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第五章・教官〜戦況悪化と特攻隊の出撃〜(4)飛行機受領の思い出

 戦局は次第に内地本土の空襲が報じられるようになった。

 金浦飛行場時代、第二回目の立川への飛行機受領があった。僕が引率し、6名で立川へ出発した。立川に到着する時間を考慮して、夕方出発する汽車に乗る事にして下関の旅館でくつろいだ。そして、携行した米の半分を旅館に出し僕等の食事と途中の食料として、できるだけ多くの握り飯をこしらえて貰った。その数35個。塩をつけただけだった。翌朝と昼の食事でその握り飯も消えてしまった。

 夕方、大阪駅に着いた時、思わぬ事態となった。鈴ヶ峠が深雪のため汽車は大阪駅止まりとなり、いつ回復するか分からないとの事。明日は運行するだろうとの話で、仕方がなく下車して駅前のホテルに一泊する。残りの米を出し、どうにか食事もできた。こんな時、米の携行をしていたのが救いだった。

 翌朝、汽車は動いた。やれやれと安心したものの前途はまだ遠い。食料が尽きたので後は幸運を待つばかり。ところが名古屋駅で空襲があったので、またまた運行停止となり、これまたいつ動くか分からないので、駅前の旅館に一泊したが食事はなかった。しかし布団にくるまるだけでも幸せだった。

 翌朝、汽車は運行した。しかし、立川に到着するのが夜になって連絡が取れなくなると困るので、朝に着く予定の汽車の時間を選んで出発した。立川に行くには小田原駅で降り、小田原急行の電鉄に乗るので、その時間も入れての細心の計算だった。

 途中、浜松を過ぎてほどなく汽車が停車した。「変だなー」と思った矢先、【空襲警報発令】と車掌が伝えた。田園の真ん中、車内に居るしかない。窓から首を出してみると六機編隊のB29が高度6、7,000mの上空に銀色の腹を見せて飛んでいる。富士山を目標に飛んで来る由、まさしく僕等の頭上にある。また空は雲一つない天気、富士山が頂上に雪を被り悠然と目の前に見える。何と偉大な勇姿、初めて裾野から富士を見上げる。その美観、偉大さ、力強さに空襲も忘れる位に見とれていた。敵機は方向を北に変え、東京方面に向かって行った。やれやれ僕等には目もくれない。大きな都市の爆撃が優先らしい。1時間余りで汽車は走り出すが、のろのろ運転で気を揉むばかり。

 汽車は時間が大きくずれて夕方に小田原駅に着いた。小田原駅から立川に向う電鉄の最終時間は過ぎてしまっていた。またもやがっかり。明日の一番発車に乗るしかない。とにかく旅館を探して泊まるしかない。旅館探しでぐるぐる回ったが、どこも営業中止の札が出ていてどうにもならない。一軒の宿屋に交渉したが「食料がないから」と断わられた。事情を話し「泊めて貰うだけで結構」と懇願して一泊した。旅館からは薄いお茶だけが振る舞われ、他に何もない。幸いに少年飛行兵の一人がキャンデーを一袋を持っていたので、それを皆でしゃぶりお茶を飲んだ。昨夜から食事なし、水ばかり。腹がぐうぐう、こんな事なら、もう少し米を残して置くべきだったと悔やまれたが後の祭り。早く夜の明けるを待つばかりで、布団の軽さが身に染みた。

 早朝、駅に行って一番発の電鉄に乗った。立川に着くのは10時近くの予定。立川に着けばあらかじめ部隊から派遣された整備兵がいる筈だから、何とか食事は準備して貰える望みがあるため急に元気づいた。

 大きな格納庫が並んでいて、さすがは日本最大の航空廠の感を抱く。幸いにも僕等の部隊の整備班長(下士官)とばったり会った。班長も本隊から操縦士の到着が余りに遅いので心配していたらしく、僕等の到着を喜んでくれた。事情を話したら、さっそく朝食を準備してくれた。時間外の朝食で炊事班も戸惑ったようだった。三食抜きのお陰で特別においしかった。

 昼食からは廠内の食堂で世話になり、午後からそれぞれ持ち帰る飛行機(隼二型機)の点検をした。それぞれ3時間余りの試験飛行を繰り返す。これは3時間飛んでもエンジンの故障がないかを試すため。整備が完璧にできていたお陰で明日の出発準備は完了した。 

 宿泊は郊外の旅館に案内され待遇も良かった。操縦士達への最高のもてなしだったろう。旅館の主から樽酒の栓を抜いて振る舞われた。その酒のうまかった事が、いまだに忘れられない。甘口でほのかに重く、香りも柔らかくこんな酒を今まで飲んだ事はなかった。なんとおいしい酒なんだろう。翌朝の気分も爽快だった。

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