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記憶 ~玖遠~

いつも思っていた


何かが足りないと


いつも探していた


自分の一部を


今すぐに見つけなければならない


俺は・・・・


・・・・・私は・・


私には・・・・必要な・・・・・・・



   ********************



物心がついた頃から焦っていた。

早くしないと、早く見つけないと・・・また失ってしまう。


何を?


大事なもの。絶対になくてはならないもの。

自分に必要なもの。


ちゃんと大切にしていたんだ。

そばにいて、守っていた。

大切だから。


でも・・・・・・失った。


何を?


・・・彼女を・・・・・




小学生の頃、見つけた。

何を見つけたか分からない。自然と惹かれるもの。

感じるんだ。そこにいる。


「あの、僕の家に何か用かな?」


君の家には興味ない。君の家の中にあるものが・・・・・欲しいんだ。


「べつに・・通りがかっただけ。」


思っていたこととは違う言葉が出てしまう。

俺の言葉を聞き、眼鏡をかけた彼はただいまと言いながら家へ入っていく。その足取りは軽く、とても嬉しそうだ。

名前も知らない彼に嫉妬する。俺もそこに入りたい。何故だか分からないけれど、きっとそこにあるんだ。大切なものが。ずっと探しているもの。

きっと彼女も俺を探してる。


・・・彼女?


「あーくん、おかえりなさい。」


家の中から小さな女の子の声が聞こえた。

胸が締め付けられる。

あぁ、彼女だ。


声が聞こえただけで、今まで感じていた喪失感が和らいでいく。満たされる。

でも届かない。まだ・・・



   ********************



高等部3年になり、生徒会副会長になった。

べつになりたかったわけではない。綾人が・・友人が会長になり、手伝って欲しいと言われた。

真面目で、責任感が強く、そして涙もろいやつ。愛想がなく人付き合いが苦手な俺にも笑顔で接する彼からの頼み。

断る理由もなく引き受けた仕事だ。

高等部1年から所属しているアーチェリー部の練習に行ける日は減ってしまったけれど、別にかまわない。彼の助けになれるなら。



入学式の次の日。

学園の門をくぐり噴水の前まで来ると、後ろからよく知る声が聞こえた。


・・綾人か。


彼は社交的だが、あまり大きな声をだして話すタイプではない。落ち着きがあり、思慮深い。そんな所が好ましい。

それなのに、今日はいつもより声のトーンが高いように感じる。嬉しさを隠しきれないような、ずっと欲しかったものが手に入ったような・・・そんな声だ。

振り返り、友の顔を探す。




   そして見つけた


今まで感じたことのない衝撃に目を見開く。全身の血が沸騰するように熱くなる。

見つけた!彼女だ。

誰なのかは分からない。けれど分かる。彼女がいる。

見つけた、やっと・・・見つけた!!


途端に視界が膜を張ったように歪む。もっと彼女を見たいのに・・・。

指先で目をこすり膜を外そうとした。そこで気づく。俺は・・・泣いているのか・・。なぜ・・。

指先を湿らせるものが邪魔でもう一度強くこする。やっと視界が開けた。


!!!


彼女がこちらを見ている。俺を・・・見てくれている。

それだけで止めどなく溢れ出てくる喜びに身体が震えた。急いで彼女の元へ駆け出したい。声を聞きたい。その小さな手に触れたい。しかし、足に力が入らず踏み出せない。


「玖遠!」


友の声にハッとする。彼女の後ろから手を振る綾人がこちらに向かってくる。そうだ、俺は・・綾人の声に振り返ったんだ。想像していなかった衝撃に忘れていた。


「おはよう、玖遠。噴水の前で何してるんだ?」

「べつに・・何もしてない。後ろからお前の声が聞こえたから振り向いただけだ。」


綾人の声で振り向いたのは本当だ。ただ彼女を見つけて、見つめて・・そして少し泣いていただけ。


「そうか。玖遠、紹介するよ。幼馴染の真珠紅。昨日この学園に入学したんだ。真珠紅、おいで。」

「玖遠先輩、おはようございます。」


彼女より先に遥が挨拶してきた。


「あぁ、おはよう。」


遥も一緒だったのか。相変わらず仲の良い兄弟だな。

遥に挨拶したところで、彼の後ろから小さな彼女がひょこっと現れる。さっきからずっと気になっていた。綾人たちに気づかれないように目線をわざと外していたのだ。本当はもっと見たい。


