第19話 『見えない真相』
「いやぁ~にしても、全ッ然酔わないっすね渉斗さん」
「ああ。体が火照りもしない」
先ほど無理やり伸介にビールを飲まされてから、自身の恐ろしいほどの酔わなさに自分でも驚いている。既に10分近く経過しているが、顔色も全く変わらずにいる。
「いやあ、やっぱさっきのは謙遜だったんじゃないすか~。班長でもこんなに飲んでたら顔も赤くなりますよ」
「そうそう!まあ伽耶さんに関しては数口だけでもうべろんべろんですけどねぇ・・・・」
確かに、伽耶はあんな状態だが伸介に酒が弱いというイメージは中々持てない。見れば、彼の目の前には既に何本か空になったジョッキが置いてある。
「やっぱ、強い人ってのは何にでも強いってこったあなあ。あ、そういや渉斗さんも司令官と同じ流派ってホントですか?」
「ああ、そうだぞ。っつても『如水体拳流』は俺と俊也の二人だけしか使わないから、流派なんて大層なモンじゃないさ」
それを隣で酒瓶片手に聞いていた伸介が、何かを思い出したように話へ入ってきた。
「ああそういや、お前は知らなかったな。それ、流派って言っても差支えねえぞ」
「どういうことだ?」
「俊也が弟子を何人か取ったんだよ。この基地にも何人か居るぜ」
「おお、あいつも弟子なんか取るようになったのか。さぞかし優秀な奴なんだろうな」
「その内の一人は、一輝のヤロウだぞ」
「―――何っ!?」
口に含んでた酒を思わず吹き出してしまいそうなのを抑えたせいで咳き込んでしまう。
「じ、じゃあ、一輝も俺と同じ門ってことかよ」
「いいだろ。もともと格闘技はやっていたアイツだ。筋は中々どうして、悪くねえ」
「そうですよ渉斗さん。なんせ坂上局長は、班長や司令官に並ぶ、数少ない特級持ちですから」
「そういやさ、お前らが言ってる上級とか特級って何なんだ?」
山崎が言った一つの単語に思わず引っ掛かってしまった渉斗。
それについて答えたのは、尋ねられた山崎ではなく伸介だった。
「特級・上級ってのは、特技兵の特殊技能のランクを指している。こいつらが言ってたのは、徒手空拳能力のことだ」
「そんで、特級っつうのは上級と圧倒的に差がある人がなれるもんなんですよ」
「そんな淒い階級に一輝が・・・・・」
渉斗自身、決して一輝を侮っている訳では無い。むしろ一輝の実力は渉斗基準でも高く評価している。
だが何分、サボり癖のある一輝は実力があるにも関わらず他人から評価されるのを嫌う。だから局長なんて重要な約職に就いていたことにも、渉斗は大きな衝撃を受けたのだ。
「ちなみに、この基地で徒手空拳の特級持ちは6人いる。俺と俊也に一輝、そして俺の第一部隊で副官をしている奴と 第二部隊の隊長。加えて防衛班の班長だ。ちなみに第二部隊の隊長は俊也の弟子な」
「そういや、鳴山んとこの三雲さんも特級相当でしたよね。スペシメンズのメンバーじゃないだけで」
「何だかんだで知り合いが多いな。第二部隊の俊也の弟子には一度会ってみたいな」
「そんなモン、明日の定例会が終わりゃあ嫌でも会う機会あんだろ。お前の仕事の性質上、この班との関係は他より強い」
それもそうだと頷きながら手元のビールを一口。渉斗の酒への抵抗感はもはや皆無に近かった。何せここまで思っていた物と違ったのだ。せいぜい苦味のあるジュースくらいにしか感じられない。
「『如水体拳流』を使ってる奴の多くは特急持ちだ。当然お前もな。この際だ、俊也みたいに弟子でもとってみたらどうだ」
「そ、それって渉斗さんの一番弟子ってことですか!?俺!俺やりたいです!」
「いやいや俺が!」
次々に俺が!俺が!と躍起になって手を挙げる男達。どっかのバラエティで見たことのある光景だ。流石にここまでの喰い付き様には困り顔しかない渉斗。
そんな渉斗の様子を、ちびちびと食事していた未奈がじーっと見詰めていた。
「渉斗、もてもてね」
「・・・・・・何言ってんだお前」
意味の分からないことを呟いている未奈に呆れ顔の渉斗。それをまたしてもじーっと見つめている未奈。
二人の可笑しなやり取りに、周りの兵士達は大いに笑い叫んだ。
「はっはっはっ!嬢ちゃん、ヤキモチしてんだな!安心しろよ。渉斗さんを奪おうなんて考えちゃいねえよ」
