表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/44

4.騎士長ルーカス

楽しんでいただけると嬉しいです。

 無事二人で準騎士への昇格を果たした僕らは、寮の引っ越しをしていた。

 今までは見習いの為の学舎や訓練場のある区域の寮だったのだけれども、そこから少し離れた騎士団本部のある区画の寮に移動することを余儀なくされていた。

 それもそのはず。僕らはこれから実際に任務にあたる騎士について回り、その仕事を覚えるのだ。本部にも入らなければならないし、広い騎士団敷地内で見習い寮から通うとなるとなかなかに不便なのだ。

 とはいえ、相変わらず二人一部屋なわけで。


「今年もよろしく、レーヴィ」


「ああ」


 同時に昇格をした僕らは再び同室となっていた。気心が知れている分楽といえば楽だからいいのだけど、新鮮味に欠けるといえば欠けている。


 寮生活の僕らは荷物も少なく、引越しといってもすぐにその作業は終わってしまった。

 あとは少々のんびりしてから支給された準騎士の制服を着て会議室へ集合することになっている。


「制服、と」


 見習いの時にはなかったその衣服を広げてみる。

 白と黒で装飾がされた紺色の詰襟。騎士服をかなり控えめにした印象のものだけど、準騎士に昇格したこと自体が嬉しいから自然と顔が綻ぶ。

 入団して四年、ようやく昇格できたのだ。


「失礼、荷物を届けに来たのだけど、誰かいるかい?」


 と、ノックと共に声が聞こえた。

 二人顔を合わせて、レーヴィがドアを開けた。


「ああ、二人ともいるね。こちらはライノ君、こちらはレーヴィ君あてだよ」


 そこに立っていたのは一人の先輩準騎士だった。

 僕は箱を、レーヴィは封筒を受け取った。


「ありがとうございます」


 他にも何通かの手紙と箱をもっている先輩準騎士は「それじゃあ」と次の部屋へと向かっていった。

 箱の外側を見ると、母親からのようだった。

 僕は手早く箱を開けると、そこには干した果物の瓶詰と二通の手紙が入っていた。

 とりあえず手紙に目を通す。


 一通目は母親。

 準騎士に昇格したことへのお祝いの他には近況が書かれていた。

 その中では弟がゆっくりする暇もないくらい忙しくしていること、それが逆に安心だということが書かれていた。

 僕も今はそれでいいと思う。きっと時間が解決してくれる。


 二通目は弟。

 四年前、突然後継ぎを押し付けられた弟の手紙には恨み辛みが書き連なっていた。

 僕が準騎士になかなか昇格しないのをいいことに、退団しろと呪っていたと書かれたところで思わず笑ってしまった。

 いろいろと心配していたのだけど、それなりに元気にやっているらしい。


 そうして箱から瓶詰をとりだす。懇意にしている商家の人気商品であり、母親の好物でもある。

 市場などで安く売られているものとは違い、風味や香りがよく、かなり日持ちがするそれは貴族がお菓子などに用いる為によく買われている嗜好品だった。

 フタを開けてひとつ口に放り込み、勧めようとレーヴィを振り返る。


「ひとつどうだい?」


 瓶詰めを差し出し、その顔を見る。

 その顔はどことなく安心しているようにも見える。


「ありがとう」


 レーヴィは封筒と手紙、ではなく手にしていた布を机に置くと干し果物に手を伸ばした。


「それは?」


 手紙を貰う前はなかったはず。同封されていたのだろうか。

 そう思って問いかけてみると、レーヴィの目が少しだけ細められた。


「幼馴染みからだ」


 という事は刺繍がされているハンカチとかかな。あー、なんだろう。すごく羨ましい。

 男ばかりのこの環境で苦節四年。もともと女の子と遊ぶのが好きだった僕がよく耐えていると思う。

 非常に羨ましい。


「元気そうにしているかい?」


「ああ。まだ孤児院にいるらしい」


「そうかい」


 それはよかった、と返事を返したところで、ひとつだけ疑問が浮かぶ。


「レーヴィ、君、男子孤児院出身じゃなかったっけ」


 そういえば幼馴染みの名前を聞いていない。

 甘酸っぱいだけではない入団事情なのは察していたけれど、まさか。


「女だ」


 僕の疑惑の眼差しに、レーヴィがじろりと睨み返してきた。

 ああ、うん。よかった。

 でも女の子がいた?男子孤児院に?


