36.親友の恋人
楽しんでいただければと思います。
ライノ視点になります。
その後、僕はアヤメちゃんのこれまでの日々を聞いた。
ヒーデンマーの元へ行った時のことから詳しく話を聞けば、アヤメちゃんは何とも逞しく、そして幸運をもった女性だった。
アヤメちゃんがヒーデンマーの元へといったのは、たびたび訪れるヒーデンマーの使者と、正体のわからない嫌がらせが続いたのがきっかけだった。
ある時は門を壊され、ある時は窓ガラスが割られた。
それらが度重なり、最後はアヤメちゃんを差し出せとヒーデンマーの護衛数人が押し入ってきたのだという。
アヤメちゃんは唐突に知らされた事実に隠されていたことを憤り、そして自らヒーデンマーの元へと向かったらしい。
その時は時間もなく、半ば強引だった為にレーヴィの話などは一切できなかったという。
けれどももちろんアヤメちゃん自身が何かを諦めたりはしていなかった。
ヒーデンマーは怯える女性を追いたてるように楽しんでいたらしく、命令といった形で無理やり寝室に呼ぶようなことはしていなかったらしい。
それがアヤメちゃんにとってはひとつ目の幸運だった。
厭らしい視線に耐え、危険を察知しては上手く逃げ回っていたらしい。
「でも、ロッタが狙われてるのを知って、いても立っても居られなくなって」
ある時――赤い野薔薇と呼ばれる凄腕の女性傭兵ロッティリアがヒーデンマーの屋敷に滞在した。
ヒーデンマーは野薔薇を狙った。媚薬と睡眠薬で抵抗をなくしたところを奪おうというもので、アヤメちゃんは耐えかね夜に野薔薇へ忠告をしようとしたらしい。
ところが野薔薇はその名を馳せていることから当然のように盛られていた睡眠薬に気付き、対策を打っていた。
自分に見立てた人形を毛布で作り上げた野薔薇はクローゼットに身を隠し、やってきたヒーデンマーを成敗しようとしていたのだ。
それを知らないアヤメちゃんは作り上げられたベッドのふくらみに必死に「逃げて」と声を掛け、見かねた野薔薇が姿を現し――ちょうどその時ヒーデンマーと護衛が部屋に押し入ってきた。
大慌てで逃げようと思ったものの上手くは行かず、結局野薔薇と二人で護衛と交戦、手に手をとって逃げ出したらしい。
それから腕を見こまれある程度の場所までは野薔薇と共に過ごしたという。
これがふたつ目の幸運である。
野薔薇はアヤメちゃんに逃亡する上で必要な手段を教えてくれた。
髪を黒く染め、名を変え、ヒーデンマーの魔の手の届かないところへと。
それまでアヤメちゃんは野営なども教えてもらっていたことから、そういった生活をこなしていた野薔薇との日々は大した苦労もなかったらしい。むしろ実践で教えてもらった故に別れた後も楽だったのだとか。
孤児院へ逃げ込まなかったのは、巻き込みたくなかったから。手紙を出せなかったのは金銭的な余裕がなかったことと、やはり追手を危惧した野薔薇に暫くは連絡をしない方がいいと言われたからだという。
「そのあとは、ロッタの助言でリスティラ伯爵の領地に隠れるつもりでした。けどその途中で野盗に襲われている馬車を見つけて助けに入ったんです」
あまり貴族とは関わりたくはなかったけれども、それでも襲われている人を見て見ぬふりはできなかったらしい。
そして――その馬車に乗っていたのが、フルメ侯爵その人だったらしい。
それがみっつ目の幸運である。
フルメ侯爵は温厚な人柄で知れているし黒い話もなく、領地も非常に人気で移住を求める人も少なくない。
フルメ侯爵はアヤメちゃんを屋敷に招こうとしたけれども、アヤメちゃんはそれを固辞。話し合いの結果、定住先を求めて紹介状を書いてもらうことになったそうだ。
そうしてこの島を紹介されて、仕事をしつつレーヴィが騎士になるまでにお金を溜めて、四年後には王都へ行こうと考えていたらしい。
「ロッタと侯爵様。二人がいなかったらきっと私はもっと大変だったと思います」
そう、自分の身の上を締めくくった時のアヤメちゃんの表情にはいろんなものが入り混じっていた。
+ + +
そうして――その翌日。
ルーカス騎士長が島内の調査にあたっている時間、僕はアヤメちゃんには伝えきれていないレーヴィの話を伝えた。
騎士団に入団して、僕と出会ったこと。
何としてでも最短で騎士になろうとしていたこと。
そして、それを成し遂げたこと。
「アヤメちゃんを待ち受ける境遇を知ってたから、とにかく急いでたんだね」
そういうとアヤメちゃんは悲しげな笑顔を浮かべた。
「すごく大変だったんじゃないかしら」
「大変は大変だったかも。だけど、レーヴィは一度も弱音を吐いたこともないし、笑っていたよ」
するとアヤメちゃんはきょとんとした目を向けてきた。
「レーヴィの表情がわかるんですか?」
言われて小さく吹き出す。
「うん。ほんの少しだけね。アヤメちゃんは分かってたんだよね?」
「はい。初めて会った時から不思議と分かりました。――でもよかった。レーヴィの事分かってくれる人がいたんだったら、全然違うもの」
確かにそうだろう。
最初はレーヴィは恐れられていたり、つまらない人だと言われていたから。
