2、変質者の逃走劇
「くそ!賊だ!追え!!
速やかに捕まえろ!」
衛兵達が剣を片手に薄暗い大理石の廊下を走る。
その衛兵の先にはミスリルのパンツを被る僕。
「陛下の寝室から出てきたぞ!
下着泥棒だ!」
「還暦間際の陛下のパンツを被るとは不敬者め!
恥を知れ!」
仕方ないよね。
舞踏会は持ち物チェックがあるし覆面を持ってく訳にはいかないし。
ちょっとしたミスで探知型魔道具に引っ掛かったもんだから、とっさに顔を隠すために今まで履いてたミスリルのパンツを被って顔を隠したのだ。
恥ずかしいけれど指名手配されるよりマシだし顔がバレなきゃセーフだし。
スキル【シャドウダイブ】は今は使えない。
影に入ると移動は遅いし影を突けばダメージも入るので使うなら見えないところで、できれば闇の中で。
このまま走って一度衛兵達をまきたいところ。
「変質者め!
闇溶けのマントを持っているぞ!
【トーチ】か【フラッシュ】で照らせ!
闇に擬態化させるな!」
「いいのか?
魔法で照らしてみろ!
舞踏会に逃げ込み式を潰してやるぞ。
そうなればお前達衛兵も首が飛ぶぞ。」
「くっ!卑怯な!
性癖異常者は考えも卑劣だな!
必ず捕まえてやる!」
「しかし班長!
変質者の言う通りです!
あの卑猥なパンツが陛下の物の場合…皆にバレたらマズいんじゃないでしょうか!?
舞踏会には反王族派の貴族も来てますよ!」
僕が被るパンツは布地が小さいやつ。
俗に言うTバックパンツだ。
これは依頼人から渡された女装用一式の物で国王陛下の物ではない。
だけど勘違いしてくれるならそれを利用しない手はない。
こいつらさえ黙っていてくれれば僕の黒歴史も闇のまま。
そもそもパンツは国王陛下の物ではないからバレる事もないのだ。
僕が盗んだ物がバレるまでは。
「いいか?
国王陛下の部屋にはブラもある。
女装陛下と隣国からも笑われるぞ?」
「逃がしたら言いふらすだろう!
殺せ!早く射殺せ!」
応援で駆けつけ追ってくる衛兵が廊下に膝をつけてクロスボウを構え狙いを絞る。
距離は20。
廊下は何も障害物はない格好のシューターの狩場。
地形的には不利だけど逃れるしかない。
スキル【ダークネスミスト】を使用し身体中から黒い煙を噴出して視線を遮り壁に寄る。
そして間髪入れずに煙を貫き進む複数の短矢。
廊下の突き当たりの大理石の壁に突き刺さって破片を散らしてる。
しかしいくつかの短矢は赤い尾をひきカーブを描いてこちらへ飛んできた。
敵のクロスボウスキルか。
今は武器も何もない丸腰なんだけど。
ここは幸運極振りのステータスに期待するしかないな。
【軽業マスタリー】を遺憾なく発揮して壁を蹴って側転し、カーブを描くスキルの短矢をかわして反対の壁へ。
しかし最後尾の短矢は軌道修正して体に当たる。
だが幸運な事に短矢の先は欠けており、影溶けのマントを軽く裂いたのみで傷は負わず。
そのまま走って廊下の角の階段へ急ぐ。
鎧を着こんだ衛兵と超軽装のマスターローグの僕の脚とは走力が違うので追い付けまい。
このまま行けば衛兵を撒けそうだ。
そんな時廊下の角から現れた援軍の衛兵2名。
「こっから先は行かせねぇ!お縄につき…なっ!?
…変質者か!?」
「うおっ!?なんだこいつは!変態か!?」
剣を構えるもキラリと輝くミスリルのパンツを被った僕を見て、目を見開いて眉を寄せる2人の男衛兵達。
だがマスターローグ相手にはその一瞬が命取りだ。
「うるせ!お前らも仲間になりな!」
ワイヤーを飛ばして大理石の床を滑り一気に接近すると、衛兵の鎧に触れて胸甲を解除していく。
マスターローグスキル【パーフェクトタッチ】だ。
そのスキルは前職ローグの【盗む】の上位スキル。
このスキルは所持アイテムだけではなく、装備中の物まで盗む事ができる。
マスターローグが危険視されている所以の1つだ。
振り下ろす剣を半身で避けて背甲を触り、振り返って横薙ぎにする衛兵の剣をしゃがんで回避して腰を撫でる。
そして水面蹴りにて衛兵の軸足を刈り、倒れる衛兵のズボンをパンツごと引っ張り脱がす。
「なっ!?…うぐっ!」
同僚が脱がされ口を開けて驚愕するもう1人の男衛兵。
その口へ同僚のパンツを突っ込み、目を白黒させる男の鎧を胸から太ももまで撫で下げて鎧をひんむき、みぞうちへ一撃入れてズボンとパンツを装備解除する。
そこには肩甲や籠手や脚甲が残されたまま王宮で下半身を露出する哀れな男達の姿。
お前達もこれで立派な変質者だ。
幸運極振りローグは確かに火力はないのであまり需要もない。
だけどマスターローグに昇格すれば対人戦に限った場合は無効化する手段は大いにあるのだ。
犯罪防止の観点から昇格試験が鬼ムズで合格率は1桁だけど。
「くそ!相手はマスターローグだ!
