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成り果ての理想郷  作者: 棟崎 瑛
第0章 幕開けの準備
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第03話  『すれ違い』

 いつも来る日常には、何らかの変化が必ず起こると僕は思います。それが例えば、近くの定食屋で新メニューが出たとか、友人が大ケガをして入院をしたとか、日によって大なり小なり変化があるはずです。

 ですが、多くの変化は悪い方向にあると思います。だからこそ、いい方向に転がった変化は喜ばしいことなのです。

 さて、この日の彼にはどんな日常の変化があったのでしょうか。

――――「あなた、だれ?」


 渉斗は彼女の言葉に困惑した。


「おいおい、そりゃねえだろ?今朝学校まで送ってやったばっかじゃないか」


「わたし、あなたとなんて会ったことない」


 彼女は淡々とした口調でそう言い放った。

 渉斗は最初こそ、彼女の発言に憤り( いきどお)を感じたが、そんな感情よりもとある疑問が彼の脳裏で際立った。


「てかお前、なんで制服じゃないんだ?いくら家が近かったとしても、まだ放課後でもないぞ」


 こんな場面であっても彼女の服装を気にしているのは、委員長の責務などというものよりも、元から彼の性分なのだろう。


「わたしは最初からこの服だった」


 そんな彼の気遣いに対する彼女の返答は、渉斗にとってあまりにもおかしな返答だった。

 こいつは何を言っているんだ?そう思わずにはいられなかった。今朝出会った時にはもちろん制服だったし、恐らく式中にもちゃんと制服だっただろう。そうでなければ彼の耳に届いているはずだ。

 そんなちょっとした推理をしていると、ある一つの可能性が彼の脳裏をよぎった。


「お前まさか、入学式出ていなかったのか!?」


 渉斗は怒鳴ったと言ってもいい程までに声を荒らげた。これにはさすがの少女も、その整った顔をこわばらせた。

 彼が声を荒らげたのは、彼が少女のことを苦労して学校まで連れていったのに、というのも一つの要因だが、何よりも学校に出席しておきながら入学式を抜け出すという行為に原因があった。


「なにをいってるの?わたしは朝からここにいた」


 少女は怪訝そうな顔で彼にそう言った。

 渉斗もまた、怪訝そうにして彼女を見ていた。

 お互いの発言が矛盾し、会話が成立していないからだ。


「お前こそ何言ってるんだ―――って、おい!何処行くんだ!」


 彼女は渉斗の話を聞かずに、その場から走り去った。

 恐らく彼の身体能力をもってすれば、少女の身体能力がどんなに高くとも彼女が女の身である以上、渉斗はすぐに追い付くだろう。

 渉斗もそれを見越してか、すぐさま彼女の後を追いかけた――のだが、


「・・・・・いない?」


 彼が倉庫を出た時には既に彼女の姿は見当たらなかった。倉庫を出れば一本道が続くため、否応無しに見つかるはずだ。これほどの短時間ならば、渉斗でも難しいだろう。


 それにも関わらず彼女は見つからない。何故かは渉斗にも分からなかったが、さすがにこれ以上探す時間も残っておらず、渉斗は諦めてその場から撤収した。



 森の小動物達に紛れた視線にも気付かずに。



 ―――――――――――――



 彼が自分の教室に到着した頃には既に帰りのHR(ホームルーム)は終わっていた。どうやら朝のようにはいかなかったらしい。

 だが担任の教師には彼が遅れる旨が伝わっていたらしく、その点に関しては彼は安堵していた。


「どうしたの?朝に遅れたかとお思えば帰りまで遅れるだなんて、あんたらしくもない」


 すると挨拶代わりとも言えるような会話を飛鳥がしてきた。

 しかし一体何の因果なのだろう、またしても教室に入ってから一番最初に彼に話しかけてきたのは、やはり飛鳥だった。

 渉斗は一瞬迷った。彼女に本当のことを伝えるべきか。


「・・・・・・いや、ちょっと片づけるのに手間取ってな。なんせ旧校舎の倉庫だったもんだから汚くてよ」


 否、彼は嘘を伝えた。彼自身も皆目見当のつかない事案であるため部外者である飛鳥に伝えるのは不味いと判断したのだ。

 渉斗は付き合いの長い彼女に嘘を伝えることに気が引けたが、この程度で罪悪感を感じない程度には彼も図太い性格をしているということだろうか。


「ふーん、そっか。あ、それよりさ、この後みんなで”PEACE”行くんだけど渉斗も一緒に行かない?」


 皆、と言うのは飛鳥の後ろに控えている一輝や光貴、伽耶のことだろう。

 高校に入学してからすっかりこの面子で通うようになった喫茶店に恐らく昼食がてら行くのだろう。


「あー、ちょっとこれから用事あるから後で向かう。先行っててくれ」


「おけー、んじゃ行くか―」


 飛鳥は渉斗と約束を交わしたことで用がなくなったらしく、他の皆と一緒に教室を出て行く。去り際に一輝が、ついでに俊也も連れてきてー、と一言足していたのを聞いた渉斗は一仕事増えたと心の中で文句を垂れていた。


