第五章・教官〜戦況悪化と特攻隊の出撃〜(2)訓練ままならず
知らない朝鮮の京城金浦飛行場に到着するには道遠しだった。京城駅から永登浦まで電車で30分、そこから歩いて3時間の行程。途中で軍用トラックに便乗して、やっと営門を潜った。
ここ京城第二練成飛行隊の任務は少年飛行兵の操縦訓練で、彼等は赤トンボに始まり九七戦を修練して、ここで実戦用の隼機の操縦を修得するのである。もうこの時期は、どの戦隊も隼機を主流として戦っているので、ここで操縦を修得したら各地の戦闘隊に配属されて行く。しかし飛行時間が100時間そこそこ、玉子から孵化したヒヨコと同じで、実戦の経験もなく射撃訓練もしていないので、それぞれの原隊での訓練による他ないのである。この時点で米軍は、300時間操縦経験をしているとか。技能の差を認めざるを得ない。
沖縄の攻防戦が烈しくなって、ここ京城金浦飛行場にも、頻繁に九七式重爆とか海軍の一式陸上攻撃機が発着するようになり滑走路を占領してしまった。
僕等は北朝鮮の連浦飛行場に出張訓練に出かけた。滑走路はないが広い草原なので離着陸の訓練には事欠かなかったが、海岸に近いため気温が急変し、霧が発生すると10分位で飛行場に押し寄せ、あっという間に飛行場は視界“0”となった。上空の飛行機は着陸できないため、南方に10分位の距離の不時着用飛行場に着陸した学生もいた。ここでは常に霧の発生に注意しなければならなかった。
この連浦飛行場での給与(食事)に、蟹のご馳走がよく出された。蟹が良く獲れる所らしい。海岸の砂浜にうず高く積んである蟹の山をいくつも見た。聞くところによると、月夜の蟹は身入りが少なく商売にならんとか。暗夜だと蟹は底で餌を食べているが、月夜になると浮いて来て餌を充分に食べないので、身が詰まらないうえ魚を獲る網にかかり不用の物となるという事だった。
連浦の港の沖、漁船で20分位行った所に島がある。ある日曜日、浜に上がった鯨を見物に行った事があった。炊事場の民間の使用人(日本人)が徴用してくれた漁船2隻に40人余り乗って島に渡った。6、7mの鯨が浜に引き上げられていた。初めて見る鯨の巨体が珍しかった。丘で昼食をとり、海が荒れて来るようだったので急いで帰路に着いた。お土産にと生鯨肉を10kg余り貰った。帰隊後の宿舎で皆と会食して、たら腹ご馳走にあずかった。