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成り果ての理想郷  作者: 棟崎 瑛
第0章 幕開けの準備
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第08話  『出発の時』

 初めて一人で遠出をした時の思い出は今でも覚えています。

 溢れんばかりの喜びと底知れない不安。もしかすると彼もそんな思いなのでしょうか。

 書類に自らのサインを書いたことで承諾書を完成させた渉斗は横据から実験について詳しい概要を教えられていた。


「まずタイムスリップの特徴から説明させていただきます。そもそも錫巳君は先ほどの一回が初めてのタイムスリップだったのですね?」


「はい、何だったんですかあれ?」


「タイムスリップの特徴はまず、自分が予知夢で見た場所にしか転送されません。貴方は一体どのような夢を見ているのですか」


 ここ最近特に頻繁に見る夢を思い出す。


「よく見るのは・・・・・いつも戦場のような場所です。そこでどこかで見たような人達が戦ったりしてます。・・・あと、静森の顔も見たりします」


「調査通りですね。一度貴方の脳波を秘密裏に検査した時にも似たような結果でした」


 横据の衝撃の事実に渉斗は完全に横据の事を信用しなくなったのはここだけの話だ。


「恐らく君が先ほど転送した場所もその戦場に近しい場所だっただろう。そうそう、先ほどから転送と言っているがこれは実際に身体ごと転送されるわけではない」


 東瓦局長の説明に疑問を感じる。ならどうやって未来に自分達は行ったのだろうか。渉斗はこの目でしっかりと未奈自身が過去から来ているのを見ている。


「分かりやすく説明すると思念体の一種だ。君達能力者にとってはタイムスリップは夢を見ている感覚に近いらしい。先ほども君は数分と言ったが我々が見ていた君達は一秒にも満たなかったぞ」


「思念体・・・・ですか」


 いまいちピンと来ない表現に頭を悩ませる。


「原理としては、因果関係ですよ。能力者が夢で行ったこと、これらは超常的現象により現実世界と結ばれるのです。貴方方が持っている能力は正確にはタイムスリップではなく、予知夢の世界での出来事を未来の現実世界とリンクさせ、結果的に未来でもその出来事が発生する。そういった能力なんです」


 横据の科学的な説明を聞いてもそもそもとして先ほどまで疑心暗鬼だった渉斗には理解できなかった。


「知識を持っていない君が理解するのは難しいだろう。要は予知夢で自分達が行ったことは全て未来の現実世界でも同じことが起きる。これだけ分かってもらえれば結構だ」


 未だに、(にわ)かには信じ難いが、渉斗も自分が知識不足なのはよく分かっているのでそういうことなのだと言い聞かせた。


「では本題に戻ろう。我々は君が見ている予知夢をより客観的に調査した結果、ある程度の未来の状況を把握した」


「本当ですか!?」


「ああ。まず、日本は君が見た通り、戦争に近い状況にある。原因は不明だが何らかの事件が発端で外国との衝突があったのだろう。そしてその戦争に君の知り合いも参加している」


 思わぬ事実を告げられている中、渉斗はどこか納得したような面持ちで話を聞いていた。


「そしてその主犯格。その人物は必ず何処かで君と接触を図る。・・・・・これ以上は我々にも分からない」


「ここからが大事なのですが、このタイムスリップ、どうやら目を覚ますのには条件があるようでしてね」


「条件なんてのがあるんですか?」


「ええ。美奈のときには”再会”。これが条件でした。この再会とは君とのことでしょうね。再会というくらいですから未来の未奈の目的なのかも知れないですがそこは未だ不明です」


「それで、俺の条件ってのは何なんですか?」


「”終焉(しゅうえん)”だ」


 終焉、それが意味することは何なのか。


「我々はこの終焉が、この戦争の終結を指していると考えた。君が主犯格と接触するのも、これと関係しているはずだ」


 東瓦局長の考えはとても的を射ている考えだろう。

 しかし渉斗にはその考えが間違っているような気がしてならなかった。もっと違う、他の終わりを指しているんじゃないかと。


 それを言おうとしても何故か口は動こうとしない。そうしている間に、彼の頭からは自然と何を言おうとしていたのかも忘れていった。



  ――――――――――――



「さて、ここからは今回の実験内容について話そう」


 そう言うと、東瓦局長は自身の鞄から今度はタブレット端末を取り出した。それを化学室に設置してある大型モニターへと接続させる。


「今回君達に受けてもらう実験の目的は能力者の発動時の観察と検証。まあ、このことについては君達に話す必要はないだろうから割愛させてもらう」


「では続いて、実験方法について話させて頂きます」


 渉斗にとっては、これからが本題といったところだろう。気が付くと、いつの間にか未奈は渉斗の真横に座って話を聞いていた。


「未奈は既に体験しましたが、実験中はもちろん貴方方には寝ていてもらいます。そして今回は何と言っても二人での実験ですからね。出来るだけリンクするためにも二人には肌を触れ合いながら、具体的には抱き合いながら寝てもらいます」


