第2話 恋に落ちるんです
ブクマ、評価、感想の方、どうぞよろしくお願いします。
ミーンミンミンミンミン……ジリジリジリジリ……チチチ……
今日から、朝早くに電車を乗り継いで、俺の住む街から500キロ離れたおばあちゃんの家に帰省するんだ。
「母さん!はやくはやく」
「あんまり急かさないの。乗る新幹線は決まっているのよ?それよりも戸締りはちゃんとしたの?」
「しめてきまーす!」
リュックサックには、着替えに歯ブラシとかいっぱい詰めている。
本当は入れたくないんだけど、学校の宿題も持たされた……小学校1年生の一行日記とか、漢字ノートとか……でも、旅行の時ぐらい忘れたっていいじゃん。
家中の戸締りを確認して、玄関へ行った。
「ようし。それじゃあ行くか」
お父さんが、玄関の鍵を回した。
東京駅は、大混雑の真っ只中。
新幹線に乗って、普段慣れない長時間の拘束にもぞもぞしてしまう俺をお父さんもお母さんも笑っている。
先頭車両の前で、記念写真を撮る。
時速220キロで走っていく白い車体は、子供心をくすぐる。
富士山が、窓から見える。
新幹線を降りて、電車を何回か乗り換え、あたりの景色が緑に変わりきったあたりで、おばあちゃんの香りが漂い始める。
木造の駅舎は、来るたびに古くなって小さくなっている気がする。
タクシーを公衆電話で呼び、おばあちゃんの家に行く。
家の前に立ってたおばあちゃんは顔をくしゃくしゃにして迎えてくれた。
「来たよ!おばあちゃん」
ばばばっと駆け寄った俺をおばあちゃんは抱きしめてくれた。
そして、虫カゴと網を持った俺を見て、俺の父親と母親に目で合図を送り、すぐ言ってくれる。
「よっしゃ、行ってき!そこらへんにいっぱい虫とかおるやろ。あんまり遅ならへんように戻ってきいや!」
「うん、行ってくる!ちゃんと戻ってくるから」
俺は意気揚々と走り、山の中へと消えていく。
独特の起伏を乗り越えて、隣の山に登る。
決して東京にはない、澄んだ小川に潜むメダカをかがんで何十分も眺めていたりーー
文様のきれいな蝶を1時間も追いかけまわしたり。
どこまでも広がる、マイナスイオンの降り注ぐ森。
少し日も傾いてきたと思ったら、イノシシと出くわして、逃げ帰った。
途中、古い木のベンチで寝転んでいる人がいたけど、そおっと、横を通り過ぎた。
少し遊び足りないな、と思いながらも、俺の帰省初日は過ぎていく。
夜ごはんは、豪勢なものだった。
お腹いっぱいに食べた俺は、蚊取り線香を置いた縁側に座って、星空を眺める。
庭いっぱいに生い茂る木々からは、いろんな虫の鳴き声が聞こえた。
あんまりセミは鳴いていない。
キラキラとした星を目に焼き付けるように俺はすぐに眠りについた。
次の日も、もう何もかも忘れて遊びまわった。
昼ごはんにとおばあちゃんが渡してくれた、おにぎりは本当に美味しかった。
そして、3日目の夜ーー
俺は、今回一番楽しみにしていた、地元の夏祭りに参加した。
「おばあちゃん、ゲタ痛いよ」
「我慢して履き。甘ったれたこと言うたらアカン、男は黙って耐えな」
神社のある小山に登ると、こじんまりとした、例年通りの縁日が開催されている。
お父さんとお母さんは俺にお小遣いをくれ、自由に回らせてくれた。
迷子にはなるまいとは思うけど、それでも人は多い。
金魚すくいから的当てから何から何まで揃っていた。
お祭りでしたいと思ったことを一通り、し終えた俺は会場をぐるぐるしていた。
ふと、傍を見ると、テントとテントの間の芝生の上、そこに、同い年くらいの女の子が座り込んでいた。
右手には、金魚が入った袋が握られていた。
たまたま足を止めて休みたかった俺は、声をかけた。
「どうしたの?」
その女の子から返事はない。
「泣いてるじゃん、大丈夫?」
「……うん、だけど、お母さんとはぐれて」
「あ……そうなんだ」
ちょっとの間、俺がそばにいると、女の子は泣き止んだ。
その顔を覆う手を膝に乗せるとーー顔がはっきりと見える。