「真珠紅、こっちは神宮寺玖遠。この学園の生徒会副会長だ。」


綾人が俺のことを簡単に紹介したところでやっと彼女に視線を向ける。さっきは遠くから見つめたけれど、今は俺の目の前に彼女がいる。視線を外せず、瞬きも忘れる。

柔らかそうな髪。茶色く丸い大きな瞳。透き通るような白い肌。まるで子ウサギのように小さく愛らしい。早く声を聞きたい。


「あ、あの、はじめまして。中等部1年A組の如月真珠紅です。よ、よろしくお願いします。」


緊張しているのか、少しうつむき気味に自己紹介してくれた。彼女の赤く小さい唇からは、とても綺麗な澄んだ声が響いた。声が聞けた喜びにまた視界が歪みそうになる。堪えなければ。


「・・・あぁ、よろしく。」


笑顔で返事をしたかったのに・・・力が入りすぎて上手くいかない。眉間に皺が寄ってしまい、俺の顔を見た彼女が怯えたような表情になる。違うんだ。君に出会えて本当に嬉しいんだ。伝えたい気持ちを表現できないもどかしさに唇を噛む。


「真珠紅、こいつはいつも無表情だから怒っている訳じゃないよ。」


綾人の言葉に彼女の表情が和らぐ。可愛い。どうしようもなく・・。


「じゃあ、俺たちはそろそろ中等部の校舎に向かうよ。」


一通り挨拶が終わったところで遥が声をあげた。もう行ってしまうのか・・・まだ・・・名前も呼んでいないのに。・・・真珠紅・・しずく・・しずく。


・・・あ、ダメだ。これではまるで変態じゃないか!?さっきから頭の中でグルグル考えていることをもし彼女に知られてしまったら・・・絶対に引かれる!!

顔を見ただけで、声を聞いただけで・・可愛すぎて、愛しすぎて泣いてしまうなんて・・・・ヤバイやつだ。


そこで遥が彼女に向かって手を差し出している。まさか手を繋ぐつもりじゃないだろうな!?俺はまだ名前も呼んでないのに!

しかし彼女は遥の手を取らず、困った表情をしている。


「真珠紅?」


遥が彼女の名前を呼び、上げている手を更に伸ばした。彼女は少し言いにくそうに


「は、はるちゃん・・私もう手を繋がなくても1人で歩けるよ?」


フ、ハハ

さっきは笑えなかったのに・・遥が拒まれているところを見て笑ってしまった。大丈夫、誰にも気づかれてないは・・・ず・・。

・・・綾人と目があった。綾人は一瞬驚いたような顔をしたけれど、すぐにフリーズした遥の方へ視線を向ける。


「真珠紅、遅刻しちゃうから遥はほっといて早く教室行きな。」

「う、うん。・・じゃあ、行くね。」


フリーズした遥に困っている彼女の方を優先したのか、俺の笑みは見なかったことになったらしい。





彼女が行ってしまった。まだ一緒にいて、声を聞きたかった。名前を呼びたかった。笑顔を見たかった。

同じ学園だし、綾人と遥の幼馴染みならすぐにまた会えるだろう。そう思うけれど、やっと出会えた喜びが別れの喪失感に塗りつぶされていく。黒く・・・深く。


また、失ってしまうかもしれない。

 

何を?・・・彼女を?


彼女は別に俺のものではない。たった今出会ったばかりのただの知り合いにすぎない。

そう言い聞かせる。しかし分かってる。ずっと昔から。


彼女は・・・大事なもの。絶対になくてはならないもの。

自分に必要なもの。



彼女が行ってしまった。俺の・・・私の元から・・・・・・

はやく・・はやく取り戻さないと・・・


胸の奥に痛みを感じる。

深く、深く・・・暗い・・・鋭い痛み。

目の前が黒くなる。どこまでも続く・・・闇。



「玖遠、俺たちも教室に行こう。」


友人の声でスーっと痛みが引いた。

あぁ、早く教室に向かわなければ遅刻してしまう。


・・・ポチャッ・・・・


その時、後ろのほうから何か声が聞こえた気がした。


気のせいか・・・。

もう一度彼女の背を見つめる。もうだいぶ遠くに行ってしまったけれど、他の生徒がたくさんいる中で、すぐに彼女を見つけることができた。


やっと・・・出会えた。また一緒にいられる。

今度は絶対に放したりしない。


また?・・・今度は?




・・・・ス・・・・ト・・・スカーレ・ト・・・・・・・


・・・・・・スカーレット・・・



始業時間を知らせるチャイムが鳴り始める。中央の噴水はサラサラと水飛沫をあげ弧を描く。心地よい水の音に混じって、その時を知らせる声が響いていた。


玖遠に前世の記憶はありません。魂の奥深くで覚えているだけです。

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