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6.副団長クラウス

楽しんでいただければと思います。


 孤児院からの手紙を受けて、レーヴィは更に気合を入れた。

 何としてでも最短で迎えに行く。ひたすらにその思いで突き進んだ。

 僕は変わらず護衛部と一緒に剣術鍛錬の日々だったけれど、一度ルーカス騎士長に「絶対に騎士昇格させるから我慢しろ」と言われて以来、愚痴もなくこなしていた。最初に期待していると言われてもいたし、ルーカス騎士長には考えがあるのだろうと自分に言い聞かせた。


 そうして準騎士になって半年。

 僕らは昇格の可能性のある準騎士が呼ばれるという副団長との面談にこぎつけた。レーヴィはともかく情報部としてはほとんど仕事を教えてもらっていなかった僕にも声がかかるとは思っていなかった。


「失礼します」


 そして僕は副団長と対面した。


 クラウス・シーカヴィルタ。

 漆黒の短髪に鋭い真紅の双眸の切れ者。

 もとは公爵家の次男で陛下とは幼馴染みの間柄だった。陛下の片腕となるべく騎士団に入団、僅か三十代半ばで副団長にまで上り詰めたその実力は計り知れない。

 仕事で外に出ている時は冷徹なのだけど、その実、その見た目に反して人をからかうのが大好きな温かみのある人物でもある。

 ちなみに既婚者らしいのだけど、誰一人としてその奥方を見たことがないという騎士団最大の謎の持ち主でもある。


「ライノ・メリカントだな」


「はい」


「ここでの会話は遠慮無用だ。忌憚なく意見を述べるように」


 そう前置きをして副団長は目の前までやってきた僕を静かに見上げた。


「ルーカスから報告を受けている。まだ準騎士に上がって半年だが有望株だと」


「ありがとうございます」


 副団長は机の上の書類を幾つかめくり、言葉を紡ぐ。


「見習い時代から教官も舌を巻くほどの知識量を保有。知っているだけでなく教えられるほどの理解力、応用力もある。剣術は冴えずに期間満了の退団見込み者だったが、同室になったレーヴィの猛特訓で見る影もないほどに上達。今では護衛部の準騎士相当。相違はないか?」


 副団長が見ているのは報告書なのだろう。

 剣術評価の部分で苦笑するものの、僕はしっかりと肯首する。


「はい」


「では一度会ったことのある者の顔と名前を全て覚えているというのは?」


「概ねそんな感じですね」


 いったいどこからの情報だろうかと首を捻る。

 とはいえ商会の後継ぎとしては人の顔と名前を覚えるのは必須だったし、それはわりと貴族なんかも言えることでは?

 疑問に思っているとある貴族との面会経験があるかと問われて、その容姿や趣味などの情報を答えていく。

 確認するほどのことでもないとは思うのだけど、それらをいくつか繰り返すとやがて副団長は納得したようだった。


「なるほど。ルーカスからひとつ打診が来ていてな。ライノを後釜にしたいそうなんだが、どう思う?」


 僕が、ルーカス騎士長の後釜に?

 そんな話は一切聞いたことがなかった。後釜というのはつまり、


「情報部の騎士長ということですか」


「もちろんすぐではないが、そうなるな」


 何となく上の役職に就かされるのではという思いはあった。他の同期の準騎士は早い段階で騎士について各地を回っているのに、僕だけ鍛錬。最初は僕が弱いからだと思っていたのだけど、そのうち護衛部の準騎士と同じくらいの強さになっても終わらない鍛錬に疑問をもっていた。

