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milk  作者: 佳月 古都葉
1/1

side A


『会いたい』



連絡してから30分。

時刻は夜10時すぎ。

すでに見慣れた扉の前で、1つ深呼吸。

合鍵はもっているが、内側から開けてほしくてチャイムを押す。



はぁい。と小さな声と共に扉が開き、笑顔の彼女が顔を見せた。


「お帰りなさい」


彼女の笑顔と対象的に、自分の眉間に皺がよるのがわかる。


「誰だか確認してから開けろって、いっつも言ってるよね?」


危ない奴だったらどうするんだよと言うと、だって誰だかわかるもんと笑う。

いつもとかわらぬやり取りに、ささくれだっていた気分が少し和らぐ。


先に立って部屋に戻る彼女を、後ろから抱き締めた。


「ただいま」


肩口に顔を埋めて呟くと、小さく笑った彼女がお帰りなさいと腕にしがみついてきた。




「お腹はすいてない?何か食べる?」


おんぶお化け状態で部屋に戻ると、腕の中から僕の顔を見上げた彼女が聞く。


「うん。すいた。食べる」


まるで小学生みたいな答えだと思いつつ、抱き締める腕に力をいれる。


「わかった。今用意するね。・・・ねぇ、ちょっと離してほしいんだけど?」

「えー。やだ」


腕から抜け出そうとじたばたと彼女がもがくので、更に力を入れた。

引っ張っても外れないのでばしばし叩きだす。


「もう!離して!ハウス!大人しく座ってなさい!」

「犬扱い!酷くない!?」「酷くない!ほらほら、お座り」

「更に酷い!」


じゃあ犬らしくするかと、かぷりと首筋に噛みついたら、うぎゃっと叫んだ彼女にはたかれた。




「いただきます」

「はい。召し上がれ」



ローテーブルの上に、小さなおにぎりが3つ、金平ごぼう、お浸し、ワカメの味噌汁。

すべて胃におさめると大分肩の力が抜けた。


「ご馳走さまでした」

「お粗末様でした」


食器を洗う音と彼女の口ずさむ歌を聞きながら、ぼんやりと視線を漂わせる。


しばらくすると、片付けを終えた彼女がカップを2つテーブルに置き、隣に座った。

僕用のホットミルクに彼女用のホットココア。



こてん。と甘えるように僕に寄りかかる彼女の暖かさとホットミルクの甘さが、じわじわと心に染みて泣きそうになる。

彼女の手が優しく背中を撫でる。それに甘えてぎゅっと目を閉じた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



彼女とは生まれた時ー正解には母親のお腹の中にいる頃ーからの付き合い。所謂幼なじみ。

父親同士が親友で、介して出会った母親同士も仲良くなり、預けたり預けられたり旅行に行ったりと、家族ぐるみでのお付き合い。

彼女の兄と僕の兄もまとめて4兄弟扱いで育った。

そんな中、彼女は末っ子女の子として両親ズ兄ズの愛を一身に受け可愛らしく育つ。

もちろん僕も愛され可愛がられた。

ーーが。

父ズは


「男は泣くな」

「女を泣かすな」


を信条としていたので、上の男3人と彼女では若干扱いに差があり、そして父ズの信条に反して僕は泣き虫だったのだ。


父ズ兄ズの前で泣くと怒られるー今考えると理不尽だよね?ーので、ある程度知恵がついた後は人前では泣かなくなった。

泣きたくなると部屋に直行し、机の下に隠れて泣いていたのだ。


人前で泣かなきゃおっけー。父ズの信条を自分ルールに曲解して1人で泣いてたはずだった。


はずなのに。


気付くと、こっそり泣く僕の部屋に彼女が乱入ーといっても、僕にホットミルクを渡して、自分の分を大人しく飲んでいるだけだがーしてくるようになった。

泣いてる僕を、怒るでも呆れるでもからかうでもなくて。ただ傍にいてくれて。時々頭や背中を撫でたり抱き締めたりしてくれて。


そんなこんなで、泣くのも浮上するのも彼女が隣にいるのが絶対条件になり。

それが小学中学高校と続いた高校2年の夏。


僕は観念した。



「僕が泣けるのも立ち直れるのも君の隣だけだから、ずっと傍にいてほしいんだけど」



マンガやドラマの王道パターン。幼なじみカップル成立。


母ズは大喜び。

父ズは変な虫がつくよりいいかと言いつつ渋い顔。

兄ズは一発づつ僕を殴り、泣かしたらわかるよな?と黒い笑顔をみせた。


そのまま付き合い続けて大学生から社会人。

1度は自立をと、お互い1人暮らしーまあ、半同棲みたいなもんだけどーして、今にいたる。


流石に学生時代ほどではないものの、やっぱり落ち込む事はあるわけで。

そしてやっぱり彼女が浮上させてくれる。

もう離れられないし、離すつもりもない。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ブー ブー


遠くで鳴る振動音に、うっすら目を開けた。

あのまま寝ちゃったのかと身動ぎすると、重みと温もりを感じる。首だけ動かし横を見ると、彼女が僕に寄りかかって眠っていた。

膝の上に本が乗っているところをみると、読みながら眠ってしまったのだろう。そっと腕を引き抜き、彼女がかけてくれたのだろうタオルケットごと、腕の中に抱き込んだ。


先程までの鬱々とした気分が嘘のように心が軽い。

彼女の温もりと寝顔に幸せを感じる。


ブー ブー


再度鳴る振動音に、舌打ちをしたい気分で床に放りっぱなしのスマホを拾い上げた。


『限界。そろそろ戻れ』


画面上の文字にため息をついて、腕の中で寝息をたてる彼女を見つめる。


起こしたくないんだけどなぁ。


このまま寝室に運ぼうかと考えていると、彼女の瞳が開く。


「ごめん。起こしちゃった?」


何かを考えるように瞬きする彼女に小さく問いかけると、がばりと体をおこした。


「ごめんなさい。1時間くらいしたら起こそうと思ってたのに、いつの間にか寝ちゃったみたい」


申し訳なさそうにうなだれる彼女が可愛くて、とりあえず抱き締めてキスしておいた。



冷たい水で顔だけ洗い鞄を掴むと、紙袋を渡された。


「お弁当。夜食でも朝食でもいいから、ちゃんと食べて。コーヒーばっかりじゃダメだからね!」


仕事が佳境に入ると、寝食忘れコーヒーのみで生活してしまうのを心配してか、怖い顔を作り小言を言う。

・・・怖くないしむしろ可愛くてどうしよう。

笑ってしまいそうに口元がゆるんだのを見つけられ、むぅぅっと不機嫌になりかける。

慌てて頭・額・瞼・頬と順番にキスを落とし、腕の中に抱き込んだ。



「ありがとう。ちゃんと食べる。早めに終わらせて帰ってくるから待ってて」


そう囁くと、仕方ないとばかりに力が抜け、彼女の腕が僕の背中にまわる。


「お仕事頑張って。でもあまり無理しないでね」


最後の充電にと強く抱き締め唇を重ねた。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


彼女の笑顔を見てから扉を閉じる。


外へでると、来るときには気がつかなかった月が輝いていた。

満月に少し足りない月が、夜道を照らす。


早めに仕事終わらせて、彼女とお月見でもしようかなと考えながら、タクシーを止めた。

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