「そんじゃ俺も行くか」


 渉斗は彼自身の用事を済ませるために、教室を出て行った。

 しかし到着したのは教室を出てからほんの数秒、隣の教室だった。


「俊也いるか?」


 教室に入るなり入り口のそばにいた女子生徒に話しかけた。

 女子生徒は気を遣ってくれたらしく、教室の奥で話していた俊也のとこまで呼びに行ってくれた。

 渉斗は女子生徒にお礼を述べた後、近づいてきた俊也に用件を言った。


「仕事だ、ついてこい」


 あまりにも言葉足らずな発言に俊也は思わず首を傾げてしまったが、"仕事"というのが"風紀委員の仕事"という意味なのを察し無言で渉斗の後ろを付いて行った。


 着いた先は一年生の教室だった。どうやら二組のようだ。

 渉斗が教室に入ると教室内がざわめいたのを廊下で待機していた俊也は気づいた。

 当然と言えば当然だろう。今日入学してきたばかりの新入生が学校の決まり事など知るはずもなく、渉斗が教室に入ってきたことに対して対応できるはずもない。


「おい、ちょっといいか」


 渉斗は先程と同じ調子で入り口のそばにいた女子生徒に話しかけた。

 それに対する女子生徒の様子は、正直なところ困惑している。


「ここのクラスに碧眼で長髪の女子生徒はいるか?」


 そんな女子生徒に無遠慮にもそそくさと簡潔に質問した。どうやら渉斗の用件は、今朝、そして先程の碧眼が特徴的な女子生徒だったらしい。


「あ、えっと・・・・・静森さんのことですか?」


「あいつの名前は静森っていうのか」


「はい、多分先輩が言ってるのは静森さんだと思います。青色の目をしたとってもかわいい女の子ですよね?」


 "とってもかわいい"というところに若干の気恥ずかしさを覚えつつも渉斗は素直に肯定した。


「静森さんならさっき帰っちゃいましたよ」


 それを聞いて渉斗は溜め息をした。

 そんな彼を見て目の前の女子生徒はとても怯えた様子をした。彼の溜め息が怒っているように見えたのだろう。それに気付いた渉斗は彼女の誤解を解きつつ、新たな質問をした。


「それと、静森は入学式に参加していなかったのか?」


 先程の事案についての確認だろう。質問された女子生徒はとても不思議そうに答えた。


「え?いや、普通に参加していましたよ?私の隣に座ってましたし」


 彼はその答えを聞いて驚愕の表情をした。只でさえ意味の分からなかったことがさらに謎めいていく。


「・・・・分かった、教えてくれてありがとう。明日静森が来たら昼休みに風紀委員室に来るよう伝えてくれ」


 今の発言でようやく渉斗が風紀委員長であることに気が付いた女子生徒は今更ながら緊張した面持ちになっていた。

 教室を出ると、廊下に立っていた俊也にすぐさま話しかけた。


「聞いていただろ?そう言う訳だからお前も昼休みに来てくれ」


「了解だ」


 会話を終えると、渉斗は皆が待っている行きつけの喫茶店に行くべく、足を進めた。ここで、一輝が言っていたことを思い出した渉斗が、すぐに俊也も連れていった。



 喫茶店に到着すると、案の定先に皆が食事をしていた。そこに混ざって渉斗たちも注文し、高校生らしく談笑に花を咲かせていた。

 しかしそんな中、渉斗一人が窓を通して見える空を眺めながら考え事をしていた。


 初対面にも関わらず不思議と懐かしさを感じる碧眼の少女。彼女と再び会うも彼女は渉斗のことを知らず入学式にも参加していないと言い張っていた。しかし実際には彼女はしっかりと参加していた。なぜ彼女は嘘をついたのか。

 いくら考え込んでも、謎は深まるばかりである。



 ―――――――――――――――



「ええ、彼はどうやら気づいていないようですよ。若干勘ぐられてはいますが、我々のことはまだ」


 幾つかの液晶画面の光だけが照明の役割を成している薄暗い部屋。そんな部屋のなかに誰かと電話している男がいた。


「・・・・はい、大丈夫です。彼女と彼が旧校舎で会うのは彼女が言っていましたので予測済みでしたが、流石に現在の彼女がまさか彼と先に会ってしまっていたのは誤算でした」


 この男が言っている"彼"、"彼女"とは一体誰なのだろうか。

 会話してると、男の口端が吊り上がった。


「研究は滞りなく進んでおりますよ。はい、ではまた」


 男が着けていた眼鏡のレンズは、液晶画面の青白い光によって無機質に反射した。



 今回、喫茶店"PEACE"に行った面子は全員、中学時代からの付き合いです。例外があるとすれば渉斗と俊也の関係だけでしょうかね。

 彼らが通っていた鳴山中学は、鳴山高校から徒歩20分程度の距離しかない位置にあるため、鳴山中学の生徒の多くが鳴山高校に入学する傾向があり、彼らと中学時代からの付き合いだった生徒は少なからずいます。

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