第一話 「冒険の始まり」 後編
連載小説にしては、一話が長かったので前編・後編に分けることにしました。
無印第一話は、前編・後編を合わせた内容です。
それから俺は少しでもここがどこの世界なのか探ろうと、一人黙々と獣道を歩いていた。
真っ青な空にただ一つ浮かんだ恒星は、南中時刻を過ぎたばかりのようだ。
「それにしても、ただただ長い上に特徴ない森だなー。」
針葉樹らしき樹木で構成された森には終わりが見えない。
この世界、この森しか存在しないなんてオチはさすがに……ないよな。
「あの、すみません!?」
「んんっ?」
背後から声をかけられ振り返ると、団子にしたサラサラの金髪ストレートで、蒼色の目をした如何にも冒険者風の超絶美少女が現れた。
そして、何といっても胸が大きい!
「私、ダンジョン攻略に来た冒険者でフローラというんですけど、どうやら道に迷ってしまったみたいで……。」
その巨乳美少女――フローラは凛とした透き通るような声で言った。
「あっ、そうなんですか?
生憎ですが、俺もなんです。
……良ければ、一緒に行きませんか?」
この世界にはこの森しかないと思っていたのは、どうやら杞憂だったみたいだ。
ここには、ダンジョンがあるのか……。
ムフフ。
ゲームみたいな世界で、ちょっと楽しそうだな。
「ええ、いいんですか!?
ありがとうございます!」
フローラはハニカミながら微笑んだ。
……かわいい。
率直な感想だった。
「お隣よろしいですか?」
「はい!もちろんですよ。」
フローラは、そういいながら俺の隣にすり寄ってきた。
「……じゃあ、これはいただきますね。
さようなら!」
「えっ、はい?」
俺の横につくや否や、俺のズボンのポケットに手を突っ込み、なけなしの金が入っている財布を抜き取り、進行方向とは逆方向に逃げ去った。
「ちょま……、待ってって!」
いかに課金によって溶けた残りカス程度で、この世界で流通してるかわからないようなお金でも、それは俺の全財産なんだ!
俺は必至になってすでに豆粒ほどの大きさになっているフローラの背中を追いかけるが、素早さ10で到底追いつくほどの距離じゃなかった。
しかも、全力疾走してるにも関わらず、差は開く一方だ。
「はっ、速ぇーー。
あれじゃあ、俺の全盛期のころでさえいい勝負だぜ。」
ハアハア。
まだ、50メートルほどしか走ってないのに、もう息が上がっていて、限界を感じた。
「お願いだ……止まってくれ……。」
ーーズドン
次の瞬間。
突如として、俺の足は着地地点を失い、ポッカリ開いた奈落の口に飲み込まれいった。
「いっ、痛てええええ!」
俺はどうやら深い落とし穴に腰から落ちてしまったらしい。
服は泥まみれで、見るに堪えない姿だった。
「くっそーー!」
逃げられた……。
あまりの悔しさゆえに、落下した際に思わず摑んだ木の枝を握りしめたまま、地面を四回強打した。
罠を作る際に使用されたであろう木の枝を掴んだまま……。
「おいっ!痛いぞ!
いい加減手を放せ!」
「……はっ?」
俺は、声がした右手の方向を凝視した。
「ぼ、ぼろっちい、木の枝……。」
「貴様の方がボロボロだぞ。
鏡でも見てきたらどうだ。」
俺は、しっかりと握りしめている木の枝をもう一度見つめた。
「じょ、冗談だろ。
よりによって、こんなものを触ってしまうなんて……。」
俺に与えられた神の恩寵は、転生後、最初に触れたものに、神級の力が与えられること。
――俺は、元落とし穴のボロボロの木の枝に異世界人生を賭けてしまったのだった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「なあ、お前もちょっとは手伝えよ。」
「……。」
俺は、穴に落ちてから体感で三時間ほど経った今でも、穴の中で脱出する方法を模索していた。
壁を登ろうにも、ツルツルしていて摑むことさえ困難だ。
「おい、聞いているのか!?」
「……。」
木の枝はずっとこんな感じで、俺が手を放した途端にだんまりだ。
唯一あれから発した言葉というと、俺がフローラを捕まえてほしいってお願いした時に、
「拒否する。
他人に頼んでまでして、か弱い女子に手を出すなど、頭がイカれてるのか。」
などと、言ったのを最後に俺が弁明しようが、懇願しようが一切話さなくなってしまった。
「あのさ木の枝。……なら俺を殺してくれないか。」
俺は無視を決め込む木の枝に明らかな苛立ちを覚えながらも、ダメもとで木の枝に頼んでみた。
「ああ。勿論だ。構わない。」
木の枝は即答した。
いいのか?
さっきまで、全部シカトしてたくせに俺を殺すのだけは承諾するんだ。
上手く死ねたら次元の狭間に帰れるかもしれないという期待と、俺の殺害だけは大人しく遂行する木の枝への腹立たしさで複雑な心情だ。
「神話魔法・神の雷槌!」
この枝。
見た目は、初期装備にでも及ばないが、どうやら力は本物らしい。
西に傾いた太陽が燦然と輝いていた空は、一瞬にして暗黒雲に覆われた。
そして、雲にギャップができたかと思った次には、
俺の視界は完全にホワイトアウトしていた。
「ううぁ、あああああああああああ!」
身体中に焼けるような激痛が走り、感覚はマヒした。
もはや、痛みすら感じない。
俺の意識はそのまま遠のいていった……。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
耳に入ってきたのは優しい音。
俺を呼ぶ声。
存在して以来一度も聞いたことのなかった、俺を求める音色。
それは、まるで風鈴にような儚い。
「……か?」
「……ぶですか?」
「……じょうぶですか?」
「大丈夫ですか?」
耳障りのいい声に反応するように、俺の瞼は上がった。
目に映ったのはそよ風に吹かれて、細雪のように美しくたなびく白銀の長髪。
眉間に寄った綺麗な形の眉の下には、フェニックスのように永久に燃える炎を宿したように意思の強さを彷彿させる紅の八塩の瞳。
「ア…リ…ス……?」
その容姿は、俺をこの世界に寄こした張本人――アリス=ジラルディエール、その人であった。
「なぜ…ここに……?」
俺の問いには答えず、アリスは言った。
「良かった……。目を覚ましてくれて。」
アリスは泣いていた。
アリスの瞳から零れ落ちる薔薇色の涙を見ていると、この人はアリスではないと思った。
容貌はアリスと瓜二つだが、アリスに感じたような冷たさは皆無で、ただ温もりだけが溢れている。
「あなたは…だれですか?」
すると、その少女は答えた。
「シャルロット=トルイユ。
組合の冒険者です。」
シャルロットは僕を見つめて安心したように微笑んだ。