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アヤカシ探偵社。其の伍

この世から冥界に通じる冥道。その一つに珍皇寺の地獄通いの井戸・黄泉帰りの井戸があります。その井戸をヒントに冥界を舞台に活躍するあんじーと陰陽師達の話を書きました。例によって某妖怪アニメの30分番組を想定してお楽しみください。


 東山区総合庁舎、清水道近くに六道珍皇寺なる古刹がある。此処はオカルト·マニアには有名で、地獄界に通じる黄泉がえりの井戸という名所が存在する。本編はこの井戸に纏わるエピソードである。

 

 アヤカシ探偵社事務所でノートPCを睨むあんじー。縁側から声をかける鎌鼬。

「どうした?あんじー。新しい依頼か?」

 あんじーは困惑気味に答える。

「うぬ。久しぶりに人間から来た案件なんじゃがちょっと難題でのう」

 鎌鼬は笑いながら返した。

「天下無双のあんじー様でも手こずるってか?どんな内容なんだ?」

「無双とは片腹痛い。儂の妖力など微々たるものじゃ。何時も皆の助けを借りて何とか解決できておるのじゃ。そんな事はどうでも良いのじゃが」

 あんじーは手短かに依頼内容を説明した。

「小野昴と言う者の依頼なんじゃが、先祖の編み出した方法を使って地獄界に出入りする輩が居るらしい。取り締まってほしいそうじゃ」

 鎌鼬は驚いた。

「地獄ってか?そいつは難題中の難題だ。第一取り締まるったって俺達は警察じゃないんだ、番人の鬼共の仕事だろう」

 あんじーは画面を見ながら答えた。

「確かにそうなんじゃがいろいろと訳ありらしい。取りあえず小野昴なる人物に会ってみるか」

 あんじーは依頼主にメイルを送りアポイントを取った。待ち合わせ場所はアヤカシ探偵社事務所から程近い護国霊山神社。此処は坂本龍馬・中岡慎太郎両氏をはじめ幕末の志士たちの墓があるので有名だが結構な坂の上にある為、観光地としては訪れる者が少ない。平日の午前中は観光客に会う事は稀である。あんじーは両氏の墓に向かう階段の途中にある見晴らし台で一人待っていた。そこにスラリと背の高い爽やかそうな青年が登って来た。辺りを見回す。が、他には誰もいない。あんじーは声を掛けてみた。

「貴公が小野昴殿か?」

 青年はビックリして後ずさった。あんじーは普段少女の姿をしているので無理もない。黒のエプロンドレスに大きな丸眼鏡、頭に猫耳を着けている小学生に名前を呼ばれたので驚いて当然である。あんじーは何時もの事なので慣れている。

「儂がアヤカシ探偵社代表のあんじーじゃ。見た目はこんなんじゃが年は小野殿を遥かに超えておる」

 青年は戸惑いながら答えた。

「そ、そうなんですか?これは失礼しました。僕、小野昴と言います。宜しくお願いします」

 あんじーは改めて彼を観察した。まだ二十代半ばくらい、色白で身のこなしが上品な美青年である。

「こんな所に呼び出し申し訳ない。何分この辺りは京でも観光のメッカでな、人目を避けるには此処が最適なんじゃ」 

 小野昴は頷きながら答える。

「確かに、他の場所では人目が気になって話せないですからね。内容が内容なだけに」

 あんじーは早速本題を切り出した。

「話は文面で伺ったが腑に落ちない点が幾つかある。最初から詳しく説明してもらおう」

「承知しました。ところで僕のご先祖様、篁と言うのですがご存知ですか?」

 あんじーは予想的中に納得の表情。

「やはり珍皇寺の井戸絡みか。小野篁殿には会った事はないが閻魔大王の下で冥界の役職に就いていた話くらいは知っておる」

 昴は思わずあんじーの言葉に突っ込んだ。

「そりゃ会える訳ないでしょう!ご先祖様は平安時代の人ですよ、あんじーさん何歳なんですか」

 あんじーは笑ってジョークだ、と否したが実際何歳なのかは本人もよくわかっていない。おそらく縄文時代以前、日本の黎明期には存在したのではと思われる不老不死の妖怪なのである。

「話の続きを聞こう。篁殿は確か冥土通いと黄泉がえりの井戸を使って冥界を往来されておったそうだが」

 話の通じるあんじーに昴は満面の笑みを浮かべながら語り出した。

「そうなんです!ご先祖様亡き後、何処からか井戸の噂が流れ、地獄へ行こうとする者が後を断ちません。僕等一族はその秘密を守る為代々井戸を見張り続けてきました。ところがここ最近何者かが出入りした形跡が見受けられたのです」

