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第三章・出陣 〜ニューギニア戦線と戦闘の日々〜(4)危機一髪

 1週間余りで飛行機の整備が完了し、いよいよ離着陸飛行の習熟訓練が始まった。滑走路での離着陸は初めてである。僕は下痢で体調が悪く訓練飛行を断りたかったが、それをはっきり言えず訓練に参加した。

 僕の搭乗順番が来て、前の搭乗者と入れ替わった。エンジンの水温が沸騰し始めたので、早く離陸するよう申し受けた。急いで出発点に移動した。離陸には回転を上げるため、プロペラのひねり角度を低ピッチにして上昇する事になっていたが、前の操縦者が高ピッチに切り換え、水温を上げないように操作していたのを、点検しなかった僕に落ち度があった。しかし「滑走路は埃がしないので、高ピッチにする必要はない」と言われていたので、高ピッチになっている事よりも水温の沸騰が気がかりで出発点に着いたのだった。出発許可の白旗が振られ、僕はレバーを引き全速で地上滑走を始めた。

 尾部が浮いて水平状態になった。速度計をチラッチラッと目で追い前方を注視し、速度計が時速120km/hに上がるのを今か今かと待ったが、110km/hからどうしても上がらない。機体は120km/hの速度になってから操縦桿を手前に引くと浮上する筈だが、それがどうしても110km/hしか出ない。「おかしい、おかしいな」機は飛行場の端100m位まで来てしまった。「操縦桿を引いて強引に上がってみるか」とも一瞬思ったが断念し、思い切り左足を踏み込みレバーを全閉にしたため、機体は左旋回でグルグル回り、ブレーキを踏み左脚を中心に何度回っただろうか。最後は滑走路から外れ、トロッコの線路を乗り越えてやっと停止した。

 スイッチを切り、何で速度が出なかったか機内を点検したら、高ピッチのままの離陸だった。「しまった!!」と思ったが、もうそれまでである。それにしても前の搭乗者は、なぜ高ピッチに切り替えていたのか。沸騰を抑えるためだったら、その事を注意してくれていたらとも思ったが、いずれにしても僕の不注意であり離陸前の点検ミスとしか言えない。

 ピスト(訓練中の控所)に帰り、竹内大尉に報告したら「ボヤッとするんじゃねえ」と一発くらった。悪夢から覚めたようだった。体調が悪かったのに無理して訓練に参加した事も反省させられたが、自業自得である。もしも離陸を強行していたら浮上しないまま海に突っ込み、僕の一生はそれまでだっただろう。二度目の命拾いだった。

 訓練は1週間、毎日続いた。僕も事故を教訓として周到なる注意を払っていたが、操縦士には寸時も油断は禁物。状況の判断、適切なる処置が要求される事を痛切に学んだ。


 飛行場の片隅に望遠鏡が設置してある。ある日、皆で代わる代わる遠い島を見つめていた。噂によると2ヶ月余り前、ミッドウェイ攻防戦で日本海軍艦隊が大打撃を受け敗れ、その痛手を再編するため、次の艦隊が投錨しているとの事。僕も覗いて見た。大きな空母が2隻見える。2,000m位の遠方に翔鶴、瑞鶴の姉妹艦、5万トン級とか。ミッドウェイで敗れたとはいえ、その内容は僕等は知らされない。まだ逞しい空母を持っているじゃないか。きっと仕返しができる筈だと思ったが、飛行機2、300機、戦闘操縦士200数十名を失ったという噂も流れていた。

 攻撃から帰って来た操縦士達も空母を失い、他の艦側に不時着水して命だけは助かっても、機は海底に沈むしかなく悲愴な気持ちだったろうと、同じ操縦士として胸中を察するに余りあった。この戦闘を境に日本海軍の威力は下がり始めたのだった。


 また、一つの出来事を思い出した。それは僕が着陸後、旋回して滑走路の端をピストに向かって地上滑走しながら帰っている時だった。次に着陸して来た機が接地と同時に僕の機を目がけて滑走して来るのを、バンドを外して伸び上がった時に目の前にした。「このまま滑走を続けたら、正面衝突は避けられない大事故になる」僕の左側には多くの機が並んでいて、左に回避する事はできない。とっさの判断で右ブレーキを踏み、右旋回で滑走路を横断し反対側の端に回避したと同時に、相手の機は僕の横をすり抜けたため事故にはならず、僕も相手も無事に終わった。誠に危機一髪の神業だった。

 胸を撫で下ろしピストに帰って地上に降りたら、状況を見ていた戦隊本部付の操縦士山内中尉が僕の側に駆け寄って来た。「原口、良くやった。俺はもうぶつかったものと目を覆うたぞ。君が回避してくれて本当に良かった。大事故となった筈だ、ありがとう、ありがとう」咄嗟の判断で着陸滑走して来る機の前を横断する事は、いかに危険かは想像に余りあるが、それはほんの3〜5秒の出来事だった。

 ちなみに着陸すると飛行機は自分のエンジンの陰で前方は見えない。ただし着陸寸前までは、前方に着陸している機を見ているので着陸方向を充分考慮すべきである。なにせ90mの巾しかない滑走路に、僕の機が巾15mとして、差引き75mの巾がある。制限された滑走路に降りるのだから、軸線の狂いは許されないものだ。


 飛行機の整備について少し筆を入れたい。というのは僕等の飛燕機は苦肉の策で、ドイツのメッサーシュミット機を改造している。充分な検討試験飛行が終わらないまま戦地からの要求しげく、とりあえず部隊を編成し前線へ送ったようなありさまだったので、原因不明の故障が続出していた。

 例えば、飛行中エンジンが突然停止したり、高速になると機体の振動が激しくなったり、特に燃料系の原因不明が多く、明野飛行場でも整備に悩まされていたようだった。それで製造元の川崎重工から幾人かの技師が戦隊に配属され、その故障の原因究明に当たる始末だったようだ。前線からの矢の催促に抗し切れず、見切り発車したのが僕等の戦隊だった。

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