第一章・入隊 〜軍隊生活と飛行兵志願〜(4)内務班
内務班での検閲は厳しかった。緊張のひとときだった。整列している所へ上官のお偉方が十数人入って来て、やれ「【軍人勅諭の五誓文】を言え」、あるいは「【内務規定の第一項】を言え」とか、「銃の手入れを分解してやってみよ」等、いろいろ注文や質問が飛び交う中、僕に矢玉が当たった。
内務班の窓際の壁に直径3cm位、長さ12m位の麻縄が、大きな輪となって吊り下げられていた。寝台に上がらなければ外せない高さである。何のためにあるのかは事前に教わっていた。「あれは何をする物か?」と僕は名指しされた。「はい。非常時にあの麻縄を窓から下ろし、屋外に避難するための物であります」と答えたとたん、教官が「今、非常時だ!どうする?」。まごまごしていられない。僕は勇気を奮い寝台に上がり麻縄を外して、窓から屋外に投げ下ろした。そして、それを伝ってスルスルといとも簡単に地面に降り立った。二階の窓から教官が、「よし、上がって来い」と言われたので、外回りで廊下の階段を上がり、内務班に帰って来てホッとした。
すでに検閲官は隣の班に行ってしまい、僕の班は静まり返っていた。検閲官の講評はおおむね良好、初期の目標は達せられたとの事。僕等初年兵としての教育成果は上がって、役に立つ新兵になったという事だった。
この一期の教育期間内に幹部候補生の採用試験があった。これは中等学校以上の学歴を有する者に限られ、僕も受験を申し込んだ。
中学校、高等学校、大学校の卒業者120名余りの志願者だった。70名余りが合格したが、僕は80番位で不合格になったと、僕の班付の小山上等兵がこっそり教えてくれた。僕に受験を勧めたのも彼であった。彼は字がとても上手なので、本部の書記をしていた。昼間はほとんど本部で過ごし、夕方は内務班に帰って来て、寝る頃には僕の横にいた。僕は彼の寝具、シャツ、袴下、靴下の洗濯、靴の手入れ等を任されていた。その僕に「合格の順位までもう少しだった」と慰めてくれるとても温和な古参兵だった。
酒保(兵舎内の売店)の大福餅を買ってきて僕の寝台の毛布の中にこっそり入れて、寝て食べるよう教えてくれた事もあった。人情味のある古参兵だった。僕は彼がなぜ上等兵のままでいるのか不思議でならなかった。下士官になれば煩わしい任務があるので、いっその事、上等兵のまま過ごし内務班でのんびりしたかったのかと思われた。彼は招集兵の四年生だったように思う。老齢の巡査みたいな上等兵であった。