第二話 「盗賊の少女」
大したものではありませんが、終盤部分の一部シーンに流血表現があります。
苦手な方ご注意ください。
「シャルロット…?アリスではないのか…?」
「アリスさん?さあ、そのような方は見ていませんが……。
それより、お体の調子は大丈夫でしょうか?
外傷は……、ないように見えるのですが。」
シャルロットは頬に涙が伝ったあとをつけたまま、心配そうに俺の身体をマジマジと見た。
「いえ、大丈夫です。
もう心配ありませんよ。」
見た目は、そっくりそのままアリスであるシャルロットを警戒しながら、俺は立ち上がった。
全身にはピリピリと痛みが残るものの、案の定、身体に傷は跡形もなかった。
周囲は相も変わらず森林地帯で、俺たちがいるこの場所だけは草木が自生しておらず、木漏れ日が差し込むギャップのようだ。
「森を歩いていたんですけど、いきなり雲行きが怪しくなってきたかと思えば、大きな落雷があったんで
す。
それで、駆け付けると、あなたが倒れていて……。
直撃は避けれたみたいで良かったです。」
「シャルロット様。
こんな、得体の知れない気味悪男になんて構わなくていいんですよ。
……お美しい貴方に涙なんて似合わない。」
鼻につくセリフを吐いた声の主は、ヒョロヒョロの体に枯れかけの葉を一枚だけつけた、この騒動の元凶だった。
「おっ、お前!めちゃくちゃ痛かったんだぞ!謝れ!」
「貴様から頼んでおいて、何を言う。
我はただ命令を遂行したまでだ。」
「うっ……。
だっ、だとしても、程度というものがあるだろ!
神話魔法ぶっ放すバカがどこにいるんだ!」
「知らぬな、そんなもの。
第一、貴様が殺せと申したのであろう。
……しかしながら、その願いは聞き届けることはできなかった。
お望みとあらば、もう一度、今度は貴様の腐った魂ごと葬り去ってみせよう。」
やはり、強制帰還作戦は失敗だったか……。
あんな魔法を食らっても死なないのは、やっぱり俺が不死身だからだろう。
「ほざけ、木の枝!
こんな思い二度もするかよ!」
「あの、落ち着いて下さい。
アンポンタンさん!エクスカリバーさん!
何を言ってるかはさっぱりですが、その……、ケンカは良くないです!」
シャルロットは白銀の眉をへの字に曲げて叫んだ。
「あっ、あんぽんたん!?
それに、エクスカリバーってどういう意味だ!?」
「……っへ?
あなたがアンポンタンさんで、そちらの方がエクスカリバーさんじゃないんですか?」
シャルロットは拍子抜けした顔で戸惑っている。
「いや、違うぞ!
俺は、シリル=フィリベール=エルヴェシウス。
で、こいつが木の枝だ。」
「木の枝ではない。
我は、かの有名なアーサー王の剣。
聖剣エクスカリバーだ。」
はぁ!?
どっからどう見てもただの木の枝が何を言っているんだ?
どうせ、シャルロットに嘘の名前教えたのもお前だろ。
いちいち腹立たしい。
「ええーと、結局、シリルさんとエクスカリバーさん?でいいんでしょうか。」
「ああ。
エクスカリバーの方は意味不明だが、俺はそれでいい。」
「シャルロット様がそうおっしゃるなら。
シリルで妥協するとしましょう。」
なんでお前は、シャルロットには親切だが、俺にはそこまで辛辣なんだよ!
それにこの枝、表情とかないからものすごくわかりにくいわ!
「では、私のことは気軽にシャルロットとお呼びください。」
「わかった、シャルロット。」
「いえ、そんな。
呼び捨てなんてできません。シャルロット様。」
本人がそれでいいと言ってるならシャルロットでいいのでは。
それにしても、シャルロットは本当にアリスにそっくりだが……、どうやらマジで別人みたいだ。
俺はまだ痛む体をいたわりながら、地べたに座り込んだ。
しばらくの後、私物であろうリュックサックを背負いながら、シャルロットは俺たちに話しかけた。
「ところで、どうしてこんなところにいたのですか?
ここ、バーバリック森林地帯は盗賊が出ることで有名なんですよ。」
「とっ、盗賊!?
そういえば、さっき俺、金髪蒼目の少女に所持金を持っていかれたんだ!」
「……っつ、それは本当ですか?
実は私、女盗賊フィオーレの捕縛依頼を受けて、この森に来たんです!
