第30話 驚き
レビューいただきました!
ミミマルさん、ありがとうございます!
これからも更新の方頑張っていきます!
俺は、新横浜に着いたくらいに目を覚ました。
というのも、あき先生が俺に思いっきりもたれかかってきて、少しバランスを崩したからだ。
あき先生を起こし、新幹線を降りる用意をするように言った。
「あっ…………寝ちゃった」
「もう品川ですよ。ほら、東京まであと少しなんですからシャキッとしてください」
「う、うん。あ、で、一緒に住むって話どうなった?」
「…………」
「どう?」
「先生、本気ですか?」
「うん。だって、かずくんだったらいいって言ってくれるかなって」
「今どこ住んでんすか?」
「ひみつ」
「いや、こっちだって、人を簡単に家に住ませたりできないですよ。ちゃんとワケあるんだったら教えてください」
「えっと、この間、勤めてた会社をクビになっちゃった」
「次の仕事は見つかったんですか?」
「ううん。32だからダメって」
は?
先生の可愛いさをもってしても仕事に就けないだと?
「それで、お金に困っちゃって……電気水道ガス全部止まったの。家賃も払えなくて……」
「家は?」
「なんかいっぱい貼り紙がドアにあって」
「それで、どうやって新幹線とか乗ってるんですか?」
「行きのお金だけ工面できて」
「帰りは彼氏に出してもらったと」
「うん。でも、貯金……全部であと2千円くらいしかない」
「…………」
「仕事とかこれからどうしようって悩んでたら、年齢が30越してるんだったら転職は難しいかもねって言われて…………」
「それで今回大阪に行って、その人と一緒になろうって話したんですか?」
「うん、だけど、その人、ふ…………」
「ふ……?」
「不倫してるみたいなの」
ふりん…………?
不倫って冗談じゃない!
どうして大人の問題に巻き込まれるんだ!
もう嫌だよう!
「…………いや、先生、爆弾抱えてますね」
「あと、さっきかずくんにウソ言っちゃったかも」
「え?」
「あの人とは、最初、東京で出会ったの。ちょっと長くなるけど話聞いてくれる?」
俺はうなづいた。
グラスに入った氷がカランという音を立てる。
それを合図にひとりの男はハットの傾きを直す。
「お客さん、夜行バスの時間はまだかい?」
「ええ、もうすこしだけ余裕があるので、マスター、もう一杯」
「あいよ」
マスターはガラスのリンゴの形をしたオブジェを磨いている。
「それはなんですか?」
「スチューペンのオブジェだよ」
マスターは、右手を伸ばし、それをいろんな方向に向けている。
店のライトを乱反射させる。
「それ、お気に入りなんですか?」
「そうだよ」
マスターはうなづいて、なぜか懐かしそうな目を浮かべた。
「俺、持ってますよ、それ」
マスターは一瞬ハッとしたが、すぐにいつものハードボイルド風に戻る。
そして、カクテルを手早く一杯作り、男の前に差し出す。
男はグラスを手に持ってなお続ける。
「俺もリンゴ……ではないですけど、モノが俺と妻を繋いでくれた」
「それはどういう」
「失くしたライターを彼女から手渡されてそこからもう一回よりを戻したんです」
「よかったです」
「どうも。今じゃあ、妻にこんなこと恥ずかしくて言えなくてって」
男はフッと笑い、もう一口カクテルを含む。
時計の針が動く音のみが響く。
入り口からひとりの女性が現れた。
「いらっしゃい」
「マスター、いつものよろしくお願い」
「あいよ」
女は、上着を手でたたみ、椅子の背にかける。
男の隣の席を引きながら、女は言う。
「お隣、よろしいかしら?」
「ええ」
男が女の顔を見ると、びっくりして動きを止めた。
「どうかされました?」
「いえ知ってる人と似ていたので」
「恋人?」
「2年前に付き合っていた女性とそっくりでした。ステキな方でしたよ」
「うそでしょ?」
「ははっ、そう、うそ」
店内に音楽が流れる。
マスターは女の目の前にボトルを置いた。
「ボトル、入れていい?」
「いいよ」
「ラベルにはなんて名前書く?」
「亜希子で」
女はグラスに注いで、男に手渡した。
「ご一緒に踊らない?」
「ええ、ぜひ」
男は女と音楽に合わせて、ダンスをしている。
曲がひとつ終わる。
「もう一曲踊りません?」
「では、踊りましょうか」
またひとつ曲の分だけ時間が進んだ。
男は、引き寄せられるようにして、時計を見る。
「あ、そろそろ行かないと」
男は荷物を手に取り、マスターに支払いをして、出口へと向かった。
男が出口のドアを開けようとした時、女は出口に駆け寄る。
「ご連絡先とか教えて頂けませんか?」
「では、これで」
男は女に一枚の名刺を渡す。
表面には勤務先と名前が、裏面に電話番号が書いてあった。
市外局番号は03で始まっていた。
「次はいつ来られますか?明日?明後日?ボトルの期限は2カ月よ?」
男は軽くうなづいて店を後にした。