第9話 ふたりの距離感
「にしても……なんでこんなことやってんだよ……」
3日連続、睡眠時間を限界まで削った。2時間しか仮眠しなかった。
俺ってここまでできんだな……。
流石に今日は徹夜しなくて済んだ。
時計の針は、夜の12時を回っている。
ずっと同じ姿勢でワープロをいじっていたから、肩が痛い。
リビングから見える、あいつの家の電気はもう消えている。
人に仕事させておいて……学校でも書類の打ち込みに全然触れないじゃんか。
「……カーテン閉めんの忘れてた」
立ち上がろうとすると、足の関節が音を立てる。
「俺、こんな長いこと椅子に座ったこと、あるかな……」
俺が窓の側にいって、カーテンを閉めようとした時、外に人の気配を感じた。
だれかいんのかよ……?
そう思った時、窓に小石がぶつかった。
キーンって音が響く。
「夜中に石投げんなよ!…………ってお前かよ」
「バレた?」
「当たり前だろ、そんなことする奴はお前以外いない」
「……だよね」
「お前、外にいたら風邪引くから、さっさ家、帰れ」
「そんな冷たくあしらわないでよ……私の仕事、やってくれてんだから見守ってあげてたの」
「……お前、こんな時間まで庭にいるとか信じられないよ、俺は」
「ちょっと、窓閉めないでよ……!ねえ、見ての通りさ、うちの家、もう親寝てるからさ、一樹の家で泊まらせてよ」
「嫌だ」
「お願いだから」
「お前、俺の家のどこで寝るんだよ」
「一緒に寝させてなんか言わないから。ほら、そこのソファーとかで横になって寝てるから」
「なら勝手にしろよ」
「絶対言ってくれると思った。私が寝てから、変なことしないでよ!?」
「しねーよ。なんでその発想に至るんだよ……」
「入るね」
「お前、靴のまま部屋入んなよ!……頼むから、夜中だから、近所迷惑になるから何もしないでくれよ」
「あ、ご、ごめん……ねえ、もうこんなたくさん打ち込み、してくれたの?」
「あれから、俺はずっとこれの作業してたんだよ」
「へえ……ありがとう」
俺の仕事が終わるからって、待ってたってばっかじゃねーの。
お前家に親いるじゃんかよ……どう説明したんだよ。
でも……お前が、家に泊まりに来たりするのって小学校ぶりか……。
「じゃあ、俺寝るからな。電気、消しとけよ。おやすみ」
「……おやすみ」
俺は、シャワーだけ浴びて、歯も磨いて、寝室へ直行しようとした。
「……あいつ、ちゃんと寝れてんのかな」
リビングには何も毛布もないし枕もない。
あいつ風邪引いたら面倒だからな……せめて布団くらいかけてやるか。
リビングのソファで、あいつはもう寝ていた。
電気くらい消せよ……?
「…………ずぅ…………ずぅ…………ぐび」
「お前、せっかくさ、寝てんだから、女の子らしい寝相でいてくれよ……みっともねーぞ」
両手を広げ、開けっぴろげに、ってどんな格好だよ……!
寝息がわざとらしいんだな……こいつ、ほんとに寝てんのか?
ちょっと試してやるか……。
「お前の顔、見てたらキスしたくなったからさ」
「…………………………………………」
「キス、するから」
「…………………………………………」
「俺、するって言ったらするからな」
「…………………………………………」
「…………チュ」
キスくらいで俺も驚かないよ……昔、将来の練習って言って、今ここで寝ているやつにどれだけキスされたことか。
犬みたいだなって言ったら、顔真っ赤にして怒ったよな。
それにしても、これで微動だにしないって……。
本当にこいつ、寝てんだな。
でも、お前の唇ってこんな温かいのか?
「…………………………………………」
「ま、お前が風邪引かないように布団掛けてやるけど、ヨダレはやめろよ」
「…………すぅ…………………………」
「…………おやすみ」
俺は、階段を上り、自分の部屋で眠りについた。
ま、ままま待ってよ!
な、なんなのよ……キスされたよね、私!
心臓、ばくばくしてさ、ほんとは寝てないの、いつ一樹にバレるか、不安で仕方なかったじゃないの!
バレてなんかいないよね?
でも……布団掛けてくれるなんて、一樹らしくないよ……優しすぎるよ……これ以上一樹のこと好きにどうやってなれるんだろ……。
その上、キスなんて…………絶対もうしないでね…………息止まりそうだったから。
気温とか湿度とか歯磨きしていたとか体調が万全かとか、タイミングあるから……!
一樹がどんな気持ちでキスしたのか知らないけど、キスされたのはキスされたんだもん。
キスされた……キスされたよ!
私は一樹のことが、本気で好きだから……タイミングさえ合えばこの気持ち必ず伝えるんだから!