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24.親友

楽しんでいただければと思います。

レーヴィ視点になります。

 アヤメ失踪を知った後の数日、俺は考える暇もないほどに忙しい日々を送っていた。

 翌日は騎士としてではなく爵位を受け継いだユハナ男爵として陛下との謁見をこなし、それ以降は陛下の護衛として傍に控えたり、騎士団本部や一般公開されている第二訓練場での訓練を日々こなしていた。

 オスク騎士長に「取り乱していたとはいえライノに遅れをとるとは何事だ」と叱責を受けたことをきっかけに護衛部の中でも屈強とされている先輩騎士相手に本部では素手での戦闘、第二訓練場では剣術をひたすらに扱かれた。

 さらに空いている時間は王宮内を覚えるためにとにかく王宮内を散策をした。もともと騎士団本部に極秘で置かれている見取り図自体は頭に入っていたが、実際に歩いてみると錯覚しやすい場所があったり、似た雰囲気の場所がいくつかあったりと完全に覚えきるまでにはかなりの時間がかかりそうだ。先輩騎士も最初は皆迷子になったとあって、俺も何度も道を間違えては近くにいる兵士や使用人達に道を聞いた。

 悩んでいる暇などほとんどなかった。

 もちろんアヤメを自分で探す事を諦めているわけではない。

 一年は長い。少しでも早く見つかるようにと思えば俺も捜索にあたりたいのが本音だったが、背は腹に変えられない。騎士団の情報網を貸してくれているのだから、今はもどかしくても耐えなければいけない。

 まずはオスク騎士長に認めてもらわなければ、処分を撤回してもらうこともできない。しっかりと職務を果たして、力をつけなければいけない。


「失礼いたします――ライノ様がいらっしゃいました」


 自室で休んでいると、執事から声がかかった。


「今行く」


 短く返答をして立ち上がる。

 あれから何度か訪ねてきてくれたライノだったが、明日出立のはずだった。おそらくはその挨拶だろう。

 サロンに入ると寛いだ様子のライノが座っていた。


「おつかれさま、レーヴィ」


 にこりと微笑むライノの向かいに腰を落ろすと、すぐに俺にも茶が出され自然と使用人達が席を外す。ライノがやってくるたびに人払いをしているうちに言わずに下がってくれるようになっていた。


「明日出立でね。これからはルーカス騎士長直々に指導してもらうことになったよ」


「騎士長直々に?」


 とんでもない高待遇だった。

 もともと騎士長達からの期待度の高いライノではあったが、まさかここまでとは思っていなかった。


「そう。まぁ、気負いすぎずに頑張るとするよ」


 と、ライノは相変わらず緊張した様子もなくのんびりとしていた。

 出会った時から変わらないある種の余裕は俺には到底身につけることのできないものだと思う。


「レーヴィはこの頃はどうだい?落ち着いているようではあるけれど」


「問題ない。正直今の生活になれることも大変な上に騎士長達から扱かれて、ていいっぱいだ」


「僕にやられたのが響いたみたいだね」


 ライノはそう笑った。


「僕も探すから、レーヴィは落ち着いて構えているんだよ」


「ああ」


 何度も心配させてしまって申し訳ない。そう思いしっかりと頷いてみせる。

 それからライノの今後の職務内容についてを話す。

 騎士の中でも一番死亡率が高いと言われている調査活動――騎士団において暗部を担う重要な任務だった。


「気をつけろよ」


「もちろん。君も明日はいよいよ夜会警護に入るんだろう?肉食系の令嬢に押し倒されないように気をつけるんだよ」


「……ああ」


 切り返された言葉に呻くように返答すると、ライノは可笑しそうに笑った。


「それじゃ、明日は早いからね。これで失礼するよ」


 そうしてライノは手を振り帰っていった。

 その背を見送り思う。

 ライノがいなければ俺は今頃どうしていただろうか。

 取り乱した時にいなければ、俺はそのまま騎士団を辞めてあてもなく彷徨っていただろう。

 そもそもライノと出会っていなければ、俺はまだ見習いだった筈だ。ライノには申し訳ないが既に教えてもらったことの半分以上は忘れているし、試験対策をして貰わなかったら確実に落ちていた自覚はある。

 ライノには感謝しても感謝しきれない。


 俺はふと、入団してまだ間もない頃を思い出すのだった。


 + + +


 ライノは騎士見習いでは有名な存在だった。

 抜きん出た長身とゆるく編み背まで垂らした濃藍の髪、光の加減で輝いても見える橡色の不思議な目、そして何よりそのほとんどが十代という騎士見習いの中で二十一歳という年齢は目をひくものだった。

 常ににこやかで人当たりが良く、いつも人に囲まれているような人物だった。

 聞くところによると大商会の後継ぎだったらしく、その頭脳は教官騎士の代わりに講師を務めあげるほどだという。実際に分からないものを聞いてみたところ、なんでも淀みなく教えてくれた。

