表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/67

第六章・終戦 〜興安丸と復員〜(2)最初で最後の行軍

 終戦となったが、近くを通る列車は兵隊を満載して北へ、そして民間人を乗せた列車は南へと移動して行くのが見られた。南へ行く民間人は釜山に引き揚げる日本人であるが、北へ行く列車の兵隊は合点がいかない。終戦になったのに、なぜ北鮮か北満に行くのか。これからソ連軍と一戦を交えるのか。上層の参謀本部は何を考えているのだろうか。関東軍は命令を聞かないで、これからソ連と一戦するのか等と、そして僕等は一体どうなるのかと不安の日が続いた。「持久戦となり、山岳に立て籠って抵抗するかも知れん」等と噂も流れた。野菜を作れ、木炭を焼け等々。

 そんな8月の終わり頃に突然、命令が出た。僕等の飛行部隊は、【南鮮の東莱に移動せよ】との事。まったく知らない所だが、温泉があるとの事で期待された。水原を去る時は、捲き始めた青々とした大きなカンランが営庭に育っていた。

 一日の汽車移動。なるほど温泉があり、僕等は一軒の温泉宿舎に宿泊する事になった。温泉湯に浸かり汚れは落ちたが、給与(食事)が最低だった。ご飯は少なく、朝の味噌汁はカボチャ一切れしか入っていない薄い汁。まったく水原飛行場での待遇の比ではなかった。でも、これも敗戦のため仕方がない。食糧の確保持久で贅沢は言えない。腹いっぱいは食べさせないのだろう。上層部の方針かも。不平不満やるかたなし。だが仕事もなく皆、遊んで食う、寝るばかりで、一体いつ内地へ帰るのだろうかと心配になった。


 飛行部隊を一番先に内地帰還させるそうな。そんな噂が流れていたがデマかも知れない。あまり信用もしなかった。呑気な毎日が続いた。突然、命令が飛んだ。【我が部隊は9月30日10時まで釜山港ふ頭に集結せよ】との事。9月28日付の命令だったか。

 9月29日、午前7時の行軍で東莱を出発した。すでに私物も整理していたので後始末は簡単だった。兵はリュックサック1個、下士官は梱包1個、営外者は2個、将校は3個に制限され、トラックに積んだ。僕は内地の父母から送って貰った布団で2個にまとめた。

 リュックサックに必要な物を入れ背負った。配給された乾麺包、米、缶詰、衣類等、結構重い。15、6kgはあったろう。航空長靴は東莱で盗まれたので、軍靴に巻結絆で長剱を吊っての行軍である。飛行部隊は行軍が苦手だが仕方がない。僕は、戦傷で右足首が充分ではないが歩く他ない。天気が良く日中は暑い。小休止、大休止と行軍は続く。

 トラックが10台位あるのだが梱包と食糧を運搬するので、人員の輸送はお構いなし。水筒の水はすぐになくなり、川の水を飲むしかない。正露丸を口に入れ一共に飲むしかない。上流の川岸では農婦が洗濯しているが、水は澄んで綺麗な流れなので飲むしかない。背中のリュックサックの重さが肩に食い込む。とうとう缶詰を一つ残して6個余り捨てた。米も靴下2足に入れていたが1足は捨てた。その他を最小限にしても10kg位はある。とにかく重さには関係なく、疲労と苦痛で声さえも出ない。

 兵隊達はリュックサック一つだから重い荷物を背負っていたが、途中では地元の農夫の牛車を傭い荷物をいっぱい積んで引かせていた。行軍の速度には合わないが、三々五々で追い抜いて行く。我々の行軍の速度も牛車と余り変わらないし、小休止の時は牛車も追いついていたようだ。


 朝から歩き通しで夜中の12時、ある小学校の運動場で大休止となった。灯りはないが燃える梱包で明るかった。梱包の制限が命令されたからだ。【将校2個、営外者1個、下士官なし、但しリュックサックのみ】

 校庭にはすでに梱包がトラックで運ばれていたが、自分の梱包を探して整理しようにも紐を解く元気もなく、焼却するのが精一杯だった。もう梱包の荷物には未練はなかった。内地の父母から送って貰った布団の梱包も、山と燃える炎の中に投入せざるを得なかった。校庭の周囲には地元人が取り囲んで、梱包の取り引きをしていたようだった。また盗まれた者もいたとか。取引すれば金にもなったものに、後で悔やまれもしたがそんな元気もなかった。早く始末して休憩時間に少しでも眠りたかった。

 大休止も終わり、また出発。眠りながら歩く。とぼとぼと。人と人との間隔があるので、ぶつかりはしない。一途の希望のもと意識が朦朧としながらも、とぼとぼと足だけは前へと何とか動いている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