その子は、薄暗いながらも、とても可愛いらしいみたい。
ショートカットで、鮮やかなピンク色の浴衣を着ている。
女の子に、少しだけ見惚れてしまった俺だったけど、すぐに、お母さんとはぐれたということを思い出す。
「ほら、立てる?」
俺はその子に手を差し出した。
「……え?」
「それじゃあ、一緒にお母さん、探そう」
俺の手を掴んでくれた。そして、俺に頷いてくれた。
女の子の、立ち姿は、優しく、そして清いものだった。
それから、その女の子に、お母さんの特徴を聞いた。
いろんな人に聞いたものの、見つからない。
ただ時間が過ぎていく。
とうとう、花火が打ち上がる時間になった。アナウンスが流れる。
『まもなく、花火の打ち上げを行いますので、ぜひご覧ください』
俺がこの女の子と出会ってから早1時間も過ぎている。
「お母さん……」
そう呟いて、女の子は、我慢していた涙がまた溢れそうになる。
心細くて仕方ないんだろうな……。
俺は少しだけ抱きしめて伝えた。
「大丈夫。きっと見つかるから。安心して」
その時、ドーンという音をけたたましく立てながら、花火が上がった。
パッと俺は女の子の手を離した。
夜空を見上げると、さっきまで見えていた星は消え、花火が大きく開いていた。
周りの人も歓声を上げている。
開始から3分くらいして、隣にいる女の子の顔を見た。
明るくなるたびに照り映える、その可愛い横顔を見た瞬間からーー
俺は……俺はーー
恋に落ちたんだと思う。小1の俺には、まだ分からなかったけど……。
ふとした瞬間に女の子がこっちを見ると、気恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
そんなキョトンとした顔をしないで……!
花火の最後を飾る、特大サイズのものが打ち上げられた。
その子は、ふと呟く。
「綺麗だね」
少し泣き目になりながらも、はにかんで笑顔を見せてくれたその女の子に、俺は、もう一度、
ーー恋に落ちた。
お祭りのトリの花火が終わり、周りの人も帰りはじめる中、女の子はお母さんを見つけることができた。
「お母さん!」
その女の子は、いきなり走り出す。
お母さんに無事再会できたようだ。
「どこ行ってたの、探していたのよ!」とお母さんの声が聞こえる。
2人揃って、俺の方へ歩いて来た。
「すいません、この子と、一緒にいてくれたようで。ありがとうございました」
綺麗なお母さんは俺にお礼を言った。
「こ、こちらこそ」
俺はとっさに頭をバサって下げる。
「その……とっても優しくてうれしかった」
「そ、そうかな?」
「ありがとう。またね!」
その子は俺に手を振ってくれた。
「じゃあね」
俺はそれだけ言って手を振り返して見送るだけだった。
女の子は、お母さんに手を引かれていった。
姿は、階段を下りるところで、見えなくなった。
そして俺は振っていた手を下ろした。
最後に見せてくれた、その子の笑顔が忘れられない。
その後、おばあちゃんとお父さん、お母さんと合流した。
夜は、瞬く間に過ぎ去っていった。
帰省最終日の朝、おばあちゃんと一緒に家の周りを散歩している。
おばあちゃんが育てている野菜をもぎ取ってかじって食べた。
トマトってこんなに甘いんだ……。
360度見渡しても、山、山、山。
青空が広がり中で、もくもくと白い雲が、右から左に流れていく。
小高い丘から見える家は点みたい。
時間になり、家に戻り、帰る用意をまとめた。
誰もいない、広く長く続く道路を見ながら、タクシーに乗って駅に向かった。
「また来るんやで!」
「うん。またね」
おばあちゃんに手を振りながらも、昨日の夜のあの子がふと脳裏をよぎる。
駅の改札を通る時ーー
後ろを振り向いたら負けのような気がした。
そんな、あの女の子が見送りにきているわけでもないのに。
帰りの新幹線は、とても混んでいた。
こんなスピード出さなくてもいいのにって思うのに、3時間くらいで東京についた。