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成り果ての理想郷  作者: 棟崎 瑛
第0章 幕開けの準備
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第07話  『選択は必然となる』

 選択。それは偶然のようで結局のところ、それは必然なのです。

 運命とはいろいろな意味で都合のいい言葉ですよね。必然の選択が積みかさなってできた一つの道を指し示すのだから。

「なっ・・・なんでお前がここにいるんだ?」


 横据に言われて科学室に来た渉斗だったが、そこには思わぬ先客が待っていた。

 ここ最近、彼の頭を悩ませている張本人である碧眼の少女がいたのだ。


「総助によばれたから」


「そうすけ?一体誰だよ」


 彼女のあまりにも説明不足な答えに彼は首を傾げた。”そうすけ”という一般的に見れば少なくはない名前のせいでその人物がより一層誰なのか分からなくなる。

 二人の噛み合ってない会話と数秒の沈黙を終わらせたのは科学室の扉が開いた音だった。


「総助とは私のことですよ」


 そこに現れたのは二人を呼び出した横据だった。渉斗は横据の名前が総助だということを今更思い出したが、正体が分かった今となれば意味のないことだった。

 それよりも気になったことがある。横据の後ろにいる男性についてだ。顔つきもそうだが、体つきもしっかりとしていて横据と一緒にいるとそれがさらに際立つ。


「さっそく気になっているようですね錫巳君。紹介します。この方はWHO(世界保健機関)公認の『国際非科学研究調査局』の局長を務めていらっしゃる東瓦(あずがわら)局長です」


「どうも錫巳渉斗君。紹介してもらったように私の名前は東瓦(あずがわら)柔蔵(じゅうぞう)、国際非科学研究調査局という組織を局長という形で運営させてもらっている」


「『国際非科学研究調査局』とは?」


 初めて聞いた組織の名前に疑問を抱いた。WHOが公認しているというのだからすごい組織だということは分かったが、具体的に何なのかがいまいち分からない。


「私達は非科学分野という、この長い人類史において未だ解決されずに未分類となっている現象について研究をしている。非科学分野とは、そうだな・・・世俗的に表現するならば”超能力”だとか”怪奇現象”にカテゴライズされる現象さ。そしてここにいる横据は非科学研究における世界的な第一人者なんだよ。彼とは大学時代からの仲だが関東支部の所長も任せていたビジネスパートナーでもある」