「形跡?どのようにして発見されたのじゃ。特殊な結界でも張っておられたか?」

「いや、単純に防犯カメラに写ってただけでして」

 いかにも現代的な昴の返答にあんじーは苦笑した。 

「この数日間に毎夜の如く井戸を通り抜ける者がいます。暗視カメラの為人相までは判別し難いのですが僕とさほど年の差はないようです」 

 あんじーは疑問をぶつけてみた。

「しかしどうやって冥界に行く方法を知ったのじゃ?一般人では井戸に入れてもその先に辿り着けるようには思えぬが」

 昴は一瞬考え込んだ。

「それなんですよ。考えられるとしたら陰陽道に精通している者、もしかすると身内なのかも」

「お主等小野家は数少ない朝廷に使える陰陽師の一族であったな。確かに心得のある者なら可能かも知れん。取り敢えず井戸を見張って後を追けてみるかのう」

 あんじーの言葉に昴は安堵の表情。

「そうしましょう!実は何度か試そうと思ったのですが何分地獄には行った事が無くて…一人が怖くて中々踏み切れなかったのです」

 案外臆病な昴に苦笑するあんじー。だが普通の青年なら当然か、と納得もした。現世に戻れる保証は無いのである。件の輩は実行しているから多分大丈夫な筈なのだが。

「昴殿、誤解されているようじゃが地獄界と冥界は同じではない。地獄界から戻る事は容易ではないが、その手前である冥界からは数多くの人間が生還しておるのじゃ」

「え?似たようなものかと。どう違うんですか?」

 流石に今の若者には知る由もないが仮にも小野家の末裔では勉強不足である。呆れながらもあんじーは解説した。

「よいか。地獄界とは罪人が落ちる刑務所のような場所、冥界は現世で言うところの裁判所じゃ。その者の罪を精査し、地獄に落とすか極楽に送るか決めるのじゃ。閻魔大王も其処の裁判官での。他に九人の裁判官がおり、十王と呼ばれておる。人は死してから冥界に下り三五日の間罪状を調査される。そのデータを元に極楽浄土に行くか地獄に落ちるか決まるのじゃ」

 昴は成程、と得心した表情。

「だから葬式の後初七日、四九日、十三回忌とかがあるんですね」

 昴の返答にあんじーは何とも言えぬ複雑な気持ちになった。昴の中途半端な知識に疑問を抱いたのである。

「因みに昴殿は何をされているお方かな?」

 昴は自慢気に答えた。

「本業は祓魔師なのですが寺町京極で陰陽グッズのショップも経営しております。陰陽師が一部の若者にウケてまして修学旅行生や若い女の子を中心に呪符ステッカー・独鈷キーホルダーなんかが爆売れしてるんです」

「何と罰当たりな・・・まあそういう時代なのかもしれぬが」

 あんじーは昴の事が増々不安になった。陰陽道に精進するより土産物屋に力を入れている風にしか思えない今どきの若旦那、と言ったところか。おそらく神通力も大した事はないのだろう。見かけで判断するべきではないのだろうが・・・あんじーは余計な事は考えまいと気を取り直し、昴に提案した。

「では早速じゃが今夜から見張ってみるか。毎夜の行動なら尾行するのも容易いじゃろう」

 昴は何の躊躇いも無く即答した。

「そうしましょう!録画を見てますと丑三時前後の午前一時から三時に来るようです。ですので午前零時に珍皇寺門前で落ち合うのは如何ですか」

 昴のやる気を見てあんじーもちょっと前向きになった。

「良かろう。では零時に楼門にて」

 二人は約束を交わし、神社を後にした。



 午前零時五分、六道珍皇寺楼門。あんじーは一人昴を待っていた。社員は用心の為連れて来てはいない。予想はしていたが自分が決めた時間を守れぬ奴かと半ば呆れていた所に当の本人が現れた。

「遅れてすみません!ちょっとレジの締めに時間食ってたもので」

 あんじーは昴の言い訳を無視した。

「然程遅れてはおらん。直ぐに井戸に向かおう」

 あんじーは通用門を開き中に入る。昴は開いていた事に驚いたが予めあんじーが準備していたのをすぐ理解した。二人は急ぎ冥土通いの井戸まで向かった。建屋の影に身を潜め、犯行者が現れるのを待つ。暫くするとそれらしき人物が辺りを覗いながらやって来た。タイトな黒装束に目出し帽、まるでスパイ映画の侵入者である。一通り周囲を見渡すと井戸には目もくれず近くの扉に入った。

「どう言う事じゃ?人違いにしてはこんな真夜中に徘徊する者がいるとも思えんが」

「それが秘匿の妙案なんです。黄泉がえりの井戸は観光用のダミーで、本物は屋内に隠してあるのです」

 あんじーは成程、と頷いた。

「確かに偽物の井戸では冥界になど行けまい。良いアイデアじゃな」

「そんな事より速く奴の後を追い掛けましょう。見失うと発見するのは難しいんじゃないですか」

 あんじーは昴の言葉に頷いた。

「そうじゃ、急ごう」

 二人は建屋の中に入った。中には地下に続く縦穴に石段があった。昴はあんじーに構わずどんどん地下に降りて行く。何処まで降下するのか判らぬ程深い。が、やがて広い空間に出た。中央に小さな池があり、周囲は締縄で囲われている。水面は波も立たず鏡面の様である。

