大刃の猛獣と白の踊り子
投稿5作目です。良ければご覧いただければ幸いです。
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↑今までの作品はこちら。世界観は共通ですが、それぞれ独立した話となっております。
「ほらほら、そんなもんかい?」
「ぐぅ……強い。」
身の程の大剣を肩に担ぎながら余裕そうに冒険者ガルシアは声を上げる。対する騎士は非常に苦しそうだ。
ここはタリア王国北部、ビネス皇国との国境にほど近い砦の中、騎士達の修練場である。
近々ビネス皇国との間で同盟を結ぶ会談が開かれるのだ。そしてこの砦はその会場に選ばれたのである。
「ほれおしまいっと!次はどいつだい?」
「次は俺が!」
豪快に大剣を振り上げ、それまで対峙していた騎士を吹き飛ばし、次の相手を呼ぶガルシア。すぐさま別の騎士が襲い掛かる。
「キース、負けんじゃねぇぞ!俺はお前らが勝つのに明日の酒かけてんだ!」
「そうだそうだ、負けんじゃねぇぞ!」
「いけいけガルシア! そのまま全員吹き飛ばせ!」
そして戦いの周囲では怒号のような声援が上がる。ガルシアは別に騎士達の敵という訳ではなく、あくまで依頼を受けた冒険者なのである。つまりこれは模擬戦、もっというと賭け試合の真っ最中なのである。
「うらぁ! 次ぃ!」
「がぁ!」
そうこうしている内にガルシアがまた一人騎士を吹き飛ばす。そう、ガルシアはそんじょそこらの冒険者ではない。『大刃の猛獣』と呼ばれ、タリア王国でも屈指の実力を持つ冒険者なのだ。そのため今回も砦を守る将軍直々に護衛の依頼を受けてやってきたのだ。
「まじかよ! キースまでやられた!あいつ砦の小隊長の中でも剣の扱いならトップクラスなのに!」
「やべぇこのままじゃ明日の俺の楽しみがなくなっちまう!」
「次は誰が行くんだ……?」
「誰が行ったとしてもガルシアは負けねぇ! 今日は貰いだぜ!」
周囲が様々ヤジを飛ばす中、ガルシアは悠然と周りを見渡しながら次なる挑戦者を待つ。
「さぁて、次はどいつだぁ~?」
「では、次は私が参ろうか?」
ヤジを飛ばしていた兵士の後ろから腹の底まで響くような低音で声が掛かる。予想外の方向から声が掛かったので、ガルシアの周りを囲んでいた騎士一同は振り返って声の主を仰ぎ見る。すると、
「し、将軍!?」
「ジ、ジェド将軍……」
「この楽しそうな集まりは一体何だね? ただの模擬戦にしては随分と盛り上がっておったが……」
「これは、いえあの」
「まさか賭け試合をしていたとかではあるまいなぁ?」
騎士団の規則で賭け試合はご法度。それを敵にもなり得る相手との会談直前に行っているのがバレた日には目も当てられない。よって、
「に、逃げろ~!」
「退散退散~」
「将軍、用ができましたのでこれにて失礼いたします~!!」
騎士たちは捕まらないように蜘蛛の子を散らすように去っていった。将軍は特に追うこともなく小さくため息をついて一人残ったガルシアの元に歩み寄る。
「おいおい、おかげでこっちの稼ぎが台無しだぜ、ジェドのおっさん。」
ガルシアにとっては騎士団の規則など全くもって関係ないので、不服そうにそう愚痴る。
「やはりやっておったのか……全く、うちの連中は。」
「でも、活きのいい元気な奴らじゃねぇか! 気に入ったぜ。」
「お主にそう言われるとわしとしても鼻が高いのだがな。はぁ、とりあえず加担していたものは訓練の量を倍にでもしてやるか、顔は覚えておるしな。」
その場を逃げはしたが、結局許されることのない騎士達であった。
そんな騒ぎもあった数日後、砦にビネス皇国側の使者が到着したとの報告が入った。いよいよ会談が始まる。
タリア側は会談のためにやってきた貴族の文官数名と責任者としてジェド、護衛として騎士団の精鋭3名とジェドに依頼を受けたガルシアが参加することとなった。
「いよいよって空気だな、流石にピリついてんな~」
と口には出しつつも特に緊張した様子もなく、隣に立つ護衛の騎士にそう話しかけるガルシア。この数日間共にしたこともあってすっかり騎士達とは打ち解けていた。戦闘力だけでなく、そういった気さくな面も今回護衛に抜擢された理由の一つでもある。
「むやみにしゃべるな、俺たちは護衛だぞ! しかし、確かに緊張感漂ってきたな。」
そのため、安易にしゃべることを窘めつつも、隣の騎士は小声で会話に応じる。
「まぁまぁそんなに固くなるなって。何もこれからおっぱじめるって訳でもねぇんだしさ。」