「べつに、ヤキモチなんてしてないわ。だってわたしと渉斗はつながってるもの」
(まあた面倒臭いことを・・・・・)
彼女の一言で静まり返る一同。周りで彼らの会話を聞いていなかった兵士は騒々しく騒いでいるのに、その一部だけが切り取られたような空間。
「おいおい渉斗さん!行くとこまで行っちゃってるってことか!」
「こんな可愛い嬢ちゃんとなんて、渉斗さんも隅に置けないっすねェ!」
「もうどうでもいい・・・・・」
下衆な笑い声をあげながら、またしても男達は渉斗の方へと絡んでいる。勘違いが発生する面倒臭い言い回しをされた渉斗は、もはや弁明すら面倒臭いと手元のスナックを口に頬張っている。
「よいしょ・・・・あっ」
「嬢ちゃんまだ未成年だろう?子供にこりゃあまだ早いぜ」
未奈が傍に置いてあったワイングラスに手を伸ばすと、隣に座っていた山崎がすっとグラスを取り上げる。
「でも渉斗はのんでいた」
「そりゃあ渉斗さんは、見た目が子供なだけで実際はもう大人だろう。けど嬢ちゃんは見るからに子供じゃねえか」
「わたしの年はは渉斗とかわらないわ」
「おいおい嬢ちゃん、嘘はよくねえなあ。ってことでコイツは没収~」
そう言ってグラスの中のワインを飲み干す山崎を、未奈が恨めしそうに睨む。
まさか目の前の少女が自分と同級生―――肉体年齢は確かに子供のままなのだが―――だなんて露も知らず、「そんな顔しても無駄だぜ~」と言いながら手元のおつまみにかぶりつく。
「まあ諦めろよ静森。酒はあんまよくないぞ」
「・・・・・・」
自分と同じく未成年なのに酒を先程から飲んでいる渉斗が言ったところで説得力はまるで皆無だ。
「けどこう見ると、ただの若いカップルだよな。二人ともルックスはスゲーけど」
「確かになあ。でも渉斗さん、こんな可愛い娘連れ回すなんて、かなりのやり手っすねえ」
「やり手って、ってなあ・・・・それにコイツとは別に―――」
バタンッ
話していると後ろの方から何か物音がした。見てみると、そこには椅子から倒れた伽耶の姿があった。
「っ!おい伽耶!?大丈夫か!?・・・・って臭っ!」
「ありゃ~、これは飲みすぎですね。一杯でべろんべろんなのに、こんな飲んじゃって」
テーブルの上には伽耶が飲んだと思しきジョッキが何杯か転がっている。見れば伽耶の顔は真っ赤で酒臭い。そして無残にも、伽耶に殴られて倒れている兵士も何人か。
(こいつに飲ませたら駄目だな・・・・・)
まさかここまで伽耶の飲み癖が酷いとは思っていなかったので、この惨状にやはり戦慄を覚えていた。
「ったく、あんまコイツに飲ませてんじゃねえよお前ら、メンドクセェなあ。おい渉斗、伽耶担いで外出てろ。この辺りは人来ねえようにしてっから」
「あ、ああ分かった」
渉斗が伽耶の腕を自身の首に回している間に、信介はスマホを取り出して誰かに電話をしていた。
「……よお光貴、ああ俺だ。今B棟のバーにいんだけどよ、飲んでた伽耶がぶっ倒れちまって……ああそうだ。渉斗が一緒にいっから、一緒に持って行ってくれ。ああ、じゃあ」
「光貴に電話したのか?」
「見ての通りな。もうお前も帰れ、どうせ用は済んだ」
言うと伸介は手元の酒を飲み干し、手で出てけとジェスチャーする。
「ってことで、渉斗はこれでお開きだー。テメェらも朝からずっと飲んでんじゃねえぞ」
『へ~い』
どこか盗賊でも彷彿させられるような生返事。返事しながらもまだ飲む気満々の兵士達は、誰一人として席から離れない。
伽耶を担いで立ち上がると隣に未奈も付いて来る。先程まで不満顔だったが、今ではいつも通りの無表情だ。
「渉斗さん、明日の演説楽しみにしてますからねー!」
「他の連中に、目に物見せてやってください!」
「あ、ああ。じゃあな」
相変わらずの期待の視線に、伽耶の体ではないものが肩を重くさせる。
そんな憂鬱な気分になりながらも、伽耶を背負ったままこの騒々しいバーを立ち去る渉斗であった。
数分もせず、光貴はバーの前に到着した。頼れる友人が来てくれたことでどことなく解放感を得た渉斗は、明るさ二割増な声音で光貴に話しかけた。
「来てくれたか。ほれ」
「ありがとう、渉斗。ほら伽耶、起きなよ、まだ朝なんだから」
「もうちょっと・・・・・だけぇ・・・」