「あれが本物の入口です。冥道を通じて地獄界に行けるのですが僕は此処までしか来た事がなくて」

「地獄ではなく冥界、じゃな」

 あんじーは昴の発言を訂正した。

「これは失礼しました。つい混同してしまって…以後気を付けます」

「それよりもここからどうやって行くんじゃ?」

 あんじーの素朴な質問に昴はしれっと答えた。

「簡単です!飛び込めばいいんですよ」

 あんじーは絶句した。此奴この先には行ったことが無いと言っておったが…。

「昴殿、何故そう言い切れるのじゃ?」

「ご先祖様からの言い伝えですよ。そう聞いてます。」

 昴の軽い返答に益々不安になるあんじー。だが今は信じるしかあるまい、と覚悟した。

「ならば飛び込むぞ。昴殿、儂に続け!」

 昴は驚いた。

「え?本気ですか?」

 あんじーは構わず水面に飛び込んだ。慌てて昴も続く。水中に落ちたか、と思われたが水面下は空洞の様である。漆黒の空間に急降下しているような感覚であった。間隔は然程長くは無く、あっという間に着地した。衝撃は無くふわっと降り立った。辺りを見渡すと地獄絵図にある岩山の山間に立っている。

「どうやら冥界に着いた様じゃな」

 あんじーの冷静な態度とは対照的に昴は恐怖で顔が引き攣っている。

「大丈夫なんですか、あんじーさん。本当に来ちゃいましたよ…この先どうなるんですか?」 

 狼狽える昴を安心させようとあんじーは答えた。

「心配召さるな昴殿。直に水先案内人がやって来るじゃろ」

 水先案内?初めて来たのに何を言ってるんだ?と昴が訝しんでいると遠方から声がした。

「あんじー様!ようこそ」

 何と茨木童子の姿が。

「久しぶりじゃのう。大蛇の一件以来か。息災であったか」

 二人は再開を懐かしんだ。八岐大蛇を火星に送った後、鬼一族は頭領の計らいにより地獄に戻されたのである。元来鬼は地獄界で使役人として地獄神の雑用を賄う為に生み出された。その暮らしに耐えられず現世に脱走した野良鬼が周知の鬼達である。なので殆どの鬼達が地獄で各々の役目を負って働いているのだ。

「どうじゃ、冥界の暮らしは?快適、とまでは行かぬじゃろうが」

 茨木童子は嬉しそうに答えた。

「はい、我等は地獄界に強制送還されたのですがぬらりひょん頭領が閻魔大王様と旧知の間柄でしたので比較的楽な冥界の役に着く事が出来ました。おまけに兄者と拙者は情報処理の才能を買われ、今では閻魔様の司録、つまり補佐官として仕えています」

「左様か、頭領も粋な事をしよる…まあ安息なら何よりじゃ」

 あんじーは二人に微笑んだ。

「早速ですが閻魔大王様からあんじー様が着いたらお連れするようにと言い渡されております。直ぐに参りましょう」

 傍で会話を聞いていた昴は驚愕。

「マジっすか⁈閻魔大王に呼ばれてるんですよね?ああ、緊張してきた!」

 焦る昴を見てあんじーが一言。

「招待されているのは儂であって昴殿ではないぞ」

 きょとんとする昴。

「え?僕は入ってないんですか」

 あんじーは一瞬思考を巡らせた。

「無論当事者である昴殿にもご同行願おう。依頼者本人であるからな」

 茨木童子は昴を見て小声であんじーに耳打ちした。

「あのう、こちらの方は?」

「おお、紹介するのを忘れておった。彼は小野昴殿、小野篁卿の末裔じゃ。今回の件の依頼主でもある」

 あんじーの返事に茨木童子は頷いた。

「そうなんですか。ならば一緒に参りましょう。ささ、此方へ」

 茨木童子の誘導で一行は閻魔御殿へ向かった。其処は極彩色の、如何にも妖魔殿といった大宮である。大勢の鬼達が金棒を手に持ち警護している。茨木童子はあんじー達を正門へ案内した。入る際に門番の仁王の様な大鬼が深々と頭を下げたので茨木童子が如何に高官であるかが窺い知れた。長い廊下を渡ると開放された大神殿に到着。中央の祭壇に・・・閻魔大王が玉座にて待ち構えていた。地獄絵図通りの容姿、両脇に司録を従えている。その一人は酒呑童子である。彼はじっと此方を睨んでいる。閻魔大王は開口一番、威圧的な物言いでマウントを取って来た。

「お前があんじーか?頭領から連絡は貰っておる。朕に頼みがあるそうだが」

 だが、地獄神であろうとあんじーのスタンスは変わらない。

「閻魔大王、お初にお目にかかる。儂があんじーじゃ。此方に伺ったのには訳がある。実は儂の知り合いが守護している冥界の入り口を使って忍び込んでいる人間がいるのじゃ。その者を捕まえたい」

 閻魔大王は昴を凝視した。

「入口?守護?とすると此方の者は」

 昴は緊張しつつも胸を張って答えた。

「閻魔大王様、初めまして!小野昴と申します。小野篁の子孫でございます」

 閻魔大王は強面の顔が崩れ、笑顔になった。

「そうか!篁の・・・懐かしいの!篁には並方ならぬ助力を受けた。ならば貴様達の力にならねばな」

 あんじーと昴はほっと胸を撫で下ろした。閻魔大王の話は続く。

「冥界でもその情報は届いておる。だが偶然迷い込む者は結構多い。発見できても目当ての者と特定できるかは判らぬ」

 昴はあんじーの顔を見て頷いた。

「大丈夫です、その者が私と同じ神通力を持っているなら感じる事が出来ます」

「ならば・・・酒吞童子!冥界レーダーで迷い込んだ者の位置を教えてやれ。捜索隊も編成して遣わしてやるがよい」

 酒呑童子は仏頂面で返答した。

「は!仰せのままに」

 あんじー、昴、茨木童子は神殿を出て酒呑童子に続いて監視センターにむかった。

「まさか貴様に再び会おうとはな」

 酒呑童子の嫌味な一言にあんじーは軽く返した。

「真面目にやっている様じゃな、己の罪を悔い改めるには絶好の場所じゃわい」

 酒呑童子は言い返さず黙々と歩く。やがて両開きの扉の前に着いた。酒呑童子が開けると中は正に防災センターのモニター室と言った感じである。壁一面に監視カメラのモニター画面が無数に並んでいる。

