第05話 『意味無き交渉』
午後の授業も終わり放課後になると渉斗はすぐさま鞄を持って教室を出ていった。
飛鳥は昨日と同じく一緒に帰るよう誘おうとしたが、彼の急いでいる様子を見て誘うタイミンを見逃してしまった。
「あーあ、行っちゃったよ。何で誘わなかったの?」
一輝が教室の出口を眺めながら、彼女にそう言った。
「だって忙しそうだったじゃん」
そう言った彼女の口調はいつも通りのはっきりとしたものだった。
だが彼女の瞳は、曇ったようにどこか悲しげだった。
――――――――――
「ごがっ!!・・・」
とある錆びれた廃ビルは、そんな嗚咽にも聞こえるような叫び声で満たされていた。
気を失っている少年と吹き飛ばされた鉄扉、それらを呆然と見ている数人の少年達とそれらを睨み付けるように見ている三人の少年達。この光景を表現するならそう表すのが妥当だろう。
やっと正気に戻った数人の少年達は何かを喚き散らすかのように殴り掛かってきた。彼らの最優先対象は三人の先頭に立っている、恐らくここに倒れている少年を殴り飛ばした少年であろう大男、もとい亮輔だった。
「そう焦んじゃねえ・・・よっ!」
彼はその巨大な体躯に見合わない俊敏な動きで、それら全てを捌ききった。すると彼はその豪腕を目にも止まらぬ速さで振る。それを食らった少年はなんとか腕で防いだ、つもりだったが亮輔の怪力はそれを意味がないと言わんばかりに少年を吹き飛ばしてみせた。
「相変わらずのパワーファイターっぷりだな、おい」
そう呟いたのは俊也だ。確かに亮輔の動きはスピードも速いがやはりその怪力が目立つ。
「やっぱアイツにはこの手の立ち回りが一番なんだよ。俺の動きを変に真似したってボロが出るだけだ」
「はは、手厳しいな。いいじゃねえか、教えてやってもよ。ああいうゴリ押しはいつか身を滅ぼしかねないしさ。てかお前に負けたのがいい例か」
二人が場違いにも談笑している間に亮輔はその場にいた少年達を全て片付けていた。
「終わりましよ、二人とも」
「手際いいな。・・・・よし、しっかりと手加減もしたみたいだし、行くとするか」
辺りで完全に伸びてしまっている少年達に目立った外傷がないことを確認すると渉斗は奥の扉を開け、足を進めた。
それに従って俊也と亮輔も彼の後に続いて足を進めていった。
「こんのヤロゥ!・・・・ッ!?」
角で待っていたらしき少年が俊也に向かって襲いかかってきた。しかし俊也はその強襲を華麗に回転して避けたとほぼ同時に回し蹴りを放った。これを後頭部へモロに食らった少年は地面へと倒れ伏せていった。
対応は違えどこれに似たような光景がその後も何度か繰り返された。一人一人の戦力は渉斗達三人と比べれば大したことはないが、相手の人数は既に三人を優に越している。それに加えて相手は総じて隠れているので集中力を徐々にではあるが削られている。
「こいつら鬱陶しいッスね。ったく、相手の頭はどこにいやがんだよ」
三人の中で確実に最も短気であろう亮輔がそうボヤいた。
襲ってくる輩にリーダー格の居場所を吐かせることは彼らからすれば容易な事なのだが、その場合は相手にある程度の怪我を負ってもらうしかない。それは渉斗や俊也にとって好ましくないのだ。
「仕方ないか・・・・」
そう言って渉斗は俊也の耳元で何かを囁くと俊也は不敵な笑みを浮かべて頷いてみせた。何事かと亮輔が首を傾げてると俊也はそばで気を失っていた少年を担いで隣の部屋へと消えて行った。
「あの、俊也さん何しに行ったんすか?」
「なあに、お話をしているだけさ。すぐ戻ってくる」
渉斗が言ったように、俊也は数分もせずに隣の部屋から戻って来た。
「ビルの最上階、三階の広間に居るってよ」
リーダー格の居場所と思われる場所を俊也が言うとすぐ様渉斗は三階へと向かった。
亮輔は何が起きたのか気になり、先程までの俊也と気を失っていた少年がいた隣の部屋を覗いた。
するとそこには先程の少年が目を覚まして座っていた。何かに怯えたように縮こまりながら。
三階に到着した渉斗達を待っていたのは大きなソファにデカデカとした態度で座っているリーダー格と思しき少年と彼の脇に立っている五人ほどの少年達だった。
「こりゃまた随分と豪華なお客人じゃないか」
リーダー格の少年はその整った顔を歪んだ笑みでにやけてみせた。
「ん?お前まさか、樫堕か?」
「お久し振りですね三雲さん。あの時はお世話になりました」
「お前ら知り合いか?」
「はい。中学の時に俺のチーム抜けたヤツです。二ヶ月前に少年院入れられたって聞いたんスけど、もう出ていやがったとは・・・・」
亮輔の圧のかかった睨みを真正面から受けているにも関わらず先程からそのいやらしい笑みを崩さず口を開いた。
「いやーそれにしても、ここまでの顔ぶれが釣れるとは思ってもいませんでしたよ。 片や関東最大勢力を潰した新進気鋭のチームを従えるヘッド・三雲亮輔。そして片やその三雲さんを含めた数々の強力なヘッドを仕留めてきたレジェンド・錫巳渉斗とその右腕・前沢俊也ときた!