 そしてルーカス騎士長の「期待している」という発言。

 騎士長ともなれば情報関係に優れているだけではなく、その他の人格的な部分や武術的な部分など諸々の事に秀でていなければならない。


「あー……できれば遠慮したいです」


 一瞬なんと言おうか悩んで、最初の副団長の忌憚なくという言葉にストレートに述べる。


「出世は望まないと?」


 僕の意見に副団長は面白そうに笑った。


「広報部に行きたかったので。情報部で昇格した後に出来れば転属願いを出そうかなと思ってました」


「情報部は嫌いか?」


「まだ情報部としての仕事も教えてもらってないので好きも嫌いもないですよ。ただ、僕はやりたいことが広報部にあるので」


 そう。弟達のような人を減らしたいから、その為に僕は騎士になりたかったのだ。


「その目的が達成されたら情報部に戻るか?」


「継続的なものなので達成はされないかなと」


 できうる限り減らしたい。あんな思いをさせたくない。それが僕の目的だから達成というものはない。

 さて、副団長はどう説得してくるのか。


「なるほど。では保留だな」


 何を言われるかと身構えていたのだけど、副団長はあっさりとしたものだった。


「いいんですか?」


「本人が望まないなら仕方ない。広報部でも優秀だろうと予測されているから余計にな。ルーカスは諦めないだろうが俺がやるのはここまでだ」


 ことも何気に言う副団長。

 というか広報部でも優秀だろうって、僕の評価は高いらしい。


「今回の面談は騎士長候補の話についてだ。騎士昇格については悪いが未定にさせてくれ」


「わかりました」


 鍛錬しかしてないのに昇格確定はさすがにないよね。

 ある意味安心した僕はそのまま副団長室を後にした。

 まだ日が高いけれども今日はもう予定がない。一度部屋に戻って、先に面談を終わらせているはずのレーヴィと話でもしようか。

 そう考えて僕は寮へと戻った。


 + + +


「ただいまー」


 部屋のドアを開けると、レーヴィはクローゼットを開け放っていた。


「何をしているんだい?」


 なにやら服の整理をしていたみたいだけど、どうして突然?

 尋ねてみるとレーヴィはその手を止めた。


「しばらく部屋を開けることになった」


「部屋を開ける?」


 きっと面談で今後の方針を教えてもらったのだろうけれども、護衛部は陛下の護衛なのだから、情報部のように旅をして回るわけでもなければ広報部の駐在として別の街に移り住むこともないはずだ。


「特殊護衛にまわることになった。それに必要な教育を合宿形式で行うらしい」


「特殊護衛って、貴族だけがなれるんじゃなかったのかい?」


 素手を鍛える護衛部で可能性があったのは確かに特殊護衛である。だけど、それは帯剣を許されない場――例えば神殿の奥の霊廟や聖堂。そして何より多いのが王宮内で行われる貴族のみが立ち入ることを許された夜会などでの護衛を務める為、貴族しかなれないとされているはずだった。