「そろそろ時間だ」


 新しい疑問を口にする前に、レーヴィはクローゼットから僕同様の準騎士服を取り出した。

 そうして僕らは準騎士の昇格式に臨むのだった。


 + + +


 昇格式の後、僕らは割り当てられた配属先へと別れた。

 僕ら準騎士の所属できる部署は三種類。

 騎士の花形であり、常に陛下の傍らについて守る戦闘特化の護衛部。

 雄大な土地をもつ国内での領主たちの動きを調査する頭脳特化の情報部。

 国王陛下の支持をあげる為の献身活動を行う騎士団の顔、広報部。


 僕は情報部、レーヴィは護衛部へ配属された。

 広報部に希望を出していたのだけど、叶わなかったらしい。やりたいことがあったのだけど、こればっかりは仕方がない。

 一方レーヴィは希望通りの部署となった。彼がそのことに安堵していたのは、おそらく護衛部所属になれば一年昇格も不可能ではないと踏んでいるからだろう。


「おう、来たな。新米準騎士」


 情報部の事務室長に連れられてやってきたのは、騎士長室だった。

 その部屋の机に両足を乗せてだらりとした格好で座っているのはもちろん情報部の騎士長である。


 ルーカス・ミエト。

 こんな恰好をしているけれども、かなりのやり手だという。

 情報部を取りまとめる騎士長でありながら、現場に立ち続けているのは彼以上に情報を入手できる人がいないからだと噂されている。

 基本は面倒見のいい陽気な中年男性なのだけれども、一度食らいついた獲物は必ず仕留めるという獰猛な一面も見られる。

 ちなみにそんなルーカス騎士長は愛妻家として知られている。奥さんに一目ぼれをするも袖にされ続け、なんと口説き落とすのに五年かかったという。なかなかに一途な人のようだ。


 というのは置いといて。


 紳士集団と謳われる騎士団で、そのだらりとした姿は激しい違和感を感じざるを得なかった。

 家でならいざ知らず、ここは騎士団本部の騎士長室であり、今は昇格したての準騎士が挨拶に来ているのだから。

 現に一緒に案内されてきた準騎士仲間達はたじろいでいた。


「オレが情報部の騎士長でルーカスだ。がんばれよー」


 ひらひらと手を振り、気の抜けるような言い方をする。

 そして僕と目が合うと急に身を乗り出した。


「おっ、お前さんが噂の崖っぷち昇格者か」


 崖っぷち昇格者って。

 そりゃあ確かに僕はみんなが十六で入団するところを十八になってからだったし、見習い期間めいいっぱいかかっての準騎士昇格だったけれど。


「ライノと申します。よろしくお願いします」


 素だったら顔を引きつらせていたかもしれないところを、表情を変えずに一礼する。

 ルーカス騎士長はそれにひとつ頷くと、一つ伸びをした。


「うちは他の部署と違って常に人手不足だ。国中を回って二ヶ月三ヶ月帰ってこれねえなんて当たり前だ。基本一人での仕事になるから頼れるヤツもいねえ。そういった意味ではキツイ仕事になるかもしれねえが、その分見習いの時に聞かされた騎士道精神やら紳士的振る舞いやらはまるごと捨てちまって構わない」


 と、そこで明らかに戸惑う僕らにルーカス騎士長は慌てて姿勢を正した。


「いや、完全に捨てられると困るんだが、まあ、そこらへんの事は護衛部と広報部に丸投げしてる。だから肩っ苦しいのはなしだ。なんかわかんねえことがあったらそこらへんのヤツひっ捕まえて聞いてもらえりゃいいし、悩み事があったら仕事の事じゃなくてもいつでも相談しに来い」


 墨色の髪に鳶色の瞳。日に焼けた浅黒い肌のその騎士長はカラッとした笑顔を浮かべた。


「もちろん仕事は怠りなくしてもらわないといけない。教育は徹底してさせてもらうからな――これからよろしく頼む」


 そこでルーカス騎士長からの挨拶は終わったのか、それまで部屋の隅に待機していた事務室長が動き出した。


「それでは今後の細かい流れを説明します。ついてきて下さい」


 その言葉に僕も足を踏み出すのだけれども、


「ライノだけ別な。残ってくれ」


 突然背後から声がかかり、僕は仲間達を見送る形で足を止めた。

 僕だけ別?

 ドアが閉じるのを見送って、僕は再びルーカス騎士長へと向き直った。


「いやー。ずっとお前さんが来るの待ってたんだよ」


 ルーカス騎士長は立ち上がり、僕の傍までやってくると肩を叩いた。


「なかなかこねえと思ったら広報部希望だしよ。下手に成績がいいもんで広報部にとられそうだったんだが、強引に引っ張らせてもらった。悪いな」


 思いがけない台詞に僅かに首をかしげる。

 ルーカス騎士長は不敵な笑みを浮かべて手を組んだ。


「あのメリカント商会の跡継ぎだなんて、広報部にはもったいねえ。知識も伝手もあって、情報の重要さがよくわかってんだからな。頭の回転だって早いし、さっきのオレの言動みても一人表情を動かしもしねえ」


 言われると確かにそうだと思う。これでも僕は国では一、二を争う大商会の跡取りだったのだから。

 ちなみに表情を変えなかったのは仕事をする上で下手に感情を露わにしないように躾けられていたからである。


「っつーわけで本気で期待してるからよ。よろしく頼むわ」


 がしっと肩を掴まれ、にかっとした笑みが向けられる。


「だからお前さんは特別に違う教育を受けてもらう。うちで最初に必要なのはアレだ」


「あれ、というと?」


 尋ねてみるとぴしっと人差し指をつきつけられた。


「もうちょっと鍛えとけ。とりあえず護衛部の準騎士と一緒に剣術鍛錬な」


 ……それは、今までと全然変わっていない気がするのだけど。

 でも剣術についてはまだまだなのだろうし。


「わかりました」


 僕は首を縦に振るしかなかったのだった。

読んでいただきありがとうござます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