「それはそうなんだが……」
そうこう小声で話している内に、ビネスの使者とその護衛達が入ってきた。入ってきたもの達の顔はどれも緊張感を帯びている。
それもそのはず、当時タリア王国とビネス皇国の仲は国境をめぐって険悪そのものであり、一触即発の空気がお互いに流れていたのである。それを回避するための今回の会談であるし、ここで何かが起きればたちまち両国は戦争の渦に巻き込まれる、そんな状況だったのである。
「遠路はるばるご苦労でありました、ビネスの使者殿。」
「いえいえ、対話と同盟のためを思えばこれしきの距離、屋敷の散歩と変わりありませんよ、タリアの使者殿」
両者和やかな表情で会話をしているが、その内心は緊迫していた。こうして、ビネス・タリア間での国境の取り決めおよび同盟に関する会談が始まった。
「ふぁ~あ、退屈な会議だったぜ!」
「そういうな、無事取り決めも同盟も決まったものだしな。」
「しかも、護衛として参加した俺たちは夜の宴にも招待される! あ~うまいもんたらふく食えるんだろうなぁ~」
会談は当初の目的通り、国境の取り決めと同盟の締結を完了し、無事終結した。終始退屈だったガルシアも、話していた他の騎士が夜の宴について話題を出した途端、一瞬で気持ちが入れ替わる。
「かぁ~!こういうときの宴の飯って、ぜって~普段食えねえ高級なもんとか食えるぜ! 今からマジで楽しみだ!」
「だな!」
「しかし、ここまで何もないって逆に何か不自然じゃないか?」
浮かれた気分を遮るように、一緒にしゃべっていたキースが疑問を口にする。
「どういうことだ、キース?」
「いや、我々とビネスは先ほどまで険悪そのものだった。それがこうも何もなく同盟組みました、というのは流石に違和感を覚える。普通もっと妨害や襲撃があってもおかしくない。それに……」
「ほかにも何かあんのかい?」
「我らの同盟をよく思わないのは、国外にもいる。そちらの襲撃も視野に入れねばならん。水を差すようで悪いが、今夜の宴、相当気を引き締めたほうが良いと思う。」
「ほえ~、よく考えてんのなお前。すげぇな!」
キースの考察に対し、素直に称賛を送るガルシア。それに対しキースは顔を赤くしながら早口で、
「なっ……!いや、小隊長たるもの、個人の武だけでなく、戦略についても勤勉でなくてはならんからな、このくらい当然だ。」
と返す。するとその反応に対し会話に参加していた他の騎士たちは、
「うわっ、顔真っ赤じゃねーか!」
「ガルシアに褒められて照れてやんの~」
「優等生のキースも素直に褒められるのには弱えぇのな!」
などと、口々に彼をいじっていく。
「う、うるさい! とにかくだ、俺たち護衛は宴の間も気を抜かないようにしよう!」
「ま、それには同感だな。」
「ちょっと浮かれすぎてたもんな、俺ら。」
「この後も気ぃ引き締めますか~」
そんな彼らに対しキースは何とか話を逸らすことに成功する。
(いやぁ、本当いい部下持ったな、ジェドのおっさん…)
そして先を進みだした彼らを後ろから見ながら、ガルシアはしみじみとそう思ったのであった。
その夜、昼間会談が行われていた部屋では、予定通り宴が行われていた。テーブルやイスは取り払われ、床には豪華な敷物が敷かれ、その上に座りながら、各人思い思いの位置で食事をし、酒を酌み交わしている。もちろん護衛の者たちと文官たちとで場所は離れていたが。
「この度は本当に話がまとまってよかったです。」
「そうですね、どちらも損をしない、最高の結果になったと、国に戻って報告ができます。」
文官たちが今回の会談についての感想を述べ合っている向こうでは騎士たちが、
「そんな道通ってきたのか、あの格好で!」
「ビネスの騎士ならば当然よ!しかしそちらの訓練の練度も素晴らしいな!」
「なっはっはっは!そう褒められるとうれしいなぁ!」
と、お互いのことを褒めあっている。実に和やかな光景である。そんな中、ガルシアは一人気配を薄くしながら酒と飯を少しだけつまんでいた。
(混ざりてぇのはやまやまだが、な~んか嫌な予感がすんだよね。キースが言っていたのはあながち間違いでもなさそうだねぇ。)
流石は凄腕の冒険者というだけはあり、宴に流れる微細な違和感を敏感に感じ取っていた。
そうして宴もしばらくしていると、一人のビネス皇国の文官がそそくさと部屋を出ていくのをガルシアは見逃さなかった。
(あそこで捕まえるのも簡単だけど……さて、何がでてくるかねぇ?)
