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第一章・入隊 〜軍隊生活と飛行兵志願〜(10)平安鎮の日々

 『燎原の火』という言葉がある。夜になると平原の彼方に赤い火が糸通しのように一線に見える。野火が草原を焼いているのだ。失火か故意か果てしなく火は連なる。

 ある夜、非常呼集のラッパに起こされた。兵舎の近くまで延焼して来た野火だったが、事なきを得た。

 また、ある朝早く非常呼集のラッパに起こされた。それは炊事場の火事だった。厳寒では水は凍り出ない。ただ見ているばかり、前は焦げるように熱く背中は凍えるような寒さだったが、一棟だけの火事で終わった。この火事によって炊出しが白城子からの運搬となった。飯は凍りついたように冷たく、味噌汁はこぼれて半分しか椀に入らず空腹の連続だった。


 1ヶ月に1回余り衛兵勤務に立った。風の強い夜だった。天幕(テント)の音がバタバタと激しく、歩行が困難な状態。風呂場のある建物の中で時間を稼ぐ。湯の温度で室内はぐっと暖かい。零下20度だった。夜が明け始める頃は、零下10度に気温が上がりとても暖かく感じた。衛兵勤務は辛いものだった。


 ある朝、内務班でヒソヒソ話が始まった。その理由は隣の兵舎窓から火の玉が出て行ったのを衛兵が見ていたという事だった。「いや嘘だ。何かの錯覚だろう」「いや、実際見た。嘘じゃない」の問答があっていた。僕も否定の方に偏った。

 ちょうどその日、戦闘機の訓練があった。ところが空中衝突し、一人は落下傘降下で助かったが、もう一人は即死した事故があった。「火の玉の出た所が死亡した操縦士の寝台のある窓付近だった」との衛兵の証言があって、まったく偶然とも言えなくなってしまった。


 平原にはノロという鹿に良く似た動物が群生している。絶好の獲物である。車で追うと左へ左へと逃げるため、その内径の線を追うと訳なく射止められる。

 本部の兵隊だろうか、そのノロを1頭射止め夕飯の肉汁を味わった。ところが歴代の訓練部隊には、『ノロは平原の神様だから獲ってはいけない。必ず事故が起きる』との言い伝えがあった。その証拠に飛行機事故と合わせて、炊事場の火事があったのも「まんざら嘘ではなかったのか」と反省させられ、その後ノロの捕獲は中止となった。


 ある日、本部から【空中勤務を志願する者は申し出よ】の達しがあった。“飛行機に乗り空を飛びたい”というかねてからの希望が、むくむくと盛り上り喜んで申し込んだ。全部で30数名だった。第一次試験がハルビンの陸軍病院であった。結果は発表されなかったが、中学時代に受験の経験もあり余り心配もしなかった。

 なぜこんな予期しない制度が採用されたのか想像するところ、陸軍の操縦士の養成は士官学校と少年飛行兵からで行われていたが、戦局拡大と共に操縦士の消耗がひどく、規定の養成では間に合わないようになり、下士官からも操縦士を急遽採用する事になったようだ。これも飛行隊ばかりでは数的に少ないので、一般兵科から下士官を飛行隊に転科させ空中勤務者の志望を採ったようだ。

 僕の中隊にも伍長に曹長の他、兵科から5、6名が転科して来て内務班付になった。兵科の入り交じった内務班となって、何だか妙な気分になった。僕と同期の操縦学生になって内地へ入校した藤原軍曹も、その時に歩兵科から転科した十一年兵だった。


 教育期間も終わり別れの慰労会があった。平原も緑草が一面になり、兎狩りが実施された。全員一列横隊でぐるりと円形を作り、周囲から缶を叩きながら次第に縮め、テニスコート用の網を張ったその中に最後は追い込んで捕獲する段取りだ。

 第1回目、二匹が円内を右往左往して最後の網に入らず、兵隊の中を必死で逃げ回るので失敗してしまった。2回目の作戦では間隔をできるだけ詰め、網元の操作も慎重にした結果、二匹の獲物を上げた。逃げまどう兎を棒切れで叩くが、なかなか当たらず難しかった。その二匹が夕食の鍋汁の具となり舌鼓を打った。

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