あなたの面白いを届けてください!
これは底辺文筆家として、自分と同じように悩みながら執筆しているであろう作者様、あえて同志と言わせていただきますが、同志に向けたメッセージであり、応援です。
――目次――
●『いま一番あなたに伝えたいこと』
●『書けなくなってしまったら』
●『充電期間中にすべきこと』
●『読んでもらうためには』
●『二つの助言』
●『小織のやりかた』
●『なぜ書くのか』
●『結びに』
●『いま一番あなたに伝えたいこと』
昔、小織が行商人(健康食品などの訪問販売を一時期していました)をしていた頃に大先輩から言われた言葉があります。
『全ての人に商品を買ってもらおうと考えちゃダメ。私たちの仕事は、「これが欲しかったんだ」って言ってくれるただ一人のお客様にお会いすることなのよ。自分が好きだと思った、その商品の良さを知ってもらうために、たくさんのお客様に会いなさい』
すごく、素敵な言葉じゃないでしょうか。
「自分の作品の長所を知る」こと、そして「作品を見てもらうために努力する」こと、これが「小説家になろう」様で大切なことなんだと思います。
●『書けなくなってしまったら』
作品を、特に連載小説を投稿し続けていくにあたり、モチベーションの維持が一番大切だと感じます。それに大きく貢献してくれるのは、読者様から寄せられる感想ではないでしょうか。自分、小織も「感想が欲しいなぁ」と思いながら執筆しています。
とはいえ、自身も感想は「どう書いたら良いのか」「連投はどうなのか」と考えてしまい、書き込むことを躊躇してしまう方です。ですから、基本的に感想は諦めています。
ですが、やはり感想は欲しいですし、アクセス数やブックマークの変化のなさに焦る気持ちがあります。「これで良いのだろうか」「何が悪かったのかな」と、考え始めると止まらなくなり、それによって筆が進まなくなるという最悪の事態を引き起こします。
何がどう最悪なのか、それは、更新が滞ると読者様が訪れなくなり、アクセス数が減少するのです。改善したい気持ちがあるのにアクセスが途絶えてしまっては本末転倒ではないですか。こんなとき、どうすれば良いのでしょうか。
それはやはり気分転換だと思います。
一番効果的なのは、これは仕事や家庭や学校生活にも当てはまることですが、「誰かに話を聞いてもらう」「誰かに読んでもらって批評をしてもらう」ことだと思います。気をつけたいのは選ぶ相手で、もしあなたの周りに「他人を下げることでしか自分を保てない人種」や「同じく文章書きで、好敵手の作品はとにかく手厳しく批判するだけで評価しない人種」がいるとしたら。
絶対に相談してはいけません。最悪死にます。
小織の気分転換は「好きな音楽を聴く」「アニメ・映画を見る」「読書する」「仕事のことを考える」などです。まるきり他の分野である「仕事・勉強」に集中するとうじうじした気持ちは切り替えられますし、いらないものが片付いて一挙両得ですね。おすすめです。
あと、ツイッターで楽しい話題を検索したり、誰かとくだらない会話をすることも重要です。創作から離れて、楽しいことで頭を一杯にしてください。
月並みな助言ですが、本当に有用なのは次に述べることです。
●『充電期間にすべきこと』
「気分転換しろ」と言われて「はいそうですか」と従える人間が居たら見てみたいです。主に中身を。
鬱々とした気持ちでいるときは、どんなに楽しいことも受け入れられないです。特に「感想も何ももらえないなんて」と、アイデンティティが揺らぐようなショック状態の時には。さて、これが深くなると本格的に病みますので、やって欲しいことがあります。
★義務を果たす★
義務とはなんでしょうか。
ここでは「現実に逃げ場がなく文章を書くことでしか満足を得られないが、それすらも危うい」方に向けての助言です。リアルが充実している方は是非リアルで充電してきてください。
義務とは。それは、「自分の作品が目に留まるよう活動報告を書くこと」です。
