第28話 シンデレラエクスプレス
俺は、彼女の姿が見えなくなるまで動けずにいた。
それから、藤宮家に電話をかける。
『はい、もしもし』
「あ、俺だけど、今電話いい?」
『うん。あ、今新大阪駅?』
「9時の新幹線で東京に戻るってお母さんに伝えておいてほしいんだ」
『じゃあ、間に合うように迎えに行ってあげるね!』
「別にお前来なくていいからな」
『な、なんでよー!私だってね、一樹のことすっごい心配してるんだから』
「…………じゃあ、頼む。いつもありがとうな」
俺は受話器を置いた。
そして、ホームへと向かった。
その頃、藤宮家ーー
電話を終えた沙彩は、ひとり受話器を見つめていた。
「なんなのよ、別にお前来なくていいって!」
「どうしたの?沙彩」
「ひっどい事言われた。でも……」
「えっ?」
「最後に、一樹からいつもありがとうって言われた」
「そう。で、一樹くんは最終の新幹線で帰ってくるって言ってた?」
「あ、そうだって。今新大阪で、最終の新幹線で帰ってくるって」
歩きながら、俺は自問自答する。
「なんだったんだよ、恭子ちゃんは俺のこと。俺は……」
…………誰だよ、あの男!
彼氏だろうか……いや、でも恭子ちゃんは誰かと待ち合わせしてるって雰囲気でもなさそうだったし。
カフェで時間なんか気にしていなかったよな…………
あの男の感じは、男と女って関係ではなさそうだった、と思えばそう思えてくる。
「俺はいつもいいように考えすぎなんだよな…………」
俺は、ホーム階へと上がり、自由席の車両の待つところへと歩く。
ホームでは、なにやらテレビの取材が行われていた。
女性レポーターが、マイクを握って喋っている。
「こんばんは、みなさん。今回は、新大阪駅のホームからお届けしています。今、若者の間で流行しているこの言葉をご存知でしょうか。午後9時にホームから発車する新幹線、目的地に0時に到着することから、シンデレラエクスプレスと呼ばれております。恋人同士が休日を一緒に過ごし、仕事のためにまた恋人と離れ離れにならなければならない。今私がいるこのプラットフォームはいつもと違う雰囲気に包まれています」
……ふーん。
シンデレラエクスプレス……か。
「恋人たちは、48時間を一緒に過ごし、また数週間か数か月か会えない日々に立ち向かわなければなりません。これから、シンデレラ達にお話を伺いたいと思います」
そのレポーターは、停車している新幹線のドアのところで抱き合っているカップルのところへ。
俺は、物珍しく少し離れたところから見ている。
…………違うんだ、別に俺はカップルを見てるんじゃない。
ドアのところを占拠しやがって、俺は新幹線に乗れないんだ!
「すいません、お話伺ってもよろしいですか?」
「はい」
「おふたりはどういったご関係で?」
レポーターは男の方に質問した。
「あ、恋人です」
そのカップルは、顔を見合わせて「ねー!」とか言いそうなようす。
…………ホームにヒビ入るぞ、コラ。
「もしかして、男の方が東京に帰られるということですか?この土日を一緒に過ごされて」
今度は女性の方に質問した。
「いえ、私がこの新幹線で帰っちゃうから、彼とまた会えなくなって……ううっ」
「わかります。そのお気持ち。寂しいですもんね、愛する人と別れるのは。ところでこの休日をどのようにお過ごしになられましたか?」
「一緒にごはん食べたり、遊園地行ったり、夜景見たりしました」
おい、男!
彼女の髪撫でんな!
「楽しい時間をお過ごしになられたんですね。今度はいつ会えるんですか?」
「えっと、また1ヶ月後です。今度は、僕が東京に行きます」
その言葉に、女の方はパッと顔が明るくなる。
「すいません、貴重な時間をいただき、ありがとうございました」
カメラがホーム全体を映すようなアングルになり、なおもレポーターは続ける。
「日本人もこうやって感情を素直に表すようになったんですねー、ほら、あちらのカップルはチューしちゃってますよ。見てる方が恥ずかしいですねー!現在時刻は午後8時58分。ドアの場所に合わせて、等間隔で並ぶ恋人たちが最後のお別れを告げています」
俺は、これ以上見ていられなくなってドアのところから、恋人の間を縫って、新幹線に乗り込んだ。
自由席の車内はガラガラだっていうのは指定席の空き具合で分かっていた。
席に座り、窓から外を見る。
さっきのレポーターはまだ何か話している。
ドアが閉まる音がする。
新幹線が動き出し、前の自動ドアが開く。
さっきまで恋人と一緒にいた女性が車内に入ってくる。
まぶたを真っ赤にして、俺の隣に座る。
…………なんだ、このモヤモヤした気持ち。
だれか説明してくれ。
俺なんかさっきほぼほぼフラれたんだぞ!?
恭子ちゃん…………なんで俺とバイバイしたすぐ後に、すぐに違う男と抱き合ってんだよ。
俺から、目線を外したからな…………。
「でも、恭子ちゃんはそんなことするような子には見えないしな」
俺がポツリと呟くと、横に座った女性から話しかけられた。