「騎士団にはレーヴィのこと気にしてくれてる人は他にも沢山いるよ。僕らはみんな仲間だからね」
アントンさんをはじめに、うまくやっているのは分かっている。
僕がそう言うとアヤメちゃんは安心したように笑った。
レーヴィがアヤメちゃんを大切に思っているのと同じように、アヤメちゃんもまたレーヴィを大切に思っているのがよくわかる姿だった。
「それともう一つ、大事なことがある」
「大事なこと?」
鸚鵡返しのアヤメちゃんに一つ頷く。
先に知らせていなければいけない、今レーヴィが置かれている状況について。
「実はね、レーヴィは今、生粋の貴族という事になっているんだ」
これに関してはアヤメちゃんには絶対に知っておいてもらわなければならなかった。
「騎士団の方で事情があってね。籍をいじってユハナ男爵家の当主を務めている」
「男爵」
「そう。爵位をもった貴族」
するとアヤメちゃんはしばらく言葉を失っていた。
「じゃあ、孤児院にいた記録は」
「孤児院に籍をおいていた記録は完全になくなる。ユハナ男爵家の嫡男として生まれて、騎士になると同時に爵位を受け継いで男爵として王都に屋敷を構えて生活している。レーヴィの本当の出自を知っているのは騎士団の中でも上層部と僕くらいのものでね。騎士でも大概の人は知らないんだ」
「そ、っか……」
アヤメちゃんはそう視線を落とした。
それまでいつも一緒に過ごしてきたレーヴィが貴族になってしまっただなんて、複雑な心境に違いない。
「とはいえ、全くアヤメちゃんとの接触がなかったのは婚姻を結ぶにあたって不自然だからね。レーヴィは幼い頃から孤児院の院長に剣術指南の為にたびたび孤児院を訪れていたという話になっているんだ。そこで君を見初めたと」
「みっ、見初め……っ」
僕の言葉にアヤメちゃんは悶え、顔を赤くさせた。
「本当の事じゃないか。あそこまで人を強く想えるのはすごい事だよ」
あまりにも一気に顔を赤くするものだからつい笑みが浮かんでしまう。
「そんなわけで、レーヴィはもともと貴族だったというところだけは注意が必要かな。とはいえ、貴族じゃないって断固とした否定さえしなければ問題ないよ。だから知らなかったという形にするのが一番自然かもしれないね」
「わ、わかりました」
小さいながらも何度も頷くアヤメちゃん。
しばらく様子を見ているとじっとなにかを考える様に真っ直ぐに前を見つめて、それから長く息をついた。
「他には何か気をつけないといけない事はありますか?」
アヤメちゃんは顔を上げるとそう聞いてきた。どうやら彼女はレーヴィの現状を受け入れた様だった。
「気をつけないといけない事はそれくらいかな。今後の話については正直、レーヴィと再会してからになるだろうからね」
「レーヴィと、再会……」
ぽつりと呟くアヤメちゃんに、僕はふとある事に気づく。
「きっとレーヴィと会ったら見違えるだろうね」
入団したてのレーヴィは身体が薄かったし、身長も低かった。それがこの数年で見違えるほどに逞しくなっているわけだから、その驚きは想像に難くない。
「そんなに変わったんですか?」
「すごく逞しくなったよ。それはもう、めきめきと音がしそうなくらいに成長していたよ」
ただでさえもとから強かったのに、身体つきがしっかりした事によってさらに強さを増したレーヴィは今や護衛部でも上位の強さを誇っているはずだ。
「今の彼はどこからどう見ても体を鍛え上げた貴公子だよ」
「貴族、ですもんね」
貴公子という言葉に反応したアヤメちゃんは、しばらく空を見上げ、その後は首を傾げた。
「なんだか想像できないわ。無口で無表情で無骨だったのに」
知らない人が聞けば随分な言われ様だったけど、レーヴィを知る僕としては笑わざるをえなかった。
「性格は変わってはいないと思うよ。ただ立ち居振る舞いとかを徹底的に仕込まれただけで」
そうして僕は茶目っ気たっぷりに笑いかけた。
「それにほら、レーヴィが誰にでもわかるような笑顔を浮かべて饒舌に語るなんて、想像できる?」
「できませんね」
即座に首を横に振るアヤメちゃん。
「でしょう?そんなのレーヴィじゃないよね」
「それもそうですね」
そうして二人笑い合う。
そんな他愛のないことで笑えるアヤメちゃんは、本当に心身ともに無事だったことを示していた。
本当に無事見つかってよかった。
笑いながらそんなことを考えていると、急に店のドアが叩かれた。
「誰かいるー?準備中のところ悪いんだけど、ちょっとあけてー」
どこか間延びした口調の男性がドアを叩いているようだった。
僕らは顔を見合わせ、そしてアヤメちゃんが鍵を開けてドアを開けた。
「あ、よかった。っていうか本人だ――って、うわ」
ドアから顔をのぞかせた花葉色の髪の男性が安堵の表情を浮かべたのが見えた瞬間、唐突にアヤメちゃんと男性の間に一人の男性が割り込んだ。
金髪に程よく鍛えられた体のその男性は、そのままアヤメちゃんを抱きすくめた。
「――アヤメ」
唐突なその行動に呆然としていると聞き馴染みのある声が耳に届いた。
「会いたかった」
いつもよりも感情のこもったその声に、僕は驚きながらも微笑むのだった。
読んでいただきありがとうございす。




