優雅な日常
この世界に転生する前、私はどこにでもいる大学生だった。
不景気な世の中で就活への不安を残しつつ、希望のゼミに所属することが決まり、勉強と遊びで最後の青春を目いっぱい謳歌していた、と思う。
大学の人間関係って、何となく希薄だ。中高時代の結束感や執着感、強制も何もない。
真新しい白い壁にかかる鮮烈なオレンジ色のポスター。漸く一人暮らしを始めたばかりだというには雑然とした部屋。そこで昼から集まって飲んで騒いで、気づくと外は暗くなっていた。
日頃から金持ちだ自慢していた友達の家は確かに広く、それだけに人数も多い。知らない顔すらいる。
現に隣で座り込み、私の肩に手を回して眠そうにしているこいつは誰だろうか。
白い手首にかけられた黒い時計のディスプレイには日付と曜日も表示されている。
その小さな画面を見ながら、酒の味や煙草の匂いに揺れる頭で考える。
…あれ、そういえば確か、明日は一限だったような。
私はぼんやりした頭のまま、覚束ない手で帰り支度を始めた。肩にかかった腕を払い立ち上がる。酔いつぶれてしまった友達の足を軽く蹴って、ドアに手をかけた。
「ーーもう帰んの?気をつけてねえ」
後ろからかかった声に振り返ったけど、もう誰も私に目を向けてはいなかった。
やっぱり希薄だなあ、と感じたことを覚えている。
外に一歩出ただけで不快な熱気が私を包む
七月だったからか、とっくに日は沈んでいるのに蒸し暑くて
汗が頬をつたって首を滑り落ちるーー湿気なんて無くなればいいのに
人通りの少ない住宅街を歩きながら帰りの電車を調べていた。
少し急がないと終電に間に合わないことに気づき、歩くスピードを上げて十字路を抜けた
その瞬間、突如聞きなれない轟音が私を飲み込んだ
凄まじい音と共に私の体は宙に浮き、地面に叩きつけられる
感じたことのない激痛と、音が遠くから聞こえる感覚
思い出したくもない
呻きながら必死に痛みを逃そうと動くけど、その度に信じられないくらいの痛みが走った
ということはバラバラになっているわけではなかったのか、と安堵した気がする
もっと他に考える事あっただろ、と今となっては思うけれど
死因は大量出血かな。最後の最期はありえないくらい血出てたし
そんなこんなで私は前世を終えた、筈でした。
「そーれがこんな変な国でこんな美少女に生まれ変わっちゃうなんてね」
転生したという事実だけ見れば、案外夢があって素敵かも?
白い頬に細い指を添わせる
呆れ笑いを滲ませた美少女の完成
そういえばこの世界で目覚めた時は何時間も鏡の前に座り込んでこの綺麗な顔を見つめていたっけ。
あれは現実逃避の一種だったのかもしれないな
「アリス」
柔らかい声
鏡越しに見るとリムが微笑んで私を見下ろしていた
さっきのあだ名はもう忘れたみたい
「何?」
リムが側にいてくれたことも救いだった
役に立たない時は苛つくほど役に立たないけれど
私からの返事が嬉しいのか、リムは私の髪を一房掬って撫でる
「今日は何をするの?アリス」
「内緒」
アリスに秘密はつきものだ
ティーカップとお砂糖みたいに必ずセット
ドレスを選びに立ち上がる
すぐにリムもついてきた
「アリス」
裾が広がったフリルたっぷりの空色のドレスか、大きめのリボンが可愛いドレープが沢山重なった桜色のドレスか、それとも襟ぐりが大きく開いた鳩羽色のエンパイアドレスか。
いつも悩みに悩む
アリスは常に綺麗にしておかなければならないから
「アリス」
「なにー?」
ドレス選びの手を止めずに聞く
千草色のドレスも捨てがたいかも
「今日は何をするの?」
「リム。もう私に質問しないで」
神様、リムがここまで質問好きじゃなければ完璧だったのに。
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