第15話 『避けられない定め』
今回、渉斗くんはちょっとばかし、情緒不安定気味です
はい、キャラ崩壊が不安です
「ひょうと、おひはのえ」
「・・・・・・ああ、そうだな」
伽耶に案内されて入った部屋には、椅子にポツリと座って呑気にジュースのストローを咥えている未奈がいた。
あまりの呑気な姿に、少し心配していた自分が馬鹿らしくなった渉斗は、呆れて軽いため息をついてしまった。
彼女がいた部屋はちょっとした医務室。メディカルチェックを受けていたそうだ。
「過去からタイムスリップだなんて可笑しな話だから、一応体の検査だけでもしとこうと思ってね」
伽耶はそう言いながら、近くに置いてあった袋から一本注射器を取り出す作業をしている。
「さっき未奈ちゃんにもさせてもらってね。悪いけど渉斗君にも検査させてもらうね。採血するから終わったらそこにある栄養剤呑んでおいて」
「ああ、コイツが飲んでたのはそういうことだったか」
伽耶が指差した栄養剤と同じようなものを未奈も飲んでいることに気が付きこの状況に合点が付いた。
そうこうしている内に彼女は採血の準備を終わらせたらしく、渉斗を目の前の椅子に座るよう促した。
「はい、じゃあ腕をまくってくださいね~」
「なんだか看護師みたいだな、お前」
「ふふ。実は私、実際に看護師やってたの」
「おお、そうだったのか。それは失礼したな。―――そういえば、看護師になりたいとか言ってたもんな」
「ええ。大学で看護師の免許取得して、卒業後はその大学病院で働いてたんだ」
友人の意外な夢の成就に喜んでると、ふと伽耶の顔に曇りが生まれた。
「でもその病院も数年前のマルイチ侵攻時に潰れちゃってね。多くの関係者の方々が亡くなられたの」
「・・・・・そうだったのか」
「けど別に、その人達の仇を、だなんて動機でこの活動してるわけじゃないの。確かにマルイチ部隊に恨みが無いと言えば、嘘になる。けどね、渉斗君」
「?」
検査に使用する血液を採取し終えたらしく、注射器の針を渉斗の腕から引き抜いた。
渉斗は、伽耶がまだ話の途中だったことが気にかかり、彼女の顔を覗くと彼女もまた、渉斗の顔を見ていた。
「私達がこのスペシメンズという組織を発足し、そして活動しているのは。”これから”を生きていく人達のためなの。
確かにこの組織は武力組織よ。だけどテロリストじゃない。なら何なのか?少なくとも”これから”を生きていく人達にとってはね、
『理想者達』なのよ。
だから私達は戦うの。きっと貴方達にとって、そういう実感はないと思う。昨日今日に10年後に飛ばされてこんな状況なんだから、当然無理もないだろうけどね」
彼女は最後に、冗談めかしく笑ってみせたが、渉斗にとってはそう笑ってもいられなかった。
(ヒーローか・・・・・確かにな。ったく、俺はどこまで甘ったれてるんだ)
こちらの世界に来て、渉斗はどこか現実味を持てていなかったのかもしれない。
自分でもちょっとおかしいという自覚がある程度には、非日常に呑まれて、日常を過ごしていた。普通の男子高校生は、あんな危険そうな不良連中に単身突っ込んだりはしないはずだ。
自分はそういうちょっと普通じゃない環境に慣れてたから、こんな世界に突如来させられても平穏でいられていたのだと自分で錯覚していた。
(・・・・そうだよな。これは俺の自覚不足だったんだよ)
彼は自分自身の、まだまだ人間として未熟な部分に嘲笑を投げつけた。
(だいたいおかしいだろうよ。普通はこんなとこに来たら、ちょっとは動揺するもんな。どっか他人事みたいに捉えてたんだよ、俺ってヤツは)
彼は納得したように、自分自身に呟いた。
(だからあんな簡単に人が死ぬような状況でも)
――――――なんの感情も湧かなかったんだ
――――――――――
検査を終え伽耶が検査結果を持ってきたところ、二人ともに正常な健康状態だった。
伽耶本人もその予感はしていたらしく、特段驚くことは無かったが、逆に疑問に近い発見も見つけた。
「二人が健康だったのは何よりだけど、タイムスリップなんてして本当に体には無害なのかが心配でね」
「そうだな。そういや静森、横据先生とかにはなんか言われてなかったか?」
二人に見つめられてきょとんとした顔をした未奈は、記憶を絞り出すために虚空を見つめるがその顔に変化の色はない。というか返事が返ってこない。
「お、おーい、静森―?聞こえ」
「―――総助はとくになんにもないっていってた。きぶんが悪くなければせいじょうだ、って」