掲示板でもツイッターでも、使えるツールに「自分の作品を読んでください。こんな作品です、面白いです」という書き込みをしたら、そこで「義務は果たしたぞ!」と念じて楽しいことに没頭しましょう。
そして、「こういう作品が面白いぞ、好きだぞ」という気持ちを思い出せたら、自分の作品に取り掛かれる合図です。技術はともかく、作品への愛を取り戻さないことには執筆は無理です。
苦しくても無理でも、書き続けることによって道が、才能が拓けることもあるでしょう。ただ、それは心身に多大な害も与えます。あなたが才能に溢れる若き文筆家であるならば止めやしません。
小織は文才もない若くもない、それでも書きたいから書いている底辺文筆家なので、そういうやり方はしません。しかも、そういう無理に書いた文章はとうてい他人の目にさらすことが出来るような仕上がりではないでしょうから。
こうしたちょっとした、一日二日の気分転換を経ても書けなくなってしまったら。それはきっとあなたの中に書くための力が少なくなっているんだと思われます。長期の充電期間に入るべきでしょう。
ここで気をつけなければならないことは、「更新が滞ればアクセス数は戻ってこない」ということです。出来れば休載するより完結してから充電したいものですが、書けないのならば仕方がありません。一から出直すつもりで休載しましょう。
そして、再開するときには「作品への愛」で心を充たし、「開き直って」挑みましょう。返信欲しさのコミュニケーション中毒であれば『小説家になろう』ではなくSNSに参加すべきです。
そして出来れば、この長期充電期間中にも他の作者様の作品に感想を残したり、活動報告を書いたりして細々とで構いません、『小説家になろう』様との繋がりを保っておきましょう。一度行くのを辞めた集まりほど、顔を出すのが苦痛になるものはありませんからね。
●『読んでもらうためには』
あなたは、どんな思いで作品を作っておられるでしょうか。「こんなことを伝えたい」「こういう物語って面白いんじゃない?」もしくは「ただ書きたいんだ。伝えるとかどうでもいい、ただ書きたいんだ」という方もいらっしゃることと思います。
この小文をお読み下さっているあなたは、少なくともご自分の作品を面白いと思って筆をお取りのことと思います。しかし、どれだけ自分の作品を愛していても、客観的に見てくださる読者様の存在なしにはその矜持を保つことは難しいのではないでしょうか。なぜなら、ひとの目に触れない作品は「なかったもの」になってしまうのですから。
自分にとって、「誰かに読んでもらえる」「感想がもらえる」「投稿しやすい」という『小説家になろう』様は小説を投稿するのに絶好の場でした。大変感謝しております。投げ出しやすい自分ですが、一日に一アクセスでも「ああ、読んでもらえているんだ」と目に見える形での成果が次の投稿に繋がりました。
さて、この『小説家になろう』様のサイトにおいてアクセスを増やすためにはどうすればよいのでしょうか。そう、ここが本題ですよね。
まずは『小説家になろう』様の助言にもあるとおり、「自分の作品を売り込むこと」です。
ツイッター、活動報告、有志様による掲示板。
この辺りでしょうか。さて、「売り込んでいるのに読んでもらえないのですが」という方に、二つ助言があります。一つは出来ることならすぐに始めてください。もう一つの助言は、耳に痛い言葉もあるかもしれません。まずは、痛くない方から始めましょう。
●『二つの助言』
「お前ごときが助言するのか」とお感じでしょう。「お前はどうなんだ」とも。
あえて言いますが、助言はしても自分で実行してはいません。実行はしたいと思っていますとも。しかし「見るのとやるのは大違い」と言うように、小織には少々難しかったのです。
「助言その一」
★活動報告・ツイッター・感想欄に面白いコメントを残す★
小織は新着の活動報告には目を通しています。そして、そこで「面白いな」と感じた作者様のページにお邪魔し、活動報告や作品に目を通します。そうして出会った素敵な作品も多いです。