ここまで来ると鳴山の狂犬・火神信介も来て欲しいところですが・・・・・それは欲張りと言うものでしょうかね。けれどもまあ―――」
「ご託はどうだっていい。何故うちの生徒と亮輔のとこのに手ぇ出した?八高には確か草薙がいたよな。あいつには一度きつくいったはずだが?」
「・・・草薙先輩ですか?あの人はダメですねえ。噂じゃ骨のある人って聞いてたんですけど、あなたに完全にビビってる。あんなのに付いていっても面白味がない。
ああそれよりも理由でしたね。簡単ですよ。あなた方をここまで釣るためにしただけです。流石にあのレジェンドが来てくださるとは予想していなかったですけど」
樫堕はその歪んだ笑みで得意気に一人で語り始めた。
「ですがあなたまで釣れたのなら、あの無駄にうるさい連中共も役には立ったと言うことでしょう。囲まれた途端にあなたの名前を喚き散らしながらミンチにされてましたよ」
「調子に乗るなよ樫堕ぁ!手前ェ何が目的で、俺だけじゃなく渉斗さんにまで来させたんだ」
自分の仲間を馬鹿にしながら高らかに笑う樫堕の様子に、亮輔は堪らず大声で叫び顔を憤怒の表情で染め上げた。
それを見て樫堕はにやけ顔を崩さずにまた語り始めた。
「何のため?そんなのあなた方を潰して俺が一番になる為ですよ!あなた方を潰したとなれば・無駄に戦わずとも殆どの強豪チームが俺に自ら頭を下げてくる!
それにね、正直邪魔なんですよ。特に錫巳さんはね。俺の作る楽園にあなた方は必要ない。やれ」
言いたいことは言ったらしく彼が合図を出すと、それまで彼の脇に控えていた少年達が歩き出した。手には金属バットを握らせている者もいる。
「・・・・・交渉の余地なしか」
「渉斗さん、ここは俺に行かせてください。あの野郎は俺が殴んねえと気が済みません」
「下がってろよ亮輔。俺がやる」
「けど――――っ!」
亮輔は渉斗に食って掛かるように申し出た。
しかし彼は振り返った渉斗の顔を見て、気立っていた先程までの様子が嘘のように静まった。
「俺がやるって言ったんだ。下がれ」
俊也以外のその場にいた人間全員が戦慄した。相手の少年達、樫堕でさえも根本的な恐怖を感じたのだ。
彼の脅迫にも感じるほどの命令に従って亮輔は俊也の隣まで下がった。
「・・・・・っ!おいお前ら!さっさと始めろ!」
樫堕の命令でやっと正気に戻った五人の少年の一人が、やけくそにも感じるような叫び声で渉斗に殴りかかる。
対して渉斗は限りなく冷静だった。
少年がストレートのパンチを放つと、渉斗はそれを難なく回転して避ける―――と同時に少年の顔面を掴む。するとどうだろう、重心が崩れてしまった少年は、渉斗の腕力に抗えず。そのまま後頭部を地面に叩きつけられてしまった。
相手の少年達は何が起こったのか、未だに目の前の光景と脳内の理解が追い付いてない。頭を叩きつけられた少年に至っては、気を失ってしまっている。
「なっ・・・・・なんだよ、今の!?」
やっと現状を理解した少年達は今度は二人掛かりで攻めて来た。一人は金属バットも持っている。
バットを持っている少年はサイドへ移動、素手の少年は正面から。
素手の少年は何らかの格闘技経験者らしく、デタラメではない規律ある構えをしながら迫ってきた。
(―――むしろ好都合ってもんだ)
少年のストレートを回避すると同時に突きの構え。これに反応した少年はすぐさま防御の構えを取った。正しい判断だ。
が、それを嘲笑うが如く、渉斗はがら空きの膝を強く蹴りつけた。急に体のバランスが崩れた少年は先ほどの突きの構えがフェイントだと漸く理解した。
しかしもう遅い。碌に構えも取れていない少年の顔面には、渉斗の強烈なストレートがクリーンヒット。少年は激痛に悶え倒れた。
「う、うらあぁぁぁああぁ!?」
まだ味方が近くにいるというのに、もう一人の少年は長い得物を振り回しながら急接近してきた。
一瞬の虚を突かれた渉斗だったが、少年の顔を見て思考を切り替える。少年の顔は、明らかに恐怖で気が動転している様子だ。
得物が長いならばと、渉斗自身も少年の懐に飛び込み接触。何が起きているのか分からない様子の少年を無視し、彼の襟元を強く握りこむとそのまま豪快な背負い投げ。
受け身を取れずに倒れた少年こめかみへ、念押しの一発を一つ。
「お、おい・・・・」
「・・・・分かってるよ――――っ!」
流石に不味いと考えたのか、残りの二人は部屋の隅に置いてあった鉄パイプを拾うと、渉斗の方を向いた。否、渉斗がいた場所を向いた。