「本来はそうなんだが……」


 と、レーヴィが珍しく言い淀む。

 難しい顔をしているところを見ると、なにか重大なことでも起こったのだろうか。


「レーヴィ・エクロースとしての戸籍を抹消して、ユハナ男爵家の嫡男として生きることになった」


「え?」


 あまりにも唐突な言葉に、思考がついていかなかった。

 エクロースとしての戸籍を抹消。ユハナ男爵家の嫡男。その二つの言葉が頭の中で繰り返される。

 全くのいきなりのことに驚きながらも、ユハナという名前の記憶を手繰り寄せる。


「ユハナ……聞いたことはあるかな」


 実家の商売に関するものであったならすぐに思い出せる。けれども思い出せないとなると、全く別の予備知識のような形で、文献か何かに載っていた名前だと絞り込んでいく。


「そうだ。王族直轄領に住む、謎の男爵家じゃなかったかな」


 目で問うてみるとレーヴィも頷いた。

 特に与えられた領地もなく、商売をしているわけでもなく、王族直轄領に屋敷を与えられてのんびりと暮らしているだけの、古くから続くとされている家系。


「確か時折騎士を輩出する家柄だった気がするけど」


 仕えているとは名ばかりで与えられたお金で暮らしているだけの男爵家。だけれども、時折輩出されるユハナ家の騎士はいずれも騎士団最強の名を手に入れていたという。


「知っていたのか。そのユハナ家には血筋はなかったんだ」


 レーヴィの話をまとめるとこうだった。

 ユハナというのはもともと実在する男爵家だったのだけれども、どういうわけか今はそういった家は存在していないらしい。

 それを隠れ蓑に、貴族出身の護衛騎士が不足している時にだけ使っているとのこと。


「いまは人手不足らしくてな。武術に長けていて、なおかつ親類のいない、戸籍のいじりやすい俺は適任だったらしい」


「なるほどね。でもそうなるとアヤメちゃんと結婚なんてできないんじゃないのかい?」


 貴族とはいえ、騎士になることで平民との結婚は割と許容される風習があるから結婚自体は難しくはない。ましてや男爵ともなれば貴族と言っても末端だしね。

 けれども貴族と孤児。何の接点もなさそうな組み合わせは疑惑だらけなものである。

 心配になって聞いてみると、意外な答えが返ってきた。


「俺も知らなかったんだが、親父は昔、相当有名な傭兵だったらしくてな。それを利用して、俺は幼い頃から孤児院に入り浸って騎士になるために戦闘術を教えてもらっていたということするそうだ」


 だからその孤児院にいたアヤメを見初めた事にすればいいとレーヴィは言った。

 なるほど。それなら話は分からなくもない。院長が元傭兵だったというのが事実として存在しているのなら、そこまで難しくもない。

 それにしてもどうりでレーヴィは強いわけだ。孤児院の院長から戦闘術を叩き込まれたと言っていたけれども、一介の孤児院の院長がこれほどまでに強くなるほど鍛えられるはずもない。

 僕はすっかり感心して頷いた。特殊護衛として戸籍をいじるにはこれ以上最適な人物はいなかったというわけだ。

 そうしてレーヴィの今後の活動が合宿形式ということは。


「つまり、泊まり込み訓練というのは貴族の振る舞いを覚える為の特訓っていうことだね」


「ああ」


 話し方、作法、きっとダンスなんかも覚えることになりそうだ。


「君が貴族ねぇ」


 しっかりと鍛え上げられた体の、無表情の金髪碧眼美男子。おまけに寡黙。


「うん、いけるね」


 口数が多ければ言葉遣いにも注意が必要だし、表情に出やすい人なら嘘を隠し通せない。その点レーヴィはほんの少し気をつければいいだけ。

 そして金髪碧眼は貴族に多いし、痩せていれば病弱か食事が足りてないと思われがちだけれどもレーヴィの肉体は鍛え抜かれている。


「むしろ適任じゃないかい?」


 という僕の感想に対し、レーヴィは少し難しい表情だった。


「あまり気は進まないが、半年後の騎士昇格を約束してもらったからな」


 そこでふと最近のご令嬢の好みの傾向を思い出す。

 がっちりとした身体つきの美丈夫。

 いまの結婚適齢期のご令嬢の母君の時代は痩身や色白といったタイプが好みの傾向だったのだけど、実際に結婚してみると病弱だったり、軟弱だったりという事が多かったらしく、今は反面教師のように強くて健康的な男性を好む傾向にあるようだった。

 年齢的にも若いし夜会で囲まれそうだと思ったけれども、気が進まないなら黙っておいた方がいいかもしれない。


「なるほどね」


 そう相槌をうてば、気分を変えるかのようにレーヴィは口を開いた。


「ライノはどうだった?」


「僕かい?僕は昇格の話ではなかったよ」


 僕はそう言って肩をすくめた。

 騎士長候補云々の話はとりあえず聞かなかったとにしようと思う。


「そうか。それは残念だ」


「ま、僕は最終的に騎士になれれば問題ないからね」


 レーヴィは肩を落としてくれたけれども、僕はそれに対して笑顔を浮かべるのだった。

 読んでいただきありがとうございます。

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