兄弟の能力
助けて!!
兄弟の頭の中に声が響く。
さっきまで一緒に話していた彼女の声が。とても大切で絶対に守らなければならない彼女の悲痛な叫びが。
助けを求めている。
「兄さん!!!」
兄と一緒に帰宅した後、2人で夕食をとり、弟はそろそろ入浴しようかと脱衣所にいた。そこで頭の中に聞こえてきた彼女が助けを求める声。それを聞いた瞬間、持っていた部屋着を投げ捨て慌てて兄の部屋へ駆け込んだ。兄の部屋へ向かう時、ずっと震えが止まらなかった。途中で足をもつれさせてしまい、転倒しそうになった。しかし、そんなことをしていては遅くなってしまう。今は1秒でも早く彼女を助けに行きたい。転びそうになった足をグッと踏ん張り転倒を免れた。
兄の部屋のドアをノックもせずに勢いよく開いた。部屋の中には椅子から立ち上がり、右手でこめかみの辺りを抑えている兄がいた。その表情は自分と同じでとても険しい。
弟に無断で部屋に入られたのにも関わらず、気にする様子もない。
「遥・・・。真珠紅が・・。」
同様しているようで、うまく言葉を紡げない。
「兄さんにも聞こえたでしょ!?真珠紅が助けを求めてる!早く行かなきゃ!!」
「あ、あぁ・・・そうだな。行かなければ・・。」
2人は急いで部屋を飛び出した。
今、家には兄弟2人しかいない。両親は共働きで時々帰りが遅くなる日もある。今日は残業があり、いつもより遅くなると先ほど連絡があったところだ。
2人が慌てて家を飛び出しても、気にする者はいない。
ガチャ!!
玄関扉を開けると、施錠することもせずそのまま隣家へ向かう。幼馴染みだとしても、他人の家の玄関まで無断で開けるわけにはいかず、しかたなくインターホンを押す。待っている時間がもどかしい。
真珠紅、真珠紅、真珠紅!!
どうか無事でいてくれと、心の中で幼馴染みの名前を繰り返し叫ぶ。
前世から言葉を介さずに会話が出来る2人は、身体が成長したことでその能力も強力になっていた。
幼い頃は、近くにいないと会話ができない、自分の意思とは関係なく思ったことを相手に伝えてしまうなど、その力をうまくコントロールできていなかった。
しかし、今ではある程度離れていても会話ができるし、普段の生活では一方に勝手に気持ちが伝わることなく制御できている。
それなのに、隣家の玄関前で立っている2人の頭の中には、お互いの幼馴染みを呼ぶ声が響き合っていた。焦りと不安から己の力をコントロールできなくなっているのだ。
隣の兄弟の気持ちが自分にも流れ込んできて、さらに不安が倍増する。
そのとき、インターホンから毎朝聞いている声が流れてきた。真珠紅の母親の声だ。
『はーい。・・・あれ?綾人君と遥君?ちょっと待っててね。』
インターホンが切れた数秒後、玄関扉の向こう側からパタパタと小走りで歩く音がした。こんな遅い時間に訪ねたから彼女の親も何事かと心配しているのだろう。
それでも、はやくはやくと気持ちだけが急いてしまう。
ガチャ
玄関が開くと、彼女の母親が顔を覗かせた。
「2人ともこんな時間にどうしたの?」真珠紅に何か・・・」
「「おばさんっ!真珠紅はっ!!?」」
母親が話し終わるよりも先に言葉をかぶせてしまった。失礼なことだとは分かっているけれど、それよりも一刻でも早く真珠紅の安全と無事を確認したい。
「真珠紅なら今お風呂に入っているところだけど・・・。」
っっ!
