14.紫の目をした幼馴染み
楽しんでいただければと思います。
それからというもの、俺は少しずつ落ち着いて周りを見ることを覚えた。
自分でできることは自分でする。できないことは協力しあったり、年長者が助けてくれたり。
ここにいる奴は皆そうやって過ごしていた。父さんや母さんがいたらすぐにやってくれていたことも、四苦八苦しながら自分達でやり通さなければならなかった。
甘やかしてくれる人は誰もいなかった。
そしてそんな中で、時折親がいないことに涙する奴がいることも知った。ただ何も考えずに幸せに笑って過ごしているだけではないことをわかってしまった。
それと同時に、紫の大きな目をした奴のこともわかった。
俺よりも小さいそいつはよく笑っていた。紫の大きな目に薄くて少しピンク味の帯びた茶色の髪をしたそいつは、この孤児院で唯一の女だった。
そして年長者に混ざって自分よりも年上の奴の面倒を見ていた。できることは限られていたが、その動きは手慣れているようでもあった。
それらのことに気づいた俺は心に余裕が出来てきた。
誰も何も辛くないわけではないのだと。俺と一緒なのだと漠然と理解した。
だがそれと同時に伯母の言葉に苛まれ始めた。
いつ会っても表情一つ変えやしない。泣きもしない、笑いもしない。――気持ちの悪い子。
無闇に暴れなくなった俺に、年長者は少しだけ俺に手をかけるようになった。だがそれも他の奴相手の時と比べれば接触は大分少ない。
年の近い年少者は相変わらず近寄ってこない。
今自分と一番関わりがあるのは、紫の目をしたあいつ。
最も手があくと必ず近くにやってきて、ただ俺を見つめるだけなのだが。
やっぱり俺は気持ち悪いのか。
必要最低限しか話しかけられない俺は、目を伏せた。
表情が少し乏しい、と言われた事はあった。
だが父さんも母さんも俺の気持ちをいつでも察してくれたし、優しい笑みを浮かべて、幸せそうにしてくれていた。
だから自分は特別変わっているなどとは思ったことがなかったのだが……
雨季の分厚い灰色の雲のように、俺の心の中は伯母の言葉が全てを覆い隠していた。
「レーヴィ、ちょっといいか?」
ある夕飯の終わり、俺は親父に呼ばれた。
この親父だけは俺を他の奴と同じように扱っていた。好き嫌いをしたら無理やり抱えて口に嫌いなものを突っ込んできたり、暴れた後は拳骨を落とした上で一緒の布団で寝たりした。
その親父がなにやら手招きをしてしる。
「他の奴にはナイショだぞ」
そう言って連れてこられたのは台所。そこにある椅子に座らされ、目の前に出されたのはクッキーだった。
父さんたちがいる時はよく食べたそれは、ここでは一度も食べたことがなかった。
「食え。独り占めだ」
親父はカラッとした笑みを浮かべると、俺の向かいで茶を飲み始めた。
しばらく親父を眺め、俺はやがてクッキーを口に運んだ。
独特な花の香りと蜂蜜の甘い香りのするそれは、母さんの好きなクッキーだった。
「っ……」
勢いに任せて二枚、三枚と口に運び、不意にぽたりと生暖かいものが手の上に落ちた。
水?
いまいちよくわからないそれは次々に落ちてきて、俺の手やテーブルを濡らした。
親父はそれを見守るとやがて立ち上がった。
「少しずつでいい、乗り越えろ。みんなそうしてる。辛い時は辛いって言えばいい。そしたら誰かが支えてくれる」
頭をわしわしと撫でられ、ようやく自分が泣いていることに気付いた。
親父はそんな俺を見ていたが、やがて台所を出ていった。残された俺はしばらくぼろぼろと涙を流し続けた。
父さんも母さんもいない。俺は一人だった。
――乗り越えろ。
どうやって?
――誰かが支えてくれる。
誰が?
俺はこれからどうしたらいい。どうしたら……
「たいへんっ」
わからないことだらけで涙も止まらずにしゃくりあげていると、そんな声が聞こえた。
続いてぱたぱたと軽い足音がして、すぐ近くに布を突き付けられた。
「お腹痛い?頭痛い?」
涙でよく見えない視界の中でぺたぺたとお腹や頭をなでられる。
されるがままになっているとごしごしと顔を拭われた。
「苦しい?おとうさん呼ぶ?」
涙がなくなった視界に映ったのは紫の目だった。顔を覗き込むそいつは心配そうに俺を見ていて。
「……辛い」
絞り出すように呟くと、そいつは大きく頷いた。
「わかった!」
そしてそのまま小さい体で一生懸命俺に抱きついて背中を撫でさすりはじめた。
「泣いていいよ。いっぱい泣いて、涙と一緒に辛いの出しちゃお?」
その手は父さんと比べるとあまりに小さくて、母さんみたいに落ち着いたしゃべり方ではなかったけど、心の中に沁み込むような温かさがあった。
俺はそいつに言われるままにしばらくの間泣きじゃくるのだった。
そのうちイスに座っていた俺はバランスを崩して二人で床に倒れ込んだが、それでもそいつは俺を放そうとしなかった。
「だいじょーぶ。寂しくないよ」
より一層ぎゅっと抱きしめられて、俺もすがりつくように抱きしめた。
そしていつのまに俺もそいつも台所の床で眠ってしまった。
一度夜中に目が覚めると俺達にはタオルがかけられていた。
さすがに抱きしめあったままではなかったが、そいつの手が俺の服を握りしめているのを見てなんだかくすぐったいような気持ちで眠りについた。
翌朝、親父に起こされた。
まだ起きるには早い時間のように思えたが、親父は朝飯を作るからと食べ残したクッキーを俺の口に突っ込むと台所の隅に追いやった。
あたりを見回すとあいつの姿はどこにもなかった。なんだかものすごく残念で喪失感が胸の中にたまっていく。
辛いと口に出したら支えてくれたそいつ。でも、辛くない時は結局俺は一人なのか。
なんとなくそんなふうに思えてきて、また伯母の言葉が頭の中でぐるぐるとまわる。押しつぶされそうなくらいに暗くて重い何かが圧し掛かってきた。
そんな最中、
「レーヴィ!」
そいつは息を切らせてやってきた。
何を興奮しているのか、目がきらきらしていた。
「こっち!」
俺の重苦しい気持ちを無視してやってくると、腕を掴まれぐいぐいと引っ張られた。
小さいのに、もの凄く力が強くてなかば引きずられるようにして台所を出る。
「どうしたあ?」
親父もそんな様子にのんびりと後をついてくる。
「いいものみつけたのっ」
そうしてやってきたのは外だった。照りつける太陽と、雲ひとつない青空に思わず顔をそむける。
眩しい。
目を細めてしばし、明るさに慣れてきた視界に入ったのはやっぱり紫の目だった。
しゃがみ込んで俺を見上げるそいつは、俺が光に慣れて完全に目を開けると満面の笑みを浮かべた。
「いっしょ!レーヴィとお空おんなじ!」
きゃあきゃあと文字通り、そいつは飛び跳ねて喜んだ。
俺と空が同じ?
まるで意味のわからない言葉にきょとんとしながら、そいつを見つめた。
「同じ、ねえ」
親父は顎をさすり俺の顔を覗き込んだ。
「なるほどな。空と太陽の色だ」
「そうなの。キラキラしてて眩しいのっ。すごくキレイなのっ」
そいつは何度も飛び跳ね、そのうち何もないところで躓いて顔から転んだ。
けど顔をあげると、すりむいた顔をそのままに、にへっと笑った。
「レーヴィ大好き。お空とお日さまの色。アヤメね、すっごく好き!」
そんな言葉を向けられて、それまで重かった何もかもがすとんと抜け落ちた。
なんだこいつは。
気がつくと向けられていた紫の目をもつそいつは、魔法使いなのだろうか。
どうして何度も、俺の心を軽くさせるんだろうか。
呆然とする俺の横で親父が吹きだした。
「アヤメ、お前ほんとすげーわ」
そんなことを言って、俺の頭に手を置いた。
「ようやく雨季が終わったなぁ」
しみじみとした言葉と共にわしわしと頭をなでてた。
「うし。アヤメ、レーヴィ、みんなをたたき起せ!こんなにいい日は遊ばなきゃ損だ!」
「はぁーい!」
親父の掛け声にアヤメは元気よく手をあげた。
それから俺の手を握って、皆の寝ている部屋へと駆けていく。
「早く起こして、一緒に遊ぼうね!」
わくわくしたその目に、俺はしっかりと頷くのだった。
読んでいただきありがとうございます。




