第06話 『一難去ってまた一難』
人間の思考の多くはご都合主義だといわれています。客観的に自分を見ることのできる人でも果てには自分の都合に合わせて考えてしまいます。
ですがその出来事の多くが自分の都合にそぐわないというものです。
樫堕を見事に成敗した渉斗達は、数分後に横据からの連絡で到着したらしい警察官たちに事情聴取も兼ねてビルの外で会話していた。
「それではこれにて事情聴取を終わらせてもらいます。お疲れ様でした」
時間にすれば大したことはなかったが状況が状況だったため緊張していた俊也と亮輔は軽口を叩きながら話し合っている。そんな二人と違い、未だに拭いきれない疑問を持っていた渉斗はその場を去ろうとしていた警察官を呼びとめた。
「あの、俺達の処分は?」
「いや、特にありませんが?事情は横据先生から聞いておりますので、貴方方が咎められることはありません。何か問題でも?」
「あ、いえ・・・・・何でもありません。失礼しました」
結局頭に残った疑問は解決できなかったがこれ以上口を出せば自分達の立場が悪くなると悟った渉斗は今度こそ去って行く警察官を見送ると、俊也達の元へ戻った。
「どうだったんだ?」
「なんもお咎めなしだってよ。どうにも怪しいんだよな」
「なんもねえんなら良いじゃないっすか。いやー、いいことするといい気分になるもんですね」
俊也はさて置き、亮輔はすっきりした顔でそんなことを言っていた。
「流石に考えすぎじゃないか?亮輔の言う通り何も無かったならそれに越したことはないだろう」
勘ぐりすぎだろうと俊也にまで言われてしまっては、渉斗も考えを改めるしかなかった。
「んじゃまそろそろ俺らもこっから離れますか?俺腹減ったんでどっか食いに行きたいんスけど」
「お、いいな。もう夜だしなんか食うか」
二人の意見に同意して渉斗達は近くの駐車場に停めておいたここまで来るのに使った彼らのバイクにまたがりエンジンをかけ始める。
夜とは言ってもまだ夕日が沈みかけている時間なのでバイクから放たれたLEDライトはその光を潜めている。
先頭は亮輔がとる。その後を俊也、渉斗の順で走行する。とりわけ意味のある順列ではなく自然と勝手に組まれた順列だったが、それが彼らにとってはしっくりくるものだった。
――――――――――――――
翌日、学校に登校すると思わぬ事態が待ち受けていた。
「何だこれ・・・・・?」
学校の正門では警察のパトカー、さらには有名な報道局の車が何台も駐車されていたのだ。
「すごいね、これ。私テレビ局の人初めて生で見た」
独り言のつもりで渉斗は言ったのだが一緒にいた飛鳥はそれを話しかけられたと思い返事をした。
彼らがそんな会話をしていると記者らしき人物が何かに気づいたように渉斗達の方へ走ってきた。
「錫巳渉斗さんですよね!?今回の表彰について一言よろしいでしょうか!」
「はっ!?表彰!?」
録音機を押し付けるように迫り来る取材陣の放った言葉の意味が分からず戸惑う渉斗達。
「そちらにいる美女は彼女さんですか?八神高校の不良生徒を一緒に退治したという相沢俊也さんは一緒じゃないんですか?」
「えっ、美女?彼女!?いやっ、そういうのじゃ、でもそういうのも・・・・」
「こいつはただの友人ですし、俊也は今日は一緒じゃないです!どいてください!!」
なぜか顔を赤らめて恥ずかしがっている飛鳥を尻目に渉斗は圧の籠った怒号を響かせた。
しかし流石はプロといったところか。渉斗の怒号に顔を引きつらせこそしているが、一歩引くどころかその勢いを増した。
「どきなさい、登校の妨げになっているだろう!」
すると奥の方で待機していた警官達が取材陣を掻き分けて渉斗達へ道を作ってくれた。
見れば昨日事情聴取を担当していた警官もいるではないか。
「ここはこんな状況だし君達も早く行きなさい」
