彼と彼女
木々の間からキラキラとお日様の光が降り注いでいます。
木の葉を揺らす風が頬をくすぐり、小さな鳥たちのおしゃべりが耳に心地よく届くある午後の日。
私と彼は久しぶりの休日を2人で過ごそうと裏庭に足を運びました。今日は前回の休日に決着がつかなかったアーチェリーの勝負の続きを行うのです。
まずは空腹を満たそうと持ってきたバスケットを持ち上げ彼に目配せします。彼は微笑みながら木陰に敷物を敷いてくれました。いつも言葉にしなくとも私の考えを読み取り実行してくれる彼に、私はついつい甘えてしまいます。
敷物を敷き終わり、そこにバスケットを置くと中身を一つずつ出していきます。まずはサンドイッチ。ハムとチーズのシンプルなものと、お野菜をたっぷりはさんだもの。これは酢漬けになっているキャベツがアクセントです。飲み物には昨日私がブレンドした紅茶。あとよく冷えた果実水。もちろん食後のデザートも忘れていません。昨日メイドと一緒にフィナンシェを焼き上げました。
バスケットから用意したものを全て出し終わると彼がハムとチーズのサンドイッチを一つつまみ上げました。パクッとかぶりつく姿が可愛くて自然と笑顔が零れます。私もお野菜のサンドイッチを手に取り一口かじります。シャキシャキと瑞々しいお野菜と濃厚なソースがとても美味しいです。
デザートまでしっかり食べ終わり、彼がスッと立ち上がりました。手にはすでに弓を持っていてすぐにでも試合を始めたいようです。
私はというと、満腹で少し休憩したいと敷物にゴロンと横になります。食べてすぐ動くなんて苦しくてムリです。彼がそんな私を横目でチラッと確認すると、仕方がないなという感じで苦笑いをしています。
だって・・しょうがないよね。彼とのランチがとても楽しくて食べ過ぎてしまったんですもの。
彼はゴロゴロと木陰で寝転がっている私を置いて的の前に向かいます。私が休んでる間に先に練習をするつもりのようです。
まずは軽く3本の矢を順に射っていきます。シュッシュッシュッと矢が素早く飛んでいき続けてトスットスットスッと的に刺さります。中心からは外れてしまいましたが三本全て中心に近いところに刺さっています。
もう1本矢を取り出すと今度は一度深呼吸してから弓を引きます。先ほどよりも集中した様子の彼が放つ矢が的の中心に吸い込まれていきました。
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何本目かの矢を放ったところで敷物に寝そべっていた彼女が立ち上がる気配を感じた。やっと満腹の腹が落ち着いたのだろう。
いつもより食べ過ぎているなと思った時に止めてやればよかった・・・。なんとなく・・・幸せそうに頬張る彼女をずっと見ていたいような気持ちになって止めるタイミングを逃してしまったのだ。
先ほどもそうだ。食後に敷物に寝そべるなど、淑女としては褒められた行いではない。もし誰かに見られたら・・・・・・私はそいつの目を潰してしまうかもしれない。幸い、周りに人の気配を感じなかったので何も言わなかったが。誰かが近づいたらすぐに気づけるよう神経を張り巡らせていたおかげで、最初の3本は的の中心から外れてしまった。
木陰で寝転がり幸せそうに微笑んでいる彼女はとても美しく、とても愛しい。私以外の誰かに見られるわけにはいかない。
彼女は私の近くまで来ると、勝負の前に自分も少し練習させろと言ってきた。誰かさんが食後の休憩が長く暇つぶしの為に矢を射っていたというのに・・・下から上目遣いでお願いされたら断れない。
・・・私が彼女にだけ甘いのは分かっている。頼まれたら断れないし、彼女の障害は全て取り除いてあげたいと思ってしまう。彼女が私に向けてくれる笑顔だけで満たされる。
彼女と私は一つなのだから。
練習の為に的の前に立つ彼女の邪魔にならないよう横に移動する。弓を持ちスッと的を見据える瞳が紅くキラリと煌めいた。
シュッと一本の矢を放つと的の中心に刺さる。見事だ。練習なんて必要ないのではないかと思う。続けざまに何本か矢を放つと全て的の中心へ向かう。
数分後、練習が終わったのか構えていた弓を下ろし、私の方に振り向いた。
早速勝負をしようと勝ち気な笑顔が溢れ出す。それがまた可愛くてグッと歯を食いしばり斜め下を向いてしまった・・・。
赤面した顔を見られぬように。
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食後の休憩も終わり、彼との勝負に負けない為の練習もしっかり行いました。
早速勝負しようと彼に伝えると、何故か彼が下を向き拳をギュッと握りしめています。私との勝負にそんなに気合いを入れて取り組むのかと少し驚きましたが、私も全力で挑ませていただきます!
絶対に負けません!!!
前回は十本ずつ矢を射て二人とも全て中心に中りました。その為、勝負が今日に持ち越しになったのです。今日彼に勝つ為には的の中心のさらに真ん中、×印が描かれたところに連続して中てる必要があります。とても難しい技術なのでまだあまり成功したことがありません。
まずは彼の番です。一射目、もちろん彼の矢は中心に吸い込まれていきます。私も負けていられません。彼の横に並び気合いを入れて矢を放ちます。
よしっ!ちゃんと中心に刺さりました!
