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1、マスターローグは舞踏会へ

「うふふ、お嬢様ごきげんよう。

 素敵なドレスですこと。

 ミスリル製ね。」


「こんばんはマダム。

 貴女のドレスもお美しいですが少々急いでおりますので失礼いたします。」




  ろくに挨拶もせずに煌々と広間を照らすシャンデリアの下、宝物庫のように煌びやかな人混みを縫って進むドレス姿の少女。


  そのドレスは深夜に揺れる湖畔のような紺青で、月明かりに輝く水面(みなも)のようにミスリルの細い輝きが人波の狭間で尾をひき流れるロングワンピースのドレス。



  しかし優雅に波打つ湖畔のドレスとは相反して少女、いや少年は憤慨していた。


  依頼を受けたのは僕の意志。

 でも女装して王宮の舞踏会に潜入するなんて聞いてないぞ。


  それにこのイブニングドレスのなんと恥ずかしい事か。

 いつもショートパンツだけどそれとは違って股はスースーするし、タンクトップよりざっくり開いた胸元からはミスリル製のランジェリーが見えそうだ。

 まさかミスリル製のパンツまで着用を強要されるとは思わなかった。


  しかし今となっては仕方ない。

 作法も何も知らないのだがら長居して目立つのはご法度だ。

 さっさと依頼を終わらせて退散しよう。




「えぇ、それなら知ってるわ!

 シモンズ閣下のお膝元よね。」


「そう!そこでね…」




  久々に会ったのだろうか。

 雑談が止まらないゴシップ好きな貴族のご息女達の小さな夜会を通り抜け、声を掛けてくる男どもをスルーして庭園への道を急ぐ。



  男なのに男がナンパしてくるとか意味わからん。

 普段からよく女に間違われているけれどお前ら男の目は節穴かといつも思っていた。


  いくら僕が華奢とは言えこの身体を見ろと、まっ平らだろ…そういえばヌーブラで脇から寄せてテーピングで作らされたんだった。


  恐るべし谷間の製造技術。

 長い黒髪もウィッグだし、化粧したら別人になるから騙されても仕方ないのかな。


  遠く薄れつつある数少ない前世の記憶じゃ脱がせてビックリ起きてビックリの二段構えのサプライズがあった気がする。

 悲しいかな男とは騙されていた方が幸せなのかもしれない。




「お嬢様、ここより先は庭園です。

 夜盗もいないとは限りませんのでどなたか殿方を…」


「ん。」




  広間から庭園へと出る扉の前にて使用人に止められた女装少年は、偽造した薄く小さな谷間からスッと黄金の勲章を差し出した。


  剣付金獅子大翼白蛇大十字勲章。

 その裏に記された名は、

 12代魔王討伐 勇者アクア・リース。

 前回魔王を討伐した勇者パーティーの一人の名前。




「こ、これは失礼致しました。

 勇者様をお目にかかれて光栄の限りでございます。

 どうぞ心行くまでこの、12代目魔王討伐15周年記念舞踏会をお楽しみ下さい。」


「ん。」




  深々と頭を下げる使用人達と剣を胸に敬礼する衛兵。

 そしてこそこそ聞こえる貴族方の話し声。




「あれはきっと剣聖アクア様だわ。」


「あれが魔王を倒した67代目勇者パーティーの1人なのね。

 初めて拝見しましたけれどなんて美しい後ろ姿かしら!

 ウンディーネの生まれ変わりなんて言われるのも当然ね。」


「綺麗よねぇ。

 美しいエルフに生を受けるなんて羨ましいわ~。」





  もちろんその話は僕に対してではない。

 女装のモデルとなった女性に対してだ。

 


  とんがった付け耳をしていようが、いくら女顔だからって綺麗にメイクしようが、剣聖アクアに似てはいないし知り合いに見られたらすぐに別人であるのがバレるだろう。

 それにマダムらの話を聞き付けた貴族の男どもが声をかけようと向かってきている気配もする。

 時間も限られてるし、もたもたしている暇はないな。





   ◇  ◇  ◇




  ギラギラした煌びやかな王宮の広間からはかけ離れた月明かりが優しく降り照らす緑と花そして水の庭園。


 宮廷庭師が全力を注いだであろう彫刻のような緑の盤面の中央には白い噴水と、お姫様のための赤白ピンクと満開のローズガーデンがあり、数組の若いカップルが生け垣の陰でイチャコラしてる。



  その陰に僕も身を隠してイブニングドレスを脱ぐと、あらかじめ施してあった通りに切り裂き広げて漆黒の闇のような裏地を表にすると、マントのように羽織って身を包む。


  そしてスキル【シャドウダイブ】を使って地面に落ちる影に溶けるように入り込む。

 マスターローグのスキルだ。



  僕はマスターローグ。

 王国が発行した職業目録にも載っている正規の職業だ。

 今は依頼を受けて潜入中。


 まさかマスターローグにまであがった僕が本物の泥棒になるとは…。

 でも半分脅されているから仕方ないね。



  王宮ともあって警備は厳重。

 いくら影の中に潜もうと、魔道具による探知機も機能しているので楽には進めないだろう。

 ここからは僕の腕の見せ所だ。



 

  影に紛れ、逢瀬を楽しむカップルに横目を走らせ滾る衛兵の足元を通って王宮の月影となった壁際へ。

 そして影から手を出し天へ掲げる。




ーパシュッ




  小さく音を発して天へと飛翔したワイヤーは王宮の屋根に鉤が掛かって道ができる。

 その細道を影から這い出て気配を殺し、音をたてないよう握り締めてゆっくり登る。


  今見つかったらどうしようか。

 壁を登る為に影から出てきた僕は魔道具“影溶けのマント”で影に擬態化しているとはいえ、マントが隠していない下などから見られたらすぐにバレる。

 しかもミスリルの女の子パンツを履いてるのだ。

 バレて公衆の面前に晒されたら自分から処刑を懇願するかもしれない。



  しかしそのような事も起きずに王宮の屋根へ着く。

 幸運極振りステータスに【激運】所持の運の強さは伊達じゃない。

 乱戦となった戦場さえも命辛々ではあるけれど、歩いて渡れるほどなのだから。

 



  屋根の上には衛兵達もいるけれど、今日は魔王討伐15周年記念祭。


  王都中がお祭り騒ぎで夜空には魔法の花火が上がり出し、王宮の屋根の上という恐らく最も最高の特等席にいる衛兵達は空を昇るカラフルな火花の竜の姿に目は釘付けだった。


  花火の時間は毎年10分~12分。

 権力誇示かそれとも平和の印象付けか、年々長くなっているらしいので10分は下がらないだろう。

 その間に仕事をこなして離脱するのだ。



  衛兵の後ろを【シャドウダイブ】で通り抜け、闇に咲いた眩い大輪のひまわりと大砲のような音を背景に衛兵達の通用口から王宮への侵入を果たし第一の関門を突破した。


  今は舞踏会、その後も遅くまで夜会が開かれるはずで使用人達はそちらにも動員されて数が少ない。

 衛兵達も注意力散漫で探知魔道具と巡回してる兵に気を付ければいけそうだ。

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