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34.元気な給仕

楽しんでいただけたらと思います。

ライノ視点になります。

 ルーカス騎士長と旅に出ておよそ半年、僕はある小さな島にきていた。

 フルメ侯爵領の一つであるその島は他領や他国からの船の中継地であり、小さいけれども非常に活気付いた島だった。

 なぜそんな島に来ているのかというと、流通激しい島にも関わらず駐在の騎士がいないからである。船に乗るという点から巡回騎士もあまり立ち入れないらしく、調査騎士――いや、ルーカス騎士長が年に一、二回訪れ様子を見ているらしい。

 一、二回だけでいいのだろうかと思うけれども、この島に住む若くして騎士団を引退した元騎士が情報に目を光らせ、見過ごせないものについては連絡してくれるからだという。


 そしてその男性の経営する食堂で、僕らは今呆然としていた。


「こっちに日替わり三つだ!」


「はーい!」


「おい、まだ来ねえのか!」


「もう少しお待ちくださーい!」


「嬢ちゃんかわいいなぁ、ちょっと相手してくれよ」


「ごめんなさい、仕事中です」


 船乗りなどの厳つい男性ばかりがひしめく食堂で彼らの大声に負けず劣らず声を張り上げる給仕の姿に言葉も出ない。

 肩までの亜麻色の髪に濃い紫の瞳。やや小柄な彼女はおそらく成人間もないくらいの年齢だろう。きびきびとした動きで泳ぐように店内を動き回っている。


「いらっしゃいませ」


 そんな彼女は僕ら二人に気づくと笑顔を浮かべて目に前までやってきた。


「一番奥のカウンターが空いてるのでそこにどうぞ」


 そうして僕らが返事をする前に客の誰かに呼ばれて去っていく。

 見ればそれなりに広い店内なのに、他の給仕の姿がない。彼女一人で回しているのだとすれば大したものである。


「おいおい、どういうこった」


 彼女の背を見つめ、ルーカス騎士長が口を開いた。


「何でこんなとこにいんだ?」


 その鳶色の目は女性の姿を捉えたままだった。


「以前は彼女はここにはいなかったのです?」


「ああ。むっさい野郎の給仕でな、味はいいのにって毎回非難轟々な店だったんだがよ」


 どうやらルーカス騎士長も知らなかったらしい。はぁと息をつくとルーカス騎士長は「とりあえず座るぞ」と彼女に示されたカウンター席へとついた。


「どうしますか?」


 ほとんど立ち止まることなく客を捌いていく彼女を横目にルーカス騎士長に問いかける。

 まだ名前も知らないし、伝え聞いている外見が同じでも全くの別人という可能性ももちろんある。


「とりあえず腹を満たして、そんで店主に聞けばいいだろ」


 ルーカス騎士長は最初こそ驚いたものの、いつものような飄々とした様子で言うと手を上げて彼女を呼んだ。


「ご注文ですか?」


 すぐさまやって来た彼女にルーカス騎士長と僕はそれぞれに料理を告げた。そして、


「あと店主に鳶が来たって伝えてくれ」


「?わかりました」


 彼女はルーカス騎士長の言葉に小さく首を傾げたものの、何かを聞くこともなく頷くと店の奥へと足を向けた。


「いまはただの食堂兼酒場の店主だからアヤメ嬢の捜索令は知らねえし、ただの給仕の話はわざわざ連絡しねえよな」


 ルーカス騎士長はそう言って小さく息をついた。

 僕はそんなルーカス騎士長を横目に彼女の姿を目で追った。


「あの嬢ちゃんのことどう思う?」


 店主に聞けばいいと言っていたのだけど、ルーカス騎士長はそう聞いてきた。


「そう、ですね。伝え聞いていた外見はそのままですよね。髪の色も目の色も、小柄だったという部分でも一致しています」


 まだ出会ってすぐだから性格面では分からないけれども、レーヴィ個人の主観が強いだろうからあまり判断材料にはしない方がいい。

 そう思って答えたんだけど、ルーカス騎士長はそれでは満足しなかったらしい。


「それで?」


 さらに問い掛けられて、調査任務における練習のようなものなのだと気づく。

 僕は改めて彼女を見つめた。


 狭い店内を移動し続ける彼女はどことなく安定した足捌きをしていた。

 加えて左腕に一皿、左手に二皿乗ったトレイ。右手でも一皿乗せて料理を運ぶ姿勢は真っ直ぐな上に運ぶそれらにぐらつきはない。

 それなりに山盛りであることを加えればバランス感覚もあり、重量にしっかりと耐えうるだけの筋力があることを示していて――身体を鍛えているのは間違いようもない。


「判断するのに、時間をもらっても?」


「おう。リミットは閉店までな」


 それなら他にも確認の仕方がある。

 僕は店内の雑踏に耳を澄まし、彼女の言葉を拾うことに専念した。


「――お待たせしました」


 やがて彼女が僕らが注文したものを運んできた。


