28.夜会2
楽しんでいただけたらと思います。
レーヴィ視点に戻ります。
夜会警護は最初こそ陛下付きの警護役やアントンさんに付いてまわっていたものの、それも数回まで。
アントンさんからの指導が終わり、一人で夜会に参加するようになった後、どういうわけか令嬢とその父親に囲まれ大変な目にあうようになった。まるで身動きがとれないほどの人数に初回は完全に何もできなかった。
ダンスに誘われてはホールの真ん中へと進み、終わったのを機会に足早に見回りの為に庭やテラスへと向かおうとするものの、ほぼ進む方向に誰かが待ち構えていたのだ。
これでは見回りなど到底できるはずもない。
「こんな所にいたのかい、レーヴィ」
暫くは頭を悩ませていたが、そんな俺に手を差し伸べたのはフルメ侯爵家の嫡男エーリアだった。
侯爵やその令嬢と同じく何処かのんびりとした様子のエーリアは初対面のその日、のほほんとしながらも令嬢達に割って入ってあたかも友人の様な振る舞いをして俺をその輪から連れ出した。
「毎度のことながら、凄い囲まれようだねー」
無表情ながらも令嬢相手に苦戦していると感じ取ったらしいエーリアは、見かねて声をかけてくれた様だった。
「助かりました」
礼を言うとエーリアはにこにこと笑って「大したことじゃないよー」と手を振った。
そこからは度々声をかけてもらう様になった。
ずっと令嬢に囲まれるばかりで同性との交流はほぼゼロと言っても過言ではなかった俺は、正直エーリアの言動はとてもありがたかった。
俺が一人でいれば群がってくる令嬢達だったが、やがてエーリアを通して同性の知人を増やし、共に過ごすうちに身動きができなくなるほど取り囲まれることはなくなった。
エーリアは「良かった」と笑い、すっかり敬語も敬称もなく話しあう間柄になった。
そうして少しずつ夜会にも、貴族というものにも慣れてきた頃。
静かな夜会会場の庭先で俺はひとつ息をついた。
それまでは友好関係をもつ貴族達と言葉を交わしていたが、風にあたりに行くと言って、令嬢に止められないように足早にやって来たのだ。
全ては見回りのためだ。
会場の隅から隅まで、庭やテラスは時に気をつけるようにと言われている俺は会場内と見なされている庭を見て回ることにした。
日の落ちた庭はやや幻想的な雰囲気を醸し出していた。
計算されたバラの垣根、時折置かれた凝った装飾のベンチ、月明かりに照らされ時折水の煌めく噴水。
夜の孤児院の裏山とは比べるべくもない。
周囲に気を配りながらもやや奥まったところに進む。そこには小さな池があり、そこまでが会場内とみなされていることをアントンさんからは教えてもらっていた。
と――池の前で何かが動く気配を感じた。
すっと気を引き締めて静かに向かうと、そこには一人の男がしゃがみ込んでいた。身なりとしては夜会に参加している貴族のそれと同じであり、招待客の一人であるようだったが、一体こんな人気のないところで何をしているのか。
様子を窺いながら近づくと、その男の動きは怪しいというよりかは何かを探しているような動きであることが分かった。
「――失礼、どうかされましたか」
逃げられないようにいつでも飛びかかって捕えられるような距離まで近づき、声をかける。
すると男はぴたりと動きを止め、しゃがんだままゆっくりと振り返った。
「どうやら懐中時計を落としてしまったようでな。探していた」
声からするに四十代くらいだろうか。薄暗い庭でははっきりと顔がわからなかった。
「すぐ見つかるかと思って探してみたんだが、意外と見つからなくてね」
男はそう言って立ち上がると手を払った。
「娘がプレゼントしてくれたものだから、できれば帰るまでに見つけておきたいんだが……」
「どのようなものですか?」
「特にどうってことのない銀の懐中時計だ。細工もほとんどなくて、蓋に下手くそな絵が描かれている」
下手という割には優しい口調で娘のことが大事だとありありとわかるその様子に雰囲気が和む。
「一緒に探しましょう。落とされたのはこのあたりですか?」
「庭のどこかだとは思うんだが、いいのか?」
「もちろんです」
庭の見回りはこの池までだ。ここに来るまで隈なく見回ったから、急いで戻る必要もない。
即答すると男は笑ったようだった。
「ありがとう。わたしはテームという。君は?」
「失礼しました。レーヴィ・ユハナと申します。先日男爵位を譲り受けました」
「ああ、君が噂の」
そう言ってテーム氏は笑った。そこに詮索の色がないことに密かに安堵する。
あの噂の、という言葉で示されている俺は探るようなものが含まれている視線に正直嫌気をさしていたのだ。
「有望な若者だと聞いているよ。がんばりたまえ」
「ありがとうございます」
声をかけられ、肩を軽く叩かれるそれはどことなく先輩騎士のような気安さがあり、素直に頭を下げる。
暗くてよく分からないが、あとで顔を覚えておこうと頭に入れる。
そうして俺は辺りを見回した。
「庭のどのあたりをまわられましたか?」
「噴水の方を通ってのんびりこの池まで来て、同じ道筋で戻った。順を追って探しに来たから、見てないのはこのあたりだけになる筈だ」
「わかりました」
俺は返事を返すと膝をついて近くの垣根の下を覗き見た。
さっきのテーム氏の動きを考えるに、芝生は探していても垣根の根元のような場所までは見ていなさそうだった。
「そこまでしては服が汚れてしまう」
慌てたように言うテームさんだったが、俺は首を振る。
「たいしたことはありません」
毎日泥だらけになっていた数年前を思えば、可愛いものだった。
そんなこんなで時折まわりの気配を探り、不審者がいないかを確認しながら俺とテーム氏は懐中時計を探すのだった。
+ + +
「まさかこんな所に落ちていたとは」
懐中時計が見つかったのは、池の周辺ではなかった。
二人で探してみたものの池のあたりには見当たらず、半ばあきらめかけながらも来た道をもう一度探してみたところ、噴水の縁に落ちていた。彫られた縁の凹凸が影になり見えていなかったようだ。
「本当にありがとう。君のおかげだ」
「いえ」
静かに、だが心底うれしそうなテーム氏に安堵する。
二人揃ってホールへと向かっていると、明りを背にエーリアがこっちに向かって手を振っているのが見えた。
「あれはエーリア殿かな。フルメ侯爵家の者はいつも朗らかだな」
テームさんがそう笑って振り返ると、会場の光を受けてその顔が明らかになった。
「それじゃあ、本当にありがとう」
やや白髪の混じった黒鳶色の髪。きりっとした口元の笑み。高い鼻。皺の刻まれた目尻。――濃く深い紫の目。
俺はその色に息を飲んだ。
「後日改めてお礼をさせてもらうから、そのつもりでいて欲しい」
目を瞠る中、テーム氏は俺の返事を待たずに会場へと向かい、その際にエーリアと二、三言葉を交わして入っていった。
「まだ庭にいたんだね。長いこと姿を見かけなかったから、ついに令嬢に押し倒されてるのかと思ったよ」
テーム氏と会話が終わりエーリアがやってくるが、俺はテーム氏の後姿に釘づけだった。
「――エーリア」
「なんだい?」
「今のは誰だ?」
テームと名乗ってくれてはいたが、それが家名なのかすら俺には分からなかった。
「今のはテーム・リスティラ伯爵だよ」
テーム・リスティラ伯爵。
俺はただ会場に消える背中を見つめるのだった。
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