姿が見当たらない渉斗を探す二人だが、そんなことは無意味だった。
それに気づいたのは少年の一人が投げ飛ばされてからだった。
隣にいた少年が投げ飛ばされている光景に、思考は追い付かなかったが体は反射的に動いていた。
一瞬だが視界の端に捉えた渉斗の影へ、一目散に鉄パイプを振り払う。しかしそこに渉斗の姿はなく、どこだどこだと目を泳がせてると、下顎に強烈な衝撃を感じた。
少年の死角に潜んでいた渉斗が、少年の顎へ掌底を食らわせると、少年は脳震盪を起こし倒れ伏す。
あっという間に自分を標的とした少年たちを制圧した渉斗は、本来の目標である樫堕がいるはずの方向へと振り向いた。
――――――ガンッ
「―――あはっはっはっは!!ざまぁねえぜ!何がレジェンドだよアホくせえ!所詮はパイプ一発で終いじゃねえか」
部屋中に鳴り響いた鈍い重低音と一緒に響いたのは、そんな甲高い笑い声。
樫堕にとってこの光景はどれ程のものだろうか。レジェンドとまで呼ばれた男を、自らの手で倒したという光景が。
「・・・・・ふぅ、さてと。そんじゃ次はお前らだ。掛かってこいよ」
そう言って鉄パイプを目先に構えた彼に対する俊也と亮輔の反応は冷ややかなものだった。
亮輔の目ははっきり言って冷めていた。人間を見ているとは思えないような瞳だ。
そして俊也は呆れ顔になっていた。まるで少しは面白いもの見たかったと言いたげな表情。
二人の反応に疑問を隠しきれなかった樫堕は調子の乗らないまま再び話し出した。
「ん?おいどうし――――」
彼は気づいてしまったのだ。
自ら構えていた鉄パイプの先端が千切れたように無くなっていることに。
地面に倒れ付している渉斗が笑いんがら立ち上がろうとしていることに。
「饒舌なのは変わらないが、インテリ気取っていた時よりかはいくらか板についてんじゃないのか。そのゲスな笑い声だけは」
彼の叩かれたはずの顔は無傷に近かった。流血どころかかすり傷すらない。ただし彼の右手の拳には血が若干流れてはいるが。ついでに言うと左手には鉄パイプの先端が握られていた。
「ははは、また随分と荒いじゃないか渉斗。どうやらお相手は何が起きたかわかってないらしい。教えてやったらどうだ?」
確かに、樫堕の顔を見れば何が起きてたのか見当がつかないと言った表情だ。
「はっ、単にお前がパイプ振り回した時に殴って千切っただけだ。殴るってよりも手刀に近いけどな」
それを聞いた樫堕は、文字通り開いた口が塞がらない状態だ。亮輔でさえ目を見開いている状態である。
「・・・・・・・は?な、なんだよそれ?意味がわかんねえよ!」
「―――鍛え方が違うんだ。力量の差を知れ」
樫堕のそんな情けない苦言を、渉斗は吐き捨てるように一蹴した。
「チッ、くそっ!この化け物が――――」
樫堕が身構えたその瞬間、彼の視界は闇へと化した。
樫堕は思った、訳がわからない。それもそのはずだ。彼の動体視力では渉斗の動きを捉えることなど不可能なのだから。
渉斗は2メートルはあるだろう樫堕との距離を、電光の如き一歩で、まさに一瞬にして詰めた。と同時に、彼は張り手とも思えるほどのパワーとスピードを持った左手を樫堕の顔面、目元へと放った。
まともに食らった樫堕はそのまま押し出された、左手の勢いに抗う間もなく体を倒れ崩した。すると、いつの間にか彼の左足に絡めていた渉斗の左足が大きく振りほどかれる。
するとどうだろう。二つの動作から、崩された樫堕の体は物凄く豪快に倒れた。体が宙で半回転するほどに。
倒れた時に頭の打ち所が悪かったのか、あるいは張り手を顔面に食らった時の衝撃か、それは定かではないが樫堕の意識は徐々に遠退いていく。
段々と煙のように焼失していく意識の中、樫堕の脳裏には一つだけ明確に刻まれたことがある。
俺は相手を間違えてしまったのか
彼がそう悟ったのはあまりにも遅すぎたのかも知れない。
まず最初に、僕の少なすぎる文章力のせいで戦闘描写がえらく長文になり、その影響で読者の方々に読み辛さを感じさせてしまったかもしれません。大変申し訳ありません。
さて、では話は変えさせて頂きまして、今回中心となった戦闘につい話したいと思います。
亮輔は置いといて、俊也と渉斗の戦闘方法なのですが、彼らの戦い方は彼らなりにアレンジを加えた"柔術"でカテゴリーとしては一種の古武術です。有り体に言えば我流と考えてもらって構いません。