「・・・・・・え?なんて?」


「ですから、二人での実験になるので出来る限りリンクを強くさせるためにも二人には抱き合う形で寝てもらいます」


「は?いや、抱き合う?こいつと?え、いや、ちょ―――」


「わたしはかまわないわ。渉斗といっしょにねたい」


「おま、お前まで何言ってるんだよ!?」


 渉斗は先ほどまでの冷静さを一気に欠いて今日何度目かも分からない困惑を見せている。

 そんな様子を微笑ましいように見ていた東瓦局長だが、ここでついに口を出した。


「君でもそんな年相応の反応をするのだな。天下無双のレジェンドも形無しか」


 ひとしきり笑い終わると事の収集を始めた。


「これに関しては我慢してくれ。これは数値的にもベストの形なんだよ。それに構わないだろ、めったに見ないぞこんな美人は。君も青少年ならば恥ずかしがらずに喜べ」


「何勝手なこと言ってるんですか・・・・・・・・はぁ、わかりましたよ。ここまで来たらこれくらい我慢しますよ」


 苦渋の決断の末、渉斗は東瓦局長の思惑通り妥協した。

 いつもはいたって冷静な渉斗だが、どうも東瓦局長もとい東瓦柔蔵という男の前では調子が狂う。


「ありがとう。君の献身的な対応に感謝する。続いて今回の実験に使用する薬品を紹介しよう。横据」


「はい、今回使用する薬品ですが我々調査局が独自に製造した物を使います。この薬は能力者の能力をある程度向上させる効力があります。副作用として急激な睡眠状態に陥りますがむしろ好都合でしょう」


