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白い空間

助けて!!


そう心の中で叫んだけれど、もちろん誰にも届くことはない。恐怖で声を出せない自分がもどかしい。

目をつむりながらも目の前に迫る何かを防ごうと両腕で顔を覆って壁をつくる。しかし、そんなものでは防げるはずもなく・・・



ザパァァァァ・・・・・ゴボゴボ・・


!!!?・・イャッ!!


頭から足先まで、身体を全て飲み込まれてしまった・・・・。


く、苦しい!

先ほどまで浴槽の中にあったはずのお湯は、私を捕らえるとクルクルと回転しながら球体になっていく。私は必死で球体の中から抜け出そうと手を伸ばすけれど、それさえも絡め取られてしまう。


なんで!?なんなの?・・・もう嫌!!・・・最近なんかおかしいよ。


どうして私なの!?


何者か分からない力に身体を押さえ込まれながら苦しさに耐える。逃げ出すことが出来ないと察しているけれど、このままじっとしているのも怖い。


苦しいよ・・。


あーくん、はるちゃん・・・助けて・・・・・・。

届くはずのない言葉をもう一度心の中で叫んだ。


助けて・・・・・お願い。

・・・・・・たす・け・・・て・・。・・・・・・た・・す・・・・・て!!! 








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・さま・・。




誰?




・・・め・・・さ・ま・・・・。



誰なの?



・・・ひめ・・・・さ・・ま・・・・・。



・・ひめ?誰のこと?



スカ・・・ト・・ひめ・・さ・・・・・・・・・。



・・・・あぁ、きっと私のことだ。



スカーレット姫様!!







ハッ!!


名前を呼ばれた気がして目が覚める。私は・・・・何をしていたんだっけ?とても苦しかったような、怖かったような気がする。

私は・・・。


・・・そうだ!確かお風呂に入っていたんだ。湯船を覗いていたら急にお湯が迫り上がってきて・・。


・・うん?じゃあここはどこ?


辺りを見回しても、見覚えのあるものは一つもない。真っ白な空間。

白い壁に白い床、白い柱が立ち並ぶ。

神殿?教会?よく分からないけど、海外の旅番組とかで見たことあるような場所だ。間違いなく家のお風呂ではなさそうだ。



私・・・もしかして死んじゃったの?



さっきまで溺れかけて苦しかったことを思い出す。

あれ?そういえば、お風呂にいたはずなのに裸じゃない。いや、正確には裸で大きな一枚の布を纏っている感じだ。

首元を指でクイっと引っ張り中を確認してみる。


うん。裸だ。


下着は一切着けていない。確かにさっきまでお風呂に入っていたことが分かった。


え?じゃあこの布は何?誰が掛けたの?









「コホン。」


!!!

誰かいる!?

今まで自分の周りしか見ていなくて気づかなかった!自分がペタンと座っている床から少し目線を上げてみる。

すると、前方、少し離れている所に人の足が見えた。たぶん男の人の足だ。


誰なの!?怖い怖い怖い怖い怖い!!


得体のしれない存在に恐怖を覚えながらも、少しずつ更に目線を上げた。


そこには・・・青みがかった長髪に藍色の瞳、左目にモノクルを着けた男性が立っていた。その男性はフードの着いた長いマントみたいなものを羽織っている。明らかに現代の日本では見ない格好だ。


「お待ち致しておりました。スカーレット姫様。」


男性が丁寧にお辞儀をした後、私の前に跪いて下を向く。その動作に驚いて、後ろに仰け反ってしまった。


ひ・・め?

誰?誰のこと?もしかしたら私の後ろにもう1人いるのかな?

後ろを振り返ってみても誰もいない。ここには私と彼の2人だけだ。


「やっと・・、やっと貴方様をお迎えすることができました。遅くなってしまい申し訳ございません。」


お迎え?やっぱり私死んじゃったのかな。


「姫様、すぐにでも王国へお連れしたいのですが・・・今はまだこの場でお話しすること以外叶いません。私の力が至らず・・・・重ねてお詫び申し上げます。」


ちょ、待って待って!王国?なんのこと?私に言ってるの?


「姫様?」


返事をせずにポカンとしている私に気づいたのか、男性が顔を上げこちらを覗き込んできた。

モノクルの下の藍色の瞳が心配そうにじっと私を見つめる。2、3秒くらい見つめた後、彼はハッとしたような表情で


「申し遅れました。私、宮廷魔法士のルーファス・オンディーヌと申します。エターミス王国の十二宝珠・オパールを務めております。」


きゅ、宮廷・・・・魔法士!!?

