第15話 気持ちの移ろい
翌日、食堂でいつものようにパンを食べ終わり、山田と話していると思わぬ提案があった。
「一樹さ、俺と姫花でどっか行かない?」
「どっかってどこに?」
「あ、今度の日曜日さ、よりうりランドに行かない?実はさ、新聞屋からチケットもらったんだけど、3枚貰っちゃって。で、お前、姫花とちょっとは喋ったりするんだったら、遊ばない?って思って」
「今週末な、用事なんかないから行こうぜ」
「決まりだな」
廊下を歩いていると、小走りで姫花が私に話しかけてきた。
「ねえ、最近私たち、全然遊んでないじゃん?」
「そう言われれば…………どっか遊びに行く?」
「……私から誘ったのに。あのね、今週末とかにでも、よりうりランド、行ってみない?チケットが余っててね、私と太郎くんでって考えてたんだけど」
「仲良いおふたりの姿を焼き付けられるって訳ね…………」
「そ、そういう訳じゃないんだけど……ど、どうかな?」
「いいよ。行こう!」
「うん。じゃあ、また連絡するねー」
週に一回の、恭子ちゃんとの電話の日。
『…………あ、もしもし。新田です』
『ああ!もしもし、恭子です。電話してくれたんだ。ありがとう』
『今とか、電話しても大丈夫?』
『そんな心配なんかしてくれて。この時間は一樹のために空けてるんだから』
やばい…………受話器越しに襲ってくるこの感情…………嬉しすぎる。
俺のためって…………俺のため、魔法の言葉だな……。
『そんなこと言われるとむず痒いっていうか……』
『もしかして…………やっぱり一樹って女の子と付き合ったりしたことある?』
『それがないんだよ。全然そんな縁がない感じで』
『うっそ!意外だったよ…………』
『いいんだよ、俺は恭子ちゃんがいるから』
少しだけ沈黙が続いた。
言葉の選択、間違ったかな…………。
『…………あ、住所とか教えてくれる?』
おいおい、俺の言葉には反応なしかよ…………。
ま、恭子ちゃんも顔真っ赤になってんのかもな。
『じゃあ、言うからな。東京都ーー』
『ーーありがとう…………あのね、実は一樹に手紙とか書こうって思って』
『本当!?…………うれしいな。待ってるからな!』
『うん!今から何書こうかすっごい迷っている。あ、親呼んでるから、電話……』
『オッケオッケ。じゃあな。また』
『バイバイ…………プープープー』
まじかよ…………手紙かよ…………どんなメッセージくれんだろ…………。
日曜日。
よりうりランドにやって来た俺は、集合時間になっても、あのお二人さんがやって来ないことに少しイラついていた。
「この時計、時間合ってるよな…………あいつら来ないし」
くるりと体を一回転させると、見たことのある奴が、なぜかいた。
よりうりランドにやって来た私は、なんかよく分からない大人に絡まれていた。
「お姉ちゃん、1人?もしかして、連れが来ないとか?だったら俺らと遊ばない?」
「……あ、いやちょっと……」
「そんなこと言わないでさ」
「やめて下さい!」
「元気な女の子だね」
「触んないでよ!!」
「そんな綺麗なんだから大っきな声出さないでさ。今何歳?何してんの?」
「知りません!」
「いいじゃん、暇?こっからさ俺たちとどっか行こうよ」
その時だった。
「ちょっと、すいません。あ、手出しとかしてないですよね……?」
そこにいるとかいないとか全く想像もつきやしなかった、私が好きな、好きで、好きな人がいた。
さっぱりとした雰囲気。
贔屓目に見てるかもしれないけど、カッコいい、一樹がいた。
一樹の顔を見ると、私のために怒ってくれていた。
「聞いてますか?さっさと、離れてくれませんか」
「お前、誰だよ…………テメェ、カッコつけてんじゃねーぞコラ!」
そのうちの一匹が、一樹に殴りかかっていった。
一樹って喧嘩とかしたことないのに…………ダメ、このままじゃ怪我しちゃう!
気がついたら、私は、一樹に殴りかかった虫を後ろから突き倒そうとしていた。
「や、やめて……………………えっ?」
私が突き倒そうとした相手は、数メートル離れたところに舞っていて、倒れていた。
そこまではスローモーションでわかった。
そして、足がもつれ込んだ私は地面にぶつかりそうになってーー
一樹が抱きとめてくれた。
「わ、私…………」
ダメだよ…………ぅ…………そんな顔近かったら…………。
「お前、こんなとこで何してんだよ。怪我とかないか?変なことされたりしてないよな?」
「う、うん。大丈夫だけど…………」
この体勢は、ちょっと…………やめてほしいけど、もうちょっとだけこのままでいてくれないかな…………
また一樹に助けられちゃった…………こんな、こんなに優しい、一樹。
「どうして一樹こそ、ここにいるの?」
「え?あ、いや、俺は、友達と待ち合わせで」
「…………その友達って…………?」
「山田たち」
「姫花たち…………?」
「…………えっ」
「あっ…………」
少しだけ、見つめあっている。
見つめられて、動けない。
「お待たせ!って…………どうしたんだ、お二人さん?」
「ごめんねー、電車間違えちゃって…………って沙彩?」
「…………あ、あはは、一樹、ちょっと、この体勢は…………」
「あ…………ご、ご、ごめん、抱きかかえたままで…………」
「…………何があったのか知らないけど、当初の目的、達成か!?なあ、姫花」
「そうみたいだね!じゃあ…………太郎くん、2枚チケットちょうだい。はい、これ、沙彩に新田くんの分だから。さあ!遊びに行くわよ」
俺は、この瞬間、これは太郎と本沢が仕組んだことだとわかった。
ダブルデートってやつっぽいことが、わかった。
あいつと俺が関係を修復してほしい、ってこともわかった。
私は、あんな一樹の姿を見て、諦めようとした一樹への気持ちが…………。
だけど、そばにいてくれるだけ…………それだけでいいから!
楽しく、笑っている、ふざけているだけで十分だから…………。