でも、これではいつまでも勝負がつきません。やはり×印に中てる必要があります。二射、三射と回数を重ねるたび気持ちが焦ってまいりました。
八射目、彼もこのままでは勝負がつかないと思ったのか、先ほどまでとは比べものにならないほど集中しています。ピリピリとした緊張感がこちらにも伝わってくるようです。そして・・
シュッ!・・トス。
な、なんと彼の矢が×印に中りました!彼がフっと軽く笑いました。これでは私が負けてしまいます!それはイヤ!絶対に負けたくない!!私も次の八射目を同じ×印に中てるべく弓を構えます。
シュッ!・・・っ!!・・トス。
・・・あぁぁ、力み過ぎて少しぶれてしまいました。なんとか中心の円には刺さりましたがとてもギリギリの位置です。隣の彼をチラと確認すると・・・勝利を確信したのか私の方を見ながらニヤニヤと笑っています。
くぅぅぅ・・・
まだ勝負はついていません!!
九射目、余裕な彼は肩の力を抜き軽く中心に中てていきます。私の番です。ここで×印に中てなければ彼に勝つことができません。的の前で深呼吸をし、精神集中します。一度目を閉じ神経を研ぎ澄ましていくと肌の表面がゾワゾワしていきます。全ての音を遮断し正面の的を見れば的の中心までの道が見えてきます。ここまではいつもと同じ。さらに真ん中の×印に全神経をやると、とてもとても細い糸のような道筋が見えました!
ここだっ!!
・・・・・・トス。
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イヤな予感がしたんだ。彼女の周りの空気が明らかに変わった。まずい!と思った時には彼女の放った矢が×印に刺さっていた。先制攻撃を仕掛けた時に、わざと彼女を焦らすため勝ち誇った笑みを向けた。予想した通り彼女は焦り、手元を狂わせた。残念ながらギリギリ中心に入ってしまい勝率を増すことには失敗してしまったけれど、まだ私の方がリードしている。
そう思っていたというのに・・・まさかここで中ててくるとは。
最後の十射目。絶対に中心の円にいれなくてはならない。できればもう一度×印に中たれば・・・。
九射目は気楽にできたのに・・・最後の最後で・・・。
私は緊張しながら弓を握りしめ的の前に立つ。隣では両手を胸の前で組みながら祈るようにこちらを見つめる彼女がいる。きっと私が外すことを祈っているのだろう。
・・・そんな姿ももちろん可愛いが、勝負は勝負だ。絶対に負けぬ!
余計な力が入らないよう一度肩をグルグルと回してみる。フーっと息を深く吐き出し弓を構える。矢を番い、的を見据える。大丈夫。いつも通りにやれば中心に矢が向かうはずだ。
シュッ!・・トス。
よしっ!中たった!
私が放った矢は的の中心に刺さっていた。惜しくも×印は外してしまったけれど、これで負けることはないだろう。今回も勝負がつかずに終わるのは悔しいが、まぁ、しょうがない。
緊張がとかれ、自然と頬が緩んだ。彼女に視線を移すと・・・最後の投射の為に精神集中を始めたところだった。ここで中心に中てなければ私に負けてしまうからだろう。彼女であれば間違いなく中ててくるだろうが・・・。
そんなことを考えていると・・・ザワザワと木々が鳴きだした・・・。風が強いわけでもないのに彼女の長い髪がふわりと舞い、身体の周りがユラユラと光りだしている。
集中しすぎて力が溢れ出ているのかっ!?
キリキリと弓矢を番い、的に向かう。そこで・・・ピタっと全ての音が静止した。溢れ出ていた光もスーっと彼女の中に引いていったところで・・・
ヒュンッ!!!
彼女の小さな手から矢が離れていった。そのまま的まで真っ直ぐに飛び、中心の・・・先ほど九射目から刺さったままの矢の矢筈に吸い込まれていった。衝撃を受けた九射目の矢はそのまま後続の矢に自身を引き裂かれ、真っ二つにバキバキと割れていった。後には十射目の矢が鎮座していた。
・・・っっっ!!!?・????
驚き過ぎて声にならなかった。彼女と矢を何度も交互に見てしまう。
は、・・・はぁぁぁぁぁ・・・・・。
知っていた。彼女が何事にも全力で取り組む性格でものすごく負けず嫌いだと。
思わずその場にしゃがみ込んで下を向く。頭を抱えたい気持ちをなんとか耐え、深い深いため息を漏らす。
知っている。私も負けず嫌いだと。悔しい・・・悔しい悔しい!!!途中までは勝てるかもと舞い上がっていた自分が腹立たしい!!!勝負なのだから最後まで気を抜かずに挑むべきだった。
隣では、矢が×印に刺さった後もしばらくボーッと立っていた彼女が、やっと状況を理解したようで喜びの声を上げていた。ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねながら今日の天気のようにキラキラとした笑顔をこちらに向けてくる。
・・・・・・く、くそっっ!こんな時でも彼女のことを可愛いと思ってしまう・・。
確か、勝負に負けた方が勝った方の言うことを聞くのだと言っていた気がする・・・。何を言われるのか今からとても怖くなる。彼女のことだから私が想像もつかないようなお願いをされるのだろう。ビクビクとしながら彼女の言葉を待っていると、一通り喜び終えた彼女が近づいてきた。そして・・・
彼女の願いを聞き、沈んでいた気持ちが急上昇する。まぁ、これまでも彼女の願いを聞き入れて叶えてきた。これからもそれを変えようとは思わない。勝負の罰ゲームだとしても同じだ。彼女の願いは全て私が叶えよう。
また、一緒に勝負しようね!
彼と彼女は束の間の休日によくアーチェリーで遊んでいました。彼は彼女に弱いです。




