めです。
「ご覧ください。こちらが私の属性になります。一応全属性を持っていますが、火と闇の魔法はあまり得意ではありません。水属性は最も得意で、水の派生型魔法も様々なものを使えます。」
魔道具を上から覗きこんでいた彼らは、魔石が光るのを見て『わぁ!』と声を上げました。
「ぼ、僕もやってみたいです!!」
右手をギリギリの所まで高く挙げて、ベルデが名乗り出ました。
しかし、すぐに出来ることではありません。魔道具を使う為の練習が必要なのです。
「ベルデ、焦ってはいけませんよ。魔道具を使う前に習得しなければならないことがあります。」
私の言葉に、高く挙げていた手を申し訳なさそうに下すベルデを見て、ついクスっと笑ってしまいました。とっさに手で口元を隠したので2人には気づかれていないでしょう。
魔道具を見るために前かがみになっていた姿勢を正したことを確認し、コホンと一つ咳ばらいをしました。少し先生っぽくないですか?
人差し指でトンと魔道具の中央にはめ込まれた虹色の魔石を指します。
「魔道具には必ず核になる魔石がはめ込まれています。そして、道具を使うにはこの魔石に魔力を注ぐ必要があるのです。今日はこの魔道具を使う為に、魔力をコントロールする練習を行います。」
私は胸のポケットから親指の爪ほどの小さな魔石2つを取り出しました。そして、それをローレンスとベルデに1つずつわたします。
自分の手の平に乗った魔石をまじまじと見つめている2人に魔力の扱い方について教えます。
「まずは力を抜き、自分の中にある魔力の流れを感じ取ります。はじめは目を閉じてみてください。視覚からの情報が遮断されることで魔力を感じやすくなるでしょう。」
言われた通りに目を閉じ集中する2人をジッと見つめました。すると、2人の体の周りに渦巻く魔力を感じます。
フム、確かにこの年齢にしては魔力が高いようですね。それに、魔力のコントロールも上手い。言葉で一度説明しただけでここまでできるとは・・。
2人の中に流れる豊富な魔力が体の表面に滲み出てきたところで一度ストップをかけました。
「そこまでです。どうですか?何か感じましたか?」
問いかけに一度考えこんだ後、ローレンスが小さく手を挙げる。
「体の中に・・何か熱いもの・・・・・力が流れるのを感じました。最初は体の隅々に流れている感じだたのですが、集中していると一部分に渦巻いて塊になっていくような・・・。」
「素晴らしいですね!初めてでそこまで感じ取れましたか。」
私が褒めると、ローレンスは照れたのか、少し顔を赤らめました。はにかんだ表情がとても可愛らしいです。
「ベルデはいかがでしたか?」
ローレンスとは対照的に、ベルデは眉をしょぼんと下げてしまいました。
「あったかい感じはしましたが、兄様のように魔力の塊などを感じとることはできませんでした・・。」
「十分ですよ!一度目で魔力を温かいと感じ取れる者はそうそういません。ベルデもやはり素質があるようですね。」
ローレンスと同じように褒めると、ベルデの下がった眉は元通りになり、代わりに口の両端が嬉しそうにその形を変えました。
ベルデを慰める為に褒めたわけではないのですが、表情が明るくなった彼を見て私も嬉しくなります。
事実、最初の魔力コントロールではほとんどの者が力を感じ取ることができません。魔力とは体中に染みわたっているものです。この世に生を受けた瞬間から共存しているものなので、その流れを感じるには訓練が必要になります。魔力コントロールの訓練を重ねることで徐々に開花していくものです。それをたった一度の訓練で成功させてしまうこの兄弟は、やはり非凡と言えるでしょう。
ますます、これからの授業が楽しみですね。
「では、次に今手に持っている魔石を光らせてみましょう。」




