8.騎士長トゥーレ
楽しんでいただけると嬉しいです。
僕らが準騎士になって一年が経過した。
僕は変わらず準騎士のままだけれども、レーヴィは今日無事に叙任式を終えた。
数ヶ月単位での旅で様々な情報収集をしては帰っていた僕は、会うたびにレーヴィの成長を目の当たりにした。
数日前に帰ってきた時に見たレーヴィは容姿と洗練された佇まいが相まって、貴公子と呼ぶにふさわしいほどの姿となっていた。更に言うなら叙任式を迎えた彼はそれと共に爵位を継いだということになるらしい。
レーヴィ・ユハナ男爵の誕生である。
そして今、入団から騎士昇格までの最短新記録を作ったレーヴィは騎士からも準騎士からももてはやされ、昇格者の為の祝賀会ではまわりから揉みくちゃにされていた。
「本当に二年で達成したぞ」
「強さは文句なしだ」
「正直、あの強さは計り知れないな。剣を伸ばし続けていたらすでに騎士長クラスだろ。ゆくゆくはオスク騎士長を越えて騎士団最強になるんじゃないか?」
とは護衛騎士の先輩達や準騎士の言葉。
「たった二年で騎士になったからって、その後も伸びるとは限らないぞ」
「そりゃそうだ。あいつのはただの強さであって深みがねぇ。人生経験が足りなさすぎてまだまだ負ける気はしねぇな」
と、こちらは上層部や中堅どころの騎士達のセリフ。
レーヴィに対する言葉は辛口なものだけど杯を交わす彼らの表情は柔らかい。みんなレーヴィに期待しているのだろう。
そんな輪を外れて、ワインボトルを片手にひとりの騎士長が僕の元へとやってきた。
トゥーレ・カタイスト。
広報部の若き騎士長である。
胡桃色の髪に夏の茂る葉のような深緑の瞳。いつも笑顔を絶やさず、ひたすらに颯爽としたその言動は市井ではだんとつの人気を誇っている。
「飲んでいますか?」
「ええ、ありがとうございます」
店を見渡せる場所でひとり人間観察を楽しんでいたのだけど、空のグラスにワインを注がれた。
「彼の偉業達成は君の力が大きい。……一緒に騎士になれなかったのは不公平だとは思いませんでしたか?」
静かに微笑むトゥーレ騎士長に、僕は同じような笑みを返す。
「僕は力を貸しただけで、達成させる努力をしたのはレーヴィ自身ですよ」
「出来た人間ですね。私としては彼よりも君の方が昇格に相応しいと思っているのですけど」
周りからやや離れた場所だからかトゥーレ騎士長はなかなか大胆な発言をした。
驚きで口元に運んでいたグラスの手が止まる。まさかそんなことを言われるとは思っていなかった。
「評価してもらえるのは嬉しいですが、僕は最終的に騎士になれればいいので」
瞬きの後にそう笑ったものの、トゥーレ騎士長はやや不服そうだった。
「そうですか?それならいいのですが、ルーカスが昇格させないと言った時は信じられませんでした」
「情報部は単独行動が多いから、徹底的に教育してからしか昇格させないと聞いてますしね」
各部で昇格までの期間に特徴がある。
広報部は基本二人一組での行動になる分、古参がすぐに補佐に回れる為、早めに騎士昇格になったりする。
反対に情報部は各地を一人でまわる事が多いから、一人でなんでもこなせるようにと時間をかけて育成をする為に昇格までの期間も長い。
護衛部は中間といったところか。
「確かにそうですが」
そう言いながらトゥーレ騎士長はワインに口をつけた。
困りごとなんでも解決の役割を果たす広報部の騎士長である彼は武器を手にした流血沙汰の揉め事の鎮圧も、苛烈な夫婦喧嘩の仲介も、その他の困りごとへの手助けもなにもかもを爽やかな笑みとともにたちどころに解決させてしまう。
その姿にトゥーレ騎士長が結婚して十数年たった今でもなお、独身女性が求愛してくることがあるらしい。
「情報部に嫌気がさしたらいつでも声をかけてください。ルーカスが最初に君を奪ったのだから、私には奪い返す権利がある。君が望むならいつでも転属させてあげますよ」
どことなくその口調に不穏なものが混じっていて、内心苦笑する。
騎士団内外問わず紳士の中の紳士と言われているトゥーレ騎士長は、けれどもごく一部の騎士からは腹黒い要注意人物として恐れられていた。
「君はうちでもいい人材なんですよ。意外にも広報部に希望を出してくれたから喜んでたんですが……ルーカスが君の調査票を奪って死んでも放さないなんていうものだから、仕方なくね」
不穏なものを一瞬で引っ込めたトゥーレ騎士長は、そう付け足してくすくすと笑った。
「熱愛されてますね」
それに対して僕は肩をすくめる。
「女性になら嬉しいんですけどね。まぁ、期待してもらっているようなので、がんばります」
それに、と心の中で付け足す。
ルーカス騎士長とは今後を巡って何度か話し合いがされた。
広報部に行きたい僕と、あとを継がせたいルーカス騎士長。一見平行線を辿っているかのように見えた話し合いは、意外なことに半月前に収束した。
――弱い奴を助けるのと、悪い奴を罰するのはどっちがやりたい?