活動報告を一言二言で、しかもその作品のあらすじも載せずにすませてしまうのはあまりにも勿体ないです。活動報告一覧では最初の数行が見られるようになっているので、ここで是非目を惹くような文章を載せましょう。これこそ「売り込み」です。
また、小織は好きな作品は必ず感想ページを覗きます。そこで面白い感想を残している人や、同じようなことを考えているな、と感じたらその方のマイページにお邪魔します。人間、面白いもので、何度も登場している名前や親しみを感じた人間の情報を蓄えていきます。
恋愛でも言いますよね、「惚れさせたければ会う回数を増やせ」って。それと同じです。気の利いた感想や、丁寧な感想、好意的な文字は目に留まったときに良い印象を残します。
一言で表すならば、そう、「作者買い」してもらうのです。
「作者買い」をしてもらうために、注目を集めるような文章を書きましょう、作者像は作り上げることも出来るのです。小織も面白みのない人間なので、面白いことなんか言えませんし。ですが、少ない脳みそで「興味を持ってもらえそうなこと」などを書くように頑張っています。
これはコミュニケーション能力を養うことにも役立つでしょう。
「助言その二」
★作品の精度を上げる★
ああ、耳が痛い…。ちょっとびょういんにいったほうがいいかもしれない。
これはもう、何とも言えませんね。しかし、あなたが読書好きの文筆家である場合、「好みの文章」があるでしょう。その文体の作者様の作品と見比べてみて、自分の作品はどうでしょうか。小織はずっとそれを考えつつ書いています。
とはいえ、精度を上げることなどすぐには出来ません。推敲の大切さを知りつつ、投稿ペースの兼ね合いで不十分なときも多々あります。
精度の高い文章とは何でしょうか。
誤字・脱字をなくすこと、同じ字を用いての表現を重ねないこと、横書きの場合は適切に文を区切ること、セリフと地の文は一行空ける、など、もちろん努力するべきことはあります。
よくある助言です、これを心がけるだけで格段に読みやすくなることはあるでしょう。
しかし小織は「作者がどんな場面を演出したいのか把握している」ことだと思います。
場面にも起承転結があります。
伝えたい情報があって、それにドラマを肉付けしていくのです。「ここは盛り上がるぞ」という場面があって、たとえば戦闘が始まるよ、という場面で「全部描写して欲しい、そこはキリがいいとこまで!」となるのか「いや、ここで切って次話への期待を盛り上げるぞ!」にするのか。
好みの問題もありますが、更新頻度が低いと切られますね。
上記は戦闘についてでしたが、日常回についても同じことが言えると思います。
戦闘のないほのぼの日常系作品において、キモとは何でしょうか。キャラクター、会話のテンポ、描写でしょうか。では、山場の少ない日常回、どうやって読者様の気を引くのでしょうか。
小織は「とにかく文字数を、描写を増やす。そして喜怒哀楽でキャラクターの魅力を表す」ことだと思います。もう、ドジをやらかしたり呆れさせたり、何かその一話に「これだ!」と思う演出を入れたいですね。特に登場人物の多い学園ものなんか、最初からドバッと出すとワケが分からなくなりますし。
長いと感じても、キャラクターの考え方やセリフは増やしておいた方が良いと思います。日常系に求められるものは「キャラクター」「掛け合い」なのですから。
人間の営みには、作品には、目新しいものはほとんどありません。しかし、それでもなお愛される作品はあります。まずは文章量を増やしてみませんか? それが増せば増すほど、読者様が「お、ちょっと気になるかも」と思ってもらえる点が生まれるのです。点を増やしていけば、読み進めてもらえる可能性は広がります。そして、読み進めてもらえれば今度は「好きだ」と思ってもらえるかもしれません。
●『小織のやりかた』
参考になるかはひどく疑問ですが、小織の作品作りのやり方を書いてみましょう。