「え、横据先生が?大学の教授じゃなかったんですか!?」


「ええもちろん、私は昨年まで群馬にある私立大学の教授でしたよ。そこにある研究所の所長も兼任していましたしね」


 渉斗は横据の伝える衝撃の事実に終始驚きを隠せなかった。


「彼の経歴についてはまたの機会に話をしよう。それよりも今日は・・・君に話したいことがあって来た」


「俺に、ですか?」


 東瓦局長は先ほどまでの饒舌な口を口ごもらせながらも話を進めた。

 東瓦局長がどういった人物なのかは先ほど会ったばかりの渉斗には理解しきれないが、今の口調からただ事ならぬ話なのは嫌でも分かった。


「君には、我々が現在研究中の実験の・・・被験者になって頂きたい」


「―――え?」


「正確には、君の隣にいる未奈と一緒に実験を受けてもらいたと思っています」


「は?え、みなってこいつのことですか?てか実験って何の・・・・?」


 渉斗は傍から見ても混乱しているのが分かる。それを本人が分かっていないのがいい証拠だ。


「よくぞ聞いてくれましたね錫巳君!」


 横据は今までにないほどの笑みを浮かべて見せた。恐らく本職であろう科学者としての血が騒いだのだろうか。

 もっとも、渉斗にとってはその笑みが、マッドサイエンティストのそれに見えて仕方がなかったが。


「率直に聞きますが錫巳君、貴方(あなた)、とても奇妙な夢を何度も見たことがありますよね」


 まるで核心をついてくるような口調で()()ではなく()()をしてくる横据。


「そうですねぇ、具体的に言うならば、どこか見覚えのある方たちが戦っていたり、そこにいる未奈の顔を見たりしたことがあるでしょう?」


 渉斗は何も言うことができなかった。心当たりがないなら知らないと言い切るし、信憑性のないものなら下らないと一蹴できる。

 しかし、誰にも話していなかったあの夢について、ここまでも詳しく言い当てられたという事実こそが、彼を今の状態にさせている。


「・・・・・どうやら、心当たりがあるようだね」


 東瓦局長は渉斗の沈黙を肯定と捉えた。当の本人は答えを伝える余裕すらないのだが。


「な・・・なんでこのことを・・・・・いや、それよりも何処でこのことを・・・!?」


「未奈に教えてもらったんですよ。貴方()見ていると」


「っ!お前なんで――――」


 彼女を見た瞬間、彼女も渉斗を見ていた。その瞬間、彼は気づいたのだ。


 いつも見る夢に、必ずこの少女がいることに。


「・・・・・・・・ああ、そういうこと、か」


 渉斗は無意識にそう言葉を漏らした。

 それを聞いた東瓦局長は何か安心したように話を続けた。


「君が何に気づいたかは私には分からない。だが、そういうことだ。・・・・・・では本題に入るとしよう」


 やっと冷静になった渉斗は東瓦局長の話に耳を傾ける。


「私たちの調査と研究の結果、君の体にはある超常的能力が発現している可能性がある」


「それは一体・・・・?」


「予知夢、そしてタイムスリップ。これが私たちの調査結果だ」


「・・・・・・・・・・・・何、言ってるんですか?」


 言葉では表現できないほどの表情で渉斗はそう言った。先ほどまでの自分が馬鹿だったと言いたくなるような心境だ。


「そう思うのも当然だ。だがこちらとしては大真面目なんだよ」


「下らない。そんなことを言うつもりで俺を呼び出したのなら失礼させてもらいます」


 憤りまでもを感じた渉斗は椅子を投げ出すが如く机に戻すと、そのまま踵を返して出て行こうとした。


 しかしそんな彼の踏み出す足は、一人の少女に手を掴まれたことで止まった。


「まってっ!」



 

 瞬きをした瞬間、辺りは荒廃した地だった。彼のすぐそばには血だらけとなった死体がいくつも転がっている。


 ――――ここは、どこなんだ?


 少し目を細めると一人の少女が同じようにこちらを見ていた。


 ――――ここはきっと鳴山よ


 彼女が何を言っているのか、周りの銃声のせいでうまく聞き取れなかった。しかし何を言っているのかは聞こうとせずとも分かった。


 ――――なんで分かるんだ?


 何故自分でそう聞いたのかが分からない。自分もそう感じたのに。


 ――――なんできくの?わかってるくせに


 彼女はこの前会った時と同じように首を傾げて不思議がる。


 ――――ははっ、それもそうだな


 彼は意味もなく笑った。彼女の前では何も考えず無意識に笑ってられる。


 ――――そろそろもどらなきゃ


 彼女はそう言って彼の前から消え去ってゆく。


 彼はその瞬間、何か大事な、何かかけがえのないものをまたしても失う気がした。


 ――――おいっ!待ってくれ!未奈!―――――




 瞬きをした瞬間、辺りは数分前までいた化学室だった。


 何も変わらない、窓から見える(すずめ)の位置も、廊下から聞こえる足音の数も、少女の瞳も。


 ―――――――――――――


「・・・・・・・なんだよ・・・今の・・・・」


 突然の状況に呆然とする。


「どうやら、発動したようですね。タイムスリップが」


「今のが・・・タイムスリップ・・・・・?」


 先ほどからの笑みを絶やさず横据は渉斗に話しかけてきた。


「ええ。どういった原理かは現在調査中ですが、貴方と未奈はお互いの能力を共鳴し合うようです。今も、肌を触れ合っただけで体感における数分のタイムスリップが発動しました」


「確かに数分くらい突然変な所でこいつと話してましたけど・・・・・というか、何でいきなりいる場所が変わったりしたんですか!?」


 先ほどまでいたはずのあの荒廃した地。そんなところへ一瞬で行ったかと思えば、また一瞬にして戻ってきた。

 渉斗でなくてもこんな現象が起きたら混乱するに決まっている。しかし、そんな渉斗の疑問を横据は笑うように答えた。


「錫巳君、貴方もうご自身で正解を言っているではないですか」


「は?俺が?」


「ええ。貴方の言うその変な所、それこそが未来の鳴山の姿なんですよ」


 渉斗は未だに理解が追いついてない。横据の言っていることもさっきの現象もまるで何を言ってるのか分からないでいた。


「このままでは(らち)が明かないな。錫巳君、今さっき起こった現象はすべてが現実であり事実だ。君がどうしても信用できないというなら教えてやろう」


 ため息混じりにそう言った東瓦局長の表情はとても威圧的だった。


「君が入学式の後片付けをした時、旧校舎には美奈がいただろう。その美奈は、君が朝の巡回で偶然出会った当時の美奈ではなく、過去から、正確に言えば3ヶ月前に行われた実験からタイムスリップして来た美奈だったのだよ。君にも心当たりがあったのじゃないかい?そう、それこそが君の疑問の正解さ」


 渉斗はやっと理解した。

 朝に出会った美奈がまだ放課後でもないのに旧校舎に私服でいた。更に彼女は朝出会ったばかりにも関わらず自分のことを知らない。しかし彼女は当時式に参加していたというクラスメイトからの証言。

 これがもし、もしも目の前にいる人物が本当のことを言っているとしたのなら、全てのつじつまが合う。

 旧校舎にいた美奈が過去からタイムスリップしてきた未奈だとしたら渉斗のことを知らないのにも頷ける。そして式に参加していた彼女と旧校舎にいた彼女が同時に存在することにも。


