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第一章・入隊 〜軍隊生活と飛行兵志願〜(12)班付上等兵

 昭和15年5月31日、平安鎮の下士官候補者の教育も無事終了し、僕は6月2日、会寧の原隊に帰隊した。同年の9月15日、『兵長』という新しい階級になったが、肩章に金條が1本つくだけである。昔は伍長、勤務上等兵と言っていた。それは、ただ左腕に黄の山形の章をつけた物だった。また、善行章は赤の山形の章をつけた物だった。

 原隊に帰った時、隊内に初年兵が一期の検閲を終え入って来た。僕の班にも10名余り入って来た。掃除、食事当番、寝具の整理等はすべて初年兵の仕事である。これらの監督、指導一般が二年兵の仕事で、中でも班付上等兵が全責任を持たされる。僕もその班付上等兵にされ、随分と気合いを入れた時期を経験した。配膳片付け、食器洗い、返還等の指導、銃の手入れ、編み上げ靴の手入れ、衣服の整頓、これらの不始末はすべて班付の責任になる。

 夜の点呼前10分余りは内務規定、軍人勅語等の応答、質問等、活発な気合いの入ったひとときで、点呼後は廊下に並ばされビンタの嵐が吹く。これは各班に嵐が吹くよう伝染していく。入隊した折は一班が始まると二班が真似して、大荒れとなると「三班初年兵、廊下に出ろ」と声がかかり、「ああ、またか」と覚悟をして、しごきを受ける。これは兵隊の通用例と公認されていたようだった。このしごきで傷害(鼓膜の破れ)等が問題となり、私的公的のしごき、制裁は禁止されたものの、陰では根絶えはしていなかった。


 僕が班付上等兵の時、夕食事の配膳を初年兵がやっていた。ところが初年兵が呼びに来たので配膳の所に行ったら、「ご飯が焦げばっかりで班長班付の下士官には持って行けない」と言う。「はて、底の方には良い所が入っているだろう」と掻き分けても、みんな焦げ飯ばかりなので仕方がなく椀に盛り、班付下士官に配った。同じ飯を班長班付にも配った。

 ちょうど配膳も終わり「食事始め」の合図で食べかかった時、初年兵が来た。「事務室の週番下士官がお呼びです」との伝言だった。すぐ事務室へ行ったところ、その週番下士官が猛然と立ち上がり、「俺をなめとるのか。この飯は何だ。何で焦げばかり持って来たか!」ひどい剣幕で僕を殴り始めた。「夕食のご飯は、みんな焦げばかりだったので」と言い訳をしたが耳に入らず、殴る、突くの暴力の沙汰。僕は諦め、するようにせよと観念し歯を食いしばって我慢した。後のほうは痛くも何ともなかったので、きっと痺れたのだろう。 

 「西山伍長、もうやめんか」風呂上がりに事務室で会報を読んでいた隣の班の班長軍曹が、あまりの剣幕を見かねて止めに入った。「原口上等兵、内務班に帰って良い。俺が後で話すから」と言われ、僕は内務班に帰った。

 内務班では、すでに食事が済んで僕の配膳だけが残っていた。僕は悔しくて、口が痺れたまま寝台の上に寝転んだ。初年兵が食事を勧めたが、口の中に入る状態ではなかった。

 3分位経った頃、西山伍長が側に来た。「原口、俺が悪かった。勘弁してくれ」と泣いて謝り出した。僕はそれをうつろに聞きながら、「いいです。分かって貰えば。もう済んだ事だから」と言った。僕の目は開かない。顔は腫れ上がり、こわばってとても起き上がって応対する事もできず、寝込んだままだった。事務室での彼の余りの大声に僕の班長も察して聞いていたらしい。「西山、お前の飯ばかりが焦げ飯だったのではないぞ。俺達のもみんな焦げだったよ」と言われ、自分だけそんな仕打ちを受けたのかと腹を立てた事を悔い、謝りに来たのだった。

 この事で3日間寝台上の人となった。この出来事以降、彼の顔は見たくないので疎外してしまった。早く操縦試験に合格して、内地教育に帰れる日が来るのが待ち遠しくなったが、これも杳として未定であった。


 焦げ飯のついでにこれにも触れておこう。

 食事が終わると洗面所で食器を洗う。内務班での食器は良く洗って班に持ち帰るのだが、食事を入れ炊事場から持って来た飯バッグと汁バッグ、漬物入れ等は洗ってまた炊事場に返しに行くのが、週番下士官の仕事の一部でもあった。この時、バッグの洗い方が悪く飯粒でもついていたら炊事場で大目玉をくらうので、週番下士官は引率してバッグを各班毎、良く点検の上、返納に行く。

 その洗い方が悪かった班のバッグに、うんと焦げ飯を入れる慣わしがあった。多少は上の方に焦げの部分が乗せてある事もあるが、あの時はバッグ全体が底から焦げ飯だったので、どうしようもなかった。バッグの洗い方が悪かったとしか考えられない。炊事場では各班のバッグの置き場所が決まっていて、その場で炊事兵から気合いを入れられる事もあり、バッグ返納も気を緩める事ができないひと仕事であった。

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