「ありがとうございます。美味しそうですね」


「はい、特にこの料理は人気があるんですよ」


 にこやかに話しかければ彼女も笑顔で頷いた。

 そんな彼女を見上げ、僕はさらに口を開けた。


「きれいな瞳ですね」


「ありがとうございます」


 彼女はそう言いながら反対の手にしていた料理をルーカス騎士長の前へと置いた。


「ひょっとしてこの島の出身じゃないんじゃないですか?」


「え――?」


 皿を置き終えた彼女は姿勢を正すと、やや目を大きくさせた。

 警戒されないように笑顔で隠しつつその目をじっと覗きこむ。


「いえ、リスティラ伯の領地では紫の瞳の人が多くいると聞いたことがあったものですから。そっちの出身かなと」


「そう、でしたか」


 彼女の瞳の奥にある感情が、僕の言葉に変化したのがわかった。

 と、背後で彼女を呼ぶ客の声が聞こえてきて僕は手を振った。


「すみません、忙しいのに声をかけてしまって。お仕事がんばって」


「ありがとうございます」


 彼女は小さく会釈をするとそのまま呼ばれた方へと歩いていった。

 その背を見つめ、結論を出す。


「アヤメちゃんに他なりませんね」


「理由は?」


 配された料理に手をつけながら、ルーカス騎士長に促される。


「彼女の動きは身体を鍛えているものです。それにここの出身ではないと聞いた時に僅かに怯えの色がありましたが、孤児院とは違う地域を出すことでそれが安堵へと変わったのがわかりました」


「なるほどな」


 そのルーカス騎士長の顔は僕の情報部としての成長具合を確かめているようでもあった。

 おそらくこの状態でも及第点は得られているとは思われる。けれども他にも判断材料はあった。


「それからもうひとつ」


「お、まだあんのか」


 魚料理を頬張るルーカス騎士長に、僕は頷き告げた。


「ほとんど気になるようなものではありませんが西方の訛りが混じっていました」


 僕との会話だけではない。他の人とのちょっとした会話の中に、ほんの僅かに訛りを感じ取ったのだ。

 そしてそれは今となっては貴族教育で徹底的に矯正されたものの、入団当初のレーヴィと同じものだった。


「――合格だな」


 魚料理を飲み込んだルーカス騎士長は、にやりと笑ってそう答えるのだった。


 + + +


 昼食をゆっくりととって、さらに食後の珈琲を飲んでいるとやがて店じまいの時間になった。

 他の客達はすべて引き払い、例の彼女が玄関に鍵をかけたところで厨房から一人の男性がやってきた。


「待たせたな」


「おう、久しぶり」


 ルーカス騎士長と同期だったという店主は客と同じように体格のいい、けれどもやや足を引きずった男性だった。


「ヴィオラ、悪ぃが洗いもの頼むわ。店内の掃除は後で俺がやるから、終わったら休憩入ってくれ」


 店主がそう言い、彼女が頷きかけたところを、慌てて止めに入る。


「すみません、彼女にも話があります」


「ああん?」


 怪訝そうに店主が僕を見つめ、それからルーカス騎士長を見た。


「新人か?」


「まだ昇格前だが、オレの後釜な」


「この島の担当替えか。準にやらせていいのか?」


「いや、後釜ってのはアレだ。騎士長候補」


「は?まだ昇格もしてねぇのにか」


 元騎士なだけありぽんぽんと会話がなされ、店主は胡乱気に僕を見た。


「おうよ。超期待の大物だぜ?」


 にやりと笑うルーカス騎士長だったけど、店主は肩を竦めただけだった。


「んで、その大物がうちの看板娘に何の用だ?」


 と、店主が僕を睨む。その傍らではやり取りに戸惑いながらも様子を見守っている彼女の姿があった。

 僕はそんな彼女の前に一歩踏み出すと、静かに口を開いた。


「レーヴィ・エクロース。知っているよね?彼が、君のことを探している」


 すると彼女は息をのんで、紫の瞳を見開いた。その様子は彼女が間違いなくアヤメちゃんであることを示していた。


「――アヤメちゃん、だね?」


「……はい」


 震える声で彼女は頷いた。

 彼女がアヤメちゃんであることはほぼ確定してはいたけれども、本人が認めたことによって、僕は身体の力が抜けていくのがわかった。


「よかった。見つけた」


 所々でアヤメちゃんの追跡情報は見ていたけど、だからこそこの島にいるとは思っていなかった。

 騎士が常駐も巡回もしていないこの島では、ひょっとしたらまだまだ発見は遅れていたかもしれない。

 そう思うとここに来れて、見つけられて本当によかったと心の底からそう思うのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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