第三話 「追憶のクローリス」 後編
更新が約二週間ぶりになってしまいました。
待っていてくださった方々、本当にすみません(汗
今回は、残酷表現が非常に多いです。
苦手な方はブラウザバックして下さい。
私は、炎上する村の中をただ訳もわからず走った。
おかしなことに、ほとんどの民家は赤い炎に包まれ、地面には所々に引き摺られたような血痕も見られるが、死体を含めて、村人は誰一人として見つけられなかった。
「ドリースおじさんっ!!」
やっとの思いで、燃え上がる民家の傍らで横たわる叔父を発見した。
叔父は、黒いすすが全身に纏わりつき、着ていた作業着は焼け焦げ、所々に褐色の肌を覗かせている。
しかし、その肌には似つかわしくない白い水膨れのようなものが多数あり、ひどく痛々しく感じた。
逞しかった足からは赤黒い液体が流れ出て、周囲の炎と一体となってみえた。
「ああ……、クローリス……。」
発せられた言葉は余りにも弱弱しく、僅かに動いた口元から判断するのがやっとだった。
「……そうだよ、クローリスだよ。
……ねえ、村が……、おじさん……。」
すると、叔父は苦い顔をして答えた。
「……セラフィーナ教団だ。
クローリス、お前も聞いたことがあるだろ。
セラフィーナを信仰するカルト教団だ。
あいつらは、セラフィーナ教を信仰していない国や村を見境なく襲う。
このブルーム村も、あいつらに……。」
「っつ、そんなっ!
お母さんは、クルトは、アメリアは!?」
「シーラや兄弟たちはもう避難している。
今すぐこの村から出ていけ、クローリス。
俺もすぐに追いつくから、先に出ていけ。」
叔父は真っ直ぐに私を見つめて言い放った。
「いやだよ、おじさん!
おじさんを置いていけないよっ!」
「バカ、大声で騒ぐな。
いいから、さっさと行け。」
叔父の表情には、普段のような純朴な笑顔はなかった。
ただ、鋭い剣幕で私を見据えていた。
幼い私は怖くて、咄嗟に顔を背けた。
「行け、クローリス!!
俺の言うことが信じられないのか!!」
私は涙ながらに、叔父に背を向け、元来た小道に向かって駈け出した。
叔父は、しばらく経ってから呟いた。
「……そうだ。
それでいい、クローリス。
ブルーム村のこともシーラたちや俺のことも忘れて幸せになってくれれば……。」
ドリースは走るクローリスに向かって、痙攣の収まらない手を伸ばし、願った。
しかし、既に遠く離れた少女には勿論手は届かず、空中で一瞬静止すると、無情にもポトリと地に落ちた。
――誰にも届かなかったその儚い願いが、ドリース=ブラーウの最期であった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
――ハァ、ハァ
あと少し。
この角を曲がれば、村の出口はもう眼前だ。
「--っつ!!」
頭痛がひどい。
六年間の記憶の断片が容赦なく全身に突き刺さる。
……胸が、苦しい。
私は気づいていた。
この苦しさが、息切れや走る途中何度も躓いてできたキズによる痛みが原因ではないことを。
「おかぁさーん!
クルトォ、アメリアー!
ドリースおじさんっ!!」
顔は涙でグチョグチョになり、全身は擦り傷だらけで染みる。
そこを躊躇なく、罪悪感や寂寥感がエグる。
その都度、本当は走るのが得意なクセに足がもつれて、転倒する。
――上手く言葉にできないが、ただ漠然とした不安の渦が心を巣くっているような気がした。
誕生以来、本当に一人だと感じるのは初めてのことだった。
「でも、みんなきっと無事だよっ!
おじさんが嘘をついたことなんて一度もないんだから……。」
声に出さないとダメだ。
見つかってしまうかも知れないけど、それでも声にしないと、また――
――ドタンッ
また、足を取られて転んだ。
「うっ……、うっ……。
おかぁさーん!!」
止め処なく目からは白藍の涙が零れ落ちる。
すぐに、地面に衝突した涙は茶色い土を黒く染めた。
家族の幸せそうな笑顔が脳裏をよぎった。
アメリアは、大きな丸い碧色の目を細めて、満開の花のような笑顔で「お姉ちゃん」と呼んだ。
クルトは、純粋無垢な瞳で嬉しそうに笑っている。
お母さんは、病気で動けないままこちらを見つめていた。
両頬に笑窪を作って、私の頭を撫でようと腕を伸ばしていた。
――そうだ。お母さんは、自力では動けないんだった。
誰かが、避難させてくれたの?
ドリースおじさん?村の人?
「……避難ってどこに?」
私は、ふと、重大なことに気がついた。
村の正面の入り口からは当然ながら、逃げられないだろう。
教団員がマークしている可能性が高い。
他の出口で、私が入ってきた川に続く小さな小道では誰にもすれ違わなかった。
それに――おじさん以外に村の生存者はおろか、教団員にさえも出会っていない。
お母さんたちはどこに行ってしまったんだろう。
この村で、大勢の人間が唯一避難できそうな場所……。
「まさか、みんな広場にいるの?」
それならば、勿論置いてはいけない。
一人で生き残っても、それは絶対に嫌だ。
私は、傷だらけの手で顔を拭い、立ち上がって後ろを振り返った。
「待ってて、お母さん!」
向いた広場の方向には、黒煙が上がっていなかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
私は、広場を囲う花壇の隅に隠れ、様子を伺った。
私が隠れた花壇はボロボロに破壊され、土が零れ出ていた。
「っう、うぇ……。」
私が目にしたのは、想像を絶する光景だった。
あまりの悲惨さに身体が耐えられず、もどしてしまった。
昼間、花の甘い匂いに包まれていた広場は今、鼻がひん曲がりそうな強烈な異臭が立ち込めていた。
広場を囲んでいた花壇の花はぐちゃぐちゃになり、カラフルだった花は赤黒い色の割合が増えていた。
広場の中央には大きな山が出来ていた。
それは、人間の死体の山だった。
先程見た血の跡が伸びた終着点はここだった。
山を構成する死体は一様に焼け焦げていて、手だか足だかわからないぐらいに爛れていた。
もはや、誰が誰だか判別不能でその山は個性を無くした人間の集合体のようで気持ちが悪い。
今ちょうど、山の中腹辺りから誰かの小さな頭のようなものが転がり落ちた。
それは、山から落下しきると、さらにレンガ製の広場の床をコロコロと転がり、
突如、
――グチョ
という音を立てて割れて潰れた。
大量の血しぶきが飛び散り、レンガを赤黒く塗った。
潰れる一瞬手前、眼球すらないその小さな頭部はこちらを見た気がした。
私は、粉砕された頭の上方に目をやった。
そこには、黒いローブに身を包んだ男が直立していた。
フードですっぽりと頭まで全身を覆いつくし、顔はわからなかった。
それでも、私が男だと思ったのは、体長が二メートルはあるかというほど巨漢だったからだ。
その男が目の前に転がってきた頭部を踏み潰したようだった。
男の隣には、同じくローブに身を包んだ人が二人いた。
一人は、どこにでもいるような普通の体形で、もう一人はかなり小柄だったが、それでも子供の私からしたら随分大きく感じる。
三人に共通するのは、漆黒のローブと、遠くからだと形まではよく見えないが胸元にキラリと金色に光るエンブレムのようなものを付けていることだった。
――そして、小柄な人間は気絶しているのか、はたまた死んでいるのかわからない無抵抗な女性を引き摺っていた。
私は、その女性の服装に見覚えがあった。
生成色の落ち着いた雰囲気のワンピースに、艶があるストレートな金髪。
「おかあさん……。」
私は、壊された花壇の一部であった赤橙色のレンガを掴み、飛び出した。
ザラザラした重いレンガは摑んだ両掌の肉を躊躇なく裂き、鮮血が滴る。
だが、私は構わず母を引き摺る小柄の人間に向かって走り続けた。
私の原動力は激しい怒りと憎悪だった。
不意に私の脳裏を去年のお祭りで家族全員でチューリップにお願いした時のことがよぎった。
「クローリスは、またみんなでこうしてお祭りに行きたいな。
ずっと、お母さんとクルトとアメリアとお花を見ていたい。」
「ふふっ、そうだね。
来年も再来年もまたみんなでお祭りに来ようね。」
ああ、そうだった。
やっと、思い出した。
私はあの時、今年も母と一緒に祭りに行くことを願ったのだった。
…。
……。
………。
でも、結局その願いは聞き届けられなかった。
今年は、家族全員でお祭りに参加できなかった。
だから、来年こそは――なんて、思っていたのに。
母に近付くにつれて、その表情がよく見えた。
母は目を固くつぶり、眉間に皺を寄せて苦しんでいた。
あの時の母は、あんなにも笑顔だったのに。
どうして?
「やあああああああ!!」
――ブンッ
私は小柄な人間に目掛けて、レンガを放り投げた。
――ガシャン!
が、しかし、小柄な人間に届く前に、レンガは粉々になっていた。
粉末がパラパラと舞い落ちる。
「なぁにー?
だぁれー、ボクにレンガなんて投げてきたの??」
小柄な人間がこちらに振り向いた。
「えっ、あっ……。」
私の足はガタガタと震え出し、その震えは全身を伝った。
――怖い。
さっきまでの怒りとは裏腹に恐怖を感じた。
「殺気」とでもいうのだろうか、私は自分が生きているのか死んでいるのかさえもわからなくなりそうだった。
「うん?
キミが投げたの?
かわいいじゃん、どうしたの?」
実際にはフードで隠れて見えないが、目が合ったような気がした。
――シュンッ
突然、風のようなものが起こり、小柄な人間のフードを切り裂いた。
――パサリ
フードが地面に落ちて、顔が露わになる。
意外にもその顔は幼かった。
大きくて丸い黄色の目に、ツンと尖った鼻、ぷっくりと膨れたピンクの唇に青い短髪。
見た目は、十一、二くらいの少年だった。
しかし、その頬にはできたばかりの裂傷があり、血が滴っていた。
「やってくれたな、子供が!!」
少年は、さっきまでの口調とは打って変わって、高圧的な態度で睨んできた。
左手で頬の傷を抑え、右手をこちらに向ける。
「崩壊魔法・インターナルブラ……。」
「やめとけ、アズレト。」
私に向かって伸ばした少年の腕を、先ほど頭部を踏み潰した大男が摑んでいた。
「そいつには見込みがある。
神の恩寵、連撃か。
五年に一度の逸材だ、珍しい。」
そう言うや否や、大男は片手で私を軽々と持ち上げた。
「教団に連れ帰る。」
「しかし、エコラ様。
このクソガキはボクを傷つけたんだ!!
殺さなきゃいけない!」
「そんなことは知らない。
お前は、この子供に一発喰らった。
それはお前が弱いからだろう。
俺には関係ない。」
少年は心底悔しそうな表情を浮かべた。
「お、おかあさん……。」
少年から解放され、地面に横たわっていた母を見た。
「ああ、この女が母親なのか。
それは、気の毒だったな。
もう、死んでいる。」
私は声も出なかった。
母は、こんなにも苦悶の満ちた表情で死んでいるというのか。
そんな、そんな……。
「あああ、クソッ!!」
先程の少年が、怒りに任せて母を蹴った。
母の身体は吹き飛ばされた。
しかし、母の表情は眉間に皺が寄ったまま変わることなく、微動だにしなかった。
母の死体をいたぶった少年の胸で金色の炎を模したセラフィーナ教団のエンブレムが反射した。
これからは、週一回投稿になりそうです。
気長にお待ちください。