いくら探せども、痕跡さえ発見できず、困り果てていたんです……。
具体的に、盗られた場所と時間を教えて戴けませんか!?」
「ああ、もちろん。
それは、構わないけど。
でも確か、俺が会ったやつはフローラとか言ってたぞ。」
「恐らくは、フィオーレもフローラもどちらも偽名でしょう。
ですが、シリルさんが仰っていた金髪蒼目というのは、目撃情報と一致しています。」
「あと、巨乳でお団子頭でしたね。」
おいっ、木の枝!何て発言をするんだ。
俺は木の枝を睨んだ。
「そちらの情報も一致しています。
ほぼ断定して間違いないでしょう。」
しかし、シャルロットは気に留める様子もなく続けた。
(ほらみろ、貴様。
我の情報はシャルロット様の役に立っているだろう。
貴様ももう少し役立つことを話せばどうだ。)
こいつ、念話で話しかけてきやがった。
そんなことまでできるんだな。
地味にハイスペックだ……。
「シャルロット。
俺が邂逅した場所は俺が倒れていた落とし穴の近くだ。
時間は……、気絶していたので、はっきりとわからないが、雷が落ちた三時間前ぐらいの話だった。」
「落とし穴……?
あのクレーターのことでしょうか。
雷が落ちた三時間前ならもう昨日のことですね……。」
「我は途中からしか見ていないが、今から約二十二時間前のことだったな。」
「待て待て!
俺は丸一日も寝ていたのか!?
その間、シャルロットはずっと見ていてくれていたのか!?」
「ええ。そうですけど……。」
シャルロットはキョトンとした顔で答えた。
「そんなに迷惑をかけていたなんて……。
申し訳ございませんでした!」
俺は必至に頭を下げた。
「いえいえ、そんな。
頭を上げてください。
大したことではありませんよ。」
いや、見ず知らずの相手が起きるのを丸一日待つとか、大したことすぎるだろ。
「シャルロット様。
話を遮って悪いのですが、盗賊の居場所がわかりました。」
「ええっ、本当ですか!?
ど、どうやって?」
「ちょっとこの辺の魔力を調べただけですよ。
彼女とは、昨日一度会いましたから、魔力の特徴を記憶していたのです。」
やっぱり、ハイスペックな木の枝だなー。毒舌だけど。
「案内していただけませんか!?」
「はい。お望みとあらば。」
フローラ。待っていろよ。
俺の金、絶対返してもらうからな!!
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
(ここですか……。
まさか、擬態魔法まで使っていたなんて。)
目の前には、木の枝曰く、洞窟?があるらしいが、俺にはただのゴツゴツした絶壁の崖にしか見えない。
(こっちです。
中は危険だと思いますので、はぐれずついてきてください。)
フワフワ浮遊しながら、木の枝はテレパシーを飛ばしてきた。
今更ながら、木の枝は移動時、浮遊して動いている。
こっ、こいつ。浮遊魔法まで使えるなんて侮れない……。
それに比べて、俺は何の魔法も使えず、いまだ何の役にも立てていない。
(では、突入します。)
木の枝を先頭にして、シャルロットも岩肌の中に消えていった。
ホントにこんなところに洞窟なんてあるのかよ。
俺は半信半疑で一歩踏み出した。
「おおっ、すげー!」
(しっ、声を出すな!アンポンタン。)
す、すまねぇ。
……アンポンタンは余計だろ。
でも、本当にすごいのだ。
さっきまで崖だったところには、ちゃんと洞窟があり、洞窟は人が六、七人通れるのではないかと思うほど広い通路が、先が目視できないほど奥に続いている。
(人工洞窟ですね。)
シャルロットが木の枝を通じて念話を送ってきた。
へえ。こんなに大規模な人工洞窟があるのか……。
えっ、それじゃあ、この洞窟掘った敵とかもいて滅茶苦茶敵の数多いんじゃ……。
(安心しろ。
中にいるのは彼女一人だけだ。)
一人だけ、なのか?
この広さで?
(ああ。そうだ。
一人だけだ。)
……。
(なあ、木の枝。
俺、別にテレパシー送ってないんだが。)
(聞こえている。しっかりとな。)
(はあ!?どういうことだよ。)
(……そのままの意味だ。)
マジで、なんだよ。
この木の枝!
(木の枝ではない。
我は聖剣エクスカリバーだ。)
まだ、聞いてたのかよ。
俺は心底呆れた。
少しでも、こいつが役に立つと思ったのがバカだった。
(二人とも、……何か聞こえませんか?)