そして、しばらくした後、文官は勢いよく扉を開けて戻ってきた。当然他の者たちの目は扉に集中する。
「宴をお楽しみ中の皆様、今宵は宴がより一層華やぐよう、舞子を一人連れてまいりました。ご覧くださいませ。」
そう言って文官は後ろに控えさせたものを前に出す。しかし他の者たち、特にタリア王国の者たちは反対しようとした。宴の最中に部外者を勝手に中に入れようとするのだ、当然である。
「おいお前、何を……」
いち早く反応したキースが声を上げようとしたが途中で声を止めてしまう。
入ってきたのは一人の踊り子だった。顔の目から下をベールで覆い、靴は先がとがったヒールのない平靴、下は足首を絞りつつも足の形が隠れるようなゆったりとしたズボン、上は逆に体のラインがピッタリと出るような伸縮性のあるシャツのようなもの、胸元はベールを交差させるようにふんわりと包んでいる。髪は長いつやのある黒髪を後ろで一つに括り、服装は白一色、純白の装いであった。一歩一歩ゆっくりと歩く様、体の曲線美も非常に美しい。それだけなら何もおかしなことはないのだが、一つ明らかに場違いな点があった。
剣だ。歩いてきた踊り子は交差した両手にそれぞれ曲剣を持っていたのだ。そして二つの剣は柄の後ろがこれまた純白の長いベール結ばれており、歩くたびそのベールがひらひらと揺れる。まるで剣を握った女神が舞い降りてきたかのようであった。
そして、声を上げようとしたものの近くをふわりと通るたび、声は止み、周囲にいた者たち含めぼんやりとした表情をしている。そして部屋の真ん中まで来たところで剣を振るいくるくると舞い始めた。
軽やかにステップを踏み、くるりくるりと回るたび、剣が素早く通りベールがふわりと舞う。そうかと思えば今度は緩やかに波打つように体を右へ、左へ半回転させ、それに合わせて県もゆるりと右へ左へと振られる。見ている男たちは完全に踊り子の舞の、その身から漂う魅惑の香りの虜になっていた。
しばらくくるくると舞った後、踊り子は舞に合わせるように文官たちに近づいた。誰も何も声を上げない。部屋の中は完全に踊り子によって支配されていた。そして踊り子の剣が一人のタリアの文官の首に向かおうとしたその時、
「おっと待ちな。その楽しそうな剣舞、混ぜさせてもらうぜ。」
ガキン、と金属同士がぶつかる音とともにそんな声が聞こえた。ガルシアである。
踊り子は声を発さずなおもくるくると舞いながら文官たちに襲い掛かる。
「言葉返してこねぇのは腹立つが、その分剣で楽しもうじゃないか!」
踊り子の剣撃に合わせるようにガルシアも大剣で器用に迎撃する。いつものように豪快に振り回すのではなく、踊り子に合わせるように舞うように剣を振るっていく。
「ははは、楽しいねぇ!こんな戦いができるのも最高だし、ここまでやれるのはもっと最高だぁ!!」
踊り子は寡黙に優雅に、ガルシアは雄弁に獰猛に、それぞれ剣舞を続ける。
しばらく剣を打ち合ったところで、一人、また一人とぼうっとしていた意識が回復していく。ジェド将軍も早期に回復した一人で、ガルシアに声を飛ばす。
「ガルシア! どうなっているこれは!?」
「ぁあん? 楽しい剣舞の真っ最中だよ、っとお!」
剣を打ち返しながらそう返すガルシア。
「楽しい楽しい楽しい! こんなに楽しいのはいつぶりだぁ!?」
高揚し、どんどん激しくなるガルシアの剣撃。踊り子はいつしか防戦一方となってしまっていた。
「はやく、はやくやらんか!」
その場にとどまっていた、踊り子をつれてきた文官は間抜けにも踊り子にそう指示を飛ばす。自分が襲撃犯だと言っているようなものだ。
間もなく踊り子は剣をはじき飛ばされ、その勢いで扉の外まで跳躍。そのまま逃げてしまった。そして文官はというと、他でもない自国であるビネス皇国の他の者たちに取り押さえられていた。
「貴様、本気でこの会談をつぶすつもりであったか!」
「ビネス皇国! この始末どうつけてくれるか!」
文官たちががやがやと叫び始めた瞬間、ガツン、と何かを殴りつける音が部屋中に響き渡った。
「ごちゃごちゃうるせぇな。踊り子は俺と剣舞をそれぞれ披露して、両国それで盛り上がった。被害は全く出なかった。それで文句ねぇだろ?」