「お頭、お疲れ様です」

 どうやら従事者は彼の配下ばかりの様である。あんじーが感想を漏らす。

「とても冥界とは思えぬほど近代化しておるな」

 茨木童子が答えた。

「これこそが我々が徴用された要因の一つです。兄者が旧態依然の制度をシステム化したのです」

 酒呑童子が会話を中断した。

「そんなことはどうでも良いわい。それより手下ども、現在の監視状況はどうだ?生者の位置を特定せい」

 茨木童子はあんじーに耳打ちで解説してくれた。

「此処では冥界に迷い込んだ人間を保護して現世に送り返す作業をしております。監視カメラは生体に反応して起動するようになってるんです」

「それ程迷い込む人間が多いと言う事か」

「はい、理由は様々ですが寿命でもないのにアクシデントでうっかり来る者が後を断ちません。その為新しいセクションとして黄泉返り部が新設されたのです。まあ現世に居た我々には適任ですがね」

 ヒソヒソ話にイラっとした酒呑童子が怒鳴る。

「そこ!さっきからゴチャゴチャと煩いぞ!」

「お頭!特定出来ました。侵入者は四名、画面にピックアップします」

 オペレーターが各々の人間を映し出す。子供一人、老人一人、若い娘一人、そして。居た!例の黒装束。

あんじーはその画面に釘付けになった。

「昴殿、居たぞ!奴じゃ」

 昴は他に何やら興味有り気な顔である。

「あんじーさん、確かに目当ての人物なんですが…女性の方にも神通力を感じるんです。何か因縁めいた物があるのではないかと」

 あんじーは一瞬考え、結論を出した。

「ならば先に会ってみるか。酒呑童子、女御と黒尽くめは此方で対応するので残りの二人は現世に返してくれ」

 あんじーの物言いに怒る酒呑童子。

「貴様に命令される筋合いは無い!言われんでも我等の仕事だ。おい、手下ども。監視は怠るなよ!」

 あんじーは切れる酒呑童子を眺めながらニヤニヤ笑っていた。あんじーと昴は件の女子に会う事に。手下の鬼と茨木童子が捜索隊にと志願したが返って足手纏いになるとあんじーは断った。監視センターから賽の河原を徘徊しているとの情報を受け二人は早速向かった。現地に着くと亡者の群れでごった返している。数秒に一人は死人が出る現代ではこの有様も当然なのだ。この中から目当ての人物を発見するのは至難の業かと思われたが、存外に昴は生命を感知し女子を特定してみせた。亡者を掻き分け当人の前に出ると黒髪ポニーテールに迷彩のツナギ、コンバットブーツ姿の美少女が辺りを見回していた。背中に大きめの黒いメッセンジャーバッグを背負っている。あんじーは声を掛けてみた。

「お嬢、死者ではないな。此処は冥界じゃ、生者が何をしておる?何者じゃ」

 美少女はビックリして後ずさった。

「あ、貴方こそ誰なんです?何故判ったんですか?」

 あんじーはいきなり尋ねた事を反省した。

「これは失礼。儂から名乗るべきであったな。儂はあんじー、怪異の探偵をしておる。此方の御仁の依頼により人探しをしておるのじゃ」

 美少女はチラッと昴を見た。昴はちょっと緊張した。

「小野昴と申します。寺町京極で土産物屋をしておりまして・・・」

 己が祓魔師である事を伏せるとは。何かを感じておるな、とあんじーは昴の思惑を感じ取った。

「そうですか。私は土御門佳奈子と言います。幼馴染が此方(冥界)に迷い込んでしまい、連れ戻しに来たのです」

 美少女、佳奈子の言葉にあんじーは疑問をぶつけてみた。

「一つお聞きしたい。普通の人間では容易に冥界へ来れるものではない。どうやって参られたか?」

「はい。私の家は代々陰陽師の家系でして、冥道を探し出す事も通る方法も知っているんです」

 佳奈子の言葉に昴は思い当たる節があった。

「もしや土御門家とは安倍清明卿の?」

「そうです。始祖は安倍晴明です」

 驚くあんじーに対し昴は納得の表情。昴は同業である事を感じていたのである。続いてあんじーが質問した。

「ではその幼馴染とは?」

「彼の名は蘆屋絽満。親の代からの知り合いです。絽満の家は退魔導師の家系で、安倍家とは深い縁があるのです」

 昴が口を挟んできた。

「それは蘆屋道満の事でしょう?安倍晴明卿に倒された悪の陰陽師として有名ですよね」

 佳奈子はムッとして昴に食って掛かった。

「違います!彼は、蘆屋の家は、悪者ではありません!確かに道満はご先祖の元弟子でありながら帝様の前で勝負を仕掛け敗れましたが、それには理由があるのです。清明様が朝廷の陰陽師であるのに対し蘆屋道満は非公儀の、言わば闇の仕事を当時の権力者から任されていたのです。呪術による暗殺を生業としていたのですが彼は表舞台に立ちたくて自身の力を示す為試合を申し込んだんです。結果は敗れてしまい、以降も蘆屋家は呪術師として利用される事になり現在に至ります」

