後日談 エピソード2 どうして婚姻届があるんだ!?
俺は、ほぼほぼ身動きの取れない状態のまま……つまり脱走もできないし抗議の声すらもあげられない……
というのも、後ろで俺の嫁さ……断じて違う!
沙彩が凄みをきかせているのだ。
どうしてこうなった……?
俺は、さっきの料亭で親、おばあちゃんと別れ、沙彩と一緒に家まで帰ってきた。
俺の両親と沙彩の両親でどこかまた出かけていった。
忘れてた……親同士仲良いんだよ……
でも……どうして俺の家の玄関の前に沙彩がいるんだ?
なんで藤宮の表札が掲げられている家ではなく、新田の表札が掲げられている家に直行するんだ……?
「発言……してもよろしい……でしょうか……?」
「なーに?あなた」
な、なんだとっ……あなた……だとっ……くっ……くそ!
出鼻をくじかれた……反撃の芽を摘まれた……!
「そ、そのう……どうしてこう……物事が進んでいるんでしょうか……?」
「結婚するもん」
そう言ってカバンから取り出したのは婚姻届……
待て。
どうした。
なんでだ。
俺は素早くその紙切れを奪い取ろうとするが、沙彩は俺を上回る速さで俺の手をかわした。
「あのう……俺、まさかそこに署名するとか……そういう話では……ないですよね?」
「え?サインしないと区役所に提出できないよ?」
紙切れには、俺が記入すべきところ以外は全て記入済み。
「あ、ちょっと言ってる意味がわかんない……」
「家、入ろ?」
「は、はい……」
俺は、鍵を開けようとしたが、沙彩は当たり前のように俺の家の鍵を持っていて、平然と鍵を開ける。
扉を開けて、言う。
「どうぞ、あなた。先に入って」
「う、うん」
なんでだ。なんでだ。いや、沙彩が鍵を持っていることは薄々気が付いていたものの、どうしてこんなに平気なんだ。どうしてだ。意味がわからん。
あなたって呼び方はなんだ…………?
横を恐る恐る見てみると、沙彩は玄関の鍵置きを整理整頓している。
「この家……俺の住んでいる家……だよな?」
「あなた。どうしたの?さっきから変よ?」
お前が変なんだろーが!
「お茶、入れるね」
「あ、ありがとう」
もしかして……俺、タイムスリップでもしたのか?
10年後の未来に飛んでしまったり……とか!?
あっ…………こんな想像するってことは……俺、10年後も沙彩が隣にいるってことを深層心理で願っているのか……!?
や、やめろ……俺は断じてまだ将来を決められてしまっているわけではない。
俺がリビングに入ると、なぜかソファーが新調されており、カーテンの色も変わっている。
俺の家……か、ここ?
俺が使っていた食卓もない。
前より大きいテーブルに変わっている。
椅子も……4個ある!?
「なあ、なんか変わったか?俺の家」
「私のおばあちゃんが結婚祝いに家具とかのインテリアを一式プレゼントしてくれたって……あなた、聞いてなかったの?」
「……う、うん」
「はーっ、あ!……電話そういえば繋がらないんだった!」
「そうだ!電話、なんか沙彩は知ってるか?」
「そういえばなんか亜希子さんが言ってたような……」
ちょっと待て。亜希子さんって誰だ?
亜希子……あきこ……あき……あ、あきさん!?
どうしてあきさんと呼ばないんだ。
「なあ、沙彩って、あきさんって呼んでなかったか?」
「あら。そうだったかしら?あなたの前ではあきさんって呼んでいたけど、亜希子さんもとうとう結婚することになったの!」
「……へ」
色々とおかしい。
つい最近……というか2日前まであれだよな、シングルだったような……?
そういえばあきさんの姿が見えない……
ん?
「あきさんって、今沙彩の家か?」
「あなた何言ってるのよ。亜希子さんもう家出て行っているわよ?」
「はっ……?」
俺って、生きてるのか……?
なんでこんなに俺が知らないことが周りで次々に起こっているんだ!?
「あなたー、お茶、入れたからお菓子とか食べる?」
「は、はい」
「じゃあ取りに来てー」
「はい」
俺はキッチンに立つ沙彩から手渡しでお盆を受け取る。
なんかおかしいな……
って、こんなの夫婦生活みてーじゃんか!?
俺は、沙彩が席につく頃合いをみて、切り出す。
「沙彩はどうして俺のことを……その……あれだ、あなた……とか言うんだ?」
「そ、そうですか……」
一瞬で顔を暗くする沙彩は、エプロンのポケットから先程の婚姻届を取り出した。
「なあ、婚姻届って……おかしくないか?」
「サインして下さいます?」
「いや」
「して」
「いや。つーか、俺、高校生だから」
「だから?」
「だ、だからって…………ややこしいこと言うなよ……ってえええ!」
その紙切れには、なんと20歳以上の証人の欄に、俺の父親と藤宮パパの名前がーー
「親、公認?」
「ええ、もちろん」
「なあ、沙彩の名前がさ、ここに書いてあるけど……どう言うこと?」
「とりあえず横の欄に名前書いてよ」
「いや、とりあえず……って」
「別れる?」
「ご、ごごごごめんなさい。か、書きます書きます……」
別れるってどういうことだよ……俺、もしかして立場弱い?
あれか、惚れた方の負けって奴か……?
あれか、一生払うとかなんとか……
「なあ、俺ってどれくらい借金残ってる?」
「いっぱい」
「いっぱいってどんくらいだよ」
「だから言ったよね、一生かけて払いますって」
言ってない言ってない言ってない…………記憶にない……
「あのさ、俺、確かにクリスマスの日に好きだって言ったけどさ、どうしてここまで話が進んでいるんでしょうか……進んでいるって言い方も色々おかしいんだけど……」
「後ろで見てたもん、お母さん」
ダアアアアアアアア!
藤宮ママ、見てた……!?
「なあ、沙彩はさ、俺のあれさ、どういう風に捉えてる?」
「え?プロポーズでしょ、あなた」
ダアアアアアアアア!
プロポーズじゃないじゃないじゃない……んですけど!
「プロポーズじゃ……なかっt……」
「じゃあ、あのプロポーズはウソってことなの?」
「だからプロポーズじゃないって……あっ」
「ううっ……あなた、私を捨てる気なの……?」
「ご、ごめんて。泣くな。頼むから」
それでも沙彩は泣き止まない……
どうすればいいんだ新田一樹。
あああああ。近所にへんな噂立てられるだろ……
「悪かった。あれはプロポーズだったから。機嫌直してくれって」
「ホント?」
ダアアアアアアアア!
泣いてない……!?
嘘泣きか……くっ……俺から言質をとるために俺をはめやがったな……!
……斯くなる上は、なんとかくらわばなんとかまでとか言うよな。
「いいよ、沙彩のためならどこでも名前書いてやるよ!」
俺は……
署名した。住所も書きました。生年月日も書きました。何もかも書きました。
俺の目の前には嬉しそうにニコニコしている沙彩。
…………この笑顔が見れるんだったらなんでもいっか…………
惚れた方が弱いんだな……
「元日に入籍ね!」
「……はい」
「返事は?」
「はい!」
俺は、もう少しで結婚することになったらしい。
……どうしてこうなった!?