白のドレス
リムを無視してドレスを選んでいると、廊下の方から大きな音がした
かなり耳障りな、ガラスがいくつも割れるような音が続く
「アリス、これを着て」
それまで何も口を出さなかったリムの声
振り返るとその腕には白のドレスが乗っていた
「えー…これ?」
かなり前に誰かから貰ったものだ
白はこれしか持っていないけど、一回くらいしか着たことがない
候補として挙げていたどのドレスよりも飾りが少なく、重厚感もないし
リムを押し退けて再考する
「アリス――」
「私が着るものよ?自分で決めるわ」
リムの声を強く遮った途端、選んでいた筈のドレスが全て消えてしまった
腕の中で確かに握っていたものも、候補に入れずクローゼットの中にしまったままのドレスも全て無い
それがリムの仕業だと断定するのに時間はかからなかった
だって白のドレスだけは消えていないから
「リム!どこにやったの」
ただ買ったものだけでなく、貰い物のドレスだってあるのだ
焦って思わずリムに掴みかかる
結構な勢いで掴んだのにリムの体は少しも動かず、逆に冷たい手が背中に回されて支えられた
「アリス、これを着て」
手が宥めるように背をさする
と、同時に白いドレスが宙に浮いてぐるぐる回りだした
私を五歳児とでも思っているのか。くだらなすぎる
「…」
少し呆れながらドレスに着替え始めた
こうなるとリムは譲らない。変なところで頑固だから
それを見たリムは満足げに微笑んで背を向けると、今度はメイク道具まで漁り始めた
ーーーーー
「できたよアリス」
鏡の中には白いドレスにハーフアップの少女
メイクのせいで泣いているようにも見える気がする
瞼に載せられた赤のアイシャドウと金のラメが鬱陶しい
「リム、なんで白なの?」
見上げると、薄紫の瞳が私を真っすぐに射貫く
こうしてみるとやっぱり綺麗な顔だ
「アリスが悲しまないようにだよ」
相変わらず見当違いな返答をしたリムは、さあ行こうと廊下に私を連れだした
「え、なにこれ」
廊下は酷い有様だった
毎日メイドたちが磨き上げている床には大量のミルクが撒き散らされ、
白のお皿の破片も落ちている
ミルクは壁や天井にまで跳ねたらしく濡れていた
「誰がこんなこと…」
近づいていくと、窓から差し込む陽の光を受けてミルクの中で輝いている所があった
ところどころ山を作っているそれは何かと見つめる
長い指が私の横から出てきて掬い上げる
リムは躊躇なく口に入れ、「砂糖だね」と呟いた
この子には危機感ってものは無いのかしら
その時、遠くから叫び声がした
見ると廊下の奥からもの凄い勢いで此方に向かってくる…ミルクの波?
部屋に戻ろうか、窓を割って外に出るか、ああこの世界の窓は割れない決まりになっているんだっけ
ぼんやりそんなことを考えていたらリムに抱き上げられていた
見上げるとその顔は楽しそうに笑みを浮かべている
いや、それはいつものことだけど、いつも以上に笑みが深いから楽しそうと形容したわけであって…
ああ説明すらめんどくさいな
「アリス、しっかり掴まっていてね」
どこから取り出したのか、青色のサーフボードをすぐそこまで来ていた波に放って私を抱えたまま勢いよくジャンプした
そこからはもう思い出したくない
一つ言えるのは、私は今世でも乗り物酔いしやすい
サーフィンしてる人に憧れます