「はて?今は二〇二一年じゃ。現代でも呪術師の仕事をしておるのか」

 あんじーの質問に佳奈子は悲しそうな顔で答えた。

「はい。この時代になっても需要は無くならず増すばかりで、高額の依頼料で呪殺を請け負っているのです」

「やけに蘆屋の事に詳しいのじゃな」

 あんじーの言葉に佳奈子は胸を詰まらせた。

「家同士の関係もあって絽満は幼い時から共に育ち幼稚園から高校まで一緒なんです」

 昴は気にしている事を尋ねた。

「佳奈子さんは今お幾つなんです?」

「一七歳です。高校二年生になりました」

 あんじーも昴も驚嘆。昴が更に尋ねた。

「ええええ!とすると絽満君は」

「絽満は一つ下の一六歳、高校一年です」

 二人は呆然。

「では何故そんな若輩の二人が冥界に来ておるのじゃ?」

 佳奈子は急に暗い顔になった。

「実は・・・最近絽満のお母さんが亡くなったんです。蘆屋の家は厳格で、父親と祖父から厳しい修行をさせられていました。彼にとって優しい母親だけが味方だったんですが、病に倒れてしまい・・・以来絽満は塞ぎ込んでしまって誰も寄せ付けませんでした。そんな折、突然絽満が我が家を訪ねて来たんです。切実な顔をして冥界の事や通う方法を聞いてきたんですが父は彼の思惑を察して詳しい事は教えませんでした。その後絽満は消息を絶ったんです。」

 あんじーは一連の事に合点がいった。

「成程。冥界から地獄か天国に行く前に現世に連れ戻そうと言うことか」

「あれですね、反魂の術」

 昴の軽いノリに辟易しながらもあんじーは補足した。

「安倍晴明卿の最後にして最強の陰陽術、泰山府君の祭じゃな。死者蘇生を度々行ったと言われておる」

「成程。ちゃんと名前が付いてたんですね」

 昴の天然ボケにズッコケるあんじー。佳奈子はこれまでの経緯を打ち明けた。

「数々の反魂を実施した先祖に対し道満は泰山府君を一度も成功させた事はありません。絽満もお母さんの死後その秘密を知りたくて度々土御門家に来ては手掛かりを探っていたようですが見つける事は出来なかったみたいです。焦った絽満は冥界からお母さんの魂を連れ戻し蘇生させる最も簡単な反魂術を選んだんです。この方法なら身体に定着させるだけで済みますから彼でも失敗する事はありませんし」

 あんじーは妙に絽満の考えに感心した。

「にしても凄い執念じゃな。それほどまでに母親を慕っておるとは・・・案外良い子なのかも知れんな」

 その言葉に顔を赤らめる佳奈子。昴はははん、と佳奈子の気持ちを悟った。

「先ずは蘆屋絽満に会ってみなければな」

 あんじーは監視センターから位置情報を聞き出し、黄泉比良坂を千引岩辺りまで戻っているらしい事を確認。直ぐに三人で現地に向かった。此方も亡者の群れで長蛇の列になっている。皆一様に冥界に向かっている中、逆方向に向かう者があった。しかも二つある。

