第三章・出陣 〜ニューギニア戦線と戦闘の日々〜(13)白い頭巾の大胆な奴
飛行機の損耗もひどく戦隊で5、6機しか出撃できなくなり、各中隊がその飛行機を共同で使用していた。ちょうど空襲警報が発動され、第一中隊の猛者連中が5機迎撃に離陸した。1時間余りで戦闘も終わり、着陸し始めたが最後の1機が片脚しか出ず、片脚は半分出たまま30分間も空中操作で揺さ振ったが、とうとう出ないまま飛行場に胴体着陸した。
ところが30分位経って、再び空襲警報の電話が鳴り響いた。「敵襲!」と言って隊長自らバンドをつけ、「僚機高橋(少尉)三番機波佐間、四番機原口」と続いた。整備班に「プロペラ回せ」の号令をかけ、残る本山中尉に4人の出撃を報告敬礼し、僕等に「滑走路に障害物があるので、飛行場の一番端からフラップ5度降ろして離陸せよ」と注意を促し飛行機の側に走った。すでにプロペラが始動していた。隊長はすかさず車輪止を外し一目散に出発点へ。他の2機も続いたが僕の搭乗する機のプロペラが回らない。他の3機は1回で始動し、出発地点へ移動し始めた。 始動するには右翼に上り胴体中に手動桿を入れ回転させ、勢いがついた時に操縦席でスイッチを入れる。しかし一度失敗すると2、3回はかかりにくいようだ。始動車で前の方からプロペラを回転させる法もあるが、始動車が滑走路にはみ出すので使用しないらしい。
長機の竹内隊長が爆音と共に飛び上がって行った。物凄い土埃で10秒位は動けない。やっと僕の乗る機のエンジンが始動した。急いで飛び乗りバンドに落下傘の吊金をはめ、両手を上げて「車輪止め外せ」の合図を出し、機首を出発地点に向け滑走を始めた。二番機が飛び上がった。またもや土埃。三番機が離陸して行った。埃の中、まだ50m位はあるので左右を気配りながら急いだ。
ところが前方にいた整備兵がけたたましく蜘蛛の子を散らすように動いた。「変だな?」と思った瞬間、異様な爆音が上をかすめた。頭を上げると敵機ノースアメリカンの3機編隊が超低空100mで入って来た。機銃掃射しているが爆音で聴こえない。飛行機から離脱して地上に伏せようかとも思ったが、幸いにも三番機の離陸直後の埃で僕の機が見えなかったらしい。離陸を決行の他なし。しかし出発点までには、まだ50m滑走しなければならないが、頭上の敵機から攻撃されるのを避けるため、その場で180度回転して離陸に踏み切った。機は轟音を上げながら埃の中を突き進んだ。尾部が浮いて100km/h位の速度は出ていた。
ちょうどその時、前方に不時着していた友軍機が目の前に現われた。とっさに操縦桿をいっぱいに引いた。1m50cmは浮いたが、速度不足で不時着機の胴体に衝突して僕の機の脚は折れ、飛び越えて胴体のみで接地して止まった。異状な衝撃だったと思うが、僕はあまり感じなかった。急いで機から離れ滑走路外の凹地の椰子の根元に身を置いた。敵の第二次攻撃を予想しての事。案の定、次の編隊が低空で入って来た。すごい攻撃のため頭を上げる事ができない。爆音が過ぎたので頭を上げてみた。
敵機の後部座席で身を乗り出して機銃掃射しているパイロットを見た。白い頭巾を被り目だけ出していた。航空帽も被っていない大胆な奴が憎らしかった。落下傘爆弾がふわりふわり落ちて来るのも見えたが、飛行場の滑走路には先の不時着機と僕の事故機があるだけだった。貴重な1機を駄目にした自責の念に駆られた。
敵の攻撃の最中に離陸した事、離陸を断念して退避していたとしても飛行機は第二次攻撃の餌食になって撃破されただろう等々、複雑な気持ちで反省していたら友軍機が着陸して来た。僕の前に離陸して行った三番機の波佐間曹長だった。曹長は離陸して脚を入れたと同時に前から進入して来た敵機と真正面となり、低空に機を下げて難を逃れたものの滑油タンクをやられ、油洩れのため回避していたとの事。
ちなみにこの戦闘で竹内隊長は未帰還となった。皆、心配しながら隊長の無事を祈願した。3時間余りして情報が入った。隊長は敵10数機と交戦し、その3機を撃墜したものの残念ながら被弾し、落下傘降下で海に落ちたところを沿岸警備隊の兵士により救出されたらしい。
その3日後、帰投され皆、無事を喜んだが、落下傘で降下する途中、敵機の機銃掃射の弾が口唇をかすめ前歯2本が欠け顔立ちが変わっていたが、助かって幸いだった。それにしても1対10数機の戦闘にもかかわらず、3機を落とした隊長の勇猛さに敬服せざるを得ない。