恋愛ゲーム的展開なんて望んでいません
私が前世を思い出したのは5歳の時です。
前の私はごく普通の一般人で、両親と3歳下の妹が一人いました。
妹は恋愛ゲームが大好きでよく話を聞かされたものです。
今の私は侯爵家に生まれ、前世の暮らしより、それはそれは良い暮らしをさせて頂いております。
それにしてもこの世界、妹が好きだった恋愛ゲームによく似ているんですよね。
この世界では13歳から18歳までの貴族は王立学園に通うことになっています。
それまではそれぞれ家庭教師がついて勉強やら礼儀やらを一通り学ぶのです。
ですので、学園に通うと言っても勉強するのが目的ではなく、人脈作りと言った方がよいでしょう。
私はどちらかと言うと人と接することが苦手で、あまり通いたくはないのですが…仕方ありません。
ですが、王立学園の敷地内には王立研究所があり、そこでは魔術や科学の研究が日々行われています。
そうです、私は学園より研究所の方に興味があります。
前世では存在しなかった魔術…ぜひとも私も使ってみたいのです。
前世の私は妹の影響をだいぶ受けたようで、いつの間にかファンタジーの世界に惹かれていました。
いったいどれほどの小説や漫画を読み、そして映画や舞台を観たことか…。
ですから前世を思い出した私の目標は魔術の研究者になることなのです。
それからなんやかんやありまして、学園に入学する13歳になりました。
私の入学する年はたいそう賑やかで、この国の第二王子、宰相の長男、近衛騎士団長の次男、国一番の商会長の次男、そして隣国の第一王子が居られるのです。
しかも全員が婚約者無しとくれば、貴族の令嬢たちが放っておきません。
毎日毎日ワーワーと…まったく賑やか過ぎるのも考えものです。
私も今の身分は一応侯爵なので彼らとは面識はありますが、めんどくさい事には関わりたくないので基本的にスルーしています。
ですが何故かお茶会やら舞踏会に誘われるのですけど。
学園に入学して早いもので6年、私は18歳になりました。
あれから日々彼らの誘いをかわし続け、私の半径10メートルに一人でも入ると悪寒がするという要らない能力を手に入れました。
あぁ、そう言えば学園ではなにやら騒がしい事が起きてるそうです。
この春に転入してきた男爵家の令嬢が第二王子達の近くをウロウロしているようです。
男爵家では彼らとは釣り合わないと思うのですが…。
確かその令嬢は少し前まで庶民として暮らしていたと聞きましたから、貴族社会についてまだよく分かっていないのでしょう。
男爵もきちんと教育してから入学させればいいものを…少しは静かになったと喜んでいた私が馬鹿でした。
それでも私には直接的被害は無いので良いですけど。
それから季節は変わりまして冬。
学園を卒業する日がやってきました。
卒業生だけでなく、王族や貴族が集まり卒業パーティーが開催されるのが通例です。
パーティーは賑やかで楽しいものですが、このパーティーは貴族の成人の証にもなるので、普段のものより厳かな雰囲気があります。
そんな場で、あの令嬢はやらかしてくれました。
「私、この人にいじめられていたんですっ…!」
ストロベリーブロンドのボブと庇護欲を掻き立てる泣き顔が良くお似合いですよ、お嬢さん。
思い起こしてみればこの数ヶ月、この令嬢は私の周りもウロチョロしていましたね。
私が歩いていれば後ろからぶつかってきたり、食堂では水の入ったコップを持って私の前で転んだり…正直迷惑でした。
「私、突き飛ばされたり、水をかけられたりしたんです!他にも教科書を破かれたり、池に落とされもしたんです!」
あぁ…なんてめんどくさい事になったんでしょう。
とりあえず一つずつ否定して…と思っていたら。
「そいつがそんな事をするわけないだろう‼︎」
まさかの第二王子登場です。
「あぁ、そうだ。そいつはそんなふうに人を痛めつけることはしない!」
今度は近衛騎士団長の次男です。
「この場で発言したということは確固たる証拠があるんでしょうね。」
宰相の長男が眼鏡をクイっとあげました。
「せっかく楽しいパーティーなのにそんな笑えない冗談で水を差さないで欲しいな。」
国一番の商会長の次男が不機嫌な顔をしています。
次から次へと…てんやわんやな事になりました。
この場をどう切り抜けたらいいのか考えていると、私の肩に手が置かれました。
「大丈夫、心配することはないよ。君は何もしていない。安心して僕にまかせて。」
いえ、まかせたくありません。
お心遣いありがとうございます、お気持ちだけで結構です。
隣国の第一王子が颯爽と私の横を通り過ぎて行きました。
そこから繰り広げられたのは、乙女ゲームでよくある断罪イベントらしきものでした。
らしきものと言うのは、断罪されているのは見た目ヒロインの男爵家の令嬢だからです。
結局、いじめられたと言うのは全てヒロインらしき令嬢の自作自演でした。
令嬢は会場から衛兵に連れ出されて、男爵家へ送り返されるようです。
連れ出される時、どうしてなの⁉︎私はヒロインなのよ⁉︎とか言ってました。
見た目はヒロインなのに、本当にどうしてヒロインじゃなかったのでしょうね。
やっと場も収まったと思いきや、今度は彼らがやってくれました。
私の前に膝をつき、まるで姫に忠誠を誓うナイトのようです。
「俺はお前が好きだ。」
「これからは俺にお前を守らせてくれ。」
「あなたのことがずっと好きだったんです。」
「僕の一番は君なんだ。」
「どうか私と一緒に来てくれませんか。」
「いや、無理です。私、と言うか俺婚約者いますので。」
そう、私は侯爵家の次男、正真正銘「男」なのです。
ですが、一人称は基本的に私です。
素に戻ると俺になるんですけどね。
前世を思い出した俺は、この世界が妹が好きだった恋愛ゲーム、BL恋愛ゲームに似ている事に気付いた。
それから自分の置かれている状況や攻略対象のことを探り、この世界が本当に妹が好きだったゲームの世界だと確信した。
そして俺がいわゆる「ヒロイン」であるという事にも。
それから俺は考えた。
どうすれば俺はヒロインではなくなるのか。
けど考えても結局いい案は思い浮かばなかった。
だから俺は前世で憧れていた魔術を極める事にした。
学園に入学する前に魔術の勉強を始めた俺は、学園に入るとすぐに卒業に必要な単位を取り、それ以降は研究所で魔術の研究に没頭。
それから魔術研究をしている俺の先生に当たる人の娘と仲良くなり、一年前に婚約した。
結果的に俺はヒロインではなくなり、あの5人とも結ばれずにすんだ。
いや、だって俺の恋愛対象は女だから。
前世からずっとな。