「絽満!」

 佳奈子の呼ぶ声に片方が振り向く。精悍な顔つきの、ちょっとワルそうな少年である。

「佳奈子⁈なんでこんな所にいるんだ!」

「お母さんを探しに来たんでしょ?心配で追いかけて来たのよ」

 絽満はもう一人の手を引いている。綺麗な老婦人である。絽満は既に母親を見つけ出し、現世に連れ帰る途中だったのだ。

「絽満!おばさんを連れ出しては駄目よ!冥界のルールを破ったら貴方がタダじゃ済まないわ」

「うるさい!母さんが蘇るなら俺なんかどうなっても構わない!」

 二人の話を聞いていたあんじーが会話に介入。

「まあ待たれよ。確かにご法度である事は確かじゃがどのようなペナルティがあるかは未だ判ってはおらぬ」

 あんじーを見た絽満は訝しそうな顔で唸った。

「何だこのチビは‼」

 例によって何時もの事なので馴れた口調で答えるあんじー。

「口の悪いガキじゃのう。儂はあんじーじゃ。東山でアヤカシ探偵社を営んでおる」

「アヤカシ?と言うことはお前も妖怪か!」

「その通りじゃ。お主が珍皇寺の井戸を使ったせいで犯人捜しを依頼されたのじゃ」

 絽満は一同を見回した。

「そんな事は俺の勝手だ。冥道を誰が使おうが自由だろうが」

 昴は絽満の発言にムッとした。

「そんな訳あるか!お前のようなヤツがいるから我が一族は苦労してるんだ」

 絽満はぎょっとした。

「じゃあアンタ小野の人間か」

「そうだ、小野家現当主小野昴だ」

 昴の言葉に絽満は一瞬たじろいだ。あんじーは思わずプッと噴き出してしまった。

「あんじーさん、それは失礼でしょう!」

 怒る昴にあんじーは失礼を詫びた。

「いや、すまぬ。余りにも普段とのギャップが激しかったものでのう」

 その漫才の様なやり取りに業を煮やした絽満は怒りを顕わにした。

「俺を邪魔する者は排除する!貴様ら全員地獄へ送ってやる!」

「戯け!此処が地獄じゃ」 

 あんじーは言い返した。絽満は構わず懐から呪符を出し呪詛を唱える。そして呪符を空に放った。

「おんきりきり!出でよ雷獣!」

 呪符は閃光を放ち、怪物となった。その姿は虎の顔、巨猿の躯体に蛇の頭を持つ尾。

「鵺か⁉とんでもない魔獣を式神にしよったな」

 あんじーは思わず口走った。雷獣と呼ばれた式神は得も言われぬ不気味な鳴き声を辺りに響かせる。その衝撃波は皆の脳を狂わせた。あんじーも昴も激しい頭痛に立っていられなくなり倒れた。そんな中、佳奈子はメッセンジャーバッグからなんとか金色の独鈷と撥を取り出し、必死で独鈷を鳴らす。すると共鳴音が雷獣の咆哮を打ち消した。

「くっ!佳奈子め・・・電撃だ雷獣っ‼」

 雷獣は低く身構え背中を上に突き出した。が、何も起こらない。

「無駄じゃ。此処は離れているとは言えまだ冥界の領域、あらゆる妖力・魔力・神通力が無効なのじゃ」

 あんじーの言葉に地団駄踏む絽満。

「ならば霊獣よ、こいつ等を嚙み殺せ!」

 絽満の命令に呼応するかの様に吠える霊獣。

「いかん! 物理攻撃は可能じゃ」

 あんじーは呪文を唱え、戦闘モードに変化した。何時もの七頭身の少女に、である。但し長くはその姿を保つことは出来ない。持って二〇分程度なのである。昴も佳奈子も初めて見る姿に驚いた。あんじーはパンダポシェットから白いデッキブラシを取り出した。ボールペンほどのミニチュアからぐんぐん伸びて二メートル程の長さになった。雷獣は前足で地面を掻きダッシュ!襲い掛かって来た。

あんじーはデッキブラシを一閃!雷獣の四肢をブラシの毛先で払うとその足は一瞬にして消え、雷獣は地面に転がった。あんじーは攻撃の手を緩める事なく次々とブラシで雷獣の躯体を消していき、殆どその原型を留めぬまで削除した。唖然とした昴は驚喜した。

「あんじーさん凄い!妖力は使えない筈なのにどうやってるんですか」

 ふう、と一息ついたあんじーが答えた。

「この武器は白眉の尻尾から作ったものじゃ。使えると言う事は千引岩に近い為冥界の効力が薄れていて強力な業なら多少は使えるのじゃろう」

 昴は感心して言った。

「白眉と言うとあの中国の九尾の狐ですか?さすが世界最強の大妖怪ですよね」

「ヤツを褒めても儂は嬉しくないぞ。白眉は儂の仇敵じゃ」

 昴はほう!と興味深々で尋ねた。

「と言うことは過去に白眉と一戦あったんですね。尻尾を捥ぎ取ったと言うことは勝ったんですね」

「いや、儂も二本ある尻尾の一本を半分切り落とされた。痛み分けじゃ。」

 二人の会話を佳奈子が中断した。

「貴方達がお喋りしている間に絽満が逃げたじゃないの!」

 そう、絽満は端から雷獣を囮にするつもりで逃走していたのである。慌てて三人は千引岩へ絽満を追った。

絽満は母親を連れているのでそんなに速くは進めない筈である。向かってみると案の定直ぐに見つかった。それでももう千引岩まで近い位置に来ている。

「絽満とやら!千引岩の向こうはもう現世の領域じゃ、死者を連れ出した報いを受ける事になるぞ」

 あんじーの忠告も必死の絽満は聞く耳を持たない。

「構うものか!出でよ眼魔‼」

 絽満は叫ぶなり呪符を取り出し空へ投げた。ふわりと宙に舞った呪符は閃光を放ち式神へと変貌した。ぶよぶよの軟体動物にも見えるが手足はある。羆程の巨体、長い耳を垂らし全身に無数の目が付いている。

「今度は百目か!また厄介な妖怪を式神にしとるのう」

 あんじーの呟きを聞いた昴が尋ねた。

「あんじーさん、妖怪仲間なら話し合いで説得できるんじゃないですか」

 あんじーは悲観した顔で昴に答えた。

「昴殿、式神は本体をコピーした、云わば複製。意思のないロボットと同じで術者の意のままに操られるのじゃ。但し能力はコピー故に本来の物の怪と同等なのじゃ」

 昴は他人事の様に感心する。

「へえー。ゴーレムみたいですね」

「ゴーレム…なんで西洋の魔術に例えるのかよう判らぬがその通りじゃ」

「貴方達、なに呑気な事いってるの!来るわよ!」

 佳奈子の叫びにハッと我に返った時には眼魔はもうすぐ傍まで来ていた。眼魔は全ての目を見開き眼光を放つ。その眼力に三人は金縛りになり動けなくなった。眼魔は丸太の様な太い腕で三人を次々と薙ぎ払った。吹き飛ぶあんじー、佳奈子、昴。佳奈子とあんじーは体を返し着地したが昴はそのまま地面に叩きつけられた。だが飛ばされる際、一瞬体の自由が効く様になった昴は尻ポケットから何かを取り出し呪文を唱えた。キラリと光る魔石を投げて叫ぶ。