 横据が出した小瓶の中には紫色をした液体状の薬品が入っていた。日光に当てられた薬品から反射する光が怪しい雰囲気を漂わせる。


「これを・・・・飲むんですか?」


「はい、一人一本ずつ飲んで頂きます。ご安心ください、独自に製造したと言ってもWHOからの正式な認定が出ていますので」


 渉斗が何を言いたかったのか察したらしく横据は薬の安全性を示した。

 それを聞いた渉斗は安堵したが、そもそもよくも知らない薬品を摂取することに今更ながら抵抗を感じたのだった。


「説明は以上ですが何かご質問は?」


「何時何処でやるんですか?」


 一番最初から気になっていた疑問を投げかけた。


「日時は今晩の19:00から。場所は鳴山高校旧校舎にて行う」


「今夜からですか。しかも旧校舎で?」


「我々が鳴山高校から秘密裏に提供して頂いている研究スペースなんだ。君が未奈と会ったのもそういうことだよ」


 二度目――正確には過去の未奈に会ったのだからむしろ一度目なのだが――に未奈とあった場所が旧校舎だったのを思い出し、なるほどと納得した。


「・・・・ではこれにて説明を終わりとする。錫巳君は夕飯を済ませ次第指定した通り来てくれ。念のため言っておくが、このことは内密に」


 彼の言葉に渉斗は強く頷く。それを確認すると東瓦局長は出していた物をすべて仕舞い、化学室を出て行こうとする。彼の後ろには横据と未奈も一緒だ。


「錫巳君。君の協力に感謝する。ありがとう」


 そう言うと、彼は扉を開け廊下へと姿を消して行った。


 ――――――――――――


 その後、友人達とは会わずに帰宅した渉斗はスーパーで買ってきたカツ丼を口にしている。

 母親が入院しているため実質一人暮らしの渉斗は周りの高校生よりも比較的家事の出来る少年だが、さすがにカツ丼を作るほどの手間を今日は掛けられない。

 何か大事なことがある日にはいつもこうしてカツ丼を食べている。古典的な験担ぎだが、母が昔からそうしてくれていたせいかこれが習慣付いている。


「うっし、ご馳走さまでした」


 手を合わしてそう言った後、食器の片づけを始める。

 一人しかいないアパートの一室でこうして片付けている、いつもの生活。そんな中でも渉斗の内心はそわそわとしていた。彼もやはり緊張しているということか。


 私服の上からジャケットを羽織る。バイクに乗るときによく着ているものだ。

 学校までなのだから自転車で十分なのだが、渉斗は心を落ち着かせる時にはいつも距離に関係なくバイクに乗る。


「フゥー・・・・・行くか」


 無駄な雑念を取り払い腹を(くく)った。自分の命が掛かっているのにこうも簡単に決められる高校生がいるだろうか。

 しかし先ほど掛かってきた母からの電話で、母が無事移動になることを聞いた瞬間から彼の覚悟は決まっていたのだ。


 部屋の明かりを消して必要なものを取ると、彼はいよいよ出発するために玄関の扉を開けた。


「じゅんび出来たの?じゃあいこ」


 開けた先には未奈が立っていた。

 突然の出現に声を出しそうになった渉斗だが何とかそれは堪えた。


「お前なんでこんなとこにいるんだよ!?旧校舎の方にいるんじゃなかったのか?」


「わたしはべつにあっちにいるなんて言ってない。むかえに来たの」


 てっきり旧校舎のほうで待っているのかと思っていた渉斗だったが、彼女の屁理屈にも似た話を聞いて呆れていた。

 彼女が迎えに来たと言ったので外の方を見てみると、そこには乗り物らしき物は何もなかった。


「ところでお前、どうやってここまで来たんだ?」


「あるいて来たの」


「学校からか?そりゃあ遠かったろ。・・・・ん?そもそも何でお前俺の家知ってるんだ?横据先生からにでも聞いたのか?」


 彼女にはもちろん自分の住所を教えた覚えはない。だとすると色々と裏で自分の事を調べていた横据から教えられたのかと考えた。

 しかし彼女の返答は予想外のものだった。


「ううん、夢で見たの。よく渉斗の家にいってたから」


「そう、なのか」


 歯切れの悪い返事しか出来なかったが、それを忘れるように渉斗は首を振って一旦部屋に戻った。しかしすぐに出てくると、手には2つのヘルメットを握っていた。


「ほれ。お前も乗ってけよ。バイクで行けばすぐ着くぞ」


「うん」


 渡された赤いヘルメットを胸元に抱えながら未奈は渉斗の後ろについて行った。


 アパートの駐車場、その一角に駐車されてある黒色の中型バイク。

 渉斗は亡き父親の残した愛車にまたがりエンジンを作動させると、未奈の方に手を差し伸べる。


「ありがとう」


 その手を触れるように握ると未奈もまた渉斗の後ろにまたがる。


「ヘルメットはちゃんと被ったな?よし、しっかり掴まってろよ―――っ!」


 未菜は言われた通り渉斗の体に抱くような形で掴まる。

 彼女の体の柔らかい感触と共に彼女の温もりを直接感じ取ったせいで渉斗の心臓は一気に加速した。

 飛鳥を乗せた時にも似たようなことがあったがそれとはまた違う、説明のつかない懐かしさや安心感。


 なんだか恥ずかしい気分になってきた渉斗だったが、それを振り払うが如くバイクを発進させた。


「わたしはよく渉斗といっしょにいる夢をみてた。渉斗はどんな夢をみてたの?」


「俺は・・・・化学室でも言ったように、よく戦場で戦っている人達の夢を見ていた。時々、お前の顔が出てきたこともあったな」


 ヘルメットを被っているせいか二人とも声がこもっていたがそれでも二人の距離はそれを無視するように近かった。


「わたしの夢はほとんど渉斗といっしょにいる夢だったわ。でも渉斗の夢にわたしはでなかったの?」