「はい、ありがとうございます」
警官達にお礼を言いながら逃げるように安全区域らしき下駄箱へ入り込んだ。
「突撃取材とかされる芸能人とかってあんな感じだよね。朝からお疲れ様二人とも。はい、これ」
「他人事だからってよ・・・・・ん?なんだこれ」
彼らが下駄箱へ駆け込むとそこには光貴がいた。そして彼に渡されたのは号外と書かれた新聞部のプリントだった。書かれていた内容は、
『我らが風紀委員長たちがまたしても不良を成敗!錫巳渉斗君と相沢俊也君が遂に感謝状を受賞。本日昼休みに校長室で表彰式を行うとのこと。』
「・・・・・・は?」
その厳つい顔をさらにしかめた表情から自然と言葉がこぼれた。
意味が分からなかった。恐らくこの感謝状が昨日の一件だというのはなんとなく分かった。しかしそもそも昨日の一件が感謝状を貰えるほどのものとは思えない、むしろ反省文を書いてもいいくらいだ。
「あ、やっぱり知らなかったんだね。まあ僕も朝これを見て知ったんだけどね。多分あの報道局の人達もこれに駆け付けたんだと思うよ」
渉斗に渡したプリントを指さしながら次に取材陣を指さしてみせた。
そんな彼らの元に随分とガラの悪い少年が近づいて来た。
「ったく、なんで俺を呼ばなかったんだよ。聞けば亮輔のヤロウも一緒だったらしいじゃねえか。呼べばあのクソ生意気な樫田を一発で終わらせてたのによ」
彼は火神伸介。鳴山高校で俊也と一緒に唯一渉斗と対等に張り合うことのできる不良生徒だ。そんなこともあり他校からは”鳴山の狂犬”という何とも言えない二つ名がつけられている。ちなみに本人はこの通り名で呼ばれると激怒するので彼の目の前でそう呼ぶ者はほとんどいないが。
「何言ってんだ。お前呼んだらそれこそ反省文じゃすまなかっただろ」
「はっはっはっ、違げーねえな」
伸介はそう高笑いしながらそのまま教室へと去って行った。
渉斗達もHRの準備をするため自分たちの教室へと向かった。
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渉斗達はその後昼休みに無事表彰式を終えた。渉斗は内心、正直言って予想よりも早く終わってよかったと思っていたのは仕方ないだろう。
だが残念なこともあった。昼休みが丸潰れになった、ということだ。休み時間が無くなったからと言って拗ねるほど渉斗は子供ではないが、今日に限ってはそうではない。
「委員会室行けなかったな」
そう、俊也が言った通り今日は昼休みに予定が入っていた。しかも渉斗にとっては個人的にかなり重要な用件だったのだ。
昨日来るはずだった”静森”という少女。彼女は昨日早退のため来れず、今日来る予定だったのだ。それがどうだろう、今日は待つはずの渉斗達が来れなかったのだ。
「そういやさっき横据先生になんか言われていたよな。何言われていたんだ?」
「ん?ああ、放課後化学室に来いってさ。なんか大事な話っぽい」
直接大事な話とは言われていないが彼の雰囲気からして重要な話なのだと直感した。
「そっか。んじゃまたな」
教室に到着したのでここで俊也と別れる。
俊也には一つだけ伝えてないことがあった。横据には渉斗一人で化学室に来るよう言われていた。
その意図は分からないが、それを伝える時の彼の雰囲気は今まで見たことのない彼だった。
・・・・・コンッ、コンッ
「錫巳です、失礼します」
渉斗は放課後、横据に言われた通り化学室に来た。
「こんにちは、渉斗」
静森 未菜は笑って彼を迎え入れた。
渉斗や俊也、亮輔は3人とも自分のバイクを持っています。僕はあまりバイクについて詳しくないので彼らの乗っているバイクを具体的に登場させるつもりはありません。ですが、一応渉斗の乗っているバイクだけは決まっています。
ちなみに、渉斗の乗っているバイクは彼の亡くなった父親の形見です。