 かわりに――剣術はからきしだった。

 学術は講師レベル、性格も落ち着いていて教官からの信頼も厚い。本来ならとっくに準騎士、騎士となっていてもおかしくない男なのだが、とにかく剣術は壊滅的だった。

 下手なわけではない。体幹もきちんとしているし、型も綺麗だ。どちらかといえば俺の方が適当なくらいだ。

 それにも関わらず実践となると物凄く弱くなる。下手をすれば子供の方が強い。

 いたって本人は真面目だから不思議でたまらなかった。


「おい、またやってるぞ」


 ライノに剣の稽古をつけるようになって数日、陰から聞こえるその声に俺は小さく反応した。


「三年経っても弱すぎるとかないよな」


「本気じゃねえってことだろ。所詮金持ちの道楽さ」


「騎士になれなくても実家でぬくぬくできるやつは違うよな」


 それはここ数日で気がついたライノに向けられる悪意だった。

 大概の奴らに好印象なライノだったが、その生まれを妬む奴も確かに存在していた。特に剣の稽古をつけている時はこちらにはっきりと聞こえるように言っている。今もそうだ。


「どうかしたかい?」


 聞こえる悪意に動きを止めた俺にライノが問うてくる。その表情は悪意などまるで聞こえてないかのようなものだった。


「……いや、何でもない」


 今は稽古の時だ。気持ちを切り替えようと軽く頭を振る。


「よくアイツも付き合うよな」


「案外弱いものいじめで楽しんでるんじゃねえの?」


 教官には聞こえないが、こっちには確実に聞こえるそれらの会話に苛立つ。こんな奴らが入団してやがて騎士になるのか?


「っ」


 俺の剣先がライノの腕に食い込み、ライノの表情が歪んだ。していたつもりの加減ができなかったらしい。


「悪い、大丈夫か?」


 ふぅと息をついて剣をひく。

 悪意に怒りを感じて行動が疎かになってしまったことに自分を責める。


「痛いけど大丈夫だよ。これくらいの痛みで根をあげるようじゃ騎士にはなれないからね」


 ライノはにこりと笑う。


「打たれ弱いのも問題だし、次からは気にせず続けてもらってもいいかな?」


「……わかった」


 ライノは本気でやっている。そんなことは見ていればわかる。

 俺は今度こそ気を取り直すと真剣にライノと向き合った。


 だが――夕方どうにも心が晴れず、俺は寮に戻った時に耐えかねて質問した。


「ライノは腹が立たないのか」


 ベッドに転がり本を片手にしているライノは俺の言葉に身を起こした。


「なんのことだい?」


「聞えよがしに嘲りをの言葉を投げかけてくる奴らだ」


 俺が答えるとライノは一度天井を仰ぎ、考え込んだ。

 考えるほど気になっていない?まさか聞こえていないわけではないだろう。


「気にするようなことじゃないよ。流しておけばいいさ」


 数秒後に思い当たったのか、ライノはさらりと言ってのけた。心の底から関心がないような、あまりにもあっさりとした言葉に虚をつかれる。


「どこにでもいるだろう?いちいち気にしててもしょうがないし、教官はちゃんと見ているよ。きっとそのうち彼らは心を入れ替えるか、さもなくば姿を消すだろうさ」


 それに僕が弱いのは本当のことだし、とライノは笑った。それからふと笑みを消して労わるような目を向けてくる。


「レーヴィには巻き添えをかけてしまったみたいで申し訳ないね」


 どうやら会話自体は耳に入っていたようだ。

 俺はライノの言葉に首を振った。


「俺はどうでもいい。だがあまりにもライノの事を悪く言っているのに腹が立っただけだ」


 すると今度はライノが目を大きくさせた。


「君、結構熱血なタイプなんだね」


 全く言われたことのない言葉だった。どちらかと言うと逆の冷たいイメージばかりをもたれている。


「そうか?」


「そりゃそうじゃないかな?自分に向けられたわけでもない悪意に怒りを感じてるんだから」


 自分の行動を思い起こしてみるものの、よくわからない。

 疑問を感じたままでいるとライノはくすくすと笑った。


「君は言葉数も少ないし無表情だからクールに見えるけれども、中身は全然違うね。僕の稽古につきあってくれるだけじゃない。誰か困っている人がいたら率先して手助けするし、昨日の喧嘩だって誰も近寄れなかったのにきっちり割って入って止めたり」


「それは、そうだが」


「まさかこんなに親しみのある人だとは思わなかったよ」


 ライノの言葉は温かみがあって、困惑しながらもそれを受け止める。


「本当は熱くていい奴だ。一緒にいると楽しいし、いい気持ちになる。がんばってる姿を見るとこちらも触発されてがんばらなければって思うよ」


 なんとなくくすぐったい気持ちになり、なんと返していいのかわからない。


「――そうか」


 俺はその時、辛うじてそう相槌をうったのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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