「イフリート!」

 褐色の巨人が現れた。羊の角を生やし全高は三メートルはある。全身に火炎を纏っている。巨人は巨大な拳に炎を巻き殴りかかる。眼魔は腕を振り回しガードする。凄まじい殴り合いとなった。苦痛に耐えながらも起き上がった昴は更に別の魔石を投げて叫んだ。

「アラストル!」

今度は山羊の頭を持つ漆黒の魔神が出現した。二メートル強の小柄ながら体から火花を放っている。アラストルと呼ばれた魔人は眼魔に抱き着くなり高圧電流を放出。眼魔は痺れ激しく痙攣した。

「あの式神は?見た事のない姿をしていますが・・・昴様も陰陽師なんですか?」

 佳奈子の疑問にあんじーが答える。

「左様。昴殿も陰陽師なのじゃが見たところ式神ではないな。おそらく召喚獣、魔神を召喚しよったな。昴めとんだ西洋被れじゃ」

 二体の攻撃により窮地に落ちた眼魔は体中の目を閉じると一斉にカッと開いた。イフリートとアラストルは弾け飛んだ。そのまま宙に浮き上がり締め上げられる。あんじーは佳奈子に言い聞かすように呟いた。

「百目の念動力じゃ。ヤツのパワーは桁外れでの、物理攻撃では地上最強とも言われておる」

 イフリートもアストラルも握り潰される様に圧縮され、その姿を保てなくなり遂に元の魔石となって爆発し拡散した。佳奈子はあんじーに懇願した。

「あんじーさん、もう一度デッキブラシを!」

 あんじーは戦闘モードに変身した。ジャンプしながらデッキブラシを抜き出す。そのまま飛び掛かろうとした瞬間、眼魔のサイキック:バリアに弾かれてしまった。呆然と佇む佳奈子と昴。

「仕方ない、奥の手を出すしかないようじゃ」

 言うなりあんじーはポシェットから一枚の呪符を出した。

「アビラエンノソワカ!」

 叫ぶと爆炎と共に巨大な赤鬼が出現した。前鬼である。普段前鬼・後鬼は地獄で十王の一人、変成王の配下として地獄の番人をしているのだ。

「あんじー、また呼ばれるとは意外だったぞ」

「儂も再び召喚する事になるとは思わなんだ。早速で申し訳ないが目の前の妖怪・百目を倒してくれ」

「うむ。任せておけ」

 あんじーの依頼を気前よく引き受けた前鬼は眼魔に立ちはだかった。全高が二〇メートルを超える前鬼の前では眼魔は子猿程度の大きさでしかない。が、式神には感情が無いので平然としている。

「金剛斧‼」

 前鬼が叫ぶと右手に金色の巨大な斧が現れた。眼魔に向かって振り下ろすがサイキック・バリアで跳ね返されてしまった。

「ふむ。ちっとはやるようだな」

 前鬼はお構いなく何度も金剛斧を打ち付けた。眼魔のサイキック・バリアは徐々に効力が弱くなり、本体と紙一重の差に。眼魔は念力を前鬼に集中させ動きを封じようとする。金縛りに成功するも前鬼の剛力は凄まじく一進一退の力比べで眼魔のパワーは尽きてしまった。空かさず前鬼が金剛斧を眼魔目掛け振り下ろした。脳天から股下まで切断された眼魔は霧散、後には縦半分に切られた呪符だけが落ちていた。

「たわいもない、準備運動にもならんわ。あんじー、仕事に戻らねば」

 前鬼は地獄の門番と言う役目があるのだ。役小角との盟約により力を貸しているだけなのである。

「済まなんだな、前鬼。助かった。また何かあれば宜しく頼む」

「おいおい、何百年振りかで呼び出したかと思ったらこき使うのか。勘弁被る」

 あんじーの謝意に高笑いしながら前鬼は煙と共に消えた。一連の戦闘シーンを凝視していた佳奈子と昴は狂喜乱舞。

「す、凄い!あんじーさん、あんな強力な式神を隠していたなんて。もっと早く出してくださいよ」

 昴の言葉に迷惑そうなあんじー。

「いや、前鬼は昴殿のと同じ召喚獣のような物じゃ。地獄の番人なので職務を妨げぬようおいそれとは呼べぬのじゃ」

「へえ、そうなんですか」

 相変わらず軽く納得する昴に呆れるあんじー。バトルに熱中していた佳奈子がハッと気付く。

「絽満は⁈」

 三人が辺りを見回すが絽満はいない。またも囮戦略にまんまとハマってしまったのだ。

「向かう先はわかっておる。おそらく千引岩を越えたのじゃろう、大変じゃ」

 あんじー達は千引岩へと急いだ。千引岩とは、冥道での冥界と現世を分断する巨岩である。あらましは省略するが伊弉諾之命によって塞がれた言い伝えがある。普通の人間には通れないのだが死者・幽体と一部の術者(霊能者)には抜ける事が可能なのだ。三人は千引岩に到着したが冥界側には最早絽満の姿はなかった。