「だが!」
ガルシアの言葉に文官が反論しようとする。しかし、
「ここでもっぺんいざこざ起こすつもりか!? それこそそこで転がってる阿保の思うつぼだぞ!」
ガルシアのその一言によって反論は封殺されてしまった。そしてガルシアはジェドの元まで歩いていき、
「ジェドのおっさん。今回の報酬だが、これだけで十分だ。」
と、先ほどまで踊り子が使っていた剣を見せる。
「ガルシア……まさか。」
「ははっ、そのまさかだよ。安心しな、タリアにもビネスにも戻るつもりはねぇよ。」
「お主は冒険者、わしらが引き留める手段はない。」
「そういうこった。じゃあな、あとは任せるぜ。優秀な部下も大勢いるみたいだしなぁ!」
というや否や、部屋の外へ駆け出して行った。
「ガルシアめ、剣を通して恋を知ったな。ふふっ、奴らしい。」
ジェド将軍は一言そう残した後、事態の収拾に向かった。
砦が騒動の収拾に努めていたころ、砦近くの山道を踊り子エルは疾走していた。刺客が襲撃に失敗したのだ。一刻も早く逃げないと自分に訪れるのは確実な死だ。そうならないよう必死に東へ東へと進む。
東にしばらく進めばレステーム最大の国、テスリア帝国に入るからだ。さすがに軍であってもそこまでは追ってこないだろうと算段を付け、必死に山道を駆け抜けていった。
そして夜も明けた頃、エルは山を下った平原にて朝日を眺めていた。
「やった、逃げおおせたんだ。」
エルは一言つぶやいて、安堵する。ここはもうテスリア帝国内だ、追ってくるものは何もない。しかし踊り子の服装は山道を走りぬいたためボロボロになっていた。どこかで買い直さないと、と考えていると、
「これ、忘れもんだよ。」
と、後ろから声が掛かった。ぎょっとして飛び上がるように後ろを振り返ると。
「よぉ、さっきぶりだねぇ。」
己と剣を交え、己を撃退したものが目の前に立っていた。
「どうしてお前がここに!?」
「そりゃああんたを追うためさ。こっちは冒険者だからね、国境なんて訳ないって話。」
そう言ってガルシアは一歩ずつ近づく。もはやこれまでか、と静かに目をつぶる。
しかし、いつまでたっても来るはずの死が訪れない。
「やっぱりそうだ。」
その声を聞いて恐る恐る目を開くとベールを上げて顔を覗かれていた。
「やっぱりあんた、男だったね。アタシの勘は間違ってなかったよ。」
目の前には猫を思わせる大きな瞳の美女、ガルシアが立っていた。
「な、何をするつもりだ……?」
「そりゃ、わざわざ追ってきたんだ。理由は一つ、いや二つだね。」
「殺すんじゃないのか?」
「いやいや、そんなもったいないことはしないよ。アタシが追ってきた理由、それはね……」
ガルシアの迫力に思わず息をのむエル。
「それは勧誘と求婚さ!!」
「かんゆうときゅうこん……?」
エルの頭は一瞬真っ白になった。言葉は分かるがどういうことか全くさっぱり理解ができなかったのである。
「勧誘はもちろんあんたの剣の腕を見込んでさ! 他国で冒険者やるなら、姿さえ変えちまえば何にも問題ないはずだ。それに追手なんてあたしとあんたなら簡単に蹴散らせるだろうしね。」
「そ、そっちは分かる。だが求婚って一体?」
「そりゃあそこまで綺麗な剣筋を見させられたんだ、惚れないって手はないね! それに……」
そう言いながらガルシアはエルのあごにそっとてを添える。
「ベールの下もきれいな顔してるじゃないか。」
そしてそのままエルの唇に自分の唇を重ねる。
「どうだい、悪くないだろ?」
「あぁ、何もかも降参だ。」
腰が抜けたようにその場に座り込んだエルは、両手を上げ降参のポーズを取る。
こうして剣によって結ばれた二人の旅路は始まった。東から昇る朝日は二人の門出を祝っているようであった。
ガルシア。「大刃の猛獣」の二つ名で各国から恐れられた女冒険者。元はタリア王国所属であったが、タリア・ビネス同盟締結の際にタリア王国を出奔。以後様々な国を渡り歩き多くの武勇伝を作る。「舞王」エルとは恋仲で終始ガルシアが彼をリードしていたらしい。その豪快な戦いぶり、性格はまさに女傑といえよう。
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