風呂ということは水がある。先日も真珠紅は噴水の水に捕らえられそうになった。また同じように何者かの力で彼女に危害が加えられていたら・・・。
しかし、いくら幼馴染みでも異性の入浴中に乱入することはできない。目の前に母親もいる。
どうしようもない状況に焦りばかりが増す。
「何か真珠紅に用事があるみたいだし、良かったら上がってリビングで待ってる?」
母親からの申し出に、兄のほうが答えた。
「ありがとうございます。お邪魔します。あと、どのくらいで出るのか真珠紅の様子を見てきてもらっても良いですか?」
「ええ、ちょっと待っててね。先にリビングに行ってていいわよ。」
玄関を上がった少し先のリビングへ続く扉を開け、そのまま廊下の突き当たりの風呂場へ向かう母親を確認した。
2人が小さい頃から何度も来ている家なので間取りは全て覚えている。
早く真珠紅の無事を確認したい。
リビングに入ると、ソファには彼女の父親が座ってテレビを見ていた。
こんな時間に家を訪ねてきた2人に驚き、目をキョトンとさせている。しかし、それも一瞬のことで、すぐに優しげな笑顔で迎えてくれた。
「おじさん、こんな時間にすみません。ちょっと真珠紅と話したいことがあって・・。」
弟が申し訳なさそうな表情で謝ったが、気にするなとソファに座るよう促してくれた。
廊下からパタパタとスリッパで歩く音が聞こえだした。
母親が風呂場の様子を見に行って、そろそろ戻ってくるのだろう。
彼女は無事だろうか。本当は早く側に行って顔を見たい。こうしてじっとソファに座って待っているのがひどく苦痛に感じてしまう。
目の前には彼女の父親がいるので、出来るだけ焦りを感じ取られないよう努めてはいるが・・・気を抜いたら不安が全て溢れ出てしまいそうだ。拳をギュッと握って耐えるのもあと何秒持つか・・・。
ガチャ
風呂場から母親が戻ってきた。
真珠紅は!?無事なのか!?
そう聞きたいのをグッと堪える。
「もう少しでお風呂上がるって。綾人くんと遥くんが来てるって言っといたから急いで着替えてくるんじゃないかしら。」
・・・・・・・・・・・・・ぶ・・・じ・・なのか?
母親の様子では何も異常はなかったように感じる。しかし、本人の顔を見るまでは安心できない。
先程、自分たちの家にいるときに確かに彼女から助けを求める声が聞こえたのだ。何か怖いものに遭遇したような、焦っているようなそんな悲痛な叫びが。
しかし、そういえば今はもう何も聞こえない気がする。風呂場に彼女の様子を見に行って戻ってきた母親の言葉を聞いて、少しだけ冷静さを取り戻した。そこでもう一度意識を集中してみる。
助けてという声と恐怖に怯えている彼女の感情はもう感じられなくなっていた。
なぜだ?
すでに外敵は去ったのか?それとも、俺たちの気のせいなのか・・・・?いや、そんなはずはない。確かに感じた。
我々バナッシュ家には、王族を守る為に様々な能力がある。その一つが王族の危険を察知する力だ。守るべき対象が危険や恐怖を感じた時、どこにいても気づき、守れるように。
通常、守り役はほぼ主人と離れないで暮らす。いついかなる時でも主人を守り、癒やし、必要であれば身の回りの世話もこなせるよう小さい頃から教育されるのだ。
スカーレットの守り役、ローレンスとベルデも幼いながらその教育のほとんどを完了させていた。
緊急事態によって、教育が途中で中断してしまってはいるが、あの転生の時点で大人に引けを取らない程度の能力を身につけていたのだ。
しかし、この世界では常に一緒にいることが難しい。
兄弟や親族であれば同じ家で生活できたかもしれないが、幼馴染みとはいえ、2人と真珠紅は赤の他人。
隣人になれたことだって奇跡に近い・・・・・。
いや・・・そうじゃない。彼女の近くにいられるのは・・・・運命・・なのだろう。
廊下から足音が近づいてきた。彼女だ。すぐに立ち上がって駆け寄り、無事を確かめたい。
ソファに並んで座っている2人はどちらも同じ気持ちだった。
それを心の中でお互いに押しとどめる。この時は2人とも意識的に能力を使って話していた。
「2人ともお待たせ。」
無事か!?
まだ濡れたままの髪をタオルで拭きながら彼女が入室してくる。その表情から恐怖は読み取れない。確かに何かに怯えていたはずなのに。
隠しているのか?