脱がされるぞ!」
「え!?…え!?」
今度は角を曲がった先で出くわした目を凝らす女衛兵。
脚が遅くて男2人に置いてかれたのか。
だけど女性と言えども衛兵ならば仕方がない。
こちらは色々と人生が掛かっているので捕まるわけにはいかないのだ。
僕は武器もない丸腰なので同じく丸腰になってもらおう。
「きゃあッ!!」
指輪があったので彼女の名誉の為に詳しくは描写しないがとにかく脱がせてやった。
【ダークネスミスト】で黒い煙幕を張ったのできっと大丈夫だろう。
ついでに脱がせた衣類を男どもに投げてやればこの通りだ。
「え?…こ、これは…?」
「ちょっ…!こ…来ないで!誰も来ないで!」
「まさか…アルムも俺たちのように…?」
パンツを履く男達の息を飲む音が聞こえてきそうだ。
その隙に一気に螺旋階段を駆け登る。
ここで上から援軍が来るとまずいんだけど…やっぱり来るよね。
ドタドタと螺旋階段を降りてくる衛兵集団。
手には捕縛用の二股棒と漁網。
棒はいいけど網はまずい。
「いたぞ!捕縛しろ!
気を付けろ!変態だぞ!」
「はっ!」
漁網兵が前に出ると身を屈めて力を溜める。
投擲スキルのようだ。
【ダークネスミスト】で煙幕を張り、【シャドウダイブ】で影に潜るとちょうど漁網が降ってきた。
それを影の中でやり過ごして煙幕の中からワイヤーを飛ばす。
階段の下層から地を這い煙幕から足元へ突然飛んでくる細糸。
前衛はとっさに避けたけれど、後衛の足に絡みついた。
そしてそれに気付いた前衛が、剣を振り下ろしてワイヤーを切断しようとするがもう遅い。
ワイヤーで足を引っ張られ転んだ後衛は、ガシャガシャと鎧の音を響かせて雪崩のように仲間を巻き込み転んで、前衛は手から剣をこぼして倒れて階段を転がった。
「大丈夫か!?」
「くそっ!いてぇ!
気を付けろスミス。
ただの変態だと思って掛かると痛い目みるぞ…!」
上からまたドタドタと援軍が下りてくる。
逃走用にもっと兵を上に引き付けたかったけれどここら辺が潮時か。
螺旋階段の窓から飛び降りて、ワイヤーを窓に引っ掛け壁を蹴って外へと下りる。
そして降り立つ庭園のローズガーデン。
打ち上げ花火が散った夜空から降ってきた男は転がって受け身を取りながらワイヤーをマントの中に収納し、薔薇の咲き誇る園で顔を上げて月光を浴びる。
「花火が散ったか。
まだ10分は経っていないはずだけど…?」
「キャーッ!!」
薔薇の高貴な匂いを纏いミスリルのパンツを被った謎の男の出現に、ローズガーデンでイチャコラしていた若いカップル貴族が悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞き付けて兵達が駆けつけた。
地上の警備には騎士団もいるから武器も装備もなしに顔を隠して逃げるのは中々難しいぞ。
花火中なら音と歓声で紛れただろうに。
「いたぞ!不審者だ!」
「よ…よし!取り囲め!」
数は10ほど、そして腕っぷし自慢の血気盛んな貴族ボーイ達も令嬢に良い格好を見せようと加勢してくる。
自分で言うのもなんだけど、パンツ被った変質者に勝ったところで良い格好もないと思うんだけど。
戦闘は得意じゃないけど、しゃーなし。
幸運極振りを遺憾なく発揮して、皆真っ裸にしてやるか。
そう思いスキルで煙幕を張ろうとすると、舞踏会場から悲鳴が上がって貴族達が走り出した。
「な、なんだ!?何が起きた?」
「き…貴族たちが毒ガスだと叫んでいます!」
「何!?くそ!」
王宮から流れる臭い異臭。
だがこれは好機だ。
この隙に…。
「ぐがっ!」
「がっ…。」
「うぐ…っ。」
突然地に次々伏せる衛兵達。
それはまるでつむじ風で散る枯れ葉の如く、触れるだけで崩れ落ちる砂砂のように。
そして目の前に立つ鷲の被り物した人物。
「…こっちよ。」
影に溶け込むように走り出した鷲頭。
それを追いかけ僕も闇へと消える。
依頼はこれでコンプリートだ。