「これで分かっただろう。君自身を含めた全てのことが現実だ」


「・・・・・一応理解しました。貴方たちが言うことも一応事実だと認識しましょう。けれど、それでも人体実験なんて真っ平御免ですよ!」


「人体実験ですか。人聞きが悪いですが本来の意味合いとしては間違っていないかもしれませんねえ」


 こんな真面目な雰囲気の場で横据だけが未だに笑みをこぼしている。本来の彼はこっちなのかもしれない。


「話を逸らすな。・・・・錫巳君ここからは交渉と行こう。聞いた話によれば君のお母さんはかなりの重い病気を患っているそうじゃないか」


 それを聞いた瞬間、渉斗には背筋に(とどろ)く悪寒とひとつの不安がよぎった。


「お前母さんをどうするつもりだ!!人質にでもするつもりか!?」


 一瞬にして東瓦局長の胸ぐらをつかみ大声で問いただす。

 それに対して東瓦局長はいたって冷静だった。


「我々は犯罪者ではない。君のお母さんに手を出すつもりなど君が断ったとしても毛頭ない。話を戻そう。君のお母さんの病気は知っている。そこら辺の総合病院では生命維持は出来ても回復させるには至らないだろう。治せる病院など海外の大学病院くらいだ。しかしそんな大金は持ち合わせていない」


 東瓦局長の話を聞き正気に戻ってきた渉斗は彼の胸ぐらから手を離した。


「ありがとう。どうやら君のお父さんは数年前に他界したらしいな。そのお父さんが残したお金でなんとか病院の治療代と家計をまかなってるそうだな。とにかく、今君には大金が必要。そう認識しても構わないか?」


「・・・・・・はい、その通りです」


「海外でも一番治る見込みがある病院を調べた。まずそこに入院するのに30万、手術に70万、手術後の治療費に40万、更にはおそらく手術後に最低でも1年は入院しなくてはならない。その際にかかる入院中の維持費に30万、そして最後には退院する時のお礼金として30万。私も調べて驚いたよ。こんな大金、君のような家庭の出せる金額を優に超えている」


 そんなことはもうとっくに知っている。渉斗は今まで何度もその病院について調べ、調べるたびに涙を飲んでいたのだから。


「――――そこでだ錫巳君。今回の件、もし君が受けてくれるというのならば。前金として君のお母さんの手術入院は全額こちらが負担しよう。そして実験が無事成功した暁には君の生活費諸々をこちらが援助する」


 渉斗は奇跡でも起こっているのかと歓喜した。しかしそれと同時にとてつもない不安に駆られた。

 確かにこれほどの金銭的援助はありがたいが、ここまでの報酬が準備されているほど彼らの行う実験とは危険性の高いものなのだろうか。

 このご時世、ハイリスクハイリターンあるいはハイリスクローリターンはあってもローリスクハイリターンがあるほど甘くはないことくらい高校生の渉斗でも分かっている。


「実験って、どんなことするんですか。こんなに報酬が大きいいんだ、簡単な実験じゃないに決まっている」


「ああ。率直に答えるならば危険性は極めて高い。と言うのも、今回の実験に根拠のある保証がどこにもないからだ。既に未奈によって小規模な実験は行ったが、あれはかなり短期間のモニタリングだった。しかし今回はその比ではない。今回の実験は恐らく数か月に及ぶと予想されている。さらにはタイムスリップ先での戦闘も予想されている」


 衝撃の回答に渉斗は歯を食いしばる。

 そんな渉斗に、決断を迫るように東瓦局長は自身の鞄から一枚の書類と一本のペンを取り出した。

 今時、紙媒体の書類とは珍しい。しかし紙媒体の書類は今でも秘匿性と隠蔽性(いんぺいせい)には優れている。つまりはそういうことなのだろう。


「さあ決めろ。先ほど言ったようにこの書類にサインをしてくれれば君を支援しよう。君が断るならば我々は大人しく引き下がろう」


 渉斗も一人の人間だ。自分の命は惜しい。

 しかし自分を父親が亡くなってから女手一つで育ててくれた母の元気な姿をこの目で見たい。





   ダンッ!


 決断は早かった。


 殴るようにして彼はペンを掴み自らの名を記し始める。


 東瓦局長、そして横据は安堵したように笑みをこぼす。


 少女だけが始めから同じ。この決断を知っていたかのように最初から彼を見据えていた。



「――――やってやるよっ!俺の命、存分に使ってみせろ!!」




 少年は運命の海に、自らの足で踏み入れた。




 作中で「今時、紙媒体の書類とは珍しい」と言いましたが、作中での時間背景としては現代の数年後、正確には2033年と設定しています。

 多分その頃なら多くのものが電子機器で代用されているでしょう。今でも紙媒体の書籍と同時に出版社が電子書籍として販売しているくらいですからね。

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