第五章・教官〜戦況悪化と特攻隊の出撃〜(11)原子爆弾と噂
ところで内地決戦では、米軍はどこに上陸するだろうかと憶測されていた。四国沖か宮崎の海岸か。戦後の資料を紐解くと、米軍は宮崎から上陸する計画だったとか。
この頃になると沖縄を占領し、米軍の攻撃は専ら本土爆撃が主となった。「今日、東京が廃墟と化した」「今日は大阪が灰儘となった」と遅れながらの情報を耳にする。大都市から中都市へまた小都市へと、日本のほとんどの都市は爆撃と焼夷弾で灰儘と化して行った。
悠々と昼間からB29の編隊が本土上空に侵入しては、焼夷弾攻撃で都市を焼き尽くして行く。焼夷弾による壕火災を消すための訓練も喧しく指導されていた訳だが、一度に何千発もばらまかれては消すより避難するのが精一杯。決まり事のように防空壕に逃げ込んでいては、蒸し焼きになるばかり。都会に残っていた住民の苦悩が思い知られる。
大本営発表は国民の志気を鼓舞するためか、戦況が報道されない。過大戦果ばかり流していよいよ本土決戦の逼迫せるを、一憶一心火の玉となり玉砕する事を報じるばかりであった。
荒風の前の静けさ。僕等の部隊には40名余りの操縦士と同数以上の飛行機を温存していたようだった。ある時、「本土決戦の時、我々も一団となり特別攻撃に向かう事になるだろう、その時こそ一死報国一撃必殺の玉砕あるのみ」と部隊長の言葉を聞きながら、すでに覚悟はできていた。内地では爆弾の雨が降っているのに、ここは余りにも静かで「来るべきものが来る」を予期したものの、僕等は平然を装っていたようだった。それから飛行訓練も燃料温存とか機体の損耗を防ぐ理由から、中止がちでまったく手持ち無沙汰の日が続いていた。
昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下されたとラヂオが放送したという噂が本部から流れて来た。新型爆弾だったとか。一瞬にして広島は灰儘になったとか。すごい爆弾だったとか。一発でキノコ雲が上がり、放射能で人間を始めあらゆるものが死滅したとか、断片的にいろいろな噂が飛んだ。しかし、すべてを把握するには僕等の想像では到底およばなかった。次第にその威力が流れて来たが、やはり原子爆弾だったらしい。
そうこう噂された3日後、今度は長崎に2発目の原子爆弾が落とされたとか。何万人が一度に死んだとか。一瞬にして建造物は破壊されたとか。8月9日の昼だった。
米国には、この原子爆弾が2発しかできていなかったとか。日本軍は先手を打たれた由、後1週間もあれば、この新型爆弾が完成される筈だったとか、いろいろと噂が流れた。広島、長崎の惨状が次第に伝わって来るにつけ、本当に「鬼畜米兵」と叫ばずにはおれなかった。
戦況の不利はいよいよ明らかになった。まだ日本は玉砕を期して戦争をするのだろうか。一抹の不安がちらついた。
●2009年10月22日よりSF映画シナリオ「クリムゾンX」を連載。
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