心配して彼女に声を掛けたにも関わらず、その言葉を遮って返事を返してきた彼女に、少しばかりイラッとしなくもなかった渉斗だが、ここは堪えて自らを律した。
「そうなんだ。それなら良しとしましょう。それじゃあ、とりあえず検査はここら辺で終わりにしようか。二人とも、これを」
伽耶が立ち上がり渉斗と未奈に渡したのは、スマートフォンだった。
「これはスペシメンズの関係者に支給される通信機よ。普通のスマホとしても使えるから、それで遊んだりもできるわ。まあここら辺一帯に特殊な通信規制を飛ばしてるから、インターネットとかは使えないけどね」
「十分だ。ん?おい伽耶。なんか俺にメール来てるんだが、どうしてもう来てるんだ?」
「誰から?・・・・ああ、伸介君からか。さっき居たメンバーには既に二人のアドレスを開示してるの。悪かったかな?」
「別に問題はないさ。えーと、『B棟ののバーに来い』だって?な、なあ、これってどこなんだ?てか俺って歩き回っていいんだったっけか?」
「え、えーっと・・・・あ、ちょっと待って、私の方にも伸介君からメールが・・・・」
彼女は持っていたスマホの、伸介から送られてきたというメールを読んでいると、随分と呆れた顔で渉斗にその画面を見せながら話した。
「俊也君には許可貰ってるから連れてこいだって。まったく、彼は一体何考えてるのか」
「あいつらしいっちゃあ、あいつらしいな。何するかは・・・・・何となく嫌な予想をしてしまったから、口には出さないでおこう。それじゃあ伽耶、案内頼む」
「・・・・はい、わかりました。まあそもそも、私には拒否権ないみたいだしね」
呆れてはいるが本気で嫌がっている訳でもなく、苦笑しながらも渉斗についてくるよう促して、医務室の扉を開けた。
「静森はここにいとけ。付いて来ても碌なことにならんぞ」
「?わたしも行くけど?」
「・・・・・・・はあ。勝手にしろ」
「何当然のことを聞いてくんの?」的な顔をしながら首を傾げた未奈に、もはやツッコむのも面倒になり、投げやりにそう一言だけ言った。
「そういや、基地の中にバーなんてあるんだな」
「うん。確かにあんまりしっくりこないだろうけど、ここは軍事拠点であると同時に居住区でもあるからね。それで、ここB棟は居住者が自由に移動できる場所なの。だからここには、バー以外にも購買部だったり図書室だったり、あとはちょっとした娯楽スペースもあるの。
あ、ちなみに渉斗君が俊也君に尋問されてたのは、軍事関係の仕事をするC棟ね」
以外にも多種多様な空間が備わっていることに感銘を受けつつ、若干痛い思い出も思い出して苦い顔になる。
「じゃあA棟は?」
「A棟は、司令本部として使用される。多目的ホールとか会議室とか。だから普段はあまり大々的に使う頻度は少ないんだけどね。だけど」
「だけど?」
「明日には、その大々的な使用予定があるの」
笑いながらそう言う伽耶が、なぜ笑っているのかが分からず疑問に思っていると、彼女の方から答えを明かしてきた。
「意図が分からない?ふふ、実はね。明日行われるのは月に一回の定例報告会で、スペシメンズの横須賀基地メンバーが全員集まるんだけどね。そこでなんと・・・・渉斗君には皆の前で一人演説をしてもらうのです」
「・・・・・・・・・まじかよ・・・」
心底疲れたような顔をしている渉斗を見て、伽耶は悪戯を成功させた子供が見せる無邪気な笑顔を見せた。
「ごめんごめん。事情が事情だから、皆に渉斗君の存在を認識をさせるなら、これが一番でね。それに心配しなくても大丈夫よ。演説なんて言っても、用意した台詞で自己紹介してもらうだけだから」
「”だけだから”って、お前なあ・・・・。そんなポッと出の人間にそんな大層なことさせるなよ・・・・」
「あら、皆の前でリーダーシップを発揮するのは得意じゃなかった?”鬼の風紀委員長”の錫巳渉斗君」
完全に弄ばれていることに気づき始めてきた渉斗は、痛い頭を押さえながら溜息を吐いて諦めの境地にしげっていた。
「渉斗」
「・・・ん?どうした」
「めめしいわ」
「―――うっさいわ!!今のどこが女々しかったんだよっ!?え、なに?今の俺、お前にはそんなに女々しく見えたのかよ!?」
「うるさいわ、渉斗」
「お前がそうさせてんだろぉ!?」
(基本的には)冷静沈着な渉斗だったが、伽耶に弄ばれた直後だったせいなのか。あるいは未奈が相手だったせいだろうか。どちらだろうがどうでもいいが、彼にしてはとても珍しく獅子奮迅の如く未奈へのツッコみが止まらない。