「出なかったって、お前・・・・・まあ確かに高い頻度ではなかったかもな。お前の夢だと俺はよく出るみたいだけど」


「そう、ざんねんね」


 彼女の無感情な声音に「全然残念そうじゃないぞ」と笑って返したのも仕方の無いことだったのかもしれない。

 彼は運転中の身、振り返って彼女の表情を見ることは出来なかったのだから。


 ――――――――――――


「二人ともお揃いのようですね。ではまずこちらのヘッドギアを装着してください」


 旧校舎に入って早々、待っていた横据はそう言って彼らに機材を渡した。


「はい、それで結構です。ではこちらへ」


 ヘッドギアを装着し終えると横据はすぐそばの扉を開けて入るよう促した。


「やあ諸君、座ってくれ」


 中で待っていた東瓦局長に言われた通り二人は傍にあったソファに腰を掛けた。

 部屋の中は外見からは想像出来ないほど綺麗に整っていた。機材が敷き詰められている場所もあるが配線コードが見えない分、それが一種のオブジェにも見える。


「今着けて貰っているヘッドギアでリアルタイムに君達の脳を検査させてもらっている」


「計測結果が出ました。特に以上はありませんね。おや、少々錫巳君の鼓動が速いようですがどうかなさったんですか?」


「・・・・お気になさらず。少しエンジンの熱に当たっただけです」


 もちろん先ほどの理由で鼓動が速くなったなど言えないので咄嗟に思いついた嘘で誤魔化した。

 その嘘に気づいてないか、あるいは気にしてないのかは分からないが横据はそのまま作業に移った。


「検査は以上だがその装置は外さないでくれ。実験中は常時計測するのでね」


 すると東瓦局長が傍に置いてあったアタッシュケースを取り出して渉斗達の目の前に置いた。

 そのアタッシュケースはかなり大事なものらしく素人の渉斗でも何重にもロックを掛けているのが分かる。


 ロックを解除してアタッシュケースを開けると中には四角いボックスが入っていた。


「これはあくまでも鍵としての用途だが、この中にはとあるメモリーカードが入ってある。このボックスのロックキーには君の暗号認証、指紋認証、網膜認証、血液認証が施されている」


 その仰々しい単語の羅列に思わず手を握り締める。


「この中身の内容は、君達が過去から未来へと来たことを証明するデータだ。これを明日、恐らく未来で君達に協力するであろう人物に渡しておく」


 そう言って東瓦局長はそのボックスを渉斗に渡した。

 渉斗は恐る恐るそのボックスに手を伸ばしそれを見つめる。


「後は君の暗号設定を完了させればロックされる」


 東瓦局長の言葉を聞くと、渉斗はそのキーパッドに思いつた暗号を打ち込むとボックスの中の、恐らく鍵が作動したのが分かった。


「そのボックスを渡す人物は君には伏せておく。自分から言えば勘ぐられてしまうからな」


「その、協力してくれる人物ってのに俺達は会えるんですかね?」


「ああ、会えるとも」


 東瓦局長は自信ありげな表情でそう言ってみせた。


「二人ともこちらの部屋に来てください。二人にはこの部屋で寝ていただきます」


 横据に言われるがまま隣の部屋に入るとそこにはダブルベッドが置いてあった。なんとも不釣合いな光景である。

 それに先ほどまでいた部屋からはガラス状で見ることが出来た部屋だが、こちらからはただの壁があるようにしか見えない。


「こっちからは見えないようになってるんですね」


「ええ、出来るだけ落ち着いて寝たいでしょう?」


 確かにこちらから見えないという点に関しては一理あるが、そもそもあっちから見えているのが分かっている時点でその配慮はあまり意味を成していない。


「ではこれを。一気に全部飲み干してください」


 それを気にも留めずに横据は科学室で話していた薬品を渡した。

 二人は小瓶の蓋を開け薬品を一気に口へと含んだ。すると体内で何かが暖かくなったのを感じた。


『よし、能力の兆候を感知した。では始めてくれ。』


 天井に設置されてあるスピーカーから東瓦局長の声が発せられる。

 それを聞いた横据は部屋の扉を開けた。


「では二人とも、ご武運を」


 誰もいなくなり、部屋には渉斗と未奈だけが取り残される。

 渉斗も段々と眠気が近くなってきたのが分かった。


「いこうよ、未来に」


 未奈はその細くて華奢な腕を渉斗の体に絡ませる。バイクの時以上に感じる彼女の温もり。

 しかし不思議と、さっきのような恥じらいは感じられなかった。



「ああ、行こう。俺達の未来へ――――」




 やがて彼らの視界は暗闇へと染められた。






 ―――――――――――――――






 目を覚ました



 辺りには粉塵が舞い黒煙が浮かぶ


 どこか遠くで誰かの悲鳴が轟く


 見渡す限りが灰色の世界



 見慣れた世界だった。




「ここが・・・・十年ごの、世界」



「来たのか・・・・来てしまったのか・・・・。俺達は、未来に・・・・っ!」




 ――――――幕は開けた




 今回登場しました渉斗のバイクですが、正式に登場させるつもりですがこの場で名称を言っちゃおうと思います。YZF-R1です。

 以前にも言ったとおり作者はバイクについての知識はほとんどありません。これはバイクに詳しい友人に薦められた物なのでかなり軽い気持ちで登場させました。

 それと、いつも書かせて貰ってます後書き兼裏設定ですが、次回からは活動報告のほうで書かせていただきます。

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