「こんな時間にどうしたの?」
彼女が首を傾げ問いかけてくる。聞きたいことが山ほどあるが、ここではダメだ。
弟が彼女に部屋で話そうと提案した。
「学校のことで少し話したいことがあるから真珠紅の部屋に行ってもいい?」
「うん、別にいいけど・・。」
そこで彼女の父親から声がかかる。
「部屋で話すのはいいけど、もう遅い時間だからご両親にちゃんと連絡しなさい。それと、あまり遅くならないようにね。」
彼女の父親に了承し、3人で2階の部屋に向かった。
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部屋に入ると、好きなとこに座ってと促される。好きなところと言われても、この部屋にはベットと椅子が一つ、あとは床に敷かれたハート型の座布団のみだ。全て一つずつしかないので、いつも兄弟で椅子の取り合いになっていた。
ベットはなんだか気が引けるし、ハート型の座布団は・・・。消去法で椅子しか座るところがないのだ。
今回は兄の方が椅子を勝ち取った。仕方なく弟はハートの上に腰を下ろす。モジモジとしながら。
兄弟がこの部屋に来るのは久々のことだ。昔は毎日のようにお互いの家を行き来して遊んでいた。
成長するにつれ部屋でままごとや折り紙、積み木をすることが減り、自然と部屋に入る回数も減った。
「それで?急に来たってことは何か大事な話があるんだよね?」
聞きたいことはあるが、何から話せば良いかが分からない。助けてという声が聞こえたのだと言ってもいいものか。
彼女が無事であったことに安堵しながら何を話すかで悩んでいると、ベットに腰掛けた真珠紅がサイドテーブルに何か光るものを置いた。
なんだ?
何故だか気になる。その光るものに兄弟2人は意識を持っていかれた。
イヤリング?虹色に光る・・・石がついている。
・・・オパール・・か?
・・・・・・・・・・・。
まさか!!?
その虹色の輝きを2人は知っていた。
遙か昔、転生する前のことだ。まだローレンスとベルデだった幼い頃、師と仰ぎ、教えをこい、憧れた存在がいた。
兄弟は生まれる前から王族の守り役となることが決まっていた。その為、幼い頃から様々な教育を受けた。その中でも、魔法学は王国の中で一番の実力を有する者に教示を受けていた。
彼は王国で代々宮廷魔法士を務めるオンディーヌ家の者。自分たちが姫様とこの世界に転生するための儀式を執り行った張本人。十二宝珠・・・オパール。
記憶の中の彼は、青みがかった長髪を一つに束ね、夜空を写し取ったような藍色の瞳、左目にはモノクルを着けていた。物腰が柔らかな雰囲気で、いつも笑顔を絶やさなかった。・・・あの時までは。
彼はいつもオパールの石が付いたイヤリングを身につけていた。虹色に光るその石には彼の魔力が込められていて、いざという時のお守りにしていると教えてくれた。窮地に陥ったとき、その石は剣にも盾にも姿を変えることができるそうだ。
目の前にある真珠紅が置いたイヤリングは、遠い記憶の中のそれと非常に酷似していた。師の力も感じとれる。
なぜ・・・・なぜ彼女がこれを持っているのか。なぜ片方だけなのか。
「あーくん?はるちゃん?」
誰が彼女に?まさか、師もこちらの世界に来ているのか?今王国はどうなっている?
疑問で埋め尽くされた頭で考えるけれど答えはでない。
今唯一分かっていることは、彼女は無事であること。そして・・・確実にその時が近づいたということ。
「ねぇ、2人ともどうしたの?大丈夫?」
師は無事でいるだろうか。王国は今どのような状況なのだろうか。
・・・そして、父上は?母上は?
『兄さん・・・そろそろ・・・・時間だね。』
『・・・あぁ、分かっている。守らねば・・・。』
自分たちには生まれる前からやるべきことがある。それは絶対に成し遂げなければならない。
彼女を守り、彼女の進む道を切り開く。
それこそがバナッシュ家に生を受けた者としての宿命なのだから。
「真珠紅、少し話を聞いてもいいか?・・・さっき、お前が助けを呼ぶ声が聞こえたんだ。」
兄の放った言葉に、彼女が一瞬固まる。さっきまでは黙り込んでしまった兄弟を心配していたはずなのに、今は何かに困惑しているような表情だ。
「真珠紅、大丈夫だよ。俺たち真珠紅の言うことならどんなことでも信じるから。」
徐々に彼女の顔が強ばっていくのがわかる。怖がらせたいわけじゃない。彼女の憂いを払い安心させてあげたいのだ。
「お前が何か困っているなら助けてやりたい。何かに怯えているなら俺たちが守ってやりたいんだ。」
しばらく沈黙が続いた。何かを言おうとしている彼女を静かに待っている。何度も唇を開きかけてはグッと閉じるのを繰り返す。
「真珠紅・・・大丈夫。大丈夫だよ。」
弟がハートの座布団から腰を上げ、彼女に近づく。安心させるように手を握ると大丈夫と言葉を繰り返した。兄の方も椅子から立ち上がり同じように彼女の手に自分のそれを重ねた。じっと瞳を見つめながら。
彼女の紅い瞳を。
「あのね・・・・・私・・・。」
彼女がゆっくりと小さな唇を動かし始めた。