そんな二人の様子を見てると、何故だか吹き出したように伽耶が笑い出した。
「あはははっ!ちょ、ちょっと二人とも・・・笑わせない、っでよ・・・。あぁー、笑いきった」
「ど、どうしたんだ伽耶?」
「?」
二人にとっては急に大笑いしだした伽耶の方が可笑しく感じたんだろう。二人して顔を見合いながら伽耶の方を心配している。
その姿がまたツボに入ったんだろう。再び吹き出さないよう必死に自制を効かせ、何とか落ち着くと二人の方に向き直した。
「だって、二人とも可笑しいだもん。なんだか、懐かしくなっちゃった。きっと、貴方達にとってはまだまだ未経験なんだろうけど、未来の二人もそうやって、いつも騒がしくしてたの」
さっきまで笑いを抑えるのに必死そうだった伽耶だが、いつの間にかその顔はどこか遠い日の思い出に懐かしんでる表情だった。
「そういえば、まだ話の途中だったわね。皆に渉斗君の存在を知らしめるには、それが一番の方法なの。だから出来る限りそれまでは他の人に会わないようにするのがベストなの」
「だから伸介が、他の人間に会いそうなB棟に来いだなんて言ったことの意図が分からなかったんだな」
「そういうこと。だけどここまで全然人に会わなかったみたいね。この時間は確かに人の出入りは少ないけど、もしかしたら伸介君の指示で人が来ないようにしてくれたのかもね。ここが伸介君の言ってきたバーね」
伽耶は伸介の予想外の粋な計らいに、意外感を感じながらバーの扉を開けた。すると―――
「彼もあんな性格だけど、なんだかんだで気を遣え――――」
「っくぁ!任務の朝帰りに飲む酒はうめぇな!」
「ビールもう一杯!あと、おつまみも!」
「ひゅ~う、これで上がり!俺の勝ちな!」
そこには屈強な男達が、喧騒と豪気を肴に酒や食い物を楽しんでいた。風景的には、バーと言うよりは荒くれ者達の集う酒飲み場のようだった。
少なくとも、お世辞にも、人を寄せないような粋な計らい感は、微塵も感じられない。
「気を遣えるのが、何だって?」
「えーっと・・・・これは・・・」
前言撤回。火神伸介はそんな粋な計らいが出来るほど気を遣える人間ではなかった。そう言いたくなる気持ちも口からは出てきてくれなかった。
「あっ!伽耶さん!っちわっす!」
「おはようございます!松灯班長!」
「お、おはようございます、皆さん・・・」
さっきまでの荒くれ者達も、兵士としての礼儀を知っている。上官でありいつもお世話になっている伽耶には、さっきまでの喧騒が嘘みたいに全員が伽耶の方に敬礼ないしはお辞儀をしている。一人を除いて。
「よぉし、ちゃんと連れてきたな。渉斗、前に出ろ」
瞳をギラつかせた伸介が伽耶の後ろに立っている渉斗を捉えた。
言われた通り伽耶を追い越し、伸介の前まで歩みを進めた。
瞬間、周囲からの視線に近い視線が全方向から向けられる。
「ほぉう・・・あれが例の?」
「伸介さんがいつも言ってた、渉斗サンか」
「うっわ、まじでガキじゃねぇか」
(・・・・・生きた心地がしないな)
四方八方から向けられる殺気。さっきまで酔っ払いと同然の彼らだったが、この瞬間は熟練の兵士達だ。
肌に刺さる視線で直感した。ここにる連中は殺しを知っている、と。
「わざわざ、すまねえな渉斗。明日の定例会に備えてお前にも準備してもらいたいことがあってな」
「へえ。俺にできることなら構わないぞ?なんだ、ここにいる人達と親睦会でも開くのか?」
失笑すらも起きない。別に笑いを狙ったわけでもないが、失笑くらいの臭い芝居すらしてもえないとは悲しいばかりだった。
「そいつぁいいな。確かに親睦会と大差ねえよ、今からやってもらうことはな。いやよ、ここにいる奴らにお前のことを話したら、どうも快く思わねえ奴がいるもんでな」
その言葉が発せられたと同時に、いくつかの視線が殺気に変わった。
すると、伸介の傍で座っていた屈強な男達が数名、立ち上がり渉斗の目の前まで歩き出した
「俺はお前に全幅の信頼を置いてるが、お前を見たこともねえ連中にもそうさせるのはなかなかに難しい。だからよ、渉斗」
伸介は実に楽しそうに、言葉を紡ぎ続ける。
「こいつらと、ちっとだけ、殺し合いしてやってくれや」
(やっぱ嫌な予感が的中しちまっただろうがぁ・・・・・)
錫巳渉斗は苦難の一途を辿るのだ
ギャグ方面とシリアス方面を唐突に使いこなす渉斗。
完全にファンタジー酒場の荒くれ者系兵士の方々。
小物臭が漂いすぎて強いか心配になる伸介。
正にカオス