「いかん!絽満め、現世側に出たな」

 あんじー達は千引岩から現世の方に出た。ちょっと先に絽満と母親が見える。絽満は何やら苦しそうにゆっくり歩いている。あんじーが呟く。

「案の定母親に己の霊力を注いでおるな。冥界とは違い此方側では亡者が魂を維持するにはかなりの生命エネルギーを必要とするのじゃ。冥界を離れる程その量は大きくなる。幽体なら兎も角、地上に出る時は絽満と母親二人分以上のエネルギーが必要なのじゃ」

 佳奈子は不安になりあんじーに問う。

「だとすると外に出たら絽満はどうなるんですか?」

 あんじーは申し訳なさそうに答えた。

「おそらく己のエネルギーを母親に吸われ生きてはいられまい。彼奴が清明卿程の陰陽師なら平気なのじゃろうが」

 昴が空気を読まずあんじーに聞いてきた。

「安倍晴明ってそんなに凄いんですか」

 あんじーはちょっとは(佳奈子に)気を使わんか、と思いつつも答えた。

「清明卿ならば一度に百人の泰山府君を施しても平然としておられたじゃろう。史上最強の陰陽師じゃ」

「ほうー」

 感心する昴を無視して佳奈子が昴に向かって声を張り上げた。

「絽満!お母さんを離して!助ける前に貴方が死んでしまう」

 振り返った絽満が怒鳴り返した。

「うるさい!俺の事は放っといてくれ!」

 あんじーが絽満を諭す。

「己の手足をよく見てみい」

 ハッと足を見る絽満。踝から足元が消えかかっている。手の指の輪郭も薄くなって色が失せている。

「母君の遺体を腐らぬよう冷凍室にでも保存しているのじゃろうが果たして辿り着けるのかな?その前に己が消えては貴様の苦労も水の泡じゃ。親子共々地獄行きじゃぞ」

「地獄行きとは決まってない!」

 言い返す絽満にあんじーは不敵な笑みを浮かべた。

「馬鹿め、ご法度を破った者を冥界十王が許すものか!親子共々地獄に落とされるのは必定じゃ」

 絽満はウッと唸って握りしめる手が緩んだ。その一瞬母親の霊は絽満の手を振り払った。その顔は慈愛と悲しみに涙ぐんでいる。絽満と離れた事で霊力が途切れ、その姿はどんどん薄れていく。慌てる絽満に母は初めて口を開いた。 

「絽満、お母さんはいいのよ。あの世から見守っているから貴方はしっかり生きなさい」

「母さん‼」

 絽満が握り返そうとするが既に手は消えている。抱きしめようとした時、霧散して母親は消えてしまった。

膝を着いて項垂れる絽満。佳奈子が絽満を頭から抱きしめる。

「これで良かったのよ」

 佳奈子の言葉に絽満もギュッと抱き返す。あんじーが慰めとも取れるアドバイスをした。

「死者の霊を連れ戻そうというのは冥界の掟を破る重罪じゃ。寸での処で犯さず済んでよかったのう。絽満殿が本当に母を蘇らせたいなら更に修行を積みなされ。何時か泰山府君術を成就できるやも知れぬ」

 絽満の瞳に輝きが戻った。

「本当ですか⁈」

 希望に元気を取り戻す絽満を見て昴が聞いてきた。

「出来るんですかね、彼に」

 あんじーは小声で答えた。

「おそらく無理じゃろう。安倍晴明卿は天賦の才の持ち主じゃ。千年に一人、いやもう現れる事はないじゃろう。反魂の術自体並の陰陽師には到底出来うるものではない」

 昴は何故かホッとした表情。

「まあ僕には及びもしない先輩ですけどね。普通で良かった」

「昴殿はもっと修行されよ。西洋魔術に被れておらぬで、な」

「いや、これは耳が痛い…流行りなもので。まあ低級霊相手に祓魔師しますよ」

 不毛な会話に辟易するあんじー。絽満を含めた四人は佳奈子の案内で無事冥道から現世に戻る事が出来た。

地上に出ると朝日がかなり高い処まで上がっている。皆別れを告げ各々自宅に戻って行った。あんじーもアヤカシ探偵社事務所のある東山の老夫婦の農家へ辿り着く。巳之助や爽・箔に今回の冒険譚をせがまれ話を何度もする羽目に。鎌鼬からは置いて行かれた事に愚痴を言われたが冥界に行く危険を考えると単独行動を選択したのは当然と言い、事の顛末を語った。また良い経験になった事も。

 無事解決して終わった本案件だが、後日談をホンの少し。絽満は正式に土御門の門下に入り屋敷に住み込みで修業を始める。ゆくゆくは佳奈子と土御門を継ぐ事になるだろう。昴の店には新たに地獄グッズが加わり式神をアニメキャラ化した「しきがみくん」シリーズが好評らしい。



                    ー第五話・完ー



 


 



 



 

 



   




妖怪が主な登場人物のアヤカシ探偵社シリーズですが今回は人間が主役です。閻魔大王や陰陽師、地獄~冥界を描きたくて設定してみました。その手のマニアの方、至らない処があればご容赦ください。

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