再三にはなりますが、小織には文才がありません。このエッセイも取り掛かってすでに三時間です。こんな具合では他の作者様の描写を真似するなんて、とても出来るものではありません。本当はそうせねばならないのでしょうが、メモしたりなどは、読んでいると忘れてしまって後で気付きます。アホですね。
そして見たことや想像出来ることしか書けません。だからこそ小織はセリフや人物描写に重きを置くことが多いです。
妄想して妄想してメモして、妄想に順番をつけて妄想を重ねてもっと確かなものにして、セリフを書き出して描写して、それを繰り返すことでメモとメモの間を埋めて完成させています。
無駄なやり方でしょうか? どうなんでしょう。
妄想に順番をつけるだけでストーリィの骨子が生まれています。作品にメッセージ性を盛り込みたく思いますが、時々それを忘れてキャラクターを追っているだけになることもあります。小織にはそういう「はみだし」た部分が特に多いです。しかし、そういうところも自分では好きなので直したくないです。
ここで上記の「助言その二」にも書いたのですが、「人間の営みには、作品には、目新しいものはほとんどありません」ので、この「はみだし」た部分こそが「個性」ないし「特徴」足りえるのではないでしょうか。
作品というのは、最終的に「フィーリングが合うか合わないか」です。自分が面白いと感じる作品というものは、「以前読んで面白かった物語に似ている」「キャラクターが好き」「作者が好き」「特にここのシチュエーションが好き」などがあるのではないでしょうか。
もちろん、「嫌いだけど上手いのは認める」という作者や作品はあるでしょう。それでも出来ることから始めるのならば「自分が読んで面白い」部分を認めてくれる読者様との出会いを大切にするべき、なのだと思います。
●『なぜ書くのか』
小織は昔から物語が好きです。自分もまた小説家になれたらと思ってきました。しかし、文才もなく、完結まで至る作品も少なかったのです。しかもテーマに沿って書くことは苦手でした。それで小説家になれると思う方がどうかしています。
それでも、「読んで欲しい」という思いは持ち続けていました。なぜか。自分の生み出したキャラクターたちに愛着がありました。自分で読んでみてその作品を面白いな、と感じました。
そして、「この生み出したものをアウトプットしなければ、形にしなければ、全部なかったことになるんだなぁ」と思ったらとても苦しくなりました。
他人と関わるのに、どこまで踏み込んでよいか分からない自分は、診断はしたことがありませんがどこか歪だと自覚しています。認められることの少ない人生でした。こんな自分に構ってくれる理解者にも、本当の心を全て見せたことなんてありません、だって、離れていかれたら死んでしまいます。
それが分かっていても、いや、分かっているからこそ小説を書くのです。自分の生み出した作品を少しでも「面白い」と言ってもらえたならば、「自分」は認めてもらえなくても「自分の一部」は認めてもらえますからね。
あなたは、過去に書いた作品や設定やイラストを見られたら「恥ずかしくて死んでしまう」と思いますか? 小織は思いません。たとえ見られても恥ずかしくないです。残してあるものは、一応は「満足している」出来のものだからです。笑われたら嫌ですが、見てもらう分には大歓迎です。だってそれは「生きていた証」だから。
『I’m alive』
小織の作品である『魔王子は女騎士の腕の中で微睡む』の主人公、ルベリアに託したメッセージは、この一言で表せると思います。
●『結びに』
いま、まさに執筆における「生みの苦しみ」を味わっているあなたに言いたい。どうか自由に、その空想の翼を広げて物語を書き綴ってください。そしてどうかあなたが生み出したものを愛してください。手直しをするのも、もう一度生み直すのも構わないと思います。
けれどどうか、なかったことにはしないでください、それはあなた自身でもあるのですから。
そしてあなたの面白いと思ったものを伝えてください。教えてください。
生きる意味を。その喜びを。
あなたの心のかたちを、教えてください。