第五章・教官〜戦況悪化と特攻隊の出撃〜(7)再び特攻令
水原飛行場に移動してまもなく、南方の群山飛行場に訓練出張していた時、僕等の部隊に第二回目の特攻隊が下命された。一回目の如き興奮はなかったものの、来るべきものが来たという感じで静かな見送りだった。幸運を祈るのみだった。明日は自分かも知れない。内地本土に上陸する敵へ特攻隊として、全員で出撃する日も近い気がしてならない。
暇な日曜日には戦友2、3人と部隊長高梨中佐のお伴をして、近くの池に鮒釣りに行った。餌は赤ミミズ。洗面所の下のじめじめした土を掘り起こし、餌探しには苦労した。部隊長の釣り場所から20m位離れて、僕等も竿を入れるが一向に釣れない。部隊長は30cmもあろう尺鮒を釣り上げ、満面の笑みだった。帰ってから部隊長官舎の炊事場に水を溜め、その尺鮒を泳がすまでがお伴の仕事であった。自分の部下を特攻隊として出陣させる隊長の心情が察せられる。
水原飛行場に帰って、またもや第三次の特攻隊の拝命があった。今度は特別任務で中支の上海集結であった。【上海から北京まで部隊誘導のため迎えに来るので、北京まで進出して来い】との事。寺田少尉と僕は13機の特攻機の誘導を命ぜられ、寺田少尉が7機、僕が6機の編隊長となり平壌飛行場に集結した。僕等は初めて上級高官連中の盛大な見送りを受けた。
平壌出発時、滑走路に13機が出発の合図を待っていた。白旗が振られ寺田少尉が離陸して、二番機がちょっと遅れていた。しかし三番機が白旗を見て先を急いで離陸したため、事故を起こしてしまった。二番機に後方から追突して尾部から胴体をプロペラで切り、操縦士まで重傷を負わす事故が起きた。最初に離陸した寺田少尉は、後続機が上がって来るのを上空で旋回しながら待っている。地上の事故に気づかないでいる。僕等は全機誘導路に引き返しプロペラを停止。出発中止となった。ようやく寺田少尉も着陸して事故に驚いたようだった。
この事故で二機が欠損となったが、追突した隊員には怪我がなかったので、他の整備兵と共に汽車で行く事となった。事故の不吉にも意にする事なく将官佐官級の多くの見送りを受けながら、1時間余り遅れて平壌飛行場を後にしたのだった。
この事故での僕の考えを述べたい。第一は離陸した寺田少尉が地上での事故に気づかず、30分も上空旋回して着陸しなかった事だった。後で本人に聞いたら、「どうして後続機が上がって来ないのか」と不審に思いながら待っていたとか。低空旋回しているので地上の2機の事故に気づく筈なのに、僕はただ唖然として「早く降りて来て欲しい」と願っていた。
第二に編隊で出発する時は、必ず自機の前に離陸する機を確認できる位置に並ぶ事だと。前機の出発合図を自機の出発合図と判断したのが原因だった。これも見えにくい時はバンドを外して、伸び上がり前方確認する事だった。しかし、このような編隊を組んで次々に離陸する訓練を一度もした事のない少年飛行兵だった。無理もない事だったと反省させられ、出発に当たって僕を含めた教官の指導の不徹底にも、原因があった事が悔やまれてならない。
北支大陸に入って視界が悪くなり地上物が確認できなくなったため、高度1,500mに下げ30分も飛んだ頃に左前方に市街地が見えて来た。地図から判断して天津市と判断し、北京市への進入のため北方に至ると信じ一路北進した。視界が悪いのは煙霧か黄砂のせいで、高度1,000mに下げ2、30分経った頃、北京市街の南に飛行場を確認し、ほっと安心した。風向き、風速、着陸帆布を確かめ、慎重に着陸態勢に入り全機無事着陸した。寺田少尉の笑顔に敬礼し着地の報告で大任を終了した。