ち、ちょちょちょちょっと待って!魔法士?王国?えっ、何?何かのイベント?


聞き慣れない言葉の連続に頭の中がパニックになる。王国とか魔法とかファンタジーの世界だよね!?

まさか・・・本気で言っているわけではない・・・・・・・よ・・・ね?

男性の方をチラッと見ると、至極真面目な表情である。冗談を言っているようには見えないのだ。


なんて返事すればいいの?私も自己紹介するべき!?それよりさっきこの人、ス・・なんとか姫様って呼んでたよね。そもそも人違いなんじゃ・・・。


「あ・・・・・の、ル、ルーファス・・・さん?私、如月真珠紅っていいます。あの、たぶん・・・・人違いかなぁ~と思うのですが・・・。」

「ご冗談を。私が姫様を見間違えるはずはありません。あと、私のことはルーとお呼びください。」


ご冗談ではないんです!姫様でもありません!!

なんで!?その姫様はそんなに私に似てるの?早くお家に帰らないとお母さんも心配するのに。っていうか、ここはどこなの?それだけでも聞かないと!


「ル、ルーさん、あの・・・ここはどこですか?私、早く家に帰らないと・・両親が心配すると思うんです。さっきまでお風呂に入っていたはずなのに・・。」


そこでふと気づく、ここにはルーさんと私しかいない。私はさっきまでお風呂に入っていたから全裸でここに来たはずだ。ってことは・・・この布はルーさんが掛けた!?裸見られた!?



カァァァァァッ

一気に顔が熱くなった。知らない人、しかも男性に全裸を晒してしまった。もうどうすることも出来ないけれど、ショックで視界が歪む。


「姫様、私に『さん』は不要です。ただ、ルーとだけお呼びください。そして、姫様のご両親への心配も不要です。」


カッとなった。勝手にここに連れてきたくせに両親の心配しなくていいなんて。全裸を見られた恥ずかしさもあり、私は口調を強めて言い返していた。


「心配しなくていいなんて・・どうして!?いきなり変な力で勝手に連れてきて、勝手に話して・・・もう何が何だか分からないよ!!とにかく早くお家に帰して!!!」


最後の方は少し叫んでしまっていた。人に声を荒げるなんて、今までの人生でほとんどない。でも、今はそんなことどうでもよくて、とにかく家に帰りたかった。知らない場所、知らない人とわけの分からないことを話しているより、自分の安心できる場所で大好きな両親といるほうが何百倍も良いに決まっている。


私の様子を見ていたルーは、驚いたような顔になり、


「ま、まさか・・・姫様には記憶が・・・。いや、それよりも・・ローレンスとベルデは一緒じゃないのですか?」


ローレンス?ベルデ?誰それ。そんな人知らないよ。

わけが分からず、首を大きく横に振る。


「スカーレット姫様。貴方様は確かに覚醒しているはずです。まだかなり力は小さいですが、覚醒していなければ私が力を辿って姫様を見つけることはできません。覚醒の予兆が現れれば、バナッシュ家の兄弟が姫様に説明するはずでした。」

「そもそも私はスカーレットっていう名前じゃないし、姫様でもないです!何を根拠にそんなことを言ってるんですか!?」


全然話が通じなくて段々イライラしてきた。この人は何を言っているのだろう。覚醒ってなに?私は今までと何も変わってない!!変わったことなんか一つも・・・。


「貴方様がスカーレット姫様だということは確かです。これは絶対に揺るがない。その証拠に・・・。少々失礼致します。」


ルーがしゃがみ込んでいる私の両手を取り、そっと立たせる。そのまま左手を引いて、くるっと後ろを向かせる。今まで気づかなかったけれど、私の後ろには大きな鏡があったようだ。金色の縁で囲われた大きな姿見で、一番上にはキラキラと光る大きな紅い宝石がはめ込まれている。そして紅い宝石の左右には色とりどりの小さな宝石が・・・12個。その豪華さに見とれていると、ルーが鏡の前までエスコートしてくれた。


「貴方様は間違いなくスカーレット姫様です。このように月明かりを浴びたような銀髪で、どこまでも深い紅い宝石眼を持つ者は、スカーレット姫様以外に存在致しません。」


鏡の中には最近毎日会っている、紅い瞳の私がいた。そうか、今は感情が昂ぶっているから・・・。でも、この銀髪は?それに、私の髪はこんなに長くはない。

鏡の中の私は腰まで真っ直ぐに伸びた銀髪をしていた。銀髪の隙間からは紅い瞳がいつもよりキラキラと輝いているように見える。元の色素の薄い茶色の髪よりも、目の前に映る月明かりのような銀髪のほうが・・この紅い瞳には似合っているような気がした。


「これは・・・私?・・・・ち、がう。そうじゃない・・・。私は・・・・私は・・ちがうの。」


ルーに言っているわけではない。ただ、思ったことが自然と口から零れてしまったのだ。鏡の中にいる少女は絶対に自分じゃないのに・・・・絶対に私だ。でも、信じたくない。信じてしまったら・・・きっと・・・・終わってしまうから。



何が終わるの?



「スカーレット姫様。今はまだ混乱しているようなので少し休息をとりましょう。」


ルーが私の肩にそっと手を置いた。それをとても腹立たしく思い


「触らないで!!私は、違うの!私は・・・・・帰りたいの。」


ルーの手を振り払い、両手で顔を覆った。己の手で隠された瞳から大粒の涙が溢れ、次第に手の隙間をつたって床にポトリと零れる。


「私を・・スカーレットと呼ばないで。私は・・・・・。」


それ以降、うまく言葉が出なくなってしまった。瞳から溢れる涙と嗚咽が止まらず、言葉を紡ぐことができないのだ。

その様子を見たルーは、私に振り払われた手をもう一度私の肩に置き、そっと座るように促す。鏡の前は段差になっているので、そこに腰を下ろした。


ここがどこなのか、目の前にいる人は何者なのか、どうして私が連れてこられたのか。

分からないことばかりで恐怖に押しつぶされそうだ。




ただ一つ、本当は一つだけ私の中で確信したことがある。

でもそれを口に出してしまえばもう逃げ場はない気がする。だから知らないふりをした。




泣きじゃくる私の横に膝をつき、ルーが優しく背中を撫でてくれている。もうその手を振り払う気はおきず、身を委ねる。私を落ち着けようと何度も繰り返し撫でてくるから、強ばっていた私の肩から徐々に力が抜けていく。両手で顔を覆っているから表情は見えないけれど、ルーの少しだけ安堵したような雰囲気を感じた。



   ********************



鏡の前で号泣し、さっき会ったばかりの人に慰められ、やっと落ち着きました。

途中鼻水が出てきたけれど、ルーがそっとハンカチを貸してくれたので遠慮なく使わせてもらったよ。


そして今はまだ白い空間にいて、さっきと状況は何も変わっていない。私は、裸を見られ、泣きじゃくって鼻水を垂らした醜態を見られたルーとは早く別れて家に帰りたいのに。


「落ち着きましたか、真珠紅様?」


あれ?今、真珠紅って・・・・。


「スカーレット様のお名前はまだ慣れないようですので、しばらくは真珠紅様と呼ばせていただきますね。」

「あ、ありがと・・ぅ・・ございます。」


ルーのちょっとした気遣いに嬉しくなり、少し照れる。


「真珠紅様、まだ状況を把握していないようですので私から簡単に説明致します。本来ならバナッシュがしっかりと説明しているべきことですが・・・。」


またバナッシュという名前が出た。いったい誰のことだろう?


「あの、バナッシュって誰なんですか?」


疑問をそのまま口にしてみた。ちゃんと聞いて理解しておかないと、また何かあったらパニックになってしまう。


「やはり、バナッシュとはぐれてしまっていたのか・・。転生の儀の時にノワールの力が干渉してしまったと伝わっていたが・・。」


私の質問に考え込み、一人で何か言っているけれど、なんのことだかさっぱり分からない。また新しい名前が出てきてしまって更に混乱する。

本当に私に関わる話なんだよね?


「すみません、状況を整理していました。バナッシュ家というのは代々エターミス王家を守護する一族のことです。一族には特別な力があり、年の近い王族の守り役を担っています。真珠紅様にはバナッシュ家のローレンスとベルデという2人が守り役として着いていました。」

「ちょ、ちょっと待ってください。王族に仕える守り役がどうして私に着いているんですか?」


バナッシュ家の役割はなんとなく分かったけれど、その一族が私に仕えているというのが理解できない。

私は純日本人でエターミス?の王族ではない・・・はず・・・・・・・・だよね?