光貴の優しい介抱も酔っ払いには通用せず、何か夢でも見ているのかニヤケ顔を浮かべている伽耶。
「伽耶、こんな酒に弱かったのか。てか、弱いってより・・・・」
「酒にだらしない、だね。僕も彼女がお酒を飲んでいるのを初めて見た時は驚いたよ。普段の彼女からは想像出来ないよね」
高校生の時から、自分達の中では光貴に次いで落ち着きのあった伽耶からは想像出来ない姿だった。
十年経っても、渉斗にはその落ち着きが健在に見えたが、どうやら彼女は酒が入ると性格が変わってしまうらしい。
「まあここまで酷くなったのは、あの襲撃があったからなんだけどね。人を救う側の彼女にとっては、とても負担の掛かる出来事だったんだと思う。
その前はもう少しマシだったんだけどね」
最後はそう笑いながら光貴は話したが、渉斗にはそんな彼の顔が明るくは見えなかった。
(そりゃあそうだろうな。知ってる人が何人も死んで、それでもこの先の人達を救おうとしてるんだ。ストレスが軽いわけがねえ)
渉斗の友人達は勿論、先程までバーで馬鹿騒ぎしていた兵士達、この施設にいる全員がもそんな悲しい出来事の被害者なのだ。
(そんな人達の前に立って力になろうってんだ。ぐだぐた言ってても、なんも始まらないな)
憂鬱な気分になっていた自分が馬鹿らしくなり、気持ちを新たに切り替える。自分がそんな体たらくでは、誰も付いてきてはくれないと。
(そうだよ、最近の俺はなんか変だったんだ。そうだよ、これこそが錫巳渉斗なんだよ――――)
―――ズサリッ
心臓が裂けた。呼吸が出来ない。視界がぼやける。
いや・・・・何のことは無い、ただの、悪寒。
ただ、一瞬体に痺れが走っただけ。
その、はずだ。
「・・・・・ぅと、ょうと、渉斗?」
「―――っ!ん、んあ?どうした、光貴」
いつの間にか立ち止まっていたらしく、光貴は渉斗より数歩先で振り向いている。
「いや、随分と険しい顔をしていたからね。それに顔も真っ青だよ」
言われて自分の体が冷たくなっていることに気が付いた。しかもシャツと肌の隙間には、うっすたらと冷や汗が流れていた。
「渉斗、だいじょうぶ?」
「ああ・・・・大丈夫だ。心配させたな」
渉斗の腕を握り心配そうに見詰めている未奈に、そう微笑んで返す。
以前触られた時の彼女の手は、肌の白さ通り冷たく感じたが、今はまるで違った温もりを持っている。何故だか、そんな彼女の暖かさに涙腺が刺激されたが、そんなとこを見せれるわけもなくグッと堪える。
どこか遠い日、こんな感覚に出会った気がする。
――――――――――
カチカチと機械の起動音が無数に響く部屋。
「正直どう思う?」
「何とも言えないな」
映像が流れるモニターを凝視しながら話し合う二人の男。
「疑問は、拭いきれない」
「そうだろうよ」
苦い顔をしながらそう呟いている。
「お前の考えも一緒か、俊也」
「恐らくな、伸介」
火神伸介と前沢俊也は、二人そろってモニターに目を傾けている。
「渉斗の動き、とてもガキのまんまとは到底思えねえ。特に最後の判断、ナイフを初めて使う奴の動きじゃねえな」
伸介と渉斗、最後の攻防。明らかに不利な体勢から、流れるような一連の動作。
ナイフ使いの伸介には、あの神がかった動きが突発的に生まれるとは思えなかった。それがナイフを初めて使う初心者なら尚更だ。
「俺もその意見には賛成だが、一概にそうとも言えない。渉斗の柔軟な戦闘ビジョンの広さにはいつも驚かされた」
「まあ、なあ」
渉斗の戦闘技術における柔軟性は二人とも認めている。アクションスターさながらの動きを難なくこなせるのが渉斗だ。
「それに、全体を通して『如水体拳流』の戦術思考にも当てはまる」
「そうかい。ま、お前がそう言うなら間違いはないだろうさ。言われた通りアイツの戦闘記録は撮ってやったんだ。今度飯の一杯でも奢れよ」
そう言って伸介は部屋を立ち去った。
そもそも、『如水体拳流』とは自身の体のコントロールと柔軟な思考が出来なれば会得できない。そんな流派の開祖でもある渉斗が、誰にも予測できない発想をしても違和感はない。
(だがこの動きは、成長・・・・・・?)
伸介が去った後も一人残り、モニターを凝視し続ける俊也。
しかし俊也の瞳は、永遠と繰り返し流れる映像の渉斗を、しっかりと捉えているのだろうか