第6話『変貌』
「お、キャンディちゃん。収穫はどうだい?」
「……はっ。ご、ごめんなさい。収穫ですか? そうですね……上々といったところでしょうか」
「そうかい、そりゃあいい! キャンディちゃんのお菓子、みんな楽しみにしてるからよ! そっちの男は連れかい? まあ何はともあれお帰りなさい! さ、門を閉めるから早く入ってくれ」
俺とキャンディは人里の快い衛兵の言葉と共に、人里の中に入った。だが……キャンディの様子がどうにもおかしい。さっきの俺を運命について諭したときの熱量とは正反対の……どこか、フワフワしているというか、浮き足立っているというか、そんな感じだ。
何か良いことでもあって、その影響で注意散漫になっているような……そんな印象を受けた。
「キャンディ」
「…………」
「キャンディ!」
「…………」
「キャンディ!!」
「ひゃ、ひゃい!? ああ、私ったらまた……ごめんなさい!」
「キャンディ。謝るのはいいからお前の店に道案内してくれ」
「あ、は、はい! こっちです!」
キャンディはキョドりながらも先導し、俺をキャンディの店へ案内してくれる。人里の様子は……なんだろう、江戸時代の江戸の街並みがまんまイメージ通りに当てはまる。人が多くて中々活気立っている感じだ。
……なんだが、ちらほら人以外の存在も見受けられる。動物もそうなんだが妖怪が多い。俺の記憶の中には、ここまで人間と人外が調和を取りながら共生している場所は中々なかったように思える。
人にとっても妖怪にとっても、お互いが住む場所にしては極めて異質だ。そんな状況が成り立っていることに驚きを隠せない。
「……妖怪と人間が一緒にいるのが、不思議ですか?」
「うん、まぁ」
……俺の幻想郷に現れる前の記憶は、思い出そうと思えばいくらでも思い出せる。けど、それはどうにも俺にとっては他人ごとなのだ。いや、他人ごとなんだろう。記憶こそあるが俺は現在何も知らないような状況だ。記憶はあるが、知っているわけではない。
見るもの全てが新鮮に鮮明に写る。世界はこんなにも面白いのか、美しいのかと、記憶を持っているはずなのに俺は子どものように感動する。
それはきっと、俺に人格が生まれたのがこの幻想郷に現れてからだからだろう。だから、多分、俺は霊夢や霊斗のいう外来人ではない。
俺の本当の記憶は、まさしく俺が生まれてから得たものだ。俺の持っている幻想郷に表れる前の記憶は、記憶ではなく正しくは記録というべきだろう。
「ふふ。人間と人外が手を取りあって生きる世界、私も不思議なものだと思います。人外は人里の外にいるような人間を襲うものもいる。けど、人間と友好的なモノもいるんです。お互いが求め合って手を取り合える世界……とっても素敵ですよね」
そう言って、キャンディは俺に可憐に笑いかけた。俺はその言葉に頷いて、キャンディに笑い返す。
そんな折だった。
「キャアッ!」
「な、なんだアレは!」
「チ、チルノ……なのか?」
いくつもの光の玉が、人里の民家に襲いかかり、倒壊させる。
その発生源にいるあの影は……俺も見覚えがある。確か霧の湖にいた氷精、チルノだったはずだ。
もっとも、チルノの目は以前見たときとは違って冷たく冷酷になり、表情も無表情に変わっていて、首には氷の双龍のようなマフラーが巻かれている。
「なんだ……あの姿」
「…………」
チルノは何かを探すように周囲を見渡すとそれがないと判断したのか、さっき家々を破壊した光の玉を再び作り出す。撃ち出すつもりか!?
俺はそれをさせまいと、霊力で剣を紡いでチルノへと向かう。
チルノも俺に気づいたのか、無表情のままいくつもの光の玉を俺に撃ち出してきた。俺はそれを剣で切りながら走り、ちょうどいい距離でチルノに向けて高く跳躍した。
「おらぁっ!」
俺はそれと同時に、左手で剣を右から左へ、横薙ぎに振るう。それに対し、チルノのマフラーの双龍は向かってくる剣を顎で受け止めた。
俺は右手に霊力の棒を作り出すと、左手の剣の柄を鉄棒のようにして、足で勢いをつけて後ろ側に漕ぐ。そして逆立ちのようになった一瞬、勢いのままに俺は手を離し、空中で体勢を立て直して右手の棒をチルノに振り下ろす。
チルノはその一撃を受けて背中から地面に落ちていく。俺はチルノの腹部に掌を合わせ、夢想霊砲を放とうとしたその瞬間。チルノの背中から何枚もの薄い氷が現れ、チルノはそれを砕きながらも残り数枚というところで勢いを殺しきった。
上から落ちてくる俺に対して、チルノは少し避けて後ろ回し蹴りをお見舞いしてくる。
俺はその一撃に思わず宙空にはじき出された。
チルノは仕返しとばかりに上から俺に迫る。その手には氷柱が握られている──俺を刺し殺すつもりか!?
俺は手が凍りつくのを覚悟でその氷柱を握り、そのままチルノを空中から下に向かってぶんまわした。
皮膚が剥がれる嫌な感覚と共に、氷柱ごとチルノは地面に激突する。チルノは地面に埋まるが、氷が大地を裂いてチルノはその勢いで地面から飛び出した。
言ってみれば霜柱のようなものだろうか。地中に含まれる水。それがチルノの冷気によって奥深くから凍結し、盛り上がった結果がコレなんだろう。俺はそう予想しながら、霊力の衝撃で落下スピードを落として地面にふわりと降り立った。
チルノは降り立った俺を見てニヤリと笑う。それと同時に、氷で短剣を作り出して左手に構えた。
俺も相対するように霊力で剣を紡いで構える。その次の瞬間、チルノは右手を開きながらこちらに何かを投げつける。それが最初何か分からず呆気にとられているうちに、投げられたものはナイフの形を形成して俺に間近に迫った。
まずい──。そう思った瞬間、透明な壁のようなものが飛んできたナイフを弾いた。
「これは……?」
「ふっふん。どう? 中々すごいでしょ? 私の得意技!」
「あ、ああ……」
壁のようなものはおそらく飴だ。そしてそれを作ったと主張する少女──キャンディに、俺は気圧されることしかできなかった。
キャンディはドヤ顔をしながら、新たに向かってくる大量のナイフを全て飴細工で防ぐ。
「これが私の能力……お菓子を作る程度の能力。食べても疲労回復以外にはなにもないけどね。美味しくもないし」
キャンディはそう言ってはにかみながらこっちに笑いかけた。人里の方は……どうやらさっきのように飴で人々が戦いの余波から守られていた。
「ここからは私が援護するよ。さ、何が何だかわかんないけど、とりあえずチルノちゃんを倒そう!」