開幕.幸せな家族
楽しんでいただければと思います。
多くの人が行き交う王都。
その市場に足を踏み入れると僕は大きく伸びをした。
ようやく帰ってきた。
もともと三ヶ月の予定だった旅は蓋を開けてみると五ヶ月もかかってしまった。
目的の調査は順調に終わったのだけど、帰りによる街という街で同僚からの要請を受けては協力をしていたら、いつの間にこんなにも経ってしまっていた。
ここまでくると思うことは一つ。
早くダリアちゃんに会いたい。
最愛の恋人に忘れられてはいないかと気が気でない。
とはいえ、まずは帰還報告をしないとね。
そこでダリアちゃんの予定を聞こう。運が良ければそこで会えるかもしれないし、もっと運が良ければ今日は非番かもしれない。遅番だったら仕事に入ったばかりだろうから、その場合は差し入れでも持っていこう。
そんなことを考えていると、ふと聞き馴染みのある名前が耳に入った。
「素敵よね」
続いて聞こえたその言葉に辺りを見回すと、周りの人々は一組の家族を見つめていた。
金色の髪に真夏の晴天のような紺碧色の瞳。精悍さの漂う切れ長の瞳に鼻梁の整った無表情の父親。
亜麻色の髪に濃く深い紫の大きな瞳。にこにことした笑顔の中には強い意志を秘めている小柄な母親。
そんな二人に挟まれるようにして歩いているのは、まだ一歳半ほどの父親譲りの金髪と母親譲りの紫の瞳をもつ男の子。
三人並んで楽しそうに手をつないでいる様子は見ていて微笑ましい。
そんな家族を見つめて、人々はほぅと息をついた。そして母親の臨月らしい大きなお腹を見て囁く。
「そろそろ二人目が生まれるのか。元気な子だといいな」
「女の子かしら?それとも次も男の子かしら?楽しみね」
それらの言葉はどれもが二人を見知ったものだった。
それもそのはず。この二人は誰もが尊敬してやまない騎士団に所属する騎士なのだ。
父親の名はレーヴィ。古くから王家に仕える血筋であり、時たま有名な騎士を輩出する男爵家の当主である。長い歴史の中で過去最短の騎士昇格記録をもつ彼は現在、騎士団最強と謳われている。
母親の名はアヤメ。レーヴィの師が運営する孤児院で育った彼女もまた、幼い頃から武術を習ってきた。婚姻を結ぶにあたって伯爵家の養女として迎えられた彼女は陛下直々にスカウトされ、騎士団初の女性騎士の一人として名を馳せていた。
「また半年くらいしたら復帰されるんですってね」
「二人も生んで引退しないなんて、すごいわよね」
名実ともに男女平等を目指す陛下が騎士団に女性を迎え入れて五年。
古くから人々の尊敬の念を一身に浴びていた騎士団だったけれど、女性騎士を迎えてからというもの、さらにその念は強まった。
元軍人ダリア。元傭兵ロッタ。そして男爵夫人アヤメ。
初めて迎えられた女性騎士三名の名がそれぞれに花の名を冠することから、女性騎士は最近『花冠の騎士』と呼ばれるようになっていた。
そしてその中でも彼女は出産や育児をしながらも仕事を勤めあげる騎士として、女性の中では人気を誇っていた。
剣を握り、激務をこなしながらも女性としての歓びを捨てずに生きる彼女はまさに女性の社会進出に一躍買っていた。
そんな家族に僕は手を振り声をかけた。
最初に気づいたのはレーヴィだった。
「ライノ、帰ったのか」
レーヴィは足早にやって来るとほんの僅かに目を細めた。それだけの変化だけど、彼が笑っていることを僕は知っている。
「ただいま。たった今戻ったところだよ」
「今回はすごく長かったのね」
と、こちらはのんびりと息子のアスター君と一緒にやってきたアヤメちゃん。
この二人は僕の親友であり、同僚でもあった。
「ダリアが少し拗ねてたわよ」
「僕の仕事は順調だったんだけどね。どういうわけか協力要請が多くて」
苦笑しつつも、アヤメちゃんの言葉に少しだけ嬉しくなる。
ダリアちゃんが拗ねていた。きっと会ったら猫のようにそっぽを向いてしまうんだろうと思うと、早く恋人に会いたくてたまらなくなる。
「騎士長候補は大変だな」
「これも勉強の一つだと思ってるよ」
そうして三人で笑い合う。
「ママ」
と、アスター君がつまらなさそうに声を上げた。
「ああ、ごめんねアスター君」
僕は屈むと男の子の頭をなでた。きっとアスター君は僕のことを覚えていないだろうし、立っているだけなのだから無理もない。
撫でられたアスター君は一瞬知らない人に撫でられたと思ってびっくりした後に笑顔になった。無表情の父親には似ずに表情豊かな子らしい。
それからアスター君のすぐ横にある大きなお腹を見て尋ねる。
「そろそろ生まれる頃かな?」
僕が旅立った時にはまだそれほど目立ってなかったアヤメちゃんのお腹は、今は誰がどう見ても大きくなっていた。
「ええ。すごく元気な子なのよ。会うのが楽しみなの」
満面の笑みを浮かべるアヤメちゃんと、さり気なく身重の奥さんを支えつつも愛息子を片手で抱き上げるレーヴィ。
そんな家族の姿はどこをとっても幸せそのものだった。
全てが順調に見えている騎士夫婦。
けれどもこの二人が夫婦となるまでの間、二人は明かされることのない過酷な日々を過ごしていた。
もとは共に孤児だった二人が一度は離別し、そして再会するまでの道のりは辛く長いものだった。
読んでいただきありがとうございます。