私の隣に座って話していたルーは、一度立ち上がり、私の正面に膝をついた。

そして、私の両手をギュッと握りしめてきた。下から覗き込んできたルーの表情は真剣そのもので、今から本当に大事なことを話すのだと感じる。


「真珠紅様、貴方様はエターミス王国のスカーレット姫なのです。正確には、スカーレット様が転生して異世界でお生まれになったのが貴方様です。転生の際に、姫様の記憶と力を全てその瞳に封印しました。その宝石眼はエターミス王家の者のみが持つ証。とくに真珠紅様の持つ紅い宝石眼は珍しく、力の強い者にしか現れません。・・・ここまで深い紅は文献にもほぼ残されておらず、私が知る限りではたった一人・・・・。」


そこでルーの言葉が止まってしまった。何か考え込んでいるようだ。

私もその方が助かる。正直、今までの話の内容が濃すぎてついていけてない。私が王国の姫で、すごい力を持ってるってことでいいのかな?転生って・・・生まれ変わりとか、そういうこと?


「ルー、私が転生した姫だってことはなんとなく分かったんだけど、それがどうしてこっちの世界に呼ばれたの?生まれ変わったってことは、そのスカーレット姫は死んでしまったってこと?」

「いいえ!!姫様はお亡くなりになってはいません。事情があり、力を封印し敵から逃げ延びた先が真珠紅様のいた世界なのです。」


そこまで言うと、ルーは申し訳なさそうな顔になり、ずっと握っていた私の手をもう一度握り直した。

そして、ほんの少しだけ眉をしかめ辛そうにしている。


「ルー?どうしたの?」


心配になり呼びかけると、


「申し訳ございません、真珠紅様。そろそろ時間のようです。」

「時間?」

「はい。私の力不足でこの空間を保てる時間が残り少ないのです。今は真珠紅様の意識だけをこの場にお呼びしただけなのです。」


やっぱり、私をここに連れてきたのはルーだったんだ。どうしてよりによってお風呂中の時に呼んだの?

聞きたかったけれど、私の全裸の記憶を呼び起こしてしまいそうで聞けない・・・。


「ちなみに、私は水の加護を受けているので水の力を使うことが多いです。今回真珠紅様をお呼びしたよりも以前に何度か貴方様と接触していたのですが・・その時は真珠紅様の身体が水と遠すぎたため、失敗に終わりました。つい先日も腕に触れられただけで、こちらにお越し頂くことは叶わず・・・。」


もしかして、この前噴水の前で引っ張ってきたのもルーだったの!?


「今回は真珠紅様が全身を水に浸けていたので無事に成功いたしました。」


ルーがキラキラとした笑顔を私に向けてきた。

全身を水に浸けることなんてお風呂の時しかないじゃん!!


「それと、全身水に浸かっている時は入浴中しかないと思ったので、布はちゃんと巻いた状態でこちらに現れるように調整いたしました。」


抜かりはございません!みたいな顔・・・つまりドヤ顔で片手を自分の胸にあてている。私が心の中で考えていることを全て答えたルーは、もしかして心を読む力もあるの?っていうか全部確信犯じゃなかろうか。


「心を読む力はございませんよ。」


!!?


「全て真珠紅様の顔に書いてあります。」


パンっと自分の両手で頬を勢いよく隠した。それをみたルーはフフっと笑った後、また真剣な顔に戻る。


「真珠紅様、本当はもっとゆっくりとお話したいことがたくさんあるのですが、今はここまでが限界です。消耗した力が回復したらまたお迎えにあがります。それまでこれを肌身離さず持っていてください。」


そう言って、ルー自身が着けているイヤリングを右側だけ外し、私の右手に握らせた。そのイヤリングには1㎝くらいの虹色に光る宝石が付いている。


・・・オパール・・かな?


「それは左右対になっている耳飾りですので、私と真珠紅様を繋ぐ媒体になります。これまでより安定して貴方様と接触出来るようになるでしょう。」


私、またここに呼ばれるの?何のために?それよりも、今日はちゃんと家に帰れるの?

私にもたくさん聞きたいことが出来てしまった。もう限界って・・あとどれくらいなの?


「真珠紅様、どうか・・・どうか私がお迎えにあがるまでご無事でいてください。真珠紅様が覚醒なされた時に、奴らも感じ取っているはず。ローレンスとベルデは貴方様と同じ世界に転生しているのです。彼らは守り役として必ず貴方様を守るでしょう。きっと近くにいます。彼らを探して・・・・・・・。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。










ポチャン






ハッ!!

目覚めると、そこは見慣れた自宅のお風呂だった。浴槽の縁を枕にして眠っていたようだ。


あれ・・・・・?・・・夢?

まだ浴槽のお湯は温かい。そんなに時間が経ったようには思えない。もしかして、部活で疲れて寝落ちしてしまっただけではないだろうか。


そこで違和感に気づき、握っている右手を顔の高さまで持ち上げる。ゆっくりと手を開くと




・・・・そこには、虹色に光る石が付いたイヤリングがあった。



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