シャルロットが暗くてよく見えない通路の奥を指さした。
カツーン……
カツーン……
洞窟に反響するように、規則的な音が近づいてきた。
(来たな。
……どうやら、我らはとっくに気づかれていたらしい。
相手はすでに臨戦状態だ。)
目を凝らしてよく見ていると、こちらに向かってやってくる一つの影を捉えた。
やがて、その影は徐々に鮮明になっていった。
暗闇の中で一際異彩を放つ、金髪のシニヨン。
冷たく、光の届かない深海を投影させたかのような深いブルーの瞳。
歩くたびに揺れる胸。
そして、腰には左右に一本ずつ、柄に変わった紋様が彫られた短剣を携えており、
――いつでも抜刀できるように、手をかけている。
「……フローラ。」
その美少女、フローラは短剣を抜くと同時に俺に向かって走り出した。
――カキンッ
刃同士が交わる音がした。
みると、何処からともなく出現した身の丈ほどある大剣を持ったシャルロットがフローラの短剣を受け止めていた。
フローラは素早い動きで一歩下がり、シャルロットに連撃を繰り出す。
――カキンッ
――カキンッ
シャルロットはフローラの攻撃を全て捌ききった。
……かのように見えたのだが。
――ブシャッ
なんと、シャルロットの大剣をもつ白い両腕は、前腕を中心に両方ともザックリと切られ、赤黒い血液が飛散した。
――ガランッ
そのまま、大剣は支えが無くなったためか、地面へと自由落下した。
フローラは、そのまま丸腰となったシャルロットの首を目掛けて、踏み込んで斬撃を放つ。
「シャルロットーー!」
俺は急いで駆け出すが、間に合いそうもない。
――パキッ、ピキッ
シャルロットは血に塗れた両腕をクロスさせて、それぞれの手で一本ずつ、短剣の刃の部分を握り、氷漬かせていた。
――パリーン
そのまま、氷は短剣もろとも粉々になり霧消した。
しかし、摑んだ時に切ってしまったのか、シャルロットの手のひらからも鮮血が滴り落ちた。
「チッ。」
フローラは、軽く舌打ちをすると、そのまま引き返し、闇の中へと消えていった。
「シャルロット!!」
「シャルロット様。
ご無事ですか?」
俺と木の枝は、シャルロットのもとに駆け寄った。
「大丈夫です。このくらい……。」
そうはいうものの、両腕の、特に前腕部の裂傷は激しく、血が止まる気配はない。
「なあ、木の枝。
治癒魔法を使って治せないのか?」
しかし、木の枝は否定した。
「治癒魔法は勿論使える……がしかし、治すことはできない。
これを見てみろ。」
俺は、木の枝が指したシャルロットの腕を見た。
そこには、フローラの所持していた短剣に刻まれたいた紋様らしきものが絡みつき、邪悪に紫色に発光していた。
「これは、古代魔術で、一種の呪いでもある。
この呪いを受けた部分は、以後永久に変化しない。」
「つまり、一生傷が治らないということか!?」
「理論上はそうだ。
……だが、呪いというものは術者の魔力をもってすれば、解けないこともないし、このようにして、流
血を遅らせることは可能だ。」
木の枝は、シャルロットの呪いがかかっていない部分の体の血管を収縮させ、血流を意図的に悪くすることで、流血を遅らせているようだった。
「だが、この方法だと身体や血管に負担がかかるため、長くはもたないし、そもそも流血自体は止まらな
いから、やがて貧血になり、死に至るだろう。」
「だったら……、俺がフローラを捕まえてきたら、シャルロットの傷は治るのか!?」
「ああ、そういうことだ。
だが、貴様にそのようなことができるのか?
……みたところ、レベル1なのだが。」
俺は、痛みで苦しそうな顔をしているシャルロットを見ながら答えた。
「……勿論だ。
やるに決まってるだろ。
レベル1だろうが何だろうが、シャルロットを助けたいんだ!
それに、俺は耐久力だけには自信がある……。」
「そうか……。
承知した。
では、我はここで、最大限流血を遅らせることに努めよう。
早く行くがいい。」
俺は、シャルロットに声をかけた。
「シャルロット、お前が俺を看病してくれたように、今度は必ず俺が呪いを解くから!
ちょっとだけ、待っていてくれ!」
「……わかった。
……一つだけ、いい?
彼女は、短剣を振ると同時に、魔力を込めた斬撃も一緒に飛ばしてきたわ。
私は気づけなかったけど、どうか、気をつけて……。
……もし、シリルさんが危なくなったら、私のことなんて諦めて、早く逃げてね……。」
「そんなこと、するかよ。
何が何でも、必ず、フローラを連れて戻ってくる!」
俺は言い切ると、すぐさま闇に向かって駆け出した。