ルーカス騎士長の不意の質問で僕は前者と答えた。
それからのルーカス騎士長の説明に僕は納得してしまったのだ。
弱者を守ること、悪しき強者に鉄槌を下すこと、その両方を広報部が行っているのだけど、その中の一部、助けるために必要な情報収集を担っているのが情報部だったのだ。
つまり、懲らしめるのは広報部だけども助けるための手伝いを情報部はしているのだ。
そして弟たちのような――貴族の関わる問題には広報部だけでは手が足りずに、必ず情報部が入るとも。
なんてことはない。僕がやりたかったことは情報部でも行われていたのだ。
利害が一致した時点で、僕は情報部に骨をうずめることを決めた。
「残念。少しでも揺らいだら口説き落とそうかと思っていたんですが」
なびかない僕の様子に今度はトゥーレ騎士長が肩をすくめた。
そして離れたところで囲まれているレーヴィを見やった。
「それにしても彼、随分急いで騎士昇格を目指しているとは思いましたが、女性が原因とは思いもしませんでした」
数日前、レーヴィは昇格するにあたって婚姻に関わる書類を貰い受け、その事に周囲は騒然となっていた。端からみれば女性の影など全く見せず、ひたすら昇格に向けて精進するストイックな存在であるレーヴィがまさか結婚目的で騎士を目指していたとは露ほどにも思われていなかったのだ。中には裏切者、と涙する騎士の姿もあった。
「レーヴィは基本無口ですからね」
あの騒ぎを思い出して小さく笑い、ワインを口に含む。
トゥーレ騎士長が持ってきたワインは極上だった。
「彼のような堅そうな人ほど恋愛に関して意外性があるようですね」
そう言うトゥーレ騎士長の視線がちらりとオスク騎士長へと向く。つられて部下と静かに酒を酌み交わすオスク騎士長を眺めて苦笑する。
ちなみにトゥーレ騎士長も独特な結婚経緯をもっている。
なんでも惚れ込んだ女性を確実に手に入れる為に自分を主役とした同性愛の本をばら撒いたとか。
騎士は色恋沙汰について特殊であったり、積極的な人が多い気がする。
そんなことを考えていると、輪の中心にいたはずのレーヴィがこちらへとやってきた。
「おつかれさま」
片手を上げて迎えると、レーヴィは小さく頷いてトゥーレ騎士長に挨拶をした。
「ちょうど君の話をしていたところですよ」
「俺のですか?」
「そう。君の婚姻について、ね。相手のお嬢さんはまだ故郷にいるのでしょう?迎えの手配とかは済ませましたか?」
尋ねたのはトゥーレ騎士長。
それに対してレーヴィは首を振った。
「いえ、まずは師匠に連絡を取っているところです」
師匠というのは孤児院の院長のことである。以前言っていたように、院長は剣の指南をしていた存在として扱われているのだ。
レーヴィの元の戸籍のことを知っているのは少数だった。貴族出の特殊護衛騎士、騎士長などの上層部くらいのもので、準騎士においては知っているのは僕くらいのものだ。
真実を知る者は少ないほうがいい、ということになり、それ故に騎士しかいない場でも取り繕う必要があったのだ。
「ちょうど新人見習いの引率時期だから、一緒に来てもらうこともできますよ。予定が決まったら遠慮なく言ってください」
騎士の叙任式が終わると数週間後には新しく入る騎士見習いを各地にいる駐在騎士が引率してくる。
時期としてはちょうどいいかもしれない。なにより、騎士が同行するのなら安心というものだ。
「ありがとうございます」
レーヴィはその申し出に頭を下げ、それに笑みを返すとトゥーレ騎士長は一つ伸びをした。
「それじゃ、お先に失礼しますね。明日は現場見回りなもの」
「おつかれさまでした」
レーヴィと僕、二人挨拶をするとトゥーレ騎士長は片手を振って会場を後にした。
気づけば祝賀会は終わりに近づいているようで、そのまま寝入っている姿やトゥーレ騎士長のように帰宅する姿が見え始めた。
「明日から本物の屋敷住まいになる」
それらの様子を眺めながら、レーヴィは口を開いた。
「基本は王宮の詰所に通うことになるから、しばらくは本部には顔を出さなくなるだろう」
「そうなるだろうね」
これからレーヴィは騎士として、貴族としての生活が始まる。それらの新しい生活になれるのは大変かもしれない。けれども、
「君ならいけるさ」
いつか言ったセリフを僕は